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<ホド編 第2章> 69.待ち伏せ

<本話の登場人物>

【アドラメレク】:ホドを拠点としている魔王。何かの計画に沿って行動しており、アレックスを巨大亀ロン・ギボールに幽閉した。瑜伽変容(ゆがへんよう)を引き起こした。


アドラメレクの配下の幹部5体

【剛力王バラム】:凄まじい怪力の持ち主で結界杭ではヘラクレスを幽閉していた。

【老魔フォラス】:アドラメレクの配下の幹部悪魔を統括うる役割を担っている。結界杭ではシルゼヴァを幽閉していた。小さな馬に跨った小柄な老人の容姿だが、上位悪魔の荘厳なオーラを放つ。

【智慧の悪魔ストラス】:結界杭でワサン、ソニック、シンザを幽閉していた。王冠を被っ梟の姿をしている。

【剣士アロケル】:体は人型だが、頭がライオンの剣士で二刀流。結界杭ではフランシアを幽閉していた。騎士道を見せるのはフェイクで騙し討ち、不意打ちを好む卑怯な剣術を使う。

【堕天使ウァラク】:黒竜に跨っていたが、スノウと戦った際に黒竜を解放されたため、今は自身の足で行動している。結界杭ではルナリを閉じ込めていた。見た目は天使だが、実際には堕天使である。

 69.待ち伏せ


 ――ヴィマナ――


「スクリーン」


 スノウの指示をうけてリュクスはスクリーンに外の景色を映し出した。


 『‥‥‥‥』


 全員言葉が出なかった。

 素市(もとし)から北東へ数キロ進んだ場所から東側の景色を映しているのだが、そこにあったのは見渡す限りの大地だったのだ。

 海しかなく純粋な陸地は存在しなかったホドに広大な陸地が広がっている。

 誰もが永劫の地(エターナルバース)を探していたが、このような形で陸地が出現するとは誰も予想出来なかった。


「元々は海底だった場所だ。今は干上がったばかりだから岩肌ばかりだが、その内植物も根付くだろう。だが、問題はそこじゃない」


 突如シルゼヴァが意味深な話をし始めた。


「何が言いたいんだシルゼヴァ?」

「戦争が起こるということだ。土地という資源を奪いあってな。生えてくるであろう植物や、田畑を耕して得る収穫物。そしてやがて沸いたように出てくる動物や魔物たち。地下に埋まっている資源も喉から手が出るほど欲するはずだ。それらを自分たちのものにしようとする争奪戦がこれから起こる。生き物とは醜い。最も欲深く、多くの土地を占領しようとする。これは変えることの出来ない事実だ。何故なら本能だからだ。自己保存、自己生存本能‥‥これは他者の命や精神的尊厳より優先する」

「間違いないな。高い精神性をもって永続的に平和を維持し統治している場所などない。神すら戦争好きなんだから。きっと多くの血が流れるだろう。よくエントワとも話していたんだ。もし永劫の地(エターナルバース)が見つかってもそれは人類にとっての幸福には直結しない。人は共通の不都合を抱えていないと協力することができない、ってな」

「そのエントワという男の理屈は正しい。生物は必ず縄張りを作る。その縄張りの範囲は不都合を生む他者によって決まる。共通の敵が現れれば協力するし、共通の敵が消えれば、協力相手が新たな不都合の対象になる。全くくだらん仲間意識と称した利己的で傲慢なエゴだ」


 シルゼヴァとスノウの会話にアリオクは興味を示したのか話し始めた。


「面白い話だが、真理をついている。神も天使も悪魔も同様だ。ウイルスから言葉を知らない魔物さえもな。欲求のカテゴリーが違うだけだ。どんな生物も生きる目的は欲求を満たすことと言うわけだ。議論しても時間の無駄だな」


 アリオクの言葉を聞いてスノウは顎に手を当てながら少し考えを巡らせたあと話を続けた。


「その通りだ。だったらいっその事おれ達でホドの地上を全て占拠してしまうか。戦争が起こり得ない状態をおれ達が作り上げる」

「そんなことをしたらあたし達はホドの人族の共通の敵になっちゃうわよぉ?まぁそれも面白いと思うけどねぇ」

「簡単よロムロナ。マスターに歯向かう者は確実に、そして残酷に殺すの。そうすれば誰も不毛な行動は起こさないわ。そういうの得意でしょう?」

「ウフフ拷問で無数の作品が作れるわねぇ!人族が恐怖する拷問作品を作り続けられるなんてゾクゾクするわぁ!」


 ロムロナはうっとりとした表情で嬉しそうにしている。


「陸地を占領するかどうかは明日にでも会議で決めよう。どれだけの面積が出現しているかに応じて、一人一人の負担も変わってくるだろうし、そもそも人の住める陸地になるかどうか踏まえて現状の調査は必要だ」


 皆スノウの言葉に頷いた。


「リュクス、ロン・ギボールに向けて発進してくれ。接近限界まで到達したらアナウンス頼む」

「承知しました」

「みんなはそれまで待機だ。それぞれ持ち場に戻ってくれ」


 ヴィマナはロン・ギボールの変異した甲羅の心臓に向かって進み始めた。


 ・・・・・


「接近限界地点に到達しました。スクリーンにロン・ギボールの変異体を映します」


  リュクスのアナウンスが終わるとスクリーンに映像が映し出されていた。

  ロン・ギボールの変異体に近づいたことで甲羅の心臓を見上げる状態の映像になっているが、海面から1000メートルにあるにも関わらずその様子はハッキリと見えた。

  それだけ甲羅の心臓が巨大であることを物語っていたのだが、甲羅の一部分が割れたように空洞となっているところまで確認できた。

 その空洞は、ロンギヌスの槍が突き刺さった場所であり、おそらく甲羅の内部に槍は刺さったままのはずだった。

 そんな様子の中、甲羅の心臓は不気味な鼓動を刻んでいる。

 その鼓動に合わせて空気が歪むのが感じられた。


  「リュクス、おれとシア、シルゼヴァを甲羅の心臓にできるだけ近い位置に転送してくれ。シア、シルゼヴァ、準備はいいか?」

  「はい!」

  「ああ」


 ロンギヌスの槍が刺さっている限りロン・ギボールに何かすることは出来ない。

 スノウ達はロンギヌスの槍を守ろうとロン・ギボールの甲羅の心臓の近い場所に転送された。


 キィィィィィィィィィィン‥‥


 「凄まじい波動だな」

 「生身のニンゲンならこの距離で身体が弾けるだろうな。人体の水分に影響する波動だ。この亀が心臓に変態した際の役割はホドの海水を吸い上げることだった。おそらく心臓のポンプの役割は水を効果的に動かす力を持っているんだろう。その波動が心臓の外にも影響しているわけだ」


 シルゼヴァの推測にスノウとフランシアは納得した。


 「とんでもない亀だな‥‥よし、中へ入ってみよう。ロンギヌスの槍が貫いた場所の甲羅が割れているからあそこから中へ入ろう」


 ロンギヌスの槍は甲羅の心臓の甲羅部分を破壊し、中の筋組織に突き刺さっている。

 突き刺さった衝撃で甲羅と心臓の外壁に大きな穴が空いており、そこから海水が放出された。

 ラファエルの話では、ロンギヌスの槍が刺さっている限り心臓の外壁とさらにそれを防護する甲羅部分の修復は不可能らしく、アドラメレクは修復のために必ずロンギヌスの槍を抜きにくるはずだった。

 スノウ達はそれを待ち伏せし、アドラメレクが出現したら殺すか最低でも身動きの取れない状態に抑え込むつもりだ。

 作戦はスノウ、フランシア、シルゼヴァの3名で抑え込むのだが、難しい状況の場合は、心臓の外へと誘き出しヴィマナからヘラクレスやルナリなどの増援によって抑え込むというものだった。


 「アドラメレクは乗ってくるだろうか?」

 「問題ないだろう。ラファエルの話ではあの槍を抜けるのは神の祝福と加護を受けたものだけらしい。つまり天使だけになるからラファエルの力が必要になるはずだ。それを餌に誘き出す」

 「分かった。その挑発はおれがやろう。場合によってはラファエルにここへ来てもらう。やつはおれの要請に応じるはずだからな」


 スノウ達はさらに奥へと進んでいく。

 ヴィマナのスクリーンや遠くから見ただけでは分からなかったが、甲羅の心臓はあまりにも巨大でロンギヌスの槍が刺さっている場所になかなか行きつかなった。


 「マスター、あれでは?」


 フランシアが指差した先にぼんやりと光る古びた槍が見えた。


 「あれだな」


 スノウ達は槍に向かってゆっくりと飛行していく。


 「止まれ」


 スノウはフランシアとシルゼヴァに静止するよう言った。


 「どうやら先を越されたようだな」

 「ああ」

 「ここで戦いますか?」

 「アレックスの居場所が分からないからあまり心臓の内部で戦いたくはないが、仕方ない。一旦ここで戦い外へ誘導しよう」

 「分かりました」


 フランシアがソナー魔法で周囲の生命反応を確認したところ、ロンギヌスの槍付近に5体の生体反応が感知されたのだ。

 間違いなくアドラメレク達であり、この場でスノウ達を待ち伏せているということはスノウ達の目的を察していることは明白であった。

 それはアドラメレク側もスノウ達のことを認識しており、この後戦闘になることを示していた。

 警戒しつつスノウ達はふたたび進み始める。

 ロンギヌスの槍の破壊力によって、甲羅と心臓外壁部分が破損し、甲羅の破片が心臓の外壁に突き刺さっている状態となっているのだが、そこが丁度いい地面になっており、そこに槍を挟んで見覚えのある存在が立っていた。


 「やはりか」


 スノウは進むスピードを落としつつ5体の存在を確認した。


 「アドラメレクはどれだ?」

 「やつはいないようだ。だがやはり結界杭を守っていたやつらはアドラメレクの仲間だったみたいだな」

 「なるほど。あの顔には見覚えがあるな」


 シルゼヴァが見たのは小さな馬に跨った小柄な老人のフォラスだった。

 シルゼヴァが幽閉されていた結界杭を守っていた存在で、長い白髪と腹まで伸びた白髭を蓄えた老人でいかにも弱そうな見た目だが、裏腹に凄まじい威圧感だった。


 「マスター、あのライオン頭、死んだはずでは?」


 フランシアが指差したのは剣士アロケルだった。

 フランシアが幽閉されていた結界杭を守っていた存在で頭部がライオンの二刀流の剣士で重苦しいオーラを発している。

 彼はスノウによって消し去られたはずなのだが、なぜか以前と変わらない姿で立っている。


 「おれが殺せなかったか、或いは以前戦ったのは幻影か、影武者か。いずれにせよもう一度肉片も残らないように消し飛ばせばいい」


 その他にはヘラクレスを幽閉していた結界杭を守っていた剛力王と呼ばれるバラム、そしてワサン、ソニック、シンザが幽閉されていた結界杭を守っていた智慧の悪魔と呼ばれるストラス、最後はルナリが幽閉されていた結界杭を守っていた天使のような姿をしたウァラクがいた。彼が跨っていた黒竜ヴァールはこの場にはいなかった。


 スタタ‥‥


 スノウ達は地面と化している甲羅に着地した。


 「遅かったじゃないか。もしかしてここへは来ないのではないかって心配していたよ」


 老人姿のフォラスが言った。


 「こそこそと逃げ回っているお前が何故ここにいる?おれ達に勝てる自信でもあるのか?」

 「あるわけないじゃないか。私たちも上の命令には逆らえないんだよね。でもまぁ簡単にやられるわけにもいかないから、いきなり全力でいかせてもらおうかと思ってるよ」

 

 スノウの挑発に乗ることなくフォラスは冷静に答えた。


 「儂は勝つつもりだぞフォラス。ヘラクレスが来ていないのが残念だが、やつが言っていた。シルズとやらの方が遥かに強いとな。おそらくオーラの激しさからシルズとやらはあの小人なんだろう。あれは儂の獲物だ。皆手を出すなよ?」


 剛力王バラムが両手を腰に当て、大胸筋を突き出しながら言った。


 「我はあの女剣士とふたたび戦う。なかなかの腕前だったからな。楽しませてくれるだろう」

 「アロケル。お前は本当に鬼畜だだ。我は少し傍観していよう。助けが必要になったら加勢する」

 「そんなこと言ってサボろうって魂胆ですねストラス。智慧の悪魔が聞いて飽きれるねぇ、臆病者。一旦私がアノマリーを相手にするけど、ちゃんと加勢してくれよね?」

 「任せておけ」


 剣士アロケル、智慧の悪魔ストラス、そして天使の容姿のウァラクが好き勝手話し始めた。


 「貴方たち、油断は禁物ですよ?」


 5体の悪魔の背後から女性口調の低い声が聞こえてきた。


 ザッ‥‥


 5体の悪魔は一斉に片膝をついて首を垂れた。


 「やつがアドラメレクか?」


 一気に周囲の空気が張り詰めたのを感じ取ったシルゼヴァが言った。

 

 「そうだ」


 スノウはシルゼヴァとフランシアに目で合図した。


 (作戦通りいくぞ)


 シルゼヴァとフランシアは軽く頷き、戦闘態勢をとった。



いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

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