5_僕とおもてなしとビーフシチュー
僕の名前は広瀬優斗。16歳、男、彼女なし。
最近、僕の毎日は楽しい。
週に一回のペースで遊ぶ人ができたからだと思う。
小林匡宏さんという無口で無愛想なサラリーマンだが、実際は話しやすく気遣いができる社会人だ。
10月――
小林さんと出会ってから2ヶ月。
いつものようにトレジャーバトルで遊んだ帰り道、何気なく会話をしていた流れから僕に勉強を教えてくれるという話になった。
「高1の問題だろう…それくらい…」
どうしよう…悩むのは一瞬でこの目の前のサラリーマンが悪い人じゃないのは分かっている。
僕が立ち止まって考えを巡らせているとビクつきながら僕の顔をのぞきこむ。
「ど、どうしたんだ…?」
小林さんは気を遣って言ってくれたのかもしれない。だけど、僕は甘えることにした。
「教えてください、お願いします!」
12月――
小林さんと出会ってから4ヶ月。
小林さんは親身になってくれたり、両親のことを聞かないでくれたり、僕にとって非常にありがたい存在になりつつある。
日頃のお礼をしようと思って電話する。
「お世話になっているので忘年会しませんか?おもてなし、します」
『…忘年会?…そうだな。勉強の後に美味いもん食べるか』
(忘年会っていうより、いつもの勉強会じゃん…)
小林さんは勉強会のとき、いつも美味しそうな手土産を持参してくれる。
「俺が食べたいから」「ちょうどいいサイズがなくて」「余ったら明日食べて」
二人では多すぎる量を買ってくるので、いつも余る。
(その余りを翌日以降に食べるのは嬉しいけど…いや、すっごく嬉しいけど…たまには逆のことをしてみたかったのにな…)
忘年会当日――
高いお肉を使ってビーフシチューを作った。下ごしらえは大変だったけど美味しくできた。
(小林さん…喜んでくれるといいな…)
夕方、小林さんはビールを水のように飲んでいた。
顔に出るかな、と思ったけど相変わらずの無表情だった。
その後すぐに歴史の勉強をする。
教科書を読んでいる時、僕は漢字が読めなかった。
「ざいはら…ぎょうへい…?」
「在原業平「ありわらのなりひら」だ」
読み間違えて教科書にルビを振っていると、小林さんは気にする必要はないぞ、と言う。
「俺はザイゲンと読み間違えて笑われたことがある。読めないよな、普通…」
小林さんは僕をバカにしたり笑ったりしない。勉強を教えてくれるし、テストに出る予想も立ててくれて本当に感謝している。
(今はお酒を飲んでいるせいか、いつもより雑談が多いかもしれない…でも楽しい…)
勉強が終わって忘年会――
「このビーフシチュー…広瀬の手作り?すごく美味しいよ」
「良かったです…」
小林さんは美味しいと食べてくれたけど、だし巻き卵のほうが食い付きが良かったかもしれない。
(でもいいや…ちょっとしたパーティーみたいで楽しいし、少し酔ってる小林さんも面白い…)
缶ビール4本目に突入した小林さんは『ドッグタグ』のチームリーダーについて愚痴を繰り返す。
「そのチームリーダーが辞めさせてくんねーのよ。最近は会話するだけで気分が悪くなる」
僕はずっと気になっていたことを問いかけた。
「あの…そもそも、どうして『ドッグタグ』のチームに入ったんですか?」
「あーそれはな…引くなよ…?」
ビールをグィッと飲みながら空になった缶を置く。
「広瀬の情報が…なにか掴めるかと…思ったんだよ…」
「…えっ?僕ですか?」
(本当に…?)
信じられなかった。
「僕のためにチームに入ったんですか?わざわざ…?」
「そう…お前から見たらさ、俺も相当…気味悪いよな…」
「いえ、そんなことありませんけど…」
(そこまでして、探してくれてたんだ…)
僕はちょっと感動していた。
「もう一度…会いたいと思って…さがしてた…あのプレーが忘れられなくて…な…」
そう言って小林さんは寝落ちした。
気持ち良さそうにコタツの中で横になっている。
(どうして僕のために、ここまで行動してくれるんだろう…?)
寝てしまった小林さんを起こすことができず、メガネだけ外す。
(そんなに僕のプレーっていいのかな?)
コタツの布団をかけ直して、小林さんが寒くならないようにしながら考える。
風邪をひくから起こさなきゃと思うけど、もう少しだけこのまま…そう思っているうちに僕もいつの間にか寝てしまった。
「…広瀬、起こして悪い」
目を覚ましたら22時過ぎだった。
「俺はもう帰る」
「はい…」
(一時間ぐらい寝ちゃったな…。まだ眠い…)
小林さんは少し片づけて、空き缶だけ持って帰ろうとしている。
(そんなに気を遣わなくてもいいのに…)
ぼんやりしながら小林さんの行動を目で追っていた。
「広瀬…ビーフシチューの残り、もらってもいいですか?明日また食べたい」
「あっ…はい…!」
嬉しくなって目が覚めた。
(気遣い上手なんだな…)
タッパーに入れて、ビニール袋に入れて、手提げ袋に入れて渡した。
「おもてなし、ありがとうございました。また来年、良いお年を…」
う~寒いな、と空き缶をガチャガチャ鳴らして帰って行った。
団地の階段から見送っていると、一回だけ振り返って手を振ってくれた。
2006年、冬――小林さんに出会えてよかった