<ホド編 第2章> 67.コングレッション
<本話の登場人物>
【ラファエル】:黒いスーツに身を包んだ金髪の女性の姿をしている守護天使。ホドを守護している。
【メタトロン】:神衣を纏い仮面を被った騎士の姿の守護天使長。ケテルを守護している。スノウと友であった記憶を持っている。
【カマエル】:痴呆の老人姿の守護天使で神を見る者と言われている。ゲブラーを守護している。銀狼の頭部であったワサンにニンゲンの頭部を与えた。
【ミカエル】:少年の姿の守護天使。ティフェレトを守護している。スノウの仲間であったレンに憑依していた。ベルフェゴールを冥府へと還している。
【ラツィエル】:Tシャツにジャケットを着てメガネをかけたの姿の守護天使。コクマを守護している。神の神秘と言われている不思議なオーラを放つ天使。
【ザフキエル】:青いスーツを着た黒人の姿の守護天使。ビナーを守護している。気性が荒いが、守護天使の責務を最も重要視している責任感ある天使。
【サンダルフォン】:最高級のスーツに身を包んだ紳士の姿の守護天使。メタトロンと兄弟でマルクトを守護している。罪を犯した天使たちを永遠に閉じ込めておく幽閉所の支配者と言われている。
【エルティエル】:美しい金色の髪の女性の姿の守護天使。ネツァクを守護しているが消滅してしまった本来の守護天使のハニエルから守護天使の任を引き継いだ。スノウがネツァクにいた頃に行動を共にしていた。
【ルシファー】:唯一神の支配する世界の大天使総長であった存在。異系の神含め天使の約半数を従えて唯一神に反旗を翻し戦いを挑んだが敗れ、現在は冥界、地獄を支配する大魔王を統べる王の中の王。神出鬼没でいくつもの分霊をハノキアに放っている。
67.コングレッション
大きな円柱状の空間の壁面に13の扉が均等に並んでいる。
中央には半球状のオブジェらしきものがあり、その周囲に様々な形をした椅子が同じく13脚並んでいる。
その椅子のひとつに黒スーツに身を包んだ金髪の女性が座っていた。
ホドの守護天使ラファエルである。
ここはハノキアの各世界を管理管轄する守護天使が集い意思決定する場、コングレッションの会議空間だ。
どの次元に存在するのか、ハノキアに存在するのかすら不明の隠された場所にコングレッションの会議空間はあった
ヒュゥゥン‥‥
扉があるにも関わらず、開けずに壁を透過しながらひとり、またひとりと守護天使たちが部屋に入ってきて順次椅子に座っていく。
着席した守護天使は、ラファエルの隣から時計回りに老人姿のカマエル、青いスーツに身を包んだ黒人の姿のザフキエル、神衣を纏い仮面を被った騎士姿のメタトロン、ラフなTシャツにジャケットを着てメガネをかけた青年姿のラツィエル、最高級のスーツに身を包んだ紳士姿のサンダルフォン、少年の姿のミカエル、美しい金髪の女性の姿のエルティエルとなっており、5つの空席がある。
どことなく重苦しい空気であり、皆言葉を発することなく座っていた。
「今回コングレッションを開いたのは起案者であるラファエルだが、我から追加で議題がある。従って本日の議題は2点。ひとつはラファエルの議題、そしてもうひとつは守護天使の職を放棄したザドキエルについてだ」
コングレッションを取り仕切る議長の役割を担っているメタトロンが口火を切った。
「守護天使から神の御意志に背く者が現れるとは嘆かわしいことだのう‥‥」
「カマエル、申し訳ないのですが先にひとつめの議題について話をさせて頂きます」
冷たい雰囲気で話すラファエルにカマエルは少し寂しそうな表情を見せた。
「今回ホドで重大な契約違反である瑜伽変容のプロセスが発動されました。発動したのは魔王アドラメレク。それによって守護獣ロン・ギボールは “聖なる鼓動” へと変態しかけました。ロンギヌスの槍で防ぐことに成功しましたが」
「馬鹿な!瑜伽変容はアドラメレクごときが成しえるものではないぞ」
ザフキエルが怒りの表情を見せつつ言った。
「それもあるが、今回はラファエルの対応を評価すべきだね。ロン・ギボールは本来ゲブラーの守護獣だ。“聖なる鼓動” をホドで顕現させた場合、瑜伽崩壊を引き起こしていたはずだからね」
「ロンギヌスの槍をホドに配置しておいたのが功を奏しました」
「あれは餼伽変換を捻じ曲げられた世界の修正手段だったわけだから、想定の範疇だよ。やはりラファエルの対応はハノキアを救ったと同義だろう」
ラツィエルがメガネを親指で上げながら言った。
「確かにそうですね。ゲブラーのマグマを吸い上げてハノキアの各部位に供給するのが正しい姿ですから、それをホドの神液を供給したところで何も起こらないどころか、ゲブラーのマグマが凝固し、さらには循環の機能が失われ崩壊していたでしょう。もしそうなればハノキアは終焉を迎えていたはずです」
「我らではその後の対応を取りきれない。今回のラファエルの功績に異論ある者はいるか?」
ミカエルの発言の後、メタトロンが全員に向けて意見を求めた。
誰もラファエルの対応に対し否定的な意見を持つことはなかった。
ラファエルは周囲を見渡した後、話を続けた。
「実は今回ロンギヌスの槍で瑜伽変容を止めることが出来たのにはとある者たちのサポートがあったからなのです。ロンギヌスの槍を使って瑜伽変容を止めようとすることを魔王アドラメレクが知っており、あの者は私を神罰の鎖で緊縛しました。それを解除したのが、アノマリーのスノウ・ウルスラグナです」
「アノマリーですか。全く相変わらず行動が想定外であり、危険な存在ですね。やはり我らの側へ引き込んでおく必要があるのではないですか?」
「特異点を上手く扱うことは無意味ですよサンダルフォン。精神操作も効きません。それより4つの特異点の他の者を見つけ私たちの監視下に置くことが重要です。アノマリーについては監視下にありますからね」
サンダルフォンの後にミカエルが語気を強めて言った。
「アノマリー、コズミックシンギュラリティ、ネイキッドシンギュラリティそしてルーパフィキシティ‥‥こうもシナリオを掻き乱してくれる存在が出てくるとは全く面倒な話じゃのう‥‥」
「カマエル。そのニンゲンの世俗的表現は慎むべきだ。不敬だぞ」
「トゥトゥトゥ。ニンゲンは主の造り賜うた作品じゃて。ある意味主の思いの籠った存在。そこに入れ込んで悪いことはなかろうて。そもそも不敬と感じている時点でお前さんも感情が揺れていることだと思うのだがのう、ザフキエル」
「カマエル貴様‥‥。フン‥‥くだらん話には加わらない。ラファエル、話を続けよ」
雰囲気が一層悪化したところでラファエルが再び話し始めた。
「ロンギヌスの槍を放つために神罰の鎖から解き放ってもらうのを条件に私はスノウ・ウルスラグナと契約を交わしました」
ザワザワ‥‥
ラファエルの話に皆ざわつき始めた。
「契約の内容は餼伽変換を行いロン・ギボールと核の半身を引き剥がして瑜伽変容前の状態に戻すことです。ただし条件があり、アドラメレクをスノウ・ウルスラグナたちが抑え込むことを前提にしています」
ざわついている守護天使たちを見て、メタトロンが静粛にさせる意味も込めて話し始めた。
「皆それぞれの意見はあるだろうが、その前にこのひとつめの議題の目的をはっきりさせておきたい。ラファエル、お前の目的は餼伽変換を行うための承認を得ることでよいな?」
「はい、その通りですメタトロン」
「却下だ。天使がニンゲンと契約などあり得ん。神罰に値する」
ザフキエルが表情を変えずに怒り口調で反応した。
「そうですね。状況はどうあれ、そして今回の瑜伽変容を止めた行動を考慮してもニンゲンとの契約は禁忌であることは変えられない。神罰が妥当だろうね」
ラツィエルもメガネを親指で上げながら言った。
「じゃがロン・ギボールをあのままにしておくことも出来んからのう。いずれにせよ餼伽変換は行わにゃならんのではないか?」
「カマエルの言う通りですね。ラファエルの契約は全く別の話です。この議題は餼伽変換発動の承認是非。ニンゲンとの契約の話は状況調査の上、別議題にすべきです」
「私もカマエル、ミカエルの意見に賛成です。ロン・ギボールは不安定な状態。いつ瑜伽変容が再発動するか不明です。スノウ・ウルスラグナがアドラメレクを抑え込むのを条件に発動することにしては?」
ダン!
「エルティエル。貴様に発言権はない。ハニエルの代理であり暫定で召集されているだけなのだ」
ザフキエルがテーブルを叩いて言った。
エルティエルはザフキエルを見て眉間に皺をよせたが、すぐに無表情になりザフキエルを無視するように彼の隣に座っているメタトロンの方に目線を向けた。
「少し落ち着きましょうザフキエル。天使が感情めいたものを表に出すものではありません。私もカマエルたちの意見に賛成です。アドラメレクを抑え込むことを条件に餼伽変換発動でよいでしょう」
サンダルフォンが表情を変えずに言った。
「それでは決を採る。賛成の者」
ラファエル、メタトロン、カマエル、ミカエル、エルティエル、サンダルフォンが手を挙げた。
「賛成多数で餼伽変換発動を承認する。条件はアドラメレクを冥府へ帰還させるか、抑え込むこと。我が監視役を担おう。それではふたつめの議題に入る」
ラファエルは無表情のまま安堵のため息をついた。
それを見てエルティエルも安心した表情を見せた。
メタトロンは話を続ける。
「ケセドの守護天使であるザドキエルが守護天使の任を放棄し、アスタロト、ベルゼブブと共にオルダマトラにいると思われる。この議題ではその実態を確認し、ザドキエルから守護天使の役割を剥奪及び、堕天扱いとするかについての是非を問うものである」
ビギィィィィィィィン!!
『!!』
突如全身が凍りつくような恐怖のオーラが会議空間を包んだ。
「随分と面白い話をしているじゃないか」
「!!」
サンダルフォンの首に不気味な模様の大きな蛇が巻き付いていた。
恐怖のオーラを発し、言葉を放ったのはその蛇だった。
「何しに来た?前回もだが、貴様の侵入は許可していないぞ」
巨大な蛇は天使たちの半数を従えて唯一神に反旗を翻しその座を奪おうとして敗れ、地獄に堕とされて以降同様に堕とされた堕天使たちを従えている地獄の王の中の王、大魔王ルシファーだった。
「いちいち怯えるなよメタトロン。お前の弟をしめ殺そうってわけじゃないんだぜ?それに許可制ならもう少し結界を手厚くするべきだな」
「くっ‥‥貴様の侵入を防ぐ結界など作れるはずもないことは知っているはずだ。その上で貴様は許可されていないことを伝えているのだ。すぐに出ていくことを要求する」
「おいおい、情報を持って来てやったのに随分な態度じゃないか。ザドキエルがディアボロスたちと組んだことを教えてやろうっていうのに」
『!!』
守護天使全員が言葉を失った。
「何故知っている?とでも言いたげな顔だな。俺の情報網はお前らのアンテナより数億倍も優秀なんだよ。それで、結論から言おうか。ザドキエルは守護天使の役割を捨てたどころか、ディアボロス、ベルゼブブと組んでオルダマトラにいるぜ。そしてアドラメレクもやつらの仲間だ。目的は‥‥今ここでは言うのはやめておくか。だが、ひとつだけ、レメディウム計画と称したハノキア全土に渡って行う壮大な計画がある。奴らはそれを実行しているだけだ。ディアボロスで言えばレメディウム計画・ケセド書、アドラメレクで言えばレメディウム計画・ホド書だな。内容を知りたきゃ探ってみりゃぁいい」
ダン!
「貴様も仲間なのではないのか!アスタロトもベルゼブブも貴様の配下だろう!貴様がそのレメディウム計画とやらの筋書きを書いた張本人でザドキエルを拐かしたのではないのか?!」
ザフキエルが無表情のまま声を荒げて言った。
ズザァン!!バゴォォン!!ズン!!
蛇から見えない手が伸びてザフキエルを上から抑え込んだ。
あまりの勢いでテーブルは破壊されザフキエルは床に顔をめり込ませた。
「お前らの頭は空っぽのようだな。俺が首謀者なら何故態々バラしにここまで来るんだ?少しは考えて発言しろ」
ギリギリギリ‥‥
ザフキエルの頭部はあまりの圧力でひしゃげている。
「いいか天使ども。これは情報提供でもアドバイスでもない。ザドキエルは死んだと思え。ディアボロス、ベルゼブブは目的を持って行動している。その目的を掴めなければハノキアは終わる。それを止めたければオルダマトラを脅威と認めろ。そしてその前提で各世界を守護するのだ。それが出来ないのなら、今ここで俺がお前たちを破壊してやる」
守護天使たちは誰一人動けず、言葉を発することが出来なかった。
シュゥゥゥン‥‥スタ‥スタ‥
蛇の姿だったルシファーはニンゲンの姿へと変化し扉のひとつに向かって歩いていく。
「お前たちは俺のコマだ。俺の計画通りに動けばいい。俺の計画を邪魔したり、俺に抗ったりするなら破壊する。これは契約だ。フハハ!」
振り向くことなくそう言うとルシファーは壁の中へと消えていった。
ザン!!
凍りつくような恐ろしいオーラが消え去った。
同時に守護天使たちはまるで緊縛から解かれたかのように動き始めた。
「なんと言うことだ‥‥」
「いやはや、凄まじい力じゃったわい‥‥」
「大天使総長の力はまだ失われていないのかね‥‥」
ルシファーの凄まじい力で抑え込まれたザフキエルは気を失っているのか動かない。
サンダルフォンがザフキエルを抱えてテーブルの上に寝かせた。
「ザフキエルは頭部が変形しているが、破壊されてはいないようです。意識を取り戻せば回復するでしょう」
サンダルフォンの言葉に皆安心しつつも、なす術なく破壊寸前となったザフキエルを見て、ルシファーに対して改めて畏怖の念を抱いた。
その中で、周囲を見渡して危険が去ったことを確認したメタトロンはゆっくりと立ち上がって話し始めた。
「選択の余地はない。ふたつめの議題、ザドキエルの処分については守護天使の役割を剥奪し、堕天したものとする。全員相違ないか?」
メタトロンの言葉に異論を唱える者はいなかった。
「加えて、ザドキエル、アスタロト、ベルゼブブの3名が首謀し操るオルダマトラを我らの脅威とする」
その言葉に全員が無表情のまま頷いた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




