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見せたい私と見たくない君  作者: 檻ト 暗
1/1

見せたい私と見たくない君の出会い

――四季なんてなければいいのに。


じめじめとした湿気にこれでもかと肌を焼いてくる炎天下のなか。


両脇の田んぼの間に敷かれた熱々な狭路を歩きながら、そんなことを思っていた。


鬱陶しいセミの大合唱が夏の訪れを訴えかけてくる。


「ああああぁぁぁー」


じりじり、みーんみーん、と鳴くセミ声を打ち消そうとぼやいてみたが、虚しい抵抗で終わってしまう。


「あっついな……」


「水まだ冷たいかな」


暑気にイライラしつつも、熱中症にならないようジュースのラベルが貼りついてるペットボトルを手に取る。


飲むと生暖かい水分が喉を伝ってくる、今日一日このぬるま湯で過ごさなければならない。


家を出てからさほど時間が経ってないのに、とても憂鬱な気分にさせられる。


流石、四天王の一人に選ばれている季節。


――全部、夏のせいだろ


やるせない感情をすべて夏に押し付け、逃げるように足を早めた。


田んぼを抜けると、昭和を感じさせる一軒家がずらりと並んでいる。


島根県出雲市で育った自分には見慣れている風景でどこも古臭いと思うばかりだった。


桁下制限高 2.8mと記された錆びた看板を目にしつつ下をくぐる。


ひと一人分ほどの細道に入り、神石神社と掘られた場所についた


鳥居の柱に持たれかかっている人物に目を向け声をかけようとすると


こちらに気づいたのか後ろのバックを左右に揺らしながら走ってきた。


「つっちゃん、おはよ!」


「ああ、ゆきおはよ……待たせたな」


「全然待ってないけん大丈夫」


茶髪のセミロングに雪のように白い花のヘアピンが添えてある、くりんとしたまん丸な目は幼い雰囲気を醸し出していた。


太陽の光に照らされた真っ白い肌、桜色の唇に枝のように汗ではりついた数本の毛先。


やはり待たせてしまったのだろう。


「家で待っててもよかったろ」


「もー、待ってないっていっちょるけん」


「あっそなら行くぞ」


「はーい」


先に歩き出し、それに追いつくよう真横についてくる


優希は神石神社を経営している父子家庭の一人娘であり、特徴的なしゃべり方は親ゆずりだ、今の若者にはとても珍しい。


ラムネ色の真っ青な空に綿あめを浮かべた入道雲の下、目的地を目指す。


顔がしわくちゃになってる老婆、小麦色のした若い健康そうな男、帽子の被った幼い少女、色んな人にすれ違う度、優希へ声を掛けられた。


田舎ネットワークによりこの町のみんなに可愛がられている。


そんな地域の繋がりに嫌気がさし、挨拶から逃げるよう視線を合わせないようにしていた。




「親御さんはええ人なんやけどねー」


「そげそげ」


「ほんと優希ちゃんが可哀想だわね、あんな子とえつも一緒なんて」


「そぎゃんこと言っても仕方ないがね」


「そげかね」


「そげだわね」


家の玄関前で二つの影から耳障りの悪い声が聞こえてくる。


よく見るとお婆さんとお爺さんが話し込んでいるようだ。


いつも無愛想にしてるからだろう、俺の印象は地域の中でとても悪い。


――まぁ、直す気にはならないけどな


気にしないようにして歩み始めると隣にいたはずの優希が立ち止まっていた


優希は表情が曇り、こちらの様子を伺うよう恐る恐る視線を上げる


そして意を決したのか、薄いピンク色に染まった頬を両手で叩く


動き出した正義感の強い小さな肩に手を置いて止めさせる。


「気にしてないから」


「離して、つっちゃんが気にしとらんくてもうちが気になるけん」


「火に油を注ぐだけだ、態度が悪いのは事実だしな」


「そげに言わんでも……」


「気持ちは嬉しいけど、俺の事で優希に迷惑かけるのはもううんざりだ、やめてくれ」


「うん……わかった」


先程より暗い表情を見て、自分の発言に自責しつつ手首に巻かれた安物の腕時計を確認する。


いつもより十分遅れていた、田舎の電車は一回逃してしまうと命取りになる。


「優希、時間ヤバイかも」


「走る?」


「いや、無理死ぬ」


「迷惑かけるのはうんざりだけんね」


いたい所を突かれ眉がピクリと動き、小さなため息を吐く。


「走るか」


「うん!」


最初は速いペースで走れていたが、段々遅くなっていき、最後には歩きと変わらない有様になっていた。


加茂駅と書かれた無人駅の中に入って、膝に手を付き息を落ち着かせる。


時刻を確認し、電車が来るまでの残り時間を確認しながらベンチに並んで腰を下ろす。


「間に合ってよかったが」


「そうだな、走った甲斐があった」


「後半の方はもう歩いちょったけどね」


目を細くし微笑みながら言う優希の表情は、先程までの暗さなど忘れさせるほど明るく見えた。


少しばかり時間が空いている、汗でビショショになった中のシャツが背中へばりついてた。


襟元を掴み引き剥がしてパタパタと風を送ると、徐々に疲れが引いていき、辺りを見渡す余裕が出来てき始める。


掲示板に町の散策マップやスポーツの情報、指名手配犯の顔写真などが貼りつけてある。


その下には様々なパンフレットが置かれていた。


基本、観光関係の物が多かったが、身に覚えのない表紙に視線を奪われた。


長方形に赤く塗りつぶされた絵の上に白い十字マークとその下にハートマークが描かれている。


そしてイラストの右側には文字が書かれていた。


『ヘルプマークを知っていますか?援助が必要な方のためのマークです』


初めて知った興味が湧いて重くのしかかった腰を素早く浮かせる。


「つっちゃんどうしたの?」


「いや、ちょっと……」


いきなり立ち上がったのに疑問を感じた優希が心配して付いてくる


紙を手に取りページをめくる、どうやらヘルプマークというのは、外見から分からなくても援助・配慮を必要としていることを知らせるためのマークらしい。


「へー初めて見た」


「俺もだ」


後ろからひょっこりと覗き込んでいた優希が、思い出したかのようにあ、そうだと手を叩く


「今日の一時間目は障がい者さんのお話を聞くんだよね」


「そうだっけ」


全く覚えてない辺り、昨日の自分は聞いてなかったのだろう


「先生の話、聞いちょらんかったでしょ」


「寝てたかも」


そんな他愛のない会話をしていると、一両しかない電車が到着する


中に入り当たり前に空いてる席へぐったりと座る、冷房の効いた室内はとても心地よかった。




学校に着き、下駄箱から少し汚れた緑色のスリッパを取り出す。上から落としパンッという音を響かせ履き替える。


「おはよ、つっちゃん」


後ろから声を掛けられ振り向くと、肩幅が広くガタイのいい男が、ニヤニヤしながら健康の象徴を表しるような肌の焼けた手を掲げていた。


秋人は文武両道の文だけを抜き取った、いわゆる体育会系に分類されるであろう人物だ。


一年の頃からの数少ない友達であり、余りこちらに踏み込んでこない距離感が今もこうして繋がっている理由だろう。


「秋人その呼び方やめろって言ってるだろ」


「えー、冬野ちゃんだって同じ呼び方してるしいいじゃんかー」


「優希はもう諦めた、でもお前はまだ更生の余地がある」


「人を犯罪者みたいに言うなよ」


「うちは更生の余地がない犯罪者……」


隣で落胆している優希を尻目に咳払いする。


「……とにかく、次やめないと姉に言いつけるからな」


秋人には一つ上の学年にお姉ちゃんがいる、ただ姉弟で仲が良くないのか一緒にいる所を見かけたことがない。


「なんて言うんだ?」


掲げた手を顎に当てて聞いてくる。


「秋人にカツアゲされて挙句の果てには、セミを食べさせられたと訴える」


「お前、たまに恐ろしいこと考えるよな」


でも、と切り返される。


「そんな話、姉貴が信じると思うか?」


「ああ、信じる」


「正解」


答えを言い当てられた秋人は降参したかのように両手を上げる。


それから甲の部分が千切れかかったスリッパにそそくさと履き替えた。


「じゃっ先行くわ、また後でな」


「ああ」


「がんばれよ」


最後にそう零した言葉の理由は、後ろから漂う気配ですぐに理解した。


小走りで行った秋人の背中が遠くなるのを眺める、いや正確に言えば眺めていたかった。


この後、起こるであろう出来事に目を向けたくないからだ。


腰あたりを、後ろからポンポンとグーで2回叩かれる。


「うち犯罪者?」


振り向いたら負け、人間の防衛本能が機能している。


般若のような顔をしているのか、それとも逆に満面の笑み浮かべているのだろうか、どちらにしろ想像するだけで怖い。


ただ、どこに言葉を投げても地獄だろう言い訳のしようがない、積みゲーだ。


「誰だ優希にそんなひどいことい――」


「つっちゃんがいっとったがん!!!」


鋭利な怒鳴りが言葉を切る。




クラスの教室へ向かう途中、優希に説教されながら心の中では裏切り者の顔を浮かべている。


――秋人のやつ針何本くらい飲んだら後悔するだろか。


復讐心に燃え、どう痛めつけてやろうか考えていた。


――あんな奴でも数少ない友達と呼べる一人なんだよな。


憎みきれない友人にため息しつつ、教室の前までやってくる。


「つっちゃんわかった?」


「はいはい、わかりました」


「もー絶対わかっちょらん」


ぷっくりと頬を膨らませ優希が教室のドアを怒気の乗った手で強めに開ける。


教室に入ると一人の女子がこちらに近づいてくる。


「ゆきー!」


「ち、ちょっと、なえちゃん」


なえちゃんと呼ばれた子が優希の胸に飛び込んでポニーテールを揺らしている。


「おはよゆき今日もかわいいよー」


「……おはよ」


「ゆきなんか元気ない?」


「い、いや大丈夫」


そう答える優希から視線を外した奈枝は、こちらに怪しい目を向ける。


非常に面倒くさいことになりそうな予感がした。


「あんた、なんかした?」


――察しがよすぎるこいつは優希の専門家なのか


「何もしてない」


「嘘つかないでよ、どうせあんたのせいでしょ」


鋭い指摘に止まっていた身体が硬直した。『あんたのせい』その言葉が耳に入り込んで脳を犯していく。


心がふわっとした感覚になり、息が上手くできない。


――そっか、俺のせい……俺のせいか見たくないな。


この世界は見たくないが多すぎる。


「そうだな、悪かった」


返答に不満があったのか、優希から身体を離しバリケードのように俺の前へ立ちふさがる。


「あの、ごめん席行けないんだけど」


「あんたいい加減さ、人の目みて話したら?」


すごい剣幕で睨みつけ、誰のかも分からない机に手を置く。


そして、今までの鬱憤を打ちつけるよう大きい音を鳴らした


和気藹々と騒がしかった教師の中が水を打ったように静まり返る。


「な、なえちゃん落ち着い――」


「優希は黙っとって」


ここで逃がすまいと立て続けに攻めてくる。


「自分のことばっかり見て、他の人には目を向けようとすらしない」


「そんなんで世の中やっていけると思ってるの?」


正論という名の鈍器が心を粉々に砕こうとしてくる。


ただ、砕くには物質が固くなけらばならない。


そんな強固な心はとうの昔に焼かれ溶けてしまったのだろうか。


「見たくないものを見なくて何が悪いんだ」


「はっなにそれ、私はその見たくない物ってこと」


「そういうことになるな」


怒りを通り越して呆れたのか、軽蔑したような表情に変わる


「ふん子どもじゃん嫌なことから逃げてるだけ」


馬鹿にしたように鼻で笑いながら言う


「子供だ」


淡々とした様子が気に食わなかったのか眉毛をピリつかせる


「ほんとムカつく、あんたの親はあんなに良い達なの――」


「なえちゃん!!」


教室に強い叫びが響き渡る、言葉を遮られた奈枝は驚いた顔を隠せず口を半開きにしていた。


「それ以上はダメ」


怒りに満ちた瞳が奈枝を掴んで離さない、訴えかけるように向け続ける。


「……ゆき」


「それ以上言ったら、怒るよ」


「ご、ごめん」


萎縮した奈枝が覇気のない声で返す


「うちじゃない、つっちゃんに謝って」


「それは……イヤ」


「なえちゃんもこども」


うっ、と声を漏らし視線を反らす。


ちょっとした間が空いた後、怒気を吐き出すよう深くため息をつく


「ごめん言い過ぎた……かも」


優希の様子を伺いながらもちょこんと頭を下げてくる。


誰かの為に必死こいて怒れるのは、自分にちゃんとした芯があるからなのだろう。


「別に謝らなくていい、事実を言っただけだろ。俺は逃げてるし子供だ」


「なんで……」



――キーンコーンカーンコーン


優希がそう呟くと朝のチャイムが鳴る


急いで窓際の一番前の席に腰を下ろした。


しばらくすると丸メガネをかけた女性の担任が教室に入ってくる。


先生のちょっとした近況報告やクラスや学校の伝達事項などを伝えられた


「えっと昨日も言ったと思いますが、今日の一時間目はあなた達の同じ年で障害を持った子たちが来てくれます」


「基本はお話を聞くだけですが、グループに分かれて質問タイムがあるので考えておくように」


「後、勇気を持ち率先して来てくれた子達なので、当たり前のことですが失礼のないようにしましょう」


SHRが終わり出ていく先生、窓際にいる俺は何の意味もなく外を見つめる


障害を持った子、どんな子たちが来るのだろうか想像もつかなかい。


そういった知識が全然なかった。形は知っていても中身は生きていく上で不利を背負った人というイメージの押し付けしかできない。


それは俺がもっとも嫌いとする行為だった。


現実から逃避したくなり、机の中からファンタジー系のライトノベルを取り出す。


魔法と剣を駆使してモンスターを倒していくのはとても非現実的で生まれ変わってみてみたい世界だ。


ただ、自分の中の常識が他人にとっては全く異なるものであるのと一緒で、ファンタジーの世界で生まれた人にとっては魔法と剣は現実であり、モンスターは恐怖でしかない。


もし今読んでいる本の世界に飛び込んだとしても、どこかでまた見たくない世界が広がっていくのだろう。


そんなことを考えていたら、朝に流れたチャイムが再び鳴る。


読んでいた本を名残惜しそうに閉じ机を眺める。


廊下から複数の足音がし止まったと同時にドアげ開かれる。


担任の先生と障害の先生、その後に同い年の子がぞろぞろと入ってくる。


号令を済ませ、障害の先生が今回の交流に至るまで経緯などを軽く話す


「同じ高校生でもこんな子達がいるんだよって知ってくれるだけでもとても嬉しいです」


教室の机を互いくっつけあいそれぞれのグループに障害の子達が混ざる


「では、グループに分かれていると思うのでそこで一人一人自己紹介をお願いします」


その発せられた後、教室内が徐々にざわついてく。


「清川 春野です。よろしくお願いします」


とても綺麗な音が耳に届く、山にある綺麗な川のように透き通っていて、この夏にぴったりなように感じた。


「清川さん、よろしく!」


同じグループにいる優希が返すとそれに続いて他の人も挨拶をしていく。


「えっと、今は盲学校に通っていて、目が見えなくなる障害を抱えています」


目が見えなくなる、その言葉を聞いて驚いて視線を上げる。


つややか長い黒い髪、キリッとした二つの大きい目に小さな口、余りにも整ったその顔立ちは非現実感を与えてくる。


今にも壊れてしまいそうな華奢な身体は透き通るような真っ白い肌をしていた。


「羨ましい」


自然と心に思っていたことが声に漏れ出ていた。


鮮烈な瞳がこちらを向く、目を更に大きく見開いている。




見えなくなる彼女と見たくない彼の初めての出会いだった

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