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第15話 メインヒロインは誰だ?

 骨はギリギリと歯を噛み締めていた。


「あの女、気に入りません!」


 骨が睨みつける先にいるのは、ピンク髪の露出度の高いドスケベ女。

 あの下品極まりないクソビッチが、我が敬愛する主様にベタベタしているのだ。



「ルシフェル様ー、いかがでございましょうか?」

「うむ、実に気持ちいい。お前はかなりのテクニックを持っているのだな」


「いやーん、嬉しいですわー! とある理由で、マッサージの技術を習得したんですの! 特にオイルマッサージが得意ですのよ!」


 ドスケベはうつ伏せになった主様の上に跨り、肩や背中を揉んでいる。

 なんと羨ましい……いや、はしたない!

 骨の怒りはピークに達しようとしていた。



「では下半身のマッサージを始めていきますわねー。うひひひひ……」


 ドスケベはよだれと鼻血を垂らしながら、主様の太ももの付け根に指を這わせる。


「――おいドスケベ、そこはちょっときわどくないか?」

「ここにリンパが集中しているのですわー。リンパをほぐさないと、デトックスできませんのよー」


 ドスケベが、エステ系AVの定番台詞を吐いている。

 主様をあの毒牙から守らなくては!



「ちょっとドスケベ! 主様は至高の存在! リンパに毒など溜まっていませんよ!」

「素人が口だすんじゃねーですの! プロが溜まってるって言ってるんだから、それはもう色んなものが溜まってるんですの!」


 骨とドスケベは手四つを組み、互いに押し合う。


 ドスケベはまだ気の道を歩み始めてから日が浅いが、元々高いポテンシャルを持っているので、骨と互角に戦いを繰り広げる。


「やめよ、お前達! 弟子同士で争うでない!」

「も、申し訳ありません!」

「ごめんあそばせ!」


 なんだその謝罪の仕方は!

 骨はますますドスケベが嫌いになった。




 気に食わないのは、それだけではない。

 なんというか、ドスケベは女子力が高いのだ。


「お待たせしましたわ! 旬の野菜と生ハムのダッチベイビーでございますの!」

「おお、見事なものだな」


 ドスケベが、こじゃれた料理を運んできた。


「死んでから初めて料理を口にしたのもあるのだろうが、とても美味いな」

「あーん、嬉しくて死にそうですわー!」


 ドスケベが嬉しそうに全身を震わせるのを見て、骨は拳を握りしめる。


 幼少の頃から、両親に魔術師として英才教育を施され、魔導学院を首席で卒表。

 卒業後は宮廷魔術師となり、研究室に籠る日々。

 最終的に人外の存在となる訳だが、彼女の人生は魔法の研究一色のみだった。


 その為、骨は魔法以外の事は何もできない。

 料理、洗濯、掃除はもちろん、殿方の気を引くなどもってのほかである。

 彼女は恋愛経験がゼロなのだ。


 それでも女が自分だけなのであれば、勝機は十分にあった。

 だが、強力なライバルの出現に、骨の心は穏やかではない。




 そして、そんな骨にさらなる悲劇が舞い込んでくる。


 ドスケベランドの次の階層は、悪魔が支配する領域。


 地下600階の階層守護者の間を守るのは、蠅の王ベルゼブブ。

 あらゆる悪魔の王であり、魔王と呼ぶに相応しい存在だ。



「アスモデウス……貴様、その者達に寝返ったのか……?」


 巨大な蠅が、恐ろしい声でドスケベに声を掛ける。


「ご、ごめんあそばせ……魔王様……」


 ドスケベはガタガタと震えながらひざまずく。


 それだけでない。息臭太郎、鳥、そして骨。全員がその圧倒的な恐怖を前に、完全に固まってしまっていた。


 蠅の王は、これまでの存在とは次元が違う。

 蟻同士の喧嘩に象が現れたようなものなのだ。


 そんな中、主様だけがいつも通りだった。


「おい蠅……お前、さっきから何をやっているんだ?」

「ドラゴンの糞に卵を産み付けているのだ」


 ベルゼブブはドラゴンの糞から離れると、手をコスコスと擦り合わせる。

 蠅の足先には味覚を感じ取る器官がある。それを正常に保つために、ああやってまめに掃除しているのだ。


「……最悪だな。絶対に俺に触れるなよ? 触れようとしたら殺すからな?」


 さすがは主様。恐怖よりも衛生観念の方が強い。


「人間よ、われを汚物のように扱った事……断じて許さぬ! 死ねい!」


 ベルゼブブは超速の体当たりを主様に食らわす。

 骨は目に気を集中させていたが、それでも動きがまったく見えなかった。

 主様が奴の攻撃を受け止めたから、体当たりをしたのだと分かったのだ。


「触るなと言っただろうが! このクソ蠅がっ!」


 主様が怒りの努力キャノンを放つ。

 殴らなかったのは、触りたくないからだろう。


 しかし、蠅の王は全次元最高の素早さと反射神経を持つ。

 未だかつて、ベルゼブブに攻撃を当てられた者は存在しないのだ。

 主様の努力キャノンは外れ、後ろの壁をぶち破っただけだった。


「ふん、遅すぎてあくびが出るわ!」

「ほう……やるな。俺の攻撃を避けた奴はお前が初めてだぞ?」


「人間風情が魔王に生意気な口を叩くでない! すぐに殺してくれようぞ!」


 ベルゼブブの姿が消え、一瞬で主様の背後に姿を現す。――速すぎる!


「主様、後ろです!」

「心臓を貫いてくれ――ぎゃあああああああ!」


 ベルゼブブは背後からエネルギー波を撃たれ、体の上側がゴッソリ削り取られた。


「え!? 一体だれが!?」


 弟子たちはキョロキョロと辺りを見回す。


「――いや、おそらく俺の努力キャノンだ。世界を一周してきたんだろう」

「えええええええええええ!?」


 弟子たちは驚愕の声を上げ、息臭太郎は盛大に失禁する。


 そんな事が人間に可能なのか!?

 本当に、このお方は人間なのだろうか? 神が我々をからかっているだけなのではないか?



 ボフンッ! ベルゼブブが人間形態に変化する。

 短い触角と蠅の複眼が頭に付いた、黒髪の美しい女性の姿だ。


「ずびばぜん……お命だげはだずげでぐだざいーぶぶー」

「あ、魔王様。ルシフェル様には、その手が全く通用しませんの」


「え゛?」

「糞の付いた体で俺に触れた罪、しっかり贖ってもらおう」


「いや゛ぁぁぁぁ!」


 ビシビシビシビシビシビシビシビシッ!


 主様が指弾を連射し、ベルゼブブは蜂の巣になった。





「御屋形様、肩をお揉みしますぶぶー!」

「汚い手で触るな!」


 主様はしっしっと蠅を手で追い払う。


「ぶぶー! ウンコ触った後は、ちゃんと3秒水で洗いました!」

「短い! そもそも糞を触るなと言っただろう!」


 蠅と主様の絡みを見て、骨は嫉妬する。

 一見、蠅は嫌われているように見える。だが、主様があんなに感情を剥き出しにするのは蠅に対してだけなのだ。それがたまらなく羨ましい。



 新たなライバルの出現に、骨のストレスはMAXとなった。


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