<ホド編 第2章> 77.タイムリミット
<レヴルストラメンバー以外の本話の登場人物>
【アドラメレク】:ホドを拠点としている魔王。何かの計画に沿って行動しており、アレックスを巨大亀ロン・ギボールに幽閉した。瑜伽変容を引き起こした。
【ラファエル】:ホドの守護天使。黒いスーツに身を包んだ金髪の女性の姿をしている。瑜伽変容をロンギヌスの槍で阻止し裏切ったザドキエルを追い詰めたが、突如現れたディアボロスによって退けられた。
77.タイムリミット
「間も無く時間か」
キュィィィン‥‥
「!」
スノウ精神は突如別の場所へと引っ張られた。
スン‥‥
「急に呼び出してすみません」
見晴らしの良い場所に好青年が立っている。
ロン・ギボールだった。
スノウはふたたびロン・ギボールの精神世界へと誘われたのだった。
「おれの精神をATMみたいに好き勝手出し入れすんなよ」
「ATM?何ですかそれは」
「いや、何でもない。それで呼び出した理由は?」
「僕が解放されたらすぐに心臓から逃げてください。超高濃度魔力で満たされている状態ですから、魔法が一切使えません。転移魔法陣も発動出来ません。とにかく逃げて心臓からすぐに出てください」
「何故だ?まぁ超高濃度魔力の中に長居するつもりはないからすぐに出るけど」
「僕の精神体が解放されたらこの甲羅の心臓を支配出来るようになります。ただ、瑜伽変容が中途半端ではありますが、発動したことでホドに縛られている状態から解放される可能性があるんです。つまり、僕は体ごと本来いるべき世界へと飛ばされる可能性があるということです」
「!‥‥たしかゲブラーが本来の居場所だったよな?」
「はい。ゲブラーにあるマグマは唯一神の血。本来僕はそれを吸収しハノキアに散らばった唯一神の体の部位に届ける役割を担っているんです。瑜伽変容によって本来のアンカーが打たれた地へと引っ張られるはずです。そうなれば君も連れて行ってしまうことになる」
「このタイミングで言うことかよ‥‥。それで猶予はどれくらいあるんだ?」
「数分か数秒間‥‥としか言いようがない‥‥正直僕にも分からないんです」
「数分と数秒じゃ対応が全く変わるぞ。その時はあんたの体を引き裂いてでも外にでることにするがそれでいいか?」
「ええ、構いませんよ空っぽの意識の人」
「またそれか。そう言えば‥‥ホドの守護獣があんたやヨルムンガンドじゃないとすれば、本来は誰になるんだ?」
「海のカナロアです。彼女はとても優しく心が広い。彼女も今、本来の場所とは違うところにいます。彼女のことも救ってやってください」
「海のカナロア‥‥彼女ってことは性別としては女なんだな?」
「まぁそう思ってもらって構いません。僕らにはそもそも性別などありません。それぞれが好きに自分を表現しているので、それを尊重して貰えるとありがたい、といった感じですよ」
「なるほど。それと、何故違う場所にいるのか、そして瑜伽変容で何が起きているのか‥‥それも知りたいんだがな」
「何故違う場所にいるのかは分かりません。唯一神の力に抗えるほどの存在が何かをしたのだと思います。僕らの範疇を超えていますね。瑜伽変容で起きていることは、餼伽変換で唯一神の体の部位がハノキアに散り、九獣神の体に融合した際、僕ら九獣神は唯一神の支配下に置かれました。同時に本来の居場所ではないところに縛られる力にも支配されたんです。それが瑜伽変容によって弱まった。僕らを別場所に追いやった力が弱まったのと同時に唯一神が僕らを支配する力も弱まっています。一旦は本来の場所に引き戻されてしまいますが、引き戻された以降の僕らは唯一神からの支配が弱まった状態になるはずです」
「なるほど。九獣神を本来の居場所に戻した後、瑜伽変容じゃないが、あんたら九獣神を唯一神の支配下から解放する。それが望みだよな。その時は守護天使どもと揉めそうだな。だが順番を間違えれば世界は崩壊する。つまりオルダマトラにいるディアボロスやザドキエルがやろうとしている結末になってしまうってことだよな」
「そうですね。それだけは阻止すべきです。この点においては守護天使とも共通の目的になるので、共闘も出来るかもしれませんよ」
「いや、お断りだな。メタトロンとの友情の記憶はあるが、それ以外の守護天使は嫌いなんだ。だが天使全てが嫌いなわけじゃない。天使の中にはおれの大事な仲間もいるからな」
スノウの脳裏にエルティエルの顔が浮かんだ。
「ネツァクにいるエルティエルですね」
「頭の中を覗くなよ‥‥」
「すみません、自動的に流れ込んでくるので。彼女は今は前任のハニエルの意思を継いでネツァクの守護天使になっているようですね。ネツァクの守護獣である白虎ゼンガルエンも救ってあげてください。彼女は気の強いところがあるので最初はとっつきにくいかもしれませんが、ネツァクをひとりで守ろうとしているエルティエルを案じているようです。ですが、身動きの取れない状態にあるため、観ていることしか出来ずもどかしいと言っています」
「別の世界にいても九獣神どうしで会話出来るのか?」
「いえ、会話は出来ません。手紙を送るように一方通行の思念を送って受け取ってもらうんです。ゼンガルエンは君のことも観ていたようです。大切な人を失ったことに心を痛めていましたよ。でも悲しむ必要はないと言っていました。その大切な人は自然に還った後も君と共にあると言っています」
(リリィ‥‥)
スノウの脳裏にリリアラ・マルトーが浮かんでいた。
山波南と共にミネルデバイスでマルクトからネツァクへ意識転送してネツァクに脅威を齎したズールーによって木へと姿を変えられてしまったスノウの大切な女性だ。
現在はネツァクにあるスノウの作り上げた道具屋フラガラッハの中庭に移され、美しい花を咲かせている。
「さぁそろそろ時間です。これ以降の会話は出来ないと思っていてください。僕もどうなるのか分かっていないんです。ですので、これだけは言わせて下さい。本当にありがとう。君たちの出現は予知していましたが、予知で見るのと実体験するのでは全く違う。このような状態になって実はとても苦しいのですが、君という存在が僕らを救ってくれている実感があります。本当にありがとう」
「礼はミッションが上手くいってからにしてくれ。まぁ結果も予知しているのかもしれないから、少し気が楽だけどな。じゃぁ戻してくれ」
キュィィィィィィン‥‥
スノウの精神は心臓の外壁にある自身の体に戻ってきた。
「さて、時間だな」
「おや、どこへ行くのですか?」
「!!」
背後から聞こえた声にスノウは振り向く。
ドゴォン!
「うぐっ!」
スノウの目の前にアドラメレクの顔があった。
突然現れたアドラメレクはスノウの首を手で抑えつけている。
アドラメレクの手を引き剥がそうとするが、相当な怪力なのか引き剥がすことができない。
「ニンゲンとは脆弱な生き物です。人体構造上、呼吸を止めれば脳が機能を停止しますからね。いくらアノマリーとはいえ、人体構造は同じ。脳が機能を停止すれば気を失うでしょう。その後は殺すもよし、体を乗っ取るもよし、好きにさせて頂きますよ」
「くっ!」
「さて、あなたのお仲間が私の部下を蹴散らしてくれたおかげで態々私がこの場へ出向くことになりました。しかも、フォラスとアロケルに至っては冥府に還されてしまいましたからねぇ。これは誤算ですし、今後の戦力を考慮しても痛手です。ですが、ここであなたを殺してしまえば、痛手は成功への尊い犠牲に変わります。守護天使どものような面倒な羽虫は残っていますが、私たちにとっての大きな脅威はひとつ取り除かれたことになりますからねぇ」
アドラメレクの手を引き剥がそうと足掻くがスノウの意識が徐々に薄れていくにつれてその動きも鈍くなっていく。
「さぁて、そろそろお眠の時‥」
ガブゥッ!
「あきゃぁ!」
アドラメレクは突然奇声を発した。
ブチッ!!
スノウの首を掴んでいる腕がちぎれた。
突然腕をちぎられたことでアドラメレクは後退りした。
スノウの目の前で徐々に姿を現したのはマダラだった。
マダラがアドラメレクの腕を噛みちぎったのだ。
「ゲホゲホッ!‥‥でかした‥マダラ‥」
「主人よ、戦闘体勢だ。まだ戦いは終わっていないぞ」
「そうだな‥ゲホッ!」
ズリュン!!
アドラメレクの噛みちぎられた部位から腕が生えてきた。
「きぃぃ!何ですかその蛇は!しかも私の大嫌いな蛇!蛇には碌なのがいない!何と言う屈辱!」
「小童時間がないぞ。とっとと倒してしまいな。あたしの予想じゃぁ結界杭が破壊されたことで魔力が充満するから放っておけばこの亀の心臓は破裂しちまうだろうさ。破裂したら中の魔力がホド中にばら撒かれてこの世界の生き物は下手すれば蒸発してしまうよ」
「オボロのばあさん‥‥久しぶりに出てきたと思ったら焦らせやがって‥‥でもその通りだな。とっととやつを倒す」
「あたしも力を貸してやる。ここで止めをさすんだよ」
「勿論我も一緒に戦うぞ、主人、そしてオボロよ」
「はは‥‥心強いぜ」
シャキン!
スノウはフラガラッハを構えた。
それを見てアドラメレクは怒りのオーラを展開した。
「アノマリー!何という禍々しいオーラを放つのですか?!得体の知れない影がふたつも!やはりこの場で殺しておく必要がありますね!」
ギュワン‥‥
アドラメレクは自身の両側の空間に小さな魔法陣を出現させその中から中剣を取り出した。
「魔王剣ミギダリ‥‥私にこの剣を使わせるとは褒めてあげますよ。世に知られない魔王剣ミギダリ。あなたはその切れ味を身をもって知ることになるでしょう。残念なのはこの素晴らしさが世に知られないことです。何故ならこの剣を見たものは皆死んでしまうからです」
ヒュン‥‥シャキン!!キキン!
凄まじい速さで斬りつけてきたアドラメレクの攻撃をスノウはフラガラッハで防いだ。
「へぇ、やはりその剣は神剣でしたか。そんな気色の悪いものを扱えるなんて益々殺しておく理由が増えましたよ!」
「ごちゃごちゃうるせぇな!」
バッゴォォン!!シュゥゥゥン‥‥ガィィン!
スノウはジオ・エクスプロージョンを放った後アドラメレクに剣撃を放った。
同時にマダラがアドラメレクの腕目掛けて噛みつきにかかる。
「2度も同じ手が通用すると思っているのかしら?!」
アドラメレクの剣がマダラの首に振り下ろされる。
バクン!!
スノウの頭部からオボロが出現し大きく裂けた口でアドラメレクの上半身に噛みつこうと襲いかかった。
アドラメレクは後方に大きく飛び退くしかなかった。
「いい連携だ」
「生意気いうんじゃないよ小童。マダラも不用意に噛みつきにかかるんじゃない。隙を見計らうんだよ」
「分かっている」
シャキン!
スノウは再び構えた。
一方アドラメレクは怒りの表情を見せた。
馬の頭のところどころに血管が浮き出ている。
「いいでしょう。この世界で見せられる最強の姿をお見せしますよ」
ガシ!
「!!」
突如背後にラファエルが現れた。
「な、何ですか?!あたなはラファエル!何故このようなところに?!しかも分かっているのですか?!このような干渉を行えばあなたは守護天使ではなくなりますよ!」
アドラメレクはラファエルによって歯がいじめの状態となっている。
「構いません。この世界を守護することが私の目的。それを脅かす存在は誰であろうと我主の敵対勢力。干渉するだけの理由になり得るのです。これで守護天使の役を剥奪されても本望というものです」
「馬鹿な!おやめなさいラファエル!」
「スノウ。さぁ行きなさい。時間がありません。既にあなたの仲間は結界杭を全て破壊しています。このホドを救いなさい」
スノウは目で了解の合図を送るとロンギヌスの槍が刺さっていた場所へと向かった。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




