2話 吸血鬼の力
「吸血鬼か家の中に入ってきた……」
ジャンは目を見開き固まってしまった。
「トイレから入るのは少々カッコ悪いか。でも、いいか」
吸血鬼はトイレの窓を飛び越える際に乱れたタキシードを整えて、右手をお腹に添え深々とお辞儀をした。吸血鬼が家に招き入れられたときにする作法だとジャンは書物で読んだことかあった。それを目の前で見ることになるとは思いもしなかった表情をしている。
「吸血鬼さん。早くぼくの首を噛んで血を飲み干して殺してくれ」
「本当にいい子だね、キコは」
吸血鬼はキコの頭と肩に手をおき、すぐに首に噛みついた。その様子を見たジャンはその場から逃げた。逃げたことにキコは気にすることなく、むしろ気にすることを体が拒否しているかのように感じていた。
「な、なんか、気持ちよくなってきた」
「それは死が近づいてることです。死ぬことは怖いことではない、気持ちよくなることなのです」
どんどん青白くなるキコの顔はどこか安らかな眠りにつく表情をしていた。吸血鬼はその顔を珍しがっていた。いつもだと泣き叫ぶ人、暴れる人、罵詈雑言を言う人間が大半のなかで小さい子供がこんな表情をするのかと。
だかそれは最初の十秒くらいで血の美味しさを味わうとそんなことはどうでもよくなっていた。長くこの時間を味わっていたいと思うようになる。
「キコから離れろ!」
「ほう、逃げ出したと思ったが戻ってきたか‥‥‥木刀を持って」
吸血鬼はキコの血を食すのをやめ、キコを支えていた手を離すとキコは意識がなくその場に倒れた。
「俺は血伐隊になる男だ!ここでお前を倒しキコを救う!さぁ、勝負だ」
ジャンは木刀を構えて吸血鬼の目を睨み付ける。
「血伐隊か。あの下級吸血鬼を倒しかけて喜んでいる無様な集団か」
はぁ、という顔をするジャン。
「下級吸血鬼?何をいっている!吸血鬼にランクなんてないはずだ」
「うーん、それがあるんだよ。お前たち人間は今、下級吸血鬼を倒しかけただけだ。大人数でな」
「どうして下級吸血鬼だと分かるんだ?」
「人間は吸血鬼の能力の全てを知らない。サービスにひとつだけ見せてやろう上級吸血鬼ができる能力を!」
吸血鬼はニヤッと笑うとタキシードの上からでも分かるくらい皮膚が波をうち、顔や体の形や変化していった。その様子を見ているジャンは恐怖を感じていた。
「どう、ジャン。これが上級吸血鬼の能力よ」
変化した姿はジャンの見慣れた姿をしていた。そしてその臭いは数十時間前に嗅いだことのある血の臭いだった。体と声がが震えた。
「お前、昼に会った‥メーリさんか‥‥‥」
吸血鬼はメーリの姿になり、ジャンをみる。
「正解。この姿でお前を殺すのはいい考えだと、俺、いや私は思うのだか。どう思う?」
「どうして吸血鬼が勝手に家の中に入れるんだ?入れないはずだろ」
その言葉にメーリの格好をした吸血鬼は大きく笑い答える。
「なんで吸血鬼が家の中に入れないと思うんだ。家の扉に魔術のようなものがあるわけないだろ」
「じゃ、どうして今まで入ったことはないんだ」
「吸血鬼の人間ゲームのルールだ!」
「ゲーム。人間ゲーム……だと?」
「そう、俺たちは人間の血を飲むことに対してゲームを作った」
「なんでそんなことを」
「簡単さ。ただ血を飲むだけでは面白くないからだ」
「・・・」
「ゲームのルールの一つ、招き入れなければ血を飲むことは出来ない。いやー、これは面白いルールだといつも思うんだ俺は」
ニヤッと笑いジャンを見る上級吸血鬼。
「メーリさんに化けてキコに何か言ったのか。だからキコは簡単に窓を開けたのか」
「そうだ。キコはいい子だからメーリお姉さんの言うことを信じたんだ。母の病気は嘘で本当は違う男と住んでいる。お前を助けには来ないとね」
「‥‥‥。その変装を解け。お前を殺せない」
「ハハハッ。上級吸血鬼が人間に負けるわけがないだろう」
「わかんねえだろーが!」
木刀を振り上げたが急に動きが止まり、首筋に痛みを感じるジャン。
「だからいったろ。勝てるわけがない」
吸血鬼はメーリの姿のまま奇妙に延びた犬歯をジャンの首筋に刺していた。
「あ、ああ‥‥‥」
ジャンは力が入らなくなり木刀を落とした。このまま死んでしまうのかとジャンは思うと悔しかった。血伐隊に入って吸血鬼を殺しハンプ島を救いたいと思っていた夢が途絶えようとしている現状に。
そう思っていたときに聞きなれた声がした。
「私でも分かるくらいに吸血鬼の臭いがするな」
トイレのドアが勢いよく開かれ、そこに現れたのは本物のメーリだった。
「た、助けに来て‥‥‥くれたんですね。‥‥‥メーリさん」
「いや、死ぬのを待つんだ、ジャン」
思いもよらない言葉にジャンは意識を保てなくなりかけていた。