第10話 だいちゅき
深淵の魔女に気を送ってから1万年後。
「我、気の道を心得たり!」
粉末になっていた深淵の魔女は、再び骸骨の姿に戻った。
「ようやく生命の素晴らしさに気付く事ができたか」
「1万年もかかってしまい、申し訳ありません主様」
俺は手を軽く上げ、「よい、気にするな」という意思を示す。
「どうだ? 何か思うものはあるか?」
「はい、死霊術はゴミです」
俺は満足気にうなずく。
「うむ、半分正解と言ったところだな。だが、そこに気付いただけでも立派なものだ。褒めてつかわす」
「ありがたき幸せです!」
「息臭太郎、正解を教えてやれ」
「はっ! 死霊術だけでなく、全ての魔法、全てのスキルはゴミでございまする」
俺はうんうんとうなずく。
「兄弟子としての威厳を保てたな」
「はっ! お褒めの言葉を預かり、光栄至極でございまする!」
「深淵の魔女よ、何故お前がクソザコなのか分かるか?」
「申し訳ありません。私ごときでは分かりません……」
仕方ない。彼女はようやく気の道に立ったばかりなのだ。
謙虚な姿勢で学ぼうとしているだけで十分である。
「いいか? お前が弱いのは、魔法などという借り物の力に頼ったからだ。真の武とは、折れぬ心と弛まぬ努力にのみ宿る。強者になりたいのであれば、己自身の心と肉体を鍛えよ」
「あの、主様……私は骨なので、体は鍛えられないかと……」
「馬鹿者! 何度も言っておろう! 己で限界を定めるなと!」
「ひいっ! も、申し訳ありません!」
「骨の体でも鍛えられる。そう信じて、感謝の正拳突きを1日1万回おこなうが良い」
「はい! 精一杯励みます!」
* * *
「良いか骨? もっと腰を落とせ。――構えはこうだ」
「は、はいっ!」
敬愛する主様が、深淵の魔女の背後に回り、正しい構えをとらせる。
それがまるで抱きしめられているかのようなので、深淵の魔女は頬を赤く染めた。――まあ、頬はないのだが。
「感謝! 感謝! 感謝!」
「気合が足りん! もっと腹に力を込めろっ!」
「はい!」
深淵の魔女は腹筋にぐっと力をいれた。――まあ、腹筋はないのだが。
「感謝っ! 感謝っ! 感謝っ!」
「違う! 感謝ァッ! 感謝ァッ! 感謝ァッ!」
やはり主様の感謝の正拳突きは次元が違う。
その雄々しさと美しさに、深淵の魔女の子宮はうずく。――まあ、子宮はないのだが。
「感謝ぁっ! 感謝ぁっ! 感謝ぁっ!」
「――うむ、だいぶ様になってきたな」
「ありがとうございます!」
主様が微笑みながら褒めてくださった……!
心臓の鼓動が早まる。――まあ、心臓はないのだが。
1万回の感謝の正拳突きが終わると、兄弟子から主様がいかに素晴らしい御方なのかを聞かされる。これが彼女にとって最も至福の時間だ。
「――そしてワシは気の道を目指す事となったのだ」
「うう……素晴らしい話です……」
深淵の魔女は感動の涙を流す。――まあ、目はないのだが。
彼女はどうしても気になっている事があり、失礼な事とは分かっていたが、兄弟子に尋ねる事を我慢できなかった。
「あの、息臭太郎殿……主様は、その……恋人のような方はおられるのでしょうか?」
元閻魔大王の兄弟子ならば、主様の事は全て知っているはずである。
「それをワシの口から語るのは不敬に当たる。答える事はできんな」
「そうですよね……失礼しました」
主様に直接尋ねるしかないだろう。
だが、それ自体も不敬に値する行為だ。
深淵の魔女は、黙っているしかなかった。
「感謝……感謝……感謝……」
「……どうした骨よ? まったく集中できておらんぞ?」
「あ、申し訳ありません……」
どうしても主様の事が気になる。
心に曇りを生じさせた彼女の正拳突きは、酷いものであった。
「迷いが生じているな? どうした、言ってみよ」
「申し訳ありません。恥ずかしくて、とても言えません」
「気にするな。俺は全てを受け入れよう」
主様の心はなんと広いのだろう!
深淵の魔女は、勇気を出して尋ねてみる事にする。
「あの、その……主様は恋人はおられるのでしょうか?」
「――いや、いないが?」
よし! 深淵の魔女は、心の中でグッと拳を握り込む。
「えっと、では……痩せた女は好みでしょうか?」
「うーむ、好みという訳ではないが、別に嫌いではないな」
っしゃああああああああ! 脈ありだこれ!
深淵の魔女は心の中でガッツポーズする。
「感謝ァッ! 愛ィッ! 感謝ァッ! 愛ィッ!」
「お、急にキレが良くなったな。いいぞ」
「ありがとうございます!」
主様への愛と感謝を込めた正拳突きは、わずか百年後に壁を打ち砕いた。
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