第3話 ほのぼのスロー地獄ライフ
「ぎゃあああああああ!! 助けてくれええええええ!!」
俺は針の山に放られ、体中を針で貫かれていた。
その凄まじい痛みにもがけばもがくほど、苦痛は増す。
そんな俺を見て、鬼どもは大笑いだ。――許せねえ!
「ぐわあああああああ!!」
「痛いよおおおおおおおお!!」
俺と同じように苦しむ人たちがいる。
どうにか針の山から抜け出そうとしているが、これだけあちこちを串刺しにされると、もうどうしようもない。
そうこうしている内に目の前が真っ暗になっていき、意識が薄れていく。
――が、次の瞬間にはパッチリ目覚める。蘇生官に生き返らせられたのだ。
これをあと、10万年続けなくてはいけないらしい。まさに地獄である。
(――ん!? あれは!?)
針の山に刺されている人の中には、何も言わずにじっとしている人達がいる。
一瞬死んでいるのかと思ったが、蘇生官が見逃すはずがないし、よく見ると瞬きをしているのが分かる。
「す……すみません……なんでじっとしてるんですか……?」
俺は苦痛に耐えながら、一番近くのじっとしている老人に尋ねた。
「痛覚を鈍くする事に集中しておるからじゃ……だから、話し掛けないでくれ……」
「す、すみません……」
痛覚を鈍く……? そんな事ができるのか……?
だがやってみるしかない。この激痛に10万年も耐えられる自信がない。
俺は痛覚を鈍くできるよう、意識を集中し始めた。
――百年目。
針の痛みはチクチクとした痛みになるまで、抑えられるようになった。
俺は完全に痛覚を遮断できるよう、さらに意識を集中する。
――千年目。
痛覚を完全に遮断できるようになった。
だが、動けば再び痛覚が戻ってしまう。まだまだ修行が必要だ。
――1万年目。
完全な痛覚遮断能力を手に入れた。
俺は針の山に貫かれながら苦痛にもがく人達の元まで歩み、彼等に痛覚遮断のコツを説き、少しでも苦しみから救おうとする。
――2万年目。
痛覚遮断の教え方が分かって来た。
より早く、苦しむ人々を救済できるようになる。
彼等は俺を針山の王と呼んだ。
――3万年目。
針山の上には、針に貫かれながら座禅を組む我等の姿がある。
もはや苦痛を味わされている人はいない。
地獄の鬼どもが俺に罵声を浴びせてくるが、相手にする必要はない。
俺はさらなる境地へ達しようとしているのだから。
――4万年目。
俺は己の体の中に宿る力を感じる事ができた。
これは魔力ではない。それとはまったく別の力だ。
この力は生命力に満ち溢れており、大きな可能性を感じさせる。
これを『気』と呼ぶ事にする。
――5万年目。
俺の中にある気は、常に体から発散されているようだ。
これを体に留めておくことはできないだろうか?
――6万年目。
気を発散させずに、体の表面に纏わす事に成功した。
それがバリアとなり、針が体にあまり刺さらない。
針が刺さっている部分にだけ、気を集中させたらどうなるだろうか?
――7万年目。
俺は完全に無傷な状態で、針山の頂点に座禅を組む。
針が当たる部分にだけ気を集中させているので、針が俺を貫く事は無い。
――8万年目。
俺は針山の上を自由に歩き回り、人々に気の力を伝授する。
彼等は俺ほど気の力を使いこなす事はできなかったが、それでも針に貫かれる事はなくなった。
――そして10万年目。
俺は逆立ちし、人差し指だけで針の上に立っていた。
気の集中を完全にマスターしたのだ。
「おい、ルシフェル! 針山地獄は終わりだ! 次は血の池地獄だ! 覚悟しやがれ!」
「血の池地獄? ほう……それは楽しみだな」
針山での修行は、もう限界を迎えようとしていた。
新しい環境ならば、さらなる気の境地に達する事ができよう。
俺は赤鬼と青鬼に、グツグツと煮えたぎる赤い池の前に連れて行かれた。
「10万年の灼熱地獄を味わうがいい!」
赤鬼に背中を蹴られ、血の池に放り込まれた。
俺は瞬時に全身に気を張り巡らせる。
「ぐ……ぬぬぬ……!」
一体この池は何度あるのだろうか?
俺の気をもってしても、体が焼かれてしまう。
「どうだ! 針山のようにはいかないぜえ!」
「ぎゃははは! いい表情だ! そうだ、もっと苦しめ!」
これ以上鬼どもを喜ばせるのは癪に障る。
気をもっと練り上げねばならぬ……!
――1万年後。
俺の体に宿る気は最大限に達したようだ。
しかし、血の池の熱は依然として俺の気を突き破る。
「むう……これ以上の気を纏うのは不可能だ」
俺は火傷の痛みに耐えながら、他の者達に自分の気を送り込み、彼等の苦痛を和らげる。
「も、申し訳ありません……血の池の王……気を譲ってもらってばかりで……」
「気にするでない」
他者に気を送れる事に気付いたのは、3千年前くらいだっただろうか?
未熟な彼等ではすぐに体外へと発散させてしまうのだが、それでも一時的に苦痛から解放してやる事ができる。
「いただいた気は、いつか必ずお返しします」
「ふっ、ならばもっと鍛錬に励むが良い」
「はっ! ありがたきお言葉!」
俺はニコリと笑う。
最近、他の者達が俺を老師のように扱うので、言葉遣いがそれっぽくなってしまっている。俺は他者の影響を受けやすいのだ。
「――気を返すか……ふむ……」
俺は熱に耐えながら、今の言葉を反芻する。
気は他者に与える事が可能。という事は他者から奪う事も可能なのでは……?
俺は地獄の鬼どもから、気を奪えないかを試してみた。
――3万年後。
他人から気を吸い取るというのは無理なようだ。どうやってもできなかった。
しかし、代わりに得た事がある。
鬼どもの気の量を見たいと思った俺は、目に気を集中させる訓練を3万年続けた。
その結果、奴等が内包する気の量が視覚的に分かるようになる。
そして、気というものはどこにでも存在している事が分かった。
木や雑草、石ころ、大気中にも存在しているのだ。
「鬼から気を奪う事は無理のようだが、自然に存在する気を吸収できないだろうか?」
俺は空中に漂う気を体内に取り込めるよう、鍛錬を始める。
――3万年後。
俺は血の池地獄を優雅に泳いでいた。
「ちくしょう! どうなってやがるんだ!」
「ルシフェル! てめえ、一体何をやりやがったんだ!?」
赤鬼と青鬼が、青筋を立てて俺を怒鳴り付ける。
「周囲の気を取り込んだのだ。今の俺は、3万年前に比べ百倍以上の気を持っている。もはや血の池は、温水プールのようにしか感じぬ」
俺は手で血の池をすくい、鬼どもにぶっ掛ける。
「ぎゃあああああああ!!」
「あちいいいいいい!!」
鬼どもは慌てて逃げて行った。
それを見て俺達は大笑いする。
――そして10万年目。
さらに気を蓄え、俺は血の池地獄からまったく熱を感じなくなっていた。
もはや修行にならないと不満に思っていたところで刑期終了となる。
俺は喜び、血の池から飛び跳ねた。
足に気を集中させた跳躍は、地獄の天井まで俺を到達させる。
その勢いで血の池から大きなしぶきが上がり、鬼どもに襲い掛かった。
「ぎえええええええ!!」
「やめてくれえええ!!」
俺は満足気に微笑みながら、次の地獄へと連れて行かれた。
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