4_俺と優斗と忘年会
俺の名前は小林匡宏。25歳、男、独身、彼女なし。
会社帰り、いつものように新宿のファミレスで広瀬と待ち合わせをしていた。
お店に入って、広瀬の向かいの席に座る。
「…今日は煮込みハンバーグか?旨そうだな」
端正な顔立ちを向けて、こんばんは、と微笑み俺の前に皿を置く。
「お仕事お疲れ様です。良かったら一口食べますか?」
カトラリーケースからフォークを取り出し一口もらう。小ライスも少し食べた。
「悪いな」
「いえ…今日はどうしますか?」
「あぁ、食べながら聞いてほしいんだけど…」
「はい」
「その…俺は…つまり…」
「はい」
「トレジャーバトルのチームを…作りたいと思っている」
「トレジャーバトルのチームですか?」
広瀬は食べる手を止めて俺の話を聞いていた。
「それで…もし広瀬が嫌じゃなかったら…俺のチームに入ってくれないか?」
大きな目をパチクリさせながら驚いている。
「…頼む」
「いいですよ、もちろん」
頭を下げる俺に何でもないことのように答えた。
「ほ、本当か?本当にいいのか…?」
「はい、小林さんにはお世話になっていますし、実際チームに入ってみたいなって思ってたんです」
俺は野望に一歩近づいたことに浮かれた。
(マジか…やったぜ。今日の晩酌は高いワインにしよう…)
広瀬はハンバーグを切り分けながら、あれ、と顔をあげる。
「あの…でも…小林さんは『ドッグタグ』のチームに所属してました…よね…?」
広瀬の言う通り俺はチームに所属していた。広瀬の情報を何か掴みたいと思って入会していたのだ。
だが、何の情報も得られずパシリ扱いを受けるという散々な結果となった。
「『ドッグタグ』は辞めようと思ってる」
「そうですか」
「あぁ…」
その日はトレジャーバトルを少しして広瀬と別れた。
後日、久しぶりに『ドッグタグ』の交流会に参加する。参加する理由は一つ、チームを抜けるためである。
さっそくマネージャーの愛さんに声をかけた。
「辞めるの?」
「はい、自分でチームを立ち上げたくなりまして…」
「はっ?小林君が…?」
なんだかバカにされたような言い方は気のせいだろうか。
リーダーに聞いてくるわ、と愛さんは行ってしまった。俺はその場にとどまって、愛さんの帰りを待つことにした。
「小林君、芹沢君が直接話したいって…奥の部屋にいるから入って」
愛さんの視線の先にはチームリーダーが待機している部屋がある。
ちなみに芹沢さんは『ドッグタグ』のチームリーダーである。
チームに入る実力が足りてない俺が『ドッグタグ』に入会できたのは芹沢さんが特別に許可してくれたからだ。
だから普通はリーダーに恩を感じるはずだが…俺はこのチームリーダーに苦手意識を持っていた。
コンコン、ノックして部屋に入る。
「…匡宏、久しぶりだね」
「ご無沙汰しています」
芹沢さんは革張りのソファに座って足を組んでいる。
「辞めるって聞いて驚いたよ。自分のチームを立ち上げるって…?」
「はい」
「ん~、どうしようかな~」
ソファから立ち上がり俺の近くまで歩いてくる。
「辞めたければさ~」
センター分けした金髪から愉しそうに目を光らせる。
「トレジャーバトルで僕に勝てたら…いいよ…」
(それは無理だろう…)
「…そんなこと言わず辞めさせてくださいよ。俺、めちゃくちゃ弱いじゃないですか」
なんとなく自分を卑下してしまう。
芹沢さんはトレジャーバトルが上手いのだ。広瀬と同じくらいかもしれない。
俺は首から下げているシルバーチェーンを外す。
「ドッグタグ、お返しします」
チームに入った時にもらったものだ。ネックレスのタグの中央に番号が表記されている。
俺の番号は74番。
「だからね、匡宏…」
芹沢さんはネックレスを受け取ると、俺の首につけなおした。
「僕に勝てたらいいよ」
クスクスと愉快そうに笑い、ドグダーマーチンの靴を響かせながらソファに戻る。
沈み込んだソファからギシッと音が鳴る。
「…俺が芹沢さんに勝てるわけ…ないじゃないですか」
「そっか…それじゃあ辞めることはできないね」
(辞めることができない…?せっかく広瀬が俺の作ったチームに入るって言ってくれたのに…)
「…その勝負の相手って、俺じゃなきゃダメですか…?」
(広瀬が…あいつがプレーしてくれたら勝てる可能性もあるのに…)
「匡宏の代わりにプレーしてくれるお友達ができたの?」
へぇ、と目を光らせる芹沢さんが怖かった。
「ッ、いえ、友達ではありません!」
失礼します、とお辞儀してその場を後にした。逃げるが勝ちだ。シッポを巻いて逃げるとも言えるかもしれないけど、断じて違う。
「小林君帰るの…?チームを抜ける件は…?」
途中、マネージャーの愛さんに遭遇した。
「その、俺がトレバトで芹沢さんに勝てたらチームを辞めていいって…」
「んっ、それは無理だね」
即答された。
結局、『ドッグタグ』を辞めることができず、時間だけが過ぎていった。
クリスマスが過ぎた頃、広瀬から連絡があった。
『成績も上がってきてますし、いつもお世話になっていますから…ウチで忘年会しませんか。おもてなし、します』
(おもてなしってなんだろう…?)
広瀬いわく、勉強会が終わった後にいつもより豪華な食事がしたいということらしい。
「…そうだな。勉強の後に美味いもん食べるか」
特に予定もなかったし、了承して電話を切った。
忘年会(という名の勉強会)当日――
手土産はいつもより豪華なものを買ってきた。それを渡し、お邪魔しますと家に入る。
「家の人…いないんだな…」
「はい」
さすがに今日は家の人に会えると思っていた。
だが、広瀬の家庭について聞けない雰囲気があったので俺は聞かないことにした。
「それじゃあ…勉強するか…?」
「そうですね」
夕方、一段落したところで休憩をとることにした。
「あれ…?ビール買ってあるの…?」
6缶パックのビールが置いてある。
「はい。3本冷やしてあります。忘年会なので用意しました」
「へぇ…1本飲んでいい?」
いいですよ、と言って冷蔵庫から冷えたビールを渡される。
(広瀬の前で酒飲むの初めてかもな…)
プシュッとプルタブを開けながら考える。
広瀬はビールのつまみに出し巻き卵を作ってくれた。大根おろしを添えてある。
(なんて気がきく子だろう…よくできた高校生だ…)
「ん~しみる」
「えっ…?大根辛かったですか…?」
「いや、心にしみる」
「…もう酔ってるんですか?」
まだ勉強があるんですからね、と言われる。大丈夫だ、分かっている。
勉強会を再開して、歴史の教科書を読んでいる時、広瀬が読み間違えを連発した。
「ざいはら…ぎょうへい…?」
「あぁ、在原業平〈ありわらのなりひら〉だ」
(歴史は不得意なのか…?大丈夫、俺は得意だ)
勉強が終わり、忘年会をしよう、となった。
テーブルには豪華なラインナップが並ぶ。ビールもある。
「さて…何に乾杯するかな…?」
俺はビールを持ちつつ考える。
「僕たちの出会いに、とかどうでしょう?」
「……」
思考が停止した。
「…なんで何も言ってくれないんですか?」
「あっ悪い…。よし、俺たちの出会いに乾杯」
「かんぱ~い」
広瀬は麦茶で、俺はビールで乾杯する。
気持ちよくお酒を飲みながら、『ドッグタグ』の愚痴を広瀬にこぼす。
「…でな、そのチームリーダーが辞めさせてくんねーのよ」
缶ビール3本開けたところだ。だいぶ酔いも回ってきた。
「そのチームリーダーってトレバトが上手いんですか?」
「ん、上手いな。芹沢さんと広瀬、どっちが上か俺には分からん」
「そうですか…」
俺が持ってきたフルーツケーキを食べながら広瀬は考え込んでいる。
「あの…小林さんが勝たないとチームを抜けられないなら、年明けにトレジャーバトルの特訓でもしましょうか…?」
「マジ…?いいの…?」
「いいですよ。初詣も行きたいと思っていたので付き合って下さいね」
「……」
思考が停止した。
「…なんで何も言ってくれないんですか?」
「あっ悪い。初詣、行こう。おみくじとか、引こうな」
いいですね~は~やく、こいこい、お正月~♪
広瀬が小さい声で歌い出した。
だんだんと広瀬が可愛く思えてきたんだけど、俺は大丈夫だろうか…。
2006年、冬――俺の野望まで、あと一歩が遠かった