表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
頑張ってね、小林君!  作者: もう無理だよ
1/211

1_俺と優斗とトレジャーバトル


俺の名前は小林匡宏。25歳、男、独身、彼女なし。


俺は可もなく不可もなく人生を歩んでいる。


大学院卒業後、大手メーカーに就職した。

志望は医療部門の開発だったが、配属先は、映像の一眼レフカメラ開発だった。


同期が工場や他県に配属されていく中、俺は都内勤務で快適なオフィスで働けている。



先輩たちは新入社員にすぐ辞められては困るので、親切丁寧に接してくれる。もちろん定時で帰れる。


何の問題もない、9時~18時勤務、手厚い福利厚生、ボーナス、長期休暇など…

だが、だがしかし、19時に家にいてもやることがない。


仕事に情熱を燃やしたいが、仕事はそこそこ、誰にでもできる仕事なんて、やる気も起きない。


もっとこう…情熱を向けるもの…俗に言うパッションが俺に足りてなかった。


刺激がほしいわけじゃない…自分がワクワクするものに出会いたいと思うようになった。




そんな葛藤を抱えながら仕事の帰り、新宿のゲームセンターに入った。


ガヤガヤしている店内、トレジャーバトルの台がある。人気のアーケードゲームなので、そこそこ台が埋まっている。そこに一人の高校生が座っていた。


線が細いが存在感がある男子高校生の対面に座り声をかける。


「勝負しないか?」


その男子高校生は無言でうなずき、勝負してくれた。



「チャーリー」 VS 「シャーク」



俺のチャーリーはすぐに負けたけど、男子高校生の圧倒的な強さに強く惹かれた。


名前を聞こうと立ち上がると、その男子高校生はいなくなっていた。



それから俺は会社帰りにゲームセンターに寄るようになった。男子高校生にもう一度会いたかったからだ。



しかし会えないまま――


トレジャーバトルをしていれば、もう一度男子高校生に会えることを信じて、当時有名だったチーム『ドッグタグ』に所属した。


「匡宏、飲みもん買ってこい」


「はい…」


チーム内ではパシリ同然の扱いで、少々嫌気がさしていた。




そんなある夏の日――


新宿の街で見つけた、男子高校生。だが何やら様子がおかしい。二人組の警察官に補導されそうになっている。


「…離してください、一人じゃないんです。大人と来てるんです!」


男子高校生は必死に抵抗していた。


「じゃあ、その大人を呼んできなさい」


「今は…」


「そんな大人なんていないんだろう?名前を言いなさい」


俺はすぐさま駆けつける。


「あの…!俺がその大人です。成人しています。この子の兄です」


その後、免許証の確認など軽くされ、男子高校生と一緒に解放された。



男子高校生は俺と目線を合わせずお辞儀する。


「…助けてくれて、ありがとうございました」


「いや、いいんだ。それより俺のこと…覚えてる?」


男子高校生は戸惑いつつ警戒心を強めている。


「あっ、怪しいもんじゃないんだ。変なナンパとかでもなく…」


俺は焦って会社の名刺を渡す。


「こういう者です。半年くらい前に君とトレジャーバトルで対戦して…」


男子高校生は名刺を凝視している。


「…もう一度、君に会いたかったんだ」


俺の言葉にハッと顔を上げる。


(まるで告白みたいだな。また警戒されるんじゃ…?)


焦る俺とは対照的に男子高校生は微動だにせず口を閉ざしている。


(俺の言葉は届いているのか…?)


あまりに無言なので心配になっていると、ゆっくり思い出すように男子高校生は口を開いた。


「チャーリー…でプレー…してましたよね…覚えてます」


「ホントに…覚えてるの…?」


ちょっと嬉しくて口元がゆるんでしまう。


「はい…。それでは…失礼します」


お辞儀をして、そのまま立ち去ろうとするから慌てて引き留める。


「ちょ、ちょっと待って、いま、暇?少し話す時間ない?」


(本物のナンパじゃないか。今度こそ不審者扱いされるかも…)


必死の形相にちがいない俺を男子高校生はジィーと見つめたあと、はい、と返事をする。


「…えっ!?」


「時間…あります」


俺から誘って、俺が戸惑う。




(さて、どうしたもんか。俺から話したいと言ったが、何を話せばいいんだろう?)


わからんが、こういうときは喫茶店で話すのだろうか。


わからん…を50回くらい繰り返しながらテラス席でコーヒーが飲める場所に連れていく。


店内に入って看板のメニューを二人で眺める。


「コーヒー以外に何か食べたいものはあるか…?」


「ホットドッグが食べたいです」


「ソースはどうする?ホットチリ、3種のチーズ、バーベキュー」


「えーと……んーと……ケチャップで…」


「…分かった。先に席で待っててくれ」


はい、素直に返事をしてテラス席に腰を落ち着けている。



(何だろう…俺…何してるんだろう?)


不思議と嫌な気持ちはなくて、なんとか知り合いになりたい、と考えを巡らせていた。




「どうぞ」


アイスコーヒー2個とホットドッグを置いた。ケチャップ入りである。


「ありがとうございます、いただきます」


両手を合わせてホットドッグを食べ始める。対面に座っている俺はアイスコーヒーを飲みながら男子高校生を観察する。


以前会ったときと変わらず線が細くて花がある。


「…いつも新宿にいるの?」


「たまに…来ます」


視線を落としつつ、答えてくれる。


「…この辺は警察官も多いし、補導されると補導歴がつく場合がある。余計なお世話かもしれないが、この先の人生に汚点を残しかねない」


聞こえのいい話しのように伝える。


どうしてもこの子と知り合いになりたくて、どうしたらこの先も連絡が取れるか、必死にその方法を探し出す。


「俺はこの辺で働いているし、成人しているから、その…君が…この辺で遊びたくなったら…俺を呼んでくれれば、いいんじゃないだろうか?」


(何を言っているのか、だんだん分からなくなってきた)


心配になって男子高校生の顔色を伺うと、口の端にケチャップをつけたまま、俺を凝視していた。


「どうしてそんなに…親切にしてくれるんですか…?」


(確かに…おれ、気味悪いよな…どうしてって聞かれてもな…)


自分の考えを頭で整理しながら紙ナプキンを持つ。


「君のトレジャーバトルのプレーが忘れられなくてさ…」


紙ナプキンを折りたたみ、男子高校生の口元のケチャップをぬぐう。


「もう一度、君のプレーを見てみたいんだ」


男子高校生は大きい目をさらに大きくしている。


(あれっ、この子、すごい汗じゃないか…?)


ハッとして俺は辺りを見回す。今は夏で、他の客は空調が効いた店内で飲食している。


「わっ、悪い、夏なのにテラス席とか…暑いよな!」


(何をしているんだ、俺は!)


ガタっと立ち上がる俺に「いえ」と控えめな笑顔を作る。


「僕、エアコンが効きすぎた場所が苦手なので、ここがちょうどいいです」


「…そうか」


「はい」


この子の笑顔を初めて見た気がする。


「僕、広瀬優斗です。新宿に来る時は連絡します」


よろしくお願いします、と丁寧に挨拶された。



2006年、夏――俺はようやくパッションに出会えた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ