第7話 地獄の改革
裁きの間にて。
俺の前に3歳くらいの男の子がやって来た。
俺は鏡をのぞき、隣に立つ補佐官から巻物を受け取る。
「そうか……村で疫病が流行ってしまったんだな。気の毒に。天国で両親を待っていなさい」
「ありがと……」
男の子は鬼に連れられ、天国の扉へと導かれた。
次は顔に傷のある大男だ。――こいつは傭兵か?
「彼は13名の人間を殺しています」
「ほう……」
補佐官が俺に巻物を渡す。
「なるほど……娘の仇を討ったのか……殺したのは全員極悪な山賊か……おい! 息臭太郎! お前ならばどう裁く?」
「殺人じゃろう? そんなもん地獄行きに決まっておるわ!」
俺の隣で正座させられている閻魔大王を、思い切りビンタする。――首の骨が折れた。
「活活」
蘇生官が即座に蘇生をおこなう。
息臭太郎はよく死ぬ(というか俺が殺す)ので、常に蘇生官がそばに待機しているのだ。
「お前には情状酌量という概念がないのか! この大馬鹿者が!」
「なんじゃと!? このワシに向かって馬鹿だと!? 許さんぞ!」
スパッ!
俺の手刀が息臭太郎の首を刎ねる。
「活活」
「――誇り高き戦士よ。お前は父親として為すべきことをやった。天国で娘が待っている。行くが良い」
「閻魔大王様、感謝します」
大男は俺に頭を下げると、鬼に連れられ天国へと向かった。
「はあ!? 何やっとんじゃ、この愚か者が! どう考えても地獄じゃろうが!」
「息臭太郎に再教育の準備を」
「はっ!」
「やめろおお! あれだけは勘弁してくれええええ!」
牛頭と馬頭は息臭太郎を取り押さえると、丸太に縛り付け、ズボンとパンツをずり降ろした。
ケツの穴丸出しとなり、かなりの恥辱を味わう訳だが、これで終わりではない。
「――よし、次!」
中年の男が俺の前に立つ。
「ふむ……子供を養うために畑から作物を盗もうとして見つかり、殺された訳か……窃盗罪だな。よし、ちょうどいい。この男にケツ毛剃りの刑罰を与える!」
「はっ!」
「え!? なんすか!? その罰!?」
男は牛頭と馬頭に引き連れられ、息臭太郎のケツの前に立たされる。
「ひいいいいいい! 恥ずかしいいいいいいい!」
「おえっ! なんでオッサンのケツの穴なんか見なくちゃいけないんだ……! しかもケツ毛ボーボーできったねえし……!」
「見るだけで終わりだと思うな罪人よ。――牛頭」
牛頭は男にカミソリを手渡す。
「罪人よ。そのカミソリで息臭太郎のケツ毛を剃れ。それができれば天国へ行くことを許可する」
「ほ、本当ですか!?」
俺はゆっくりとうなずく。
ケツ毛剃り刑。
俺が考案した革新的な刑罰だ。
息臭太郎の教育にもっとも適した罰は、恥辱を与える事であると判明した。
王と呼ばれる連中はプライドが高いので、これは当然と言える。
そして、軽微な罪しか犯していない罪人に地獄の罰は重すぎる。
そういった連中には、これくらいの罰で丁度良いのだ。
息臭太郎の教育と、軽い罪人の処罰を同時におこなえる、素晴らしい刑罰という訳である。
「おえっ……くっせ……」
ショリショリショリ。
男は苦痛な面持ちで、息臭太郎のケツ毛を剃る。
「くうううう……! なんて恥ずかしいんじゃあああああ!」
「はははは! 見ず知らずのオッサンにケツの穴を見られるだけでも恥ずかしいのに、毛を剃られるなんてたまらないだろう?」
俺はサディスティックな笑みを浮かべる。
息臭太郎や鬼どもをシバき倒す毎日で、俺の性格もちょっぴりだけ歪んでしまったかもしれない。
――1万年後。裁きの間にて。
俺の前に腹の出た男が立たされた。
「うーん……酔っ払って、店の看板を家に持ち帰ったのか。窃盗罪だな」
「すみません……でも翌日、ちゃんと返却しました」
俺は隣で正座する息臭太郎を見やる。
「飲酒と窃盗の罪で、地獄行きが妥当かと思われます!」
俺は深いため息をつく。
1万年の教育で、息臭太郎のねじ曲がった根性を叩き直す事には成功したのだが、判断力についてはまったく成長しなかった。
残念だが、こいつには伸びしろがまったく無い。
「牛頭、馬頭。ケツ毛チェックだ」
2匹の鬼はうなずくと、すばやく男のズボンとパンツを降ろし、のぞき見る。
牛頭が両手で丸を作った。
「よし、お前はケツ毛剃られ刑とする。丸太の上で待機していろ」
「ちょっ、なんですかその刑罰は!?」
牛頭と馬頭が男を丸太に縛り付ける。
次の軽微な罪人が、あの男のケツ毛を剃るのだ。
「――大王様、そろそろ視察のお時間です」
「そうか。では頼むぞ大王代行」
「はっ! 行ってらっしゃいませ!」
息臭太郎を早々に見限った俺は、常識的な判断ができる若手の職員を大王代行として育てていた。奴なら的確に死者を裁く事ができるだろう。
俺は補佐官と10人の鬼、それと息臭太郎を伴って地獄を巡回する。
「ぎゃああああああああ!!」
「死ぬうううううううう!!」
今地獄で苦しんでいる連中は、どうしようもない極悪人だけだ。
無罪の人々はとっくの昔に天国へ行き、軽い罪を犯した者はケツ毛を剃ったり剃られたりしてから天国へと向かった。
「――これで全部回ったか?」
「いえ、まだ迷宮地獄が残っています」
「……迷宮地獄? 初耳だぞ?」
知らない地獄の名を聞き、俺の心はワクワクとする。
ここ最近、己の成長に限界を感じていたのだ。
さらなる高みに達するには、より過酷な環境が必須である。それが待っているのかもしれないと思えば、心躍るのは当然と言えよう。
「左様でしたか。では早速ご案内します」
俺は補佐官に導かれ、迷宮地獄の入口へとやって来る。
「この迷宮は地下666階まであり、迷宮の主を倒すと現世に戻れるようになっています」
「何だと!? それはまことか!?」
現世に戻る……つまり生き返るという事だ。
もう40万年以上ここで暮らしているが、死ぬ前の記憶はまったく薄れていない。
ゴブリンに殺されかけていた少女の事が、ずっと胸に引っ掛かっている。
あの子はまだ死者の世界に来ていない。あの世と現世とでは、時の流れが大きく異なるのだ。
おそらく彼女はまだ、ゴブリンに襲われている最中なのだろう。
「はい。しかし、この迷宮には伝説級、神話級の魔物がひしめいており、突破する事は絶対に不可能です」
「なるほど。いったん生き返れるという希望を与えてから、絶望のどん底に叩き落とす訳か……本当に良い性格をしているな」
「恐れ入ります」と補佐官は頭を下げる。
よし、決まりだ!
「お前達につぐ。この時をもってして、私は閻魔大王の座を大王代行に譲る」
「なっ!?」
「どういう事ですか大王様!?」
「私はこの迷宮地獄を突破し現世へと戻る。――地獄はお前達に任せる。今のお前達なら、問題無く統治できるはずだ」
「大王様! 我等もお供いたします!」
俺は首を横に振る。
「大王代行はまだ経験が浅い。お前達の助力が必要だ」
「そんな! 私は大王様の元で務めとうございます……!」
「なにとぞ! なにとぞ!」
涙を流す部下達の肩を優しく叩く。
「死者の為に尽くす事が、私への忠義の証だ」
「くぅ……! かしこまりました!」
部下たちは涙を拭ってからひざまずき、俺を見送る。
俺は後ろを振り向いた。
「あ、息臭太郎。お前はここにいても役に立たないから、俺と一緒に来い」
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