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立ち並ぶ店を順番に見て回る。食品、日用品、武器、防具など、取り扱っているものは様々で、中々服を売っている店が見つからない。暫く歩いた所で、大きなショーウィンドウのある、煌びやかな洋服店を見つけ、足を止めた。
「ここ、男性用の服は売っていませんよ...?」
「うん、いいからいいから」
開けっ広げになっている入り口から少女を押し込むようにして中に入る。外の小洒落た風と同じように、店内も多くの装飾や豪華な服で飾られていた。
手持ちの金貨で足りるのかどうか心配になりつつ、商品を見て回ろうとすると、店員であろうぴちっとした服を着た男が目の前に立ち塞がった。
「お客様。大変申し訳ございませんが、当店にはドレスコードがございまして」
「ドレスコード」
「はい。申し訳ありませんが、他のお客様の目もございますので」
「いや、こちらこそ、すいませんでした」
そりゃ、服屋に全身鎧を着たヤツがいたら、誰だって怖いだろう。
盛大に込み上げてきた気恥ずかしさをなんとか堪え、少女と共に踵を返す。
「ああ、お客様」
背後から店員の声が掛かる。
「退店いただくのは、お連れ様のみで結構です」
「は?」
店員の視線の先には、少女の姿。状況と発言の内容を理解するのに、数秒の時間を要した。
「先程も申しましたように、他のお客様の目もございます。当店も些か困るんですよ...奴隷のお連れ様など」
口角を少し上げながら、店員はそう言い放った。
「わ...私は外に出てるので...」
「いい」
申し訳なさそうに歩き出した少女を制し、目の前のいやらしい表情をした店員を睨みつける。
どうする。ぶん殴ってやるか。侍の...切捨御免みたいな制度はこの世界にないだろうか。いや、落ち着け。ここで事を荒げるのが一番まずい。これからの生活に支障をきたしたら...
「ちょ...リーゲル!!!!」
遠くから聞こえて来たような怒声に、ハッと我に帰る。
店の奥から、これまた店員と思しき女性が、血相を変えて飛んできた。他の店員と色違いの服を着ているので、上の立場の人間であろうか。
「申し訳ございません!!!!」
厄介事を持ってくるな、と叩き出されるかと身構えたが、その女性の店員は駆け込んできた勢いそのままに、床に平伏した。
「我々の教育不足です!お客様にあのような態度を取らせてしまって!お買い物はこのまま続けて頂いて構いません!お連れ様もご来店の必要などありません!」
土下座したまま叫ぶ店員の勢いに押され、何も言えないでいる。それは、その隣で青ざめている男の方も同じのようだ。
「ですのでどうか...それだけはご容赦下さい...!」
そこで、自身の手が腰に携えた剣に掛かっていた事に気が付いた。慌てて手を離した剣の鞘から、一筋の血が流れ落ちた。
「ああ、ありがとうございます...黒騎士様...!」
「く...黒っ...!?」
「黒騎士」。その一言で、周りの人間が一斉に凍り付いたのが感じ取れた。店内に客は全員がこの騒動...いや、俺そのものに視線を向け、訳が分からずいた男の方は、大慌てで床に頭を擦り始めた。
このままここにいると良くないと感じ取り、少女を連れて急いで店を出る。身を潜めるように雑踏の中に紛れ込むと、少女が俯きながら呟いた。
「ごめんなさい、私がいたから...」
「気にしないでいいよ。あんな店、二度と行かないから」
ちらりと背後に目をやると、未だ床に伏したまま、機械のようにがたがたと震える二人の店員の姿があった。