第30話 シンプルイズベスト
イビルヘイムに戻ると、すぐに骨が駆け寄って来た。
「主様、丁度いいところに! 他都市から来た商人の扱いは、いかがいたしましょうか? 一応、待たせてあるのですが」
「そうか、ミョルヒの街と交易していた商人がいるのか」
まだほとんどの人は、ここがルーベンス伯爵領・ミョルヒだと思っているのだ。
行商人が来るのは当然と言える。
俺は骨と近衛隊、イビルヘイムの商人を伴って、新築ほやほやの商館へと向かう。
「行商人よ、よく我が邪神王国を訪れてくれた。礼を言うぞ」
「お初にお目に掛かります。お会いできて光栄です。邪神王化陛下」
行商人のそばには、イビルヘイム民がいる。
この街の事を、すでに説明済みのようだ。
「よく逃げなかったな」
「ははは、我々商人は度胸が命ですから」
金儲けの為には、多少のリスクを覚悟しても飛び込むか。なかなかの根性だ。
「お前はどんな商品を扱っている?」
「はい、主に日用雑貨でございます」
「それは助かるな。我等に最も不足しているものだ。――商人よ、小麦は買えるか?」
「うーむ、物によりますね。砂利が混ざっているような、程度の低い物は買い取る事はできません」
俺は近衛隊に目で合図する。
彼等はすぐに小麦の袋を、いくつか担いで持って来た。
「好きなように調べてくれ」
「では、お言葉に甘えて」
行商人は袋を開封し、小麦を手に取る。
「こ、これは凄い……こんなきめ細やかな小麦は……見た事がありません!」
「我が国の製粉所は一流だからな。――どうだ買い取ってくれるか?」
「はい、もちろんでございます! 50袋をこれくらいでいかがでしょう?」
商人はそろばんをはじき出した。
だが俺は、商人ではないので相場が分からない。
イビルヘイムの商人に任せる事にした。
「良い取引ができました! ぜひこの次もよろしくお願いいたします!」
「うむ、こちらこそ」
「それで、税金の方はいかがすれば……? 門をくぐる時も何も支払わなかったのですが?」
「税……?」
税金。それは国家を運営する上で必要不可欠なものだ。
しかし俺は、まったく何も考えていなかった。
地獄で100万年以上、税金とは無縁の暮らしをしていたのだ。仕方ないだろう。
俺は行商人に持ってもらい、部下たちと共に奥へ行った。
「お前達、税金にはどんなものがあるのだ?」
「行商人の主な税は、城門をくぐる際の通行税と、取引額に応じた売上税ですね。通行税は持ち込んだ商品の価値に応じた額となります」
そういえば、城門で兵士が荷物をチェックしていたな。
行商人の馬車が長蛇の列になっているのを、何度も見たっけ。
あれは違法な物を持ち込んでいるかだけでなく、税の計算もしていたのか。
「……よし、通行税は無し!」
「えええええええ!? マジですか!?」
街に来た商人の荷物を全部調べるなんて、時間が掛かるし面倒だ。
その労力を、他の仕事に回してもらった方がいい。
違法な物のチェックはできないが、そもそも邪神王国には「罪人は基本死刑」という法律しかないのだから、違法な物など存在しないのだ。無問題である。
「売上税の相場は?」
「ミョルヒは売値の1割でした。大体他の街も同様かと思います」
せっかく商品を売っても、1割ももっていかれるのか……。
しかも街に入るのにも税金をとられているし。よくこれでやっていけるな。
「よし、売上税も無し!」
「ええええええええ!? し、しかし邪神王陛下。それでは税収が……」
「いや、俺達には圧倒的な生産力がある。それに軍事費もほとんどかからない。大丈夫だ。俺を信じろ」
「はっ! 邪神王陛下がそうおっしゃるなら、何も心配事はありません!」
うんうんとうなずいたところで、俺はふと気付く。
「そういえば、邪神王国民の税金はどうなってるんだ?」
「以前は全住民に課税される住民税や、我々商人に課せられる市場税といったものがあったのですが、まだ何も決められていませんね」
「なるほど。じゃあそれも無しにしよう」
「えええええええ!?」
「その代わり、俺がやれって言った事は必ずやらせる事にしよう。今の城壁づくりみたいに。逆らったら死刑な」
「邪神王陛下の命とあらば、みな喜んで従うと思います。それでは対価にならないのでは?」
「よいよい、何事もシンプルイズベスト。あれこれ税を制定すると何かと面倒だ。これで良い」
「さすが主様、私達凡人には思い浮かばない事を、平然とやってのけられるのですね……素敵」
「邪神王陛下ばんざあああああい!」
税金ゼロと伝えられた行商人は、「ええええええええ!?」と驚嘆した。
何度も「ほ、本当によろしいのですか?」と聞いてきたので、「うるさい! あともう一回同じ事を言ったら死刑にするぞ」と言って黙らした。
行商人は何度も頭を下げながら、イビルヘイムを去った。
それから数日後、イビルヘイムにやたら行商人が来るようになった。
理由を聞くと、最上級の小麦をお手軽な値段で購入できる事。
税金がかからないので、商売がしやすい事が理由だそうだ。
俺達は急遽、行商人用の酒場や宿屋を建てるはめになった。
酒場や宿屋は、連日大賑わいだ。
また市場がまだなかったので、空き地に大きな市場を用意した。
イビルヘイムの商人ギルドに許可を認められた者は、誰でもそこに露店を構える事ができる。
イビルヘイムの商人ギルドは、俺に忠誠を誓った清廉潔白な組織だ。公正な判断のもとに許可を与える。
だが他の街では、かなり腐敗した組織のようで、それがイビルヘイムにも問題をもたらした。
「――という訳で、賄賂を渡そうとしてくる行商人の多い事多い事……」
商人ギルド長が大きなため息をつく。
どこの街でも、市場に店を構えるには、その街の商人ギルドの許可を必要とする。
だが限られた土地しかないので、全員が出店する事ができない。
そうすると商人たちは、ギルドに賄賂を渡す訳だ。
今や行商人は、商人ギルドに賄賂を渡す事が当たり前になっているらしい。
出店場所によって、客数は大きく変動するので、より良い場所を賄賂で買うそうだ。
それを、イビルヘイムでもおこなおうとした訳である。
だが、邪神王国では犯罪者は死刑。
賄賂を渡すのも貰うのも、当然アウトだ。
「行商人を処刑いたしますか?」
「いや、彼等は慣習に従っただけだ。悪意はないだろう。我等の告知不足が原因だ。他国の者が入国した際には、邪神王国の法をきちんと伝えるように」
「はっ!」
イビルヘイム民はただちに行商人たちに、商人ギルドがクリーンな組織である事、いかなる犯罪も死刑である事を伝える。
当然彼等は驚いた。
本当に少額の市場使用料だけで出店できるという事実と、万引きで処刑されるという事実に。
だが中には、本気で信じていない者がいたようだ。
俺が近衛隊と商人ギルド長を伴って、市場を視察に来ていた時の事だ。
1人の行商人がニコニコとしながら、俺達の元へとやって来た。
「どうもー、ギルド長様ー。あのですねー、わたくしの店を、大通り側に移していただけないでしょうかねー?」
「出店場所はくじ引きで公正に決めました。異論は認めません」
行商人は袖の下から金貨袋を取り出した。
「ええ、ええ。これでお願いしますよぉ?」
俺は行商人を指差した。
スパッ。
ミルクの少女が行商人の首を斬り落とす。
「城門のすぐ近くに首を飾れ。それで邪神王国がどのような国か、すぐに理解させる事ができる」
「はっ!」
城門のすぐ近くには晒し台が設置され、ニコニコ顔の行商人の首が晒された。
『この者、贈賄の罪で処刑とする。――ルシフェル・イザヤ邪神王』
それを見た行商人たちは、「マ、マジで処刑するんだ……」と、ガタガタと震えていたという。
全員すぐに逃げ出してしまうかと思ったが、イビルヘイムに来る行商人の数は増加の一途をたどった。
「――その理由は何だ?」
俺は商人ギルド長に尋ねる。
「死刑は確かに恐ろしいのでしょうが、罪を犯さなければ何も問題はありませんからね。むしろ、クリーンな体制が評判を呼んでいるようです。商人にとっては、それが何より重要ですから」
ギルド長の話では、どの街も不正がはびこっているらしい。
真っ当に商売をしたくても、不正行為に加担しなければ、商売にならないそうだ。
だがこの街では、胴元が極めてクリーンな為、安心して健全な商売ができる。
それは商人にとって、夢のような場所なのだそうだ。
「おかげ様で我が国の小麦は飛ぶように売れ、国庫も潤っています。主様はこうなる事を読んでいたのですね。さすがでございます」
適当に考えた俺の法律が、良い感じに回っているようだ。
「……うむ。やはりシンプルイズベストだな」
俺は下手くそな口笛を吹きながら、明後日の方を向いた。
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