<ホド編 第2章> 73.突然の誘い
<本話の登場人物>
【ラファエル】:ホドの守護天使。黒いスーツに身を包んだ金髪の女性の姿をしている。
【ロン・ギボール】:ホドに存在する巨大な亀。九獣神と呼ばれる世界の自然の役割のひとつを担っている太古より生き続けている存在。その中でも四獣神と呼ばれる部類に位置付けられている。本体は精神体で青年の姿で現れる。自然エネルギーを実体化した姿が巨大な亀となっている。
73.突然の誘い
スタ‥
「ラファエル、一体何がった?!」
飛行して戻ってきたスノウが着地すると同時にラファエルに話しかけた。
「アドラメレクが突然消えた。やつの手下の悪魔たちも同様だ。一体ここで何があったんだ?」
スノウの質問に無表情でラファエルは答え始めた。
「分かりません。いえ、もう少し丁寧にお話ししましょう」
スタスタタスタ‥‥
フランシア、シルゼヴァ、ルナリもやって来た。
何も突如戦っていた相手が消えてしまったことでロンギヌスの槍が刺さっていた場所に原因があるとして戻ってきたのだった。
「私が餼伽変換を開始しようとした瞬間、ディアボロスが現れたのです」
ビギンッ!!
周囲に怒りと殺意のオーラが広がった。
発したのはスノウだった。
「スノウ・ウルスラグナ。そのオーラを抑えて頂けますか?」
「すまない。ディアボロスの名が出ると条件反射のように怒りが込み上げてくるんだ。話を続けてくれ」
ラファエルは黒いスーツの襟を整えながら話を続けた。
「ディアボロスは時ノ圍を展開し、私の動きを抑え込んだあと、ロンギヌスの槍によって串刺されていたザドキエルを助け回復し、瑜伽変容をふたたび始めようとしたのです。瑜伽変容がふたたび始まればハノキアの世界の収束が誤った方向に進み崩壊します。それを止めようと試みましたが、ディアボロスの展開した時ノ圍の中では思うように動けず足掻くだけでした。その時ロンギヌスの槍を持ったルシファーが現れたのです」
「ルシファー?」
スノウ達にとってはほぼ初めて聞く名だった。
もちろんスノウは雪斗時代、宗教やアニメ、ゲームなど様々な分野で当たり前のように聞く存在の名だったため馴染みはあったのだが、今の今迄架空の存在のように感じていた。
だがラファエルからその名を聞いた瞬間、実在する人物としてスノウは意識した。
「ルシファーはかつて大天使長を務めた我らが主より最も寵愛を受けていた存在。かつての善悪の大戦で堕天しましたが、依然その力は失われずディアボロスの展開した時ノ圍の中でも自由に動けるほどの力を持っています。それだけの者が凄まじい攻撃的オーラを放っていたこともあり、私は意識を失ってしまったのです。目覚めると周囲には誰もいなかった。ルシファー、ディアボロス、ザドキエルの3人が消え、ロンギヌスの槍も無くなっていました」
その話を聞きながらシルゼヴァはロンギヌスの槍が刺さっていた場所を調べていた。
「どうしたシルゼヴァ」
「ここにロンギヌスの槍が刺さっていたということでいいか?」
「ええ。私が刺した場所は2度ともそこになります」
「その槍、相当な力を持っているようだな。それも物理的にではなく精神世界へも影響を及ぼしているようだ。俺にはこの場所から声が聞こえる。言葉にならない声だがな」
『!!』
(そう言えばどこかざわついている感覚があった‥‥心臓から聞こえてくる何かってことか?
それぞれ順番にロンギヌスの槍の傷跡に耳を近づけた。
「何も聞こえないわね」
「我にも聞こえない」
フランシア、ルナリには何も聞こえないようだった。
そして最後にスノウが耳を当てた。
ギュワァァァァァァン‥‥
突如スノウの精神がどこか別の場所に引っ張られた。
眩暈を感じたと思った次の瞬間、一気に視界が開けた。
「ここは一体‥‥?」
スノウは周囲を見渡した。
大きな山の頂上に立っており、空は快晴で陸地の周囲には海が広がっている。
清々しい大自然を一望できる場所にスノウは立っていた。
「こんにちは」
「?!」
スノウは背後から聞こえてきた声に驚きつつ振り向いた。
そこには切り株に座っている青年がいた。
「お前は何者だ?そしてここは一体どこなんだ?」
スノウは警戒しつつ話しかけた。
「ここは僕の精神世界です。名乗るのが遅れましたね。空っぽの意識の人、スノウ・ウルスラグナ。僕はロン・ギボール。君たちが巨大亀と呼ぶ存在の精神体です」
「ロン‥‥ギボールだって?!」
スノウは目を見開いて青年に視線を向けた。
そしてフラガラッハに手をかけようとした瞬間、フラガラッハがないことに気づいた。
(どこへいった?!)
「そう構えなくていいですよ。とって食おうなんて思っていませんから。それにここは僕の精神世界です。神剣であっても持ち込むことは出来ませんし、持ち込んだとしても意味はありませんよ」
好青年は優しい笑みを浮かべながら言った。
「僕はロン・ギボールの精神体で実体は亀ですが、本来の姿は特に固定されていません。貴方に認識してもらえるようにこの姿で現れているんです。今後も会うでしょうから覚えておいてくださいね」
「‥‥‥‥」
スノウは理解が追いつかず言葉を発することが出来ないでいた。
「さて、僕が貴方をここへ呼んだ理由である本題に入る前に、貴方の興味事についてお話ししましょう。貴方の友人のアレキサンドロス・ヴォヴルカシャは残念ながら僕の実体である亀と融合してしまっているので救い出すことは出来ません」
ザン!!
スノウは力が抜けるような感覚になった。
「ふざけるな!お前の力でアレックスを解放しろ!」
スノウはロン・ギボールに食ってかかろうとしたが、ロン・ギボールが軽く手をかざすとスノウはその場に膝を付かされてしまった。
そして人差し指を横に軽く動かすと、スノウの口が強制的に閉じさせられてしまった。
「んん‥!」
「話は最後まで聞く方がいいですよ空っぽの意識の人。傾聴する姿勢は大事です。そもそもアレクサンドロス・ヴォヴルカシャとの融合は僕が望んだ訳ではないんです。餼伽変換行った種族が瑜伽変容を行いアレクサンドロス・ヴォヴルカシャを僕と融合させたんですから」
「んん!」
「同種族のラファエルが餼伽変換を行おうとしているようですが、アレクサンドロス・ヴォヴルカシャは戻りません。何故なら僕から切り離される半身は新たに産まれ直されるからです。アレクサンドロス・ヴォヴルカシャという存在は消滅するか、次元の狭間に飛ばされるか、別な者に転生するかの3つの内のどれかになるでしょう」
ザン!!
スノウは項垂れるようにして地面に両手をついて地面を見つめていた。
青年の姿のロン・ギボールの精神体の言葉には表現しようのない説得力があり、スノウはその言葉を素直に受け入れざるを得ず、それゆえに絶望感が全身を駆け巡ったのだ。
目から溢れ出る涙が地面を掴んでいる手の甲に落ちた。
「そう悲観することもないですよ。アレクサンドロス・ヴォヴルカシャの半身としての宿命から解き放たれるわけですから、君たちの基準で言えば良いことなのではないですか?」
何も話すことのできないスノウからは絶望のオーラが発せられていた。
「さて、本題ですが、その前に君に与えた制限を解くことにしますね」
「ばはぁ!」
強引に閉じられていたスノウの口が開かれ、体も自由に動かせるようになった。
スノウはゆっくりと立ち上がった。
アレックスを返せと詰め寄りたかったが、スノウ自身、ロン・ギボールの言葉通りアレックは戻らないことを理解している上、この精神世界を支配しているロン・ギボールに歯向かっても意味はないと感じとっているため、大人しく会話に徹することにした。
溢れてくる涙を手で拭いながらスノウは話に集中した。
「僕は元々この世界を固定している存在ではなかったんです。君たちが九獣神と呼んでいる遥か太古から存在する世界より生まれ出た獣の神なんです。9体の自然から生まれた存在、いえその自然そのものと言った方がいいでしょう。その中でも日の鳥アレテマー、世界竜ヨルムンガンド、次元竜ウロボロスと僕は四獣神と呼ばれています」
「九獣神‥‥四獣神‥‥聞いたことがある‥‥ヨルムンガンドから直接‥‥」
「そうですね。彼は本来世界全体を観る存在ですからこの場所に閉じ込められているのはおかしいのです。僕は過去に一度彼を閉じ込めている牢獄を破壊しようと試みたんですが、とても強力な結界が張られていて人工物の破壊のみに終わりました。君たちの言葉で言えば膝市というホドカンですね。そして彼を幽閉したのはニルヴァーナという組織です」
「ニルヴァーナ?」
「ええ。ハノキア全土に跨って存在するニンゲンが作り上げた組織です。彼はマルクトを支配するために邪魔だったヨルムンガンドをこのホドに誘き寄せたのです。彼が根城にしていたのはマルクトでしたから。マルクトにある化石燃料や大気を汚す排気や燃焼などマルクトに蓄積された自然エネルギーと生態系を極めて短期間に破壊する行為はヨルムンガンドが許すはずありませんからね」
(人間がヨルムンガンドをホドに閉じ込めたってのか?!バカな‥‥そんな力が人間にあるわけない‥‥い、いや‥‥こいつの言っていることは全て真実だと分かる‥‥だとすれば今の地球の文明は全てヨルムンガンドを排除したことによって生まれたとなる。自分たちの生活の利便性や一部の者たちの支配欲を満たすために環境や生態系を破壊し、生命が徐々に住めなくなりつつある‥‥それがヨルムンガンドを排除したことによって実現したっていうのか?!)
スノウは強制的に納得させられる突飛な話に戸惑いつつも受け入れるしかなかった。
「おれが聞いていた話とは違うな。元老院が世界蛇を閉じ込めるために巨大亀‥あんたを上手く膝市に誘き寄せて破壊させたって話だったよ」
「いかにもニンゲンらしい話です。ですが真実は別にあります。ヨルムンガンド含めて九獣神は実体があるように見えますがこれは自然の力が具現化したものです。本体は精神体ですから、物理的な檻に閉じ込める必要などないですよ。現に彼は彼の精神体が閉じ込められている状態で、君が見た彼の姿はあの周囲の自然エネルギーが実体化したものです。そもそも世界竜ですから、彼の実体化した体はハノキア全土に跨る大きさを図ることの出来ない規模です。それがあの結界に収められていることから考えても納得してもらえるでしょう?なので、その実体化したものを外に出したところで彼の幽閉状態は変わらないんです」
「難しい話だが、なんとなくは理解できた。それでそのニルヴァーナってのは何なんだ?元老院と関係があるのか?」
「元老院はニルヴァーナの下部組織ですね。同様のものに人類議会という組織がありますが、それとも遭遇していますよね?あれもニルヴァーナの組織下にある集団です。ニルヴァーナという組織には、情報機関の人類議会と元老院があります。社会のしくみに応じて表現を変えているだけです。そしてそれを支えている科学組織フルウと武力を担っている三足烏。大まかに言えばこんな組織です。僕らも重要視していなかったのですが、ヨルムンガンドが囚われたのをきっかけに重要視するようになりました。そしてもう一つ。今回の瑜伽変容を引き起こした者たち。僕の感じとっているところだけでしか言えませんが、彼らは唯一神の系譜にある善と悪の集まりで太古に破壊されたはずの超巨大要塞オルダマトラを復活させました。その力を使い瑜伽変容を引き起こし、僕の実体を変容させました」
「‥‥‥‥」
(ディアボロス‥‥やはり何かを企んでいたんだな‥‥オルダマトラってのは一体何なんだ?!)
一瞬スノウから殺意のオーラが発せられたが、ロン・ギボールによってかき消された。
それと同時にスノウの精神は落ち着いた。
「僕ら九獣神には未来が視えます。ですがそれは数ある世界線のうちのひとつ。何を選択すれば僕ら世界の自然が望む未来に到達するのかは複雑で、九獣神全てが必要なことを同時に行い続けなければなりません。それに必要な勢力のひとつに君の率いるレヴルストラがあるんです」
「!!」
話の展開の変化についていけないスノウは戸惑いながら聞いていた。
「ちょっと待ってくれ。なんでおれ達が?!」
「それは君たちが未来を変える重要な位置付けを担っているからなんです。それだけ君と君の仲間達には力があるということですよ。僕を含めて九獣神はハノキアを自由に行き来することは出来ません。日の鳥アレテマーとヨルムンガンドだけは自由に行き来することができたのですが、今はニルヴァーナによって封じられた状態です。このままではハノキアは消滅します。新たな世界が生まれることなく、消滅してしまうのです」
「はぁ?!どういう意味だよ」
「僕らの生まれた理由と役割を説明すべきですね。ですがそれは僕らからのお願いを承諾してくれたら説明します」
「強引だな。お願いってのは何だ?」
「九獣神を解放し、世界を進むべき道へと導く手助けをしてほしいのです。この世界では僕とヨルムンガンドの精神体の解放です」
「!!」
(あの蛇を解放だって?!)
スノウは目を見開いて青年を見ていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




