1_俺と優斗とトレジャーバトル
俺の名前は小林匡宏。25歳、男、独身、彼女なし。
俺は可もなく不可もなく人生を歩んでいる。
大学院卒業後、大手メーカーに就職した。
志望は医療部門の開発だったが、配属先は、映像の一眼レフカメラ開発だった。
同期が工場や他県に配属されていく中、俺は都内勤務で快適なオフィスで働けている。
先輩たちは新入社員にすぐ辞められては困るので、親切丁寧に接してくれる。もちろん定時で帰れる。
何の問題もない、9時~18時勤務、手厚い福利厚生、ボーナス、長期休暇など…
だが、だがしかし、19時に家にいてもやることがない。
仕事に情熱を燃やしたいが、仕事はそこそこ、誰にでもできる仕事なんて、やる気も起きない。
もっとこう…情熱を向けるもの…俗に言うパッションが俺に足りてなかった。
刺激がほしいわけじゃない…自分がワクワクするものに出会いたいと思うようになった。
そんな葛藤を抱えながら仕事の帰り、新宿のゲームセンターに入った。
ガヤガヤしている店内、トレジャーバトルの台がある。人気のアーケードゲームなので、そこそこ台が埋まっている。そこに一人の高校生が座っていた。
線が細いが存在感がある男子高校生の対面に座り声をかける。
「勝負しないか?」
その男子高校生は無言でうなずき、勝負してくれた。
「チャーリー」 VS 「シャーク」
俺のチャーリーはすぐに負けたけど、男子高校生の圧倒的な強さに強く惹かれた。
名前を聞こうと立ち上がると、その男子高校生はいなくなっていた。
それから俺は会社帰りにゲームセンターに寄るようになった。男子高校生にもう一度会いたかったからだ。
しかし会えないまま――
トレジャーバトルをしていれば、もう一度男子高校生に会えることを信じて、当時有名だったチーム『ドッグタグ』に所属した。
「匡宏、飲みもん買ってこい」
「はい…」
チーム内ではパシリ同然の扱いで、少々嫌気がさしていた。
そんなある夏の日――
新宿の街で見つけた、男子高校生。だが何やら様子がおかしい。二人組の警察官に補導されそうになっている。
「…離してください、一人じゃないんです。大人と来てるんです!」
男子高校生は必死に抵抗していた。
「じゃあ、その大人を呼んできなさい」
「今は…」
「そんな大人なんていないんだろう?名前を言いなさい」
俺はすぐさま駆けつける。
「あの…!俺がその大人です。成人しています。この子の兄です」
その後、免許証の確認など軽くされ、男子高校生と一緒に解放された。
男子高校生は俺と目線を合わせずお辞儀する。
「…助けてくれて、ありがとうございました」
「いや、いいんだ。それより俺のこと…覚えてる?」
男子高校生は戸惑いつつ警戒心を強めている。
「あっ、怪しいもんじゃないんだ。変なナンパとかでもなく…」
俺は焦って会社の名刺を渡す。
「こういう者です。半年くらい前に君とトレジャーバトルで対戦して…」
男子高校生は名刺を凝視している。
「…もう一度、君に会いたかったんだ」
俺の言葉にハッと顔を上げる。
(まるで告白みたいだな。また警戒されるんじゃ…?)
焦る俺とは対照的に男子高校生は微動だにせず口を閉ざしている。
(俺の言葉は届いているのか…?)
あまりに無言なので心配になっていると、ゆっくり思い出すように男子高校生は口を開いた。
「チャーリー…でプレー…してましたよね…覚えてます」
「ホントに…覚えてるの…?」
ちょっと嬉しくて口元がゆるんでしまう。
「はい…。それでは…失礼します」
お辞儀をして、そのまま立ち去ろうとするから慌てて引き留める。
「ちょ、ちょっと待って、いま、暇?少し話す時間ない?」
(本物のナンパじゃないか。今度こそ不審者扱いされるかも…)
必死の形相にちがいない俺を男子高校生はジィーと見つめたあと、はい、と返事をする。
「…えっ!?」
「時間…あります」
俺から誘って、俺が戸惑う。
(さて、どうしたもんか。俺から話したいと言ったが、何を話せばいいんだろう?)
わからんが、こういうときは喫茶店で話すのだろうか。
わからん…を50回くらい繰り返しながらテラス席でコーヒーが飲める場所に連れていく。
店内に入って看板のメニューを二人で眺める。
「コーヒー以外に何か食べたいものはあるか…?」
「ホットドッグが食べたいです」
「ソースはどうする?ホットチリ、3種のチーズ、バーベキュー」
「えーと……んーと……ケチャップで…」
「…分かった。先に席で待っててくれ」
はい、素直に返事をしてテラス席に腰を落ち着けている。
(何だろう…俺…何してるんだろう?)
不思議と嫌な気持ちはなくて、なんとか知り合いになりたい、と考えを巡らせていた。
「どうぞ」
アイスコーヒー2個とホットドッグを置いた。ケチャップ入りである。
「ありがとうございます、いただきます」
両手を合わせてホットドッグを食べ始める。対面に座っている俺はアイスコーヒーを飲みながら男子高校生を観察する。
以前会ったときと変わらず線が細くて花がある。
「…いつも新宿にいるの?」
「たまに…来ます」
視線を落としつつ、答えてくれる。
「…この辺は警察官も多いし、補導されると補導歴がつく場合がある。余計なお世話かもしれないが、この先の人生に汚点を残しかねない」
聞こえのいい話しのように伝える。
どうしてもこの子と知り合いになりたくて、どうしたらこの先も連絡が取れるか、必死にその方法を探し出す。
「俺はこの辺で働いているし、成人しているから、その…君が…この辺で遊びたくなったら…俺を呼んでくれれば、いいんじゃないだろうか?」
(何を言っているのか、だんだん分からなくなってきた)
心配になって男子高校生の顔色を伺うと、口の端にケチャップをつけたまま、俺を凝視していた。
「どうしてそんなに…親切にしてくれるんですか…?」
(確かに…おれ、気味悪いよな…どうしてって聞かれてもな…)
自分の考えを頭で整理しながら紙ナプキンを持つ。
「君のトレジャーバトルのプレーが忘れられなくてさ…」
紙ナプキンを折りたたみ、男子高校生の口元のケチャップをぬぐう。
「もう一度、君のプレーを見てみたいんだ」
男子高校生は大きい目をさらに大きくしている。
(あれっ、この子、すごい汗じゃないか…?)
ハッとして俺は辺りを見回す。今は夏で、他の客は空調が効いた店内で飲食している。
「わっ、悪い、夏なのにテラス席とか…暑いよな!」
(何をしているんだ、俺は!)
ガタっと立ち上がる俺に「いえ」と控えめな笑顔を作る。
「僕、エアコンが効きすぎた場所が苦手なので、ここがちょうどいいです」
「…そうか」
「はい」
この子の笑顔を初めて見た気がする。
「僕、広瀬優斗です。新宿に来る時は連絡します」
よろしくお願いします、と丁寧に挨拶された。
2006年、夏――俺はようやくパッションに出会えた。