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【完結】幼馴染の彼女は隷属された囚われ聖女。魔王の俺は絶対この国許さない!  作者: 安ころもっち
第一章・魔王と聖女

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19 黒狼

Side:真司


丘の上。

背後からは夕日が暖かくその身を照らしている。


西の街の魔窟でひたすら鍛え上げた俺は、少し冷たくなった風を感じていた。エラシスの東側の丘……見えるはずもない王都の城の方角を見つめながら深いため息をつく。


「なあクロ、お前なら王都まで何日で行ける?」

『何日もかかる訳ないでしょ!全力なら5時間ってところよ!』

「マジかよ。俺を乗せても?」

『シンジが振り落とされなければ行けると思うわよ?』

俺はその返事を聞いて背筋が少し冷たくなったのを感じた。やっぱ無理かな……


「まあいい。その時が来たら頼むかもな」

『わかった!その時は口に咥えて走ってあげる……少し噛んじゃうかもしれないけどね』

少し想像してさらに冷や汗が出てくる。冗談でも止めてほしい。


俺がクロと呼んだのはあの森の中にいた例の黒狼のことだ。

そのクロが流暢に人語を操り、そしてまた丸まってだらけていた。


3週間程前、エラシス領までたどり着き、林のエリアにまた掘っ立て小屋と呼べるかすら分からない程度の小屋を作ってそこを根城にして活動を始めた。するとすぐにここの領主というレイモンズという男がやってきた。

俺は身構えつつも話を聞いたのだが、街中まで眷属たちを連れて歩かねば自由にして良いとのお墨付きを頂いた。もちろん魔窟にドンドン潜って強くなってくれとも言われた。ギルドの利用も問題ないらしい……


最初は半信半疑ではあったが、勇者エステマとは協力関係だと聞くと納得ができた。だからエステマは西に行けといったのだろうと思うのだが、なぜこの場だと分かったのか……

もしかして発信機なんて物もこの世界にあるのか?それとも何かのスキルだろうか?


さらにはその日の夕方に3人のドワーフがやってきて1時間程度で快適な小屋が作られた。ヒノキのような良い匂いがする風呂に魔力を籠めればお湯が出る魔道具まで付いていた。至れり尽くせりだった。

その日から昼夜を問わずエラシスの魔窟に篭りまくった。


回収した素材なんかは俺専用の場所があってそこに置いておけば適時買取報酬が手渡されていた。多分かなりの資金が増えていたのだと思う。その資金は最近全部使ってしまったけどな。


例のドワーフたちが当然のように鍛冶師としての腕は一流というので全ての資金を渡して最高の防具を作らせた。最初は誰が作るかで揉めたようだが結局3人で共作することになった。

防炎に防水、防毒に防刃、そして魔術耐性まで付いた軽くて動きやすい、そして見た目はただの黒いジャージに見えるという防具が完成した。神話級の逸品ができたと3人が大はしゃぎしながら手渡された。


そして3日前、無謀にも黒狼とのリベンジを考えてしまう。


魔窟で鍛え上げた力を試してみたかったんだ。そしてほとんどの眷属を留守番させてあの森へと向かったのだが、正直まだ勝てるとは思っていなかった。せめてどのぐらいの力の差があるのか確認したかったのだ。

あの森に足を踏み入れ遠くの方からでも感じるそのプレッシャーのある方へと重い足を進める。


そしてついに黒狼と再会した。


『またきたの?』

「えっ?」

突然の声にびっくりしすぎて気が抜けた返事をしてしまった。


『そこ!また踏んだら今度こそ殺すわよ魔王!』

「おまえ……普通にしゃべれるのか?」

俺は踏み出そうとしていた足を上げ固まりながらそう尋ねた。


『あら、知らなかったの?』

「いやお前魔物だよな?後、前回はあんな禍々しいオーラ出して俺を殺そうとしてたじゃねーか!いやマジで死にかけたし!」

相変わらずのプレッシャーはあるのだが、その口調からちょっと緊張が解けたかもしれない俺は、さらに話しかけてみる。


『それは魔王、あんたが悪い!あと私は魔物じゃないし!神獣だし!魔物扱いするなら望み通り噛み殺してあげるわ!』

さらに禍々しいプレッシャーがあふれるような感覚に思わず体が硬直する。俺も強くはなったと思っていたが、あの頃とまったく変わらず差が縮まった気はしない。


『前はあんたが私の花壇を荒らしたのよ!せっかく綺麗に咲いたとこだったのに!……なんか思い出したらまたムカついてきた……一回噛んでいい?』

「いや……そういうことなら俺が悪いな。全面的に俺のせいだ……すまん……噛むのは止めてくれ……」

思わず全力で土下座しそうになったがかろうじて足は止まった。最敬礼で済んだのは不幸中の幸いだろう。さすがに土下座する魔王だと眷属がいなくなりそうだ。


「だが言わせてもらいたい。あの時だってこうやって声をかけてくれれば良かった……のでは?」

『ちょっとお散歩に行っていた間に踏み荒らしたのはそっちよ!あー、イライラしてきたわ!それより何でまたここに来たの?私に食べられに来たの?そもそも人なんて食べないけどね!』

俺は額に汗を浮かべながらもう一度深く頭を下げることとなった。


「と、とりあえずだ……もしかしたら、万が一にも、何かの間違いで?お前に勝てる可能性もあるのかなーって思って様子を見に来たんだ……どうやら身の程知らずだったようだ。すまん!」

目の前の黒狼が真顔で俺をジーっと見ている。


『魔王、あんた……面白いわね……』

「はは……」

喉が渇いてしかたない。だがこの状態でミーヤから飲み物を受け取るのはまずいよな?いや、意外と話せばなんとか、な展開かも?


「ミーヤ……何か食い物だしてくれ、肉系で、あとアッポジュースも。あっ……2セットで頼む……」

「ニャー(は、はい……)」

俺はその場に正座をして差し出されたステーキ皿とアッポのジュースを自分の前に……置こうとしたがそれを凝視している黒狼にまず差し出した。


「まあ、前回のお詫びってことで……」

『いいわね!そこにおいて!早く!』

「はいー!」

俺がそれを手早く黒狼の目の前に置くとガツガツとその肉に齧り付いていた。ジュースは木の容器ごとガブリと砕いて中を飲み干し容器は後からペッと吐き出していた。ワイルド過ぎるだろ。


俺はとりあえず手に持っていたもう一つのステーキ皿を再度このワイルド狼に差し出して、アッポのジュースをすすった。相変わらずうまいなこれ。張り付いていた喉が生き返った気分だ。


『はー食べたわ!なにこれ、人間ってこんな美味い物ばかり喰らってるの?』

「まあいつもじゃないが肉は焼いたり味付けたりして食うな」

黒狼は少し首をかしげ何やら考えているようだった。そして……


『魔王、私を雇わない?三食お肉で手を打つけど?』

「はっ?」

『何?いやなの?』

「ぜひお願いします」

突然のお願いに俺はうなずくしかなかった。拒否したら殺されるかもしれないプレッシャーが迫ってきていたから……


こうして眷属ではないが仲間に加わったのがクロだった。

最初は黒狼こくろうと呼んでいたが、何気に近所にいた老犬の名前であった「クロ」と呼んでしまった時には、数秒動きを止め無言でこっちを見ていたので、やっべ殺される!と思ったが言い訳は思いつかなかった。


しかし当の本人からは『そう呼びたいならそれで呼べば』とちょっと弾んだ声で返事が返ってきたので満更ではないのか?と思って「じゃあクロってことで」と返すと『フフン』とご機嫌な声が返ってきた。

俺はそれが面白くて少し口元を緩めると、真顔になったクロから少しだけプレッシャーが増した。


クロはそれ以来、万が一の用心棒ときたるべき時のために三食肉付き昼寝付きの生活を提供しているわけだ。あの時はすぐにエラシスの街に戻り飲食店を廻ってとにかく高い肉料理を片っ端から注文してはミーヤの胸収納に収めておいた。


万が一にでも切らしたら命の保証はないかもしれないとわりと必死だった。


俺がクロとの出会いを思い出し一人黄昏れていたのだが、気付けばクロが片目を開けこちらをチラチラと見ていた。


「なあ、俺がこの国をめちゃくちゃにしたとしたら……お前はどうする?」

『別に何もしないわよ?人間の生活なんて知ったことじゃない』

「それは良かった」

何気に思っていたことの確認ができ一安心しながら、俺は午後になりクロとバトルするという苦行を強いられながらレベルをまた上げていく。


そしてつい最近この拠点にやってきたあの女勇者、エステマから「来るべき時がきたら連絡する」と言って手渡された通信具が鳴るのを、今か今かと待ち焦がれていた。


――――――

真司 ジョブ:魔王

力515 硬395 速415 魔680

パッシブスキル 『異世界語』『神の加護』『魔軍』

――――――


Side:イザベラ


私は幸せな気分で目を覚ます。


久しぶりに悪夢を見なかったのだ。

ここ最近は連日昔のことを夢に見て中々眠ることができなかった。


きっと新しい聖女が召喚された話を聞いたからだろう。


だが昨夜はそんな私を気遣ってくれた愛しのエステマ様が添い寝をしてくれたのだ。まあ本当は私と添い寝する為の口実なのだろうが……

まだ隣で寝息を立て私の方を向いているエステマ様の寝顔を見て嬉しくなった私は、そのままその素敵な胸の谷間に顔をうずめ二度寝を堪能するため目を閉じた。


この世界に召喚され『生者』という謎のジョブになった私。

迂闊にも言葉が分かると言われて嵌めた首輪で自由を奪われた。


それなのに召喚を行わせたあのデブでハゲた厭らしい王には『聖女じゃないのか?』と首をかしげられ、それにも怒りが込み上げ何度絞め殺そうと考えたか分からない。


そして宮廷魔導士様だというおじさんに修行をさせられ、やっと覚えたのは死体を操る『輪廻』というスキルと『死の記憶』という死体から生前の記憶を読み取るというものだけだった。


そして王が「うーん。予想はしていたが駄目そうだな……お前はもう良い!全く時間の無駄だったな!」そう言われ怒りが込み上げる私に、さらに王は「し」と何かを言いかけた時にリザが割って入ってくれた。

多分死ねとか言うつもりだったのだとすぐに分かってしまって心臓が止まりそうになった。全身が冷たくなった感じがして過呼吸になってしまう。


「処分をするなら私にこの体、頂けませんか?最近体がうずいて……」

リザにそんなことを言われ思わずドキッとしてしまう。過呼吸がどっかに行った。


リザはやはり私の体を狙っていたのかと……

前々から私に対する優しさに愛を感じていたからね。



「あの場でああ言えばバカな王はイザベラ様を預けてくれると思いましたので……」

私をあの王の部屋から連れ出してくれた際に言ったリザの言葉だ。結局は私を助けるために言ったセリフではあったが、本心はやはり私への愛ゆえにだろうことは明らかであった。


そしてもう一つ。リザは実はバンパイアであることも知った。その時はリザが私の首筋に牙を立て、血をチューチュー吸ってる妄想でドキドキが止まらなかったのを覚えている。


その後は城を出るとリザに横抱きにされ王都の外れまでとんでもないスピードで連れ去られた。死ぬかと思った。リザやばい!このままどっかに攫われて一緒に仲睦まじく暮らしたい!と思った。

その後は勇者エステマ様と合流し、このままだといつか忘れた頃に王が私のことを思い出し『死ね』と口にしただけで死んでしまう。そうでなくても王が死ねば道連れだという事を聞く。


そんなのはまっぴらごめんだと決死の覚悟で成功は半々だという首輪の破壊に命を懸けた。そして私の首輪は見事に聖剣で破壊され解放された。今でも見るのはあの数秒の聖剣が迫ってくる恐怖と、失敗してしまった場合の妄想という悪夢だ。


それでも今は、命の恩人であり私の最愛の王子様であるエステマ様の身の回りの世話をさせて頂いている。ああ、早くあの王を殺してみんなと幸せに暮らしたい。そんな願望を思いながら布団に潜り込み火照った体を慰めた。


今夜もどうやら寝不足になりそうだ。

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