<ホド編 第2章> 79.クム・クラーヴェ その1
<本話の登場人物>
【ニルヴァーナの七人】:謎に包まれた集団。下部組織に中央元老院や人類議会がある。
【カエーサル・ガリュース】:ケテル人類議会のマスターヒュー。頭脳明晰で大胆で実行力ある人物だが、行方知れずとなっている。
【ヨシュア・バラバ】:マルクトを代表する秘密結社を操っているマルクト人類議会のマスターヒュー。財界、政界、裏社会に部下を多く配置して実質世界を牛耳っている。
【ジルグラス・ネーグ】:エルフと人間のハーフであるエルフューマンでビナー中央元老院議員。堅実で実行力ある青年。
【エンゼン・フィグイッツ】:ティフェレト人類議会の次席マスターヒュー。虚言癖があるが、上には気に入られる処世術をもっており、候補者として選ばれるべき功績はないのだが、今回候補者として選出された。
【ニル・ゼント】:次期元老院最高議長と噂される人物で、謎多き存在。
79.クム・クラーヴェ その1
――蒼市――
元老院大聖堂。
その一画にある直径100メートルほどのドーム状の建物は現在完全に封鎖されている。
ドームの天井部分には煙突があり、そこから黒い煙が出ている。
この煙は新たな元老院最高議長を選出するための協議中であることを示していた。
約20年最高議長を務めたガレム・アセドー逝去したことから長らく行われていなかった次期最高議長選出の儀式クム・クラーヴェが執り行われているのだ。
この儀式に参加出来るのは元老院でも議員以上でなければならない。
ホドの議員5名は全員頭部にヘッドギアを付けている。
ホドの次期元老院最高議長を決めるための議論の場が仮想空間にあるからだった。
その仮想空間にはホドの議員5名以外に、ニルヴァーナと呼ばれる上位組織の要職から7名、ホド以外の世界の元老院、人類議会のマスターヒューが集まっており、総勢数十名で円卓を囲み議論していた。
方々でクロストークとなって議論しているため収拾がつかないほどざわついていた。
コンコン!
「皆さん静粛に!」
ガベルで叩く音の直後に通る声で告げたのはニルヴァーナと呼ばれる7人のうちのひとりだった。
その者がこのクム・クラーヴェを執り仕切っている。
「今回の候補者は5名。そのうち1名は欠席となった。ケテルの人類議会のマスタヒューであるカエーサル・ガリュースだ。彼はケテルで神々の暴走によって引き起こされた大災難を類稀なる統率力と神をも出し抜く知恵と行動力によって見事人類を救った英雄である。ケテルは今平和宣言なる無意味かつ不毛な約定によって分断されている状態であり、今後ケテル全土を手中におさめることは長い時間が必要となるであろう。よってカエーサルをホドの元老院最高議長に推挙したいという申し出があったのだが、ニルヴァーナ規定に基づき辞退したものと見做す」
周囲がざわつき始めた。
クム・クラーヴェで候補者に選ばれることすら難しい中、辞退する者がいることが信じられないのだった。
カンカン!!
「静粛に!」
一同は静まり返った。
「従って此度のクム・クラーヴェに選出されたものは合計4名となる。ひとりはマルクトの人類議会のマスターヒューであるヨシュア・バラバ。ふたりめはビナーの中央元老院議員のジルグラス・ネーグ。3人めはティフェレトの人類議会の次席マスターヒューであるエンゼン・フィグイッツ、そして4人めはホドの中央元老院議員のニル・ゼントである。この後、候補者それぞれから決意表明を行ってもらう。全員公平公正で善意ある投票を行う義務があり、これは如何なる地位であっても守らなければならない法である」
一同は静まり返っている
「それではこれから各候補者より決意表明を行なってもらう。候補者たちのこれまで経歴及び功績は先ほど配布した資料に記載されているから熟読の上投票をお願いしたい」
場内は静まり返っている。
皆静かに各候補者の経歴、功績に目を通しているようだ。
コンコン!
ガベルの音が鳴り響く。
突き刺さるような乾いた音が鳴るたびに数名は体をビクンと動かして驚いている。
「候補者ひとりめ。マルクトからの候補者ヨウシュア・バラバ。決意表明を」
円卓の中のひとりが立ち上がった。
一礼すると話し始めた。
「ただいまご紹介に預かりましたヨウシュア・バラバです。マルクトにて表向きの組織名でカムフラージュしつつ活動しております人類議会のマスターヒューを務めております」
ヨウシュアはふたたび一礼した。
「さて、この度候補者に選ばれた理由ですが、マルクトでは世界中で終末論議が盛んに行われております。これは全て我ら人類議会が流布した仕掛けです。長年秘密結社として活動を行っており、財界、政界、裏社会、至るところに会員を送り込み牛耳ることに成功しております。その上で予言めいた代物を世界中に配布し、その予言を力と科学によって実際に実行してみせることで、世界中が人類議会の恐ろしさと不思議な力を併せ持った崇高な組織なのだと認識するに至っています。そしていよいよ最終段階へと進めており、既に流布している世界中で起こる天変地異や経済的大混乱などを実際に引き起こしマルクトの大多数の人間を人類議会の信者とすることになるでしょう。世界約80億人。その大多数が我ら人類議会の信者となるのです。そして来るべき4大終末書を使ったニルヴァーナの最終目的を果たすための兵隊とすることになるでしょう。あとは私がいなくとも、他のものたちで十分に完遂できる段階に来ております。私としては、これまでの経験を今度はホドの中央元老院最高議長として活かせることに喜びを感じております。ホドは今、ハノキアの中で最も注目されている世界のひとつです。オルダマトラが復活したとなれば、他の世界への影響も考慮し、何らかの手を打つ必要があります。私ならばそれが可能です。是非とも、皆さんのお力をお借りしたくよろしくお願い致します」
ヨウシュア・バラバは深く頭を下げて一礼したあと着席した。
出席している者たちは皆、ヨウシュアに対して尊敬の眼差しを向けていた。
「続いて、ビナーからの候補者ジルグラス・ネーグ。決意表明を」
「はい」
円卓を囲んでいる面々の中で、一人だけ耳の尖った人物いるのだが、それが今返事をしたジルグラス・ネーグだった。
彼はエルフューマンと呼ばれるハーフエルフで人間とエルフの混血だった。
ゆっくりと立ち上がると深々と一礼して、ゆっくりと落ち着いた声で話し始めた。
「ビナーより候補者としてご指名頂いたジルグラス・ネーグでございます。私はみなさまご存知の通り、エルフューマンです。本来であれば、ニルヴァーナを頂点とするハノキア全土に跨って存在し、人間の輝かしい未来のために生涯を捧げるべき元老院最高議長の職に就くべき生まれではございません。しかしながら生まれながらにして半端者として蔑まれ、エルフ社会では1日たりとも平穏な日がないほど迫害を受け続けました。血筋のみが優先され、エルフ以外の血を体に流している者など人に在らずと言わんばかりのエルフ至上主義と他者を貶まなければ自身の価値を示せない下劣な精神の持ち主であるエルフへの恨み、1日たりとも忘れたことはありませんでした。しかしながら、ニルヴァーナに教えを乞うて以降、私の人生は一変致しました。下等で下劣な種族への恨みとはその下等で下劣な種族と同じ高さまで目線を落としていることに他ならないということに気付かされたのです。人間こそが世界を救い、人間こそが人類を救うことが出来る。それさえ信じることが出来れば、エルフのことなど考える必要もないのです。獅子が羽虫に気づかないのと同義に、私もエルフのことなど気にもとめる必要がないということに気づいたのです。それからというもの、私の元老院としての務めは幸福そのものでした。現在ビナーでは終末ミロク神示を保管しております。ご存知の通り、手順を間違えれば人類のアセンションはなし得ません。その手順の解読が間も無く終わろうとしております」
『おおお‥‥』
周囲からどよめきが起こった。
カンカン!
「静粛に!決意表明中である」
一同は静まり返った。
ジルグラスは今一度一礼すると話を続けた。
「4大終末書の中で最も重要視されているものが終末ミロク神示でございます。ケテルでは終末ドグマの書が大魔王ディアボロスに奪われたと聞いておりますが、私はそのようなミスは犯しません。大魔王が展開する時ノ圍を妨害する魔法を編み出しております。その魔法が発動されている限り、時が止められることはありません。そして終末ミロク神示には守護天魔アスラに守らせております。このような盤石な守りこそが私の成し遂げてきた功績になりましょう。決して目立つものではありません。ですが、その堅実さこそが、ホドの元老院最高議長を務めるにふさわしいのではないかと考えております。何卒善処のほどよろしくお願い申し上げます」
ジルグラスは深々と頭を下げた。
「続いてティフェレトからの候補者エンゼン・フィグイッツ。決意表明を」
「はっ!」
エンゼンはキビキビと立ち上がり、深々と一礼した。
まるで軍人の徹底された敬礼のようだった。
「只今ご紹介に預かったエンゼン・フィグイッツであります。まず初めに私を候補として選んで頂き感謝致します。私は長く王政とキタラ聖教会の支配の中で密かに人類議会の拡大に努めて参りました。それを覆すべく暗躍していた私は見事、ユーダマッカーバイ殺害に成功し、聖教会が崩壊するきっかけを作り人類議会の地位を確立するに至ったのです!その状況たるや壮絶であり、ティフェレト全土を巻き込む大騒動になりました。抜かりなく作戦を遂行する中で、ラザレ王国国王ムーサ・マッカーバイをも失脚させることに成功したのです!それによって人類議会はティフェレト全土を実質支配している状態にまで拡大しておる次第にございます!その功績が認められ、今回のホド元老院の最高議長候補に選出頂いたのだと思っておる次第にございます!候補者に推挙頂いた皆様、本当に感謝致します。この私がホドの中央元老院最高議長になった暁には忌々しいオルダマトラを破壊し、前任のなし得なかったホド全土の支配を成し遂げるとお約束致しましょう!そして亡き前任のガレム・アセドー殿の無念を晴らしてみせます!以上です!」
エンゼンはキビキビとした動きで深く一礼すると勢いよく着席した。
今の演説を聞いて皆ざわついている。
どうやらニルヴァーナから配布された資料とエンゼンの決意表明で語られた内容に相違点があったようだ。
コンコン!!
「静粛に!ここでの真偽確認はしない。各自適切な判断に基づいて投票すること。それでは最後の候補者、ニル・ゼント。決意表明を」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
周囲に緊張感あるオーラが広がった。
仮想空間であるにも関わらずオーラが展開され、その場にいる全員がそれを感じ取っていた。
ニル・ゼントはゆっくりと立ち上がった。
そして深々と一礼した。
これまでの候補者と全く違う雰囲気に場内が異様な雰囲気に包まれていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




