第8話 迷宮地獄
俺と息臭太郎は地下1階に降りる。
そこは大広間となっており、何人かが体育座りで部屋の隅に座っていた。
「みんな、死んだ魚のような眼をしているな……」
「はっ! 恐らく迷宮攻略が不可能である事を思い知らされ、打ちひしがれているのでしょう!」
「でも、痛い思いをしない分、他の地獄に比べればマシじゃないか?」
「いえ、この場に留まっていられるのは僅かな時間だけなのです! 突然、魔物がひしめく場所へと強制的に転送されます!」
なるほど。いつ魔物に殺されるのか分からないという恐怖が、この地獄の本質か。
しかも生きながら食われる事もあるだろうし、中々ハードな地獄だな。
「ところで彼等の罪状は?」
「はっ! まずあちらにいる男は――」
俺は息臭太郎から話を聞き、ここに居る者達が無罪であると判断した。
「彼等を天国に送る」
「あ、えっと、それがですね……この迷宮は一度入ったら出る事は不可能でして……」
「そういう事は先に言え。馬鹿者」
「も、申し訳ありません!」
俺は入り口の方を振り返った。
なるほど……結界のようなものが張られている。
結界のそばまで歩いていき、そっと結界に手のひらを当てる。
「閣下、その結界は何者にも破る事はできませぬ。こやつ等の事は諦めて――」
「ハァッ!!」
バリーン!
結界がバリンバリンに砕け散る。
「えええええええええ!? どうやって結界をお破りになられたのですか!?」
「ぐっと押してみたら割れた」
まったく……何が「何者にも破る事はできない」だ。薄い木の板程度だったぞ?
本当、いちいち大袈裟な奴だ。
ジョバババババ!
息臭太郎が盛大に失禁する。
こいつには何度も恐怖を与えたので、失禁癖がついてしまっているのだ。
「お前達、外に出られるようになったから天国へ向かえ。ルシフェルに言われたと言えば、それで通じるはずだ」
「ありがとうございます!」
「ルシフェル様に栄光あれ!」
彼等は一気に希望に満ちた表情を取り戻し、階段を駆け上がって行く。
それを微笑ましく眺めていると、一瞬で別の小部屋に転送された。
息臭太郎も一緒だ。
俺は部屋の扉を勢いよく開ける。
「ほう……」
通路には8本の腕を持つスケルトンが、20体ほど待ち構えていた。
「スケルトンか……最初はザコからという訳だな。中々親切な造りではないか」
初心者冒険者でも難なく勝てる相手だ。
打撃に弱いので、こん棒で殴れば一撃で倒せる。
気の力を得て、シェイマス戦士長と同等の強さを持つ俺なら楽勝だろう。
「いえ、閣下! あれはただのスケルトンではございませぬ! スケルトンキングという、骸骨系最強の魔物でございます!」
「本当か? この地獄に来てから、王を冠する者に強者などいなかったぞ?」
「そ、それは閣下が強すぎるからでございまする!」
「馬鹿者! 己の弱さを認めたくないからと、いい加減な事を申すな!」
俺は息臭太郎をギロリと睨みつける。
こいつはいつもこうなのだ。
自分の弱さを認められないから、俺を強者にしようとする。
いくら気の力を得たからといって、ステータスは相変わらずのオール1。強すぎるなんて事は有り得ない。
「も、申し訳ございません!」
「息臭太郎よ、まずは己の弱さを認めよ。それが強くなるための第一歩なのだぞ?」
「はっ! 私はゴブリン以下のゴミカスウジ虫です!」
俺は満足気にうなずく。
この迷宮、俺だけでなく息臭太郎の修行にも丁度良いかもしれん。
こいつは根性がねじ曲がっていたせいで、あまり気の力を会得できていない。クリアするまでに習得させるとしよう。
「よし、息臭太郎。お前は火炎術師だが、この迷宮では魔法とスキルの使用を禁ずる。己の拳のみで敵を打ち砕くのだ」
「ええええええええ!?」
「なーに、ゴブリン以下のお前でも、相手はただのスケルトンだ。心を強く持てば勝てる。――さあ、いけ!」
「し、しかし……」
「行け!」
「は、はいいいいい! 息臭太郎、参ります!」
俺の殺気に押され、息臭太郎はスケルトンの群れに突っ込んでいった。
8本の剣から繰り出される剣撃にズタズタに切り裂かれながら、感謝の正拳突きを繰り出す。
血しぶきが飛び散る中、一体また一体とスケルトンが崩れていく。
そして最後のスケルトンと息臭太郎が同時に倒れた。
「やはり弱いなお前は……ハッ!」
俺は息臭太郎に気を送り込み、瞬時に傷を癒す。
蘇生官がいないので、きちんと回復させてやらねばならないのだ。まったく、面倒くさい……。
「申し訳ありません閣下……」
「戦闘が始まると、気を留めていられないようだな。――いいか? 戦う時こそ、ヘソに気を向けろ。攻撃や回避よりも、まずは気を練る事に集中するのだ」
「はっ! 精進いたします!」
俺はうなずくと、近くの壁に手を触れた。
「……壁の向こう側に敵がいる。――息臭太郎よ、この壁を破壊せよ」
「そ、それは無理でございます! この壁は地獄岩でできた極めて頑丈な壁です! 私の獄炎でも破壊できませぬ!」
「自ら限界を定めてどうする!? できぬと思うからできぬのだぞ!」
「申し訳ありません! ――ハァッ!」
息臭太郎は壁に感謝の正拳突きを繰り出したが、拳の皮が破れただけだった。
俺の倍以上の体格を持っているのに、この有様。何だか泣けてくる。
「お前の目標は、この壁を破壊できるようになる事だな。それでようやく初級といったところだ。――見ていろ」
俺は壁に手を当てる。――うーん、砂のように脆そうなのだが。
つまり地獄岩の話は嘘。また息臭太郎の悪い癖が出たのだろう。
「ハァッ!」
「うおおおお! さすが閣下!」
壁が吹き飛び、向こう側にいたスケルトンの何体かがバラバラになる。
だが、まだ10体以上いるようだ。
「ザコ相手にまともに戦うのは面倒だ。――カァッ!!」
俺の気合で全てのスケルトン達は吹き飛ばされ、崩れ落ちる。
「ほら見ろ。やはりただのスケルトンではないか。仮にスケルトンの王であれば、気合だけで倒されるはずがない。違うか?」
「い、いえ……それは、その……」
こいつ、まだ己の弱さを認められないのか?
俺はギリギリと歯を噛み締める。
「はいいい! こいつ等は、ただのクソザコスケルトンでございますうう!」
うむ、多少は成長したようだな。俺はニッコリと微笑む。
「よし決めた。この迷宮の全ての壁を粉砕しよう。いい修行になるはずだ」
「はい!?」
補佐官いわく、この迷宮内は、地獄よりもさらに時間の進みが遅いらしい。
あの少女を助ける為に、一刻も早く突破しようかと思っていたのだが、その必要はまったくないそうだ。
たっぷり時間を掛けて攻略するとしよう。
――1万年後。
「感謝! 感謝! 感謝ああああああ!」
息臭太郎の感謝の正拳突きが、地下1階の最後の壁を打ち砕いた。
と言っても迷宮自体を崩すのはマズいので、外側の壁と大黒柱は当然残している。
「これでようやく地下2階へと降りられるな」
「私の未熟さが閣下の足を引っ張ってしまいました。申し訳ありません」
「よい、気にするな」
地下1階の敵は恐ろしく弱く、正直まったく鍛錬にならなかった。
しかし、オツムの弱い息臭太郎に、いかにして気の力を理解させるかという課題は、俺をさらなる高みに押し上げた。
より簡単に、より分かりやすく伝えようとする事で、俺自身も気の力への理解が深まったのだ。
そういう意味では、非常に充実した1万年だったと言えよう。
俺とすっかり武人の顔つきとなった息臭太郎は、地下2階へと続く階段を静かに降りて行った。
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