<ホド編 第2章> 78.ロン・ギボール解放
<レヴルストラメンバー以外の本話の登場人物>
【アドラメレク】:ホドを拠点としている魔王。何かの計画に沿って行動しており、アレックスを巨大亀ロン・ギボールに幽閉した。瑜伽変容を引き起こした。
【エルティエル】:美しい金色の髪の女性の姿の守護天使。ネツァクを守護しているが消滅してしまった本来の守護天使のハニエルから守護天使の任を引き継いだ。スノウがネツァクにいた頃に行動を共にしていた。
【ラファエル】:ホドの守護天使。黒いスーツに身を包んだ金髪の女性の姿をしている。瑜伽変容をロンギヌスの槍で阻止し裏切ったザドキエルを追い詰めたが、突如現れたディアボロスによって退けられた。
78.ロン・ギボール解放
スノウはロンギヌスの槍の痕が残る心臓の外壁に向かってフラガラッハを突き刺す。
グズッ‥‥
鈍い音と共に押し込んでいるフラガラッハが止まる。
「力で押し込めるもんじゃないってことか。フラガラッハだからこそ、ここまで刺さっている感じだな」
スノウは万空理の空視を使った。
「なんだこれは?!」
心臓部の外壁は見たこともない構成で組み立てられていた。
「因がどれとどう繋がっているか分からないぞ‥‥こんな複雑な構造が存在したとは‥‥」
(いや、だからこそ唯一神と呼ばれハノキア全土を支配下に置いているってことか。万空理は真理を読み解き操ることが出来るが、それを拒む構造ってことなんだよな。いやむしろ、構造が見えているだけでも万空理は機能しているってことか‥‥)
スノウは空視を駆使して外壁の構造における因のつながりを辿った。
背後ではラファエルに歯がいじめにされているアドラメレクが暴れており時間がない。
(因のつながりの解れが見つかれば何とかなるはずだ‥‥ロンギヌスの槍が刺さった場所に解れがあるはず‥‥あった!)
スノウはわずかに解れている因の繋がりを見つけた。
ロンギヌスの槍は外壁の途中までしか刺さっていないのだが、傷をつけた場所に僅かな因の繋がりの解れがあり、それをフラガラッハで切っていくことで外壁に傷が付くことが視えたのだ。
(フラガラッハを慎重に突き刺さなければならないな‥‥少しでもズレればこの外壁の細胞が防衛本能を働かせて因の繋がりの解れを隠してしまう‥‥)
スノウはゆっくりとフラガラッハを外壁に突き刺していく。
「やめなさいアノマリー!あなたに好き勝手されると私の責任範囲に支障が出るではありませんか!ええぃラファエル!いい加減放しなさい!」
アドラメレクは両手に炎魔法を繰り出した。
「しまった!」
歯がいじめしている状態のためラファエルはアドラメレクの炎魔法攻撃を防げずにいた。
「フハハ!少しでも邪魔ができればよいみたいですねぇ!喰らいなさい!」
アドラメレクは凝縮した爆裂魔法を数隻スノウに向けて放った。
ドゴゴドッゴォォォォン!!
激しい爆発が巻き起こり、凄まじい爆風がアドラメレクとラファエルを襲った。
スッ‥‥
アドラメレクが指を左から右に動かすと、爆炎と黒煙が一瞬で消え去った。
「ばかな!!」
スノウの背後にエルティエルがいた。
エルティエルはスノウを守るように障壁を展開していた。
そのおかげでスノウは爆裂魔法の影響を受けず攻撃前と変わらずフラガラッハを慎重に突き刺し続けている。
「あなた、確かネツァクの守護天使代理ではないですか?!何故ここにいるのですか?!任を放棄してこの場に来ているとしたら忌々しい神によって堕天させられるでしょうねぇ!」
エルティエルは無言のまま誇らしげな表情を見せていた。
「あなたと一緒にしてもらっては心外ですね。神のご慈悲は結果に齎されます。プロセスは二の次です。彼女は立派に主のご意志に沿って行動しています」
歯がいじめにしているラファエルがアドラメレクをさらに締め付けながら言った。
「フハハ!あなたこそ分かっていないようですねぇ!唯一神がどれだけ我儘で気分屋か!あなた方はきっと後悔するでしょう!この世界が生まれた経緯を知ればねぇ!」
「戯言です」
心臓の外壁に突き刺しているフラガラッハがいよいよ外壁を突き破るところまで届いた。
ブジュラ!!ギュワァン!
外壁に人がひとり入れるかどうかの空間が開いた。
「エル!」
スノウは背後にいるエルティエルを見て言った。
エルティエルは少しだけ振り向いてスノウに笑顔を見せた。
「ありがとう!」
エルティエルは軽く頷いた。
それを見たスノウは外壁に開いた空間から中へと入っていく。
ズゥゥゥゥン!
スノウは全身に凄まじい重苦しさを感じた。
(この魔力濃度は‥‥体がバラバラに壊れそうだ‥‥)
ホドの海水で満たされているはずだが、超高濃度の魔力に満たされているためか単純な水分ではなく呼吸が出来る状態だった。
だが呼吸するたびに細胞が振動を起こす。
振動を起こすたびに体に実体がなくなるような感覚になった。
(やはり長居は出来ない‥‥ロン・ギボールの言っていた結界膜はたしか心臓の中心部にあったはずだ‥‥)
スノウはゆっくりと体を動かしながら泳いでいく。
本当は体を素早く動かしたいのだが、動かした瞬間に体がバラバラに分裂し、崩れていく感覚になっており体の部位それぞれが結合して動かせるかどうかを確認しながら泳いでいるためどうしてもゆっくりと泳がざるを得ないのだ。
着実に結界膜へと近づいているが、一方で体の細胞の結合部が少しずつ剥がれている感覚もあった。
(時間がない‥‥)
それから数分が経過した。
既に体に変調を来しており、指はほぼない状態だった。
魔力に浸されているせいか、体が徐々に欠損しているにも関わらず痛みがなく、逆に恐怖を感じていた。
「!」
ほぼ中心部まで来た時、スノウの視界に黒い球体が飛び込んできた。
直径約3メートルほどの黒い球体で、方々から光の筋がその球体に繋がれていた。
(あの光の筋が結界膜を形成しているんだな‥‥あれを全て切ってしまえば結界膜は破壊出来るはずだ‥‥)
既にスノウの皮膚はところどころ剥がれ、アンデッドのような見た目になっている。
指が既になくなっているため、スノウはフラガラッハを咥えて光の筋を斬り始めた。
ブチッ!
(よし斬れるそ)
ブチ!ブチ!‥‥ブチ!‥‥ブチブチ!
スノウは順調に光の筋を斬っていく。
(最後の一本‥‥)
ブチ‥
キュワァァァァァン‥‥
結界膜がゆっくりと消滅していく。
そして黒い球体の中からぼんやりと光る発光体が現れた。
シュゥゥゥゥゥン‥‥
発光体に周囲から光が集まっていく。
そして収束された光は数秒後一気に弾けた。
パァァァァァァァァン!!
スノウはその衝撃で飛ばされていく。
だが、意識も朦朧として泳ぐ気力がないどころか、体のいたるところが欠損しており、物理的に泳ぐこともままならなかったため、飛ばされるままに流れていった。
ギュワァァァァァァァァァァン‥‥
(何だ?‥‥さっきまで澱んでいた魔力がざわついている‥‥まるで意思を持っているようだ‥‥)
スノウの意識が徐々に薄れていく。
(そうか‥‥ロン・ギボールが‥‥異世界へ‥‥越界‥‥す‥‥)
ついにスノウは気を失ってしまった。
既に手足もなくなりつつある。
スノウの感じた通り、魔力の粒子が細かく振動し渦を撒き始めた。
甲羅の心臓の外側では心臓の上空に時空の揺らぎが発生していた。
中にいるラファエルに歯がいじめにされているアドラメレクは急に怯えた表情を見せた。
「まずい!まずいまずいまずいまずいまずい!まずいですよ!このままではロン・ギボールの越界に巻き込まれてしまいます!カルパに飛び込むのは自殺行為!ラファエル放しなさい!あなたも死にますよ!」
「このままあなたと心中というのも悪くありませんね。神に仇なす存在のあなたが神の掌の上で暴れているだけに飽き足らず、いよいよ刃を向けるというのです。守護天使として道連れにしてもよいとは思いませんか?」
「何を馬鹿げたことを!あなたも守護天使の地位を失うのですよ!」
「それがどうだというのです?私の後任など他にいくらでもいます。本当に主の僕として任を全うするなら、地位にしがみつくのではなく、将来脅威になりうる悪の芽を摘む方が誇れます」
「て、天使の分際で自分を誇るなど不敬もいいところですね!あなたは煉獄行きですよ!さぁ放しなさい!放せ!」
暴れるアドラメレクをラファエルは渾身の力を込めて押さえ込んでいた。
徐々に甲羅の心臓が上昇していく。
一方スノウは完全に意識を失って魔力溜まりの中を漂っていた。
その間も体が少しずつ砂が崩れていくかのように削れていった。
そしていよいよ甲羅の心臓、ロン・ギボールの体が越界しようとした瞬間。
ガシッ!
スノウの体を掴んだ者がいた。
フランシアだった。
(マスター!絶対に助けます!)
フランシアはスノウを掴み凄まじい速さで泳いていく。
そしてロンギヌスの槍の傷の空間から飛び出てそのまま風魔法で甲羅の心臓の外殻から飛び出した。
ギュワァン!キュィィィィィィン‥‥‥
その直後甲羅の心臓は上空の時空の歪みに吸い込まれるようにして消え去った。
ヒュゥゥゥン‥‥
フランシアはスノウを抱えたまま飛行していた。
「リュクス!」
「はいフランシアチーフ」
「急いでヴィマナに転送して!」
「了解しました」
キュィィィィィィィン‥‥
ズザァァ!‥ガシ!
ブリッジに転送されたフランシアとスノウをヘラクレスが受け止めた。
結界杭破壊に出ていた者たちは全てヴィマナに帰還しており、スノウの変わり果てた姿を見て表情を強張らせている。
「回復できるみんなお願い!」
『おう!』
フランシアの呼びかけに応じ、回復魔法を使える者全員がスノウに回復魔法を唱えた。
超高濃度魔力溜まりの影響で特殊な傷となっている欠損部分はなかなか治癒し始めない。
「スノウ!戻ってこい!」
「こんなところで死ぬボウヤじゃないでしょ!」
「スノウ!お願い!戻ってきて!」
「いつまで寝ているつもりだスノウ。早く起きろ!」
「おいこの野郎!起きやがれ!」
「起きるのだスノウ!目を覚ませ!」
「起きてくださいスノウさん!」
全員の呼びかけにも全く反応を見せない。
「全く困った小童だね」
「その通り。困った主人だ」
オボロとマダラが姿を見せた。
「マダラ。あたしが小童の精神の部屋を揺らす。同時にお前は心臓を締め上げて血を巡らしな」
「承知した」
ドォォン!
突如スノウの目が開いたが、白目になっている。
「今だよ!」
ギュルン!
オボロの合図でマダラがスノウの胸部を一気に締め上げる。
「がっはっ!」
思いきり咳き込みながらスノウが息を吹き返した。
「回復魔法全開でお願い!」
『おう!』
フランシアの声に皆が反応し、限界まで回復魔法を放った。
意識を取り戻したこともあってかスノウの体が徐々に再生されていく。
キュィィィィィィン‥‥
スノウの体は元通りに回復した。
「みなさん、スノウ船長のバイタル、正常です」
「見りゃ分かるわよぉリュクスボウヤ‥‥うぅぅ」
涙を流しながら言ったロムロナの言葉で堰を切ったようにフランシア、ソニア、ワサン、ヘラクレス、シンザ、ルナリ、ガースが涙を流して喜んだ。
「いいチームだ」
「ああ」
アリオクが笑顔で言ったのを受けてシルゼヴァが腕を組みながら誇らしげに答えた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




