<ホド編 第2章> 64.人災
<本話の登場人物>
【ジライ】:三足烏サンズウー・烈の連隊長代理。かつてレヴルストラにライジという名でスパイとして潜り込んでいた。戦闘力が高く策士。
【ネンドウ】:三足烏サンズウーの大幹部のひとり。訳あってジライの部下として活動している。
【カヤク】:元三足烏の分隊長だったが、エントワによって人生を変えられたことで改心し、現在はレヴルストラの見習いメンバーとして信用をえるために三足烏に潜入し情報収集に努めている。
【ニトロ】:元三足烏カヤク隊の隊員だったが、カヤクと共に改心しレヴルストラ見習いメンバーとしてカヤクと行動を共にしている。
64.人災
「アブソリュート・ゼロ最大出力!」
キュィィィィン!!
バギバギパキパキパキパキパキィィィィィン!!
突如目の前まで迫っていた第3波の超巨大津波が凍りついた。
『!!』
アリオク、フランシア、ロムロナの3人は驚いた表情で背後を見た。
そこにいたのは体にマダラを巻きつけたソニックだった。
「アリオク!獅子玄常で斬撃を放って!」
「承知!」
ソニックの言葉にアリオクは笑みを浮かべて返事をすると、獅子玄常を構え渾身の力を込めて飛ぶ斬撃を放った。
ブワン!ヒュゥゥン‥‥ザゴゴォォォォン!!
凄まじい轟音と共に凍りついた超巨大津波が破壊される。
その奥からさらに大量の海水が流れ込んでくる。
「アブソリュート・ゼロ最大出力!」
キュィィィィン!!
バギバギパキパキパキパキィィィィィン!!
ふたたびソニックはかなり広範囲の海水を瞬時に凍らせた。
「ふぅ‥‥これで何とか素市崩壊は防げそうですね」
「ソニック!」
「ソニックボウヤ!」
フランシアとロムロナがソニックの側に行き、笑みを浮かべながら肩を掴んで言った。
ロムロナはそのままソニックに抱きついた。
「ちょ!やめなさいよロムロナ!」
ソニックは瞬時にソニアと入れ替わったようで、抱きついている相手がソニアだと気づいてもロムロナは抱きつきをやめなかった。
「まぁソニックでもソニアでもどちらでもいいわぁ!兎に角お手柄よぉ!」
スタ‥‥
アリオクがソニックの隣に着地した。
「流石だなソニック。お前の音氷魔法は音に共鳴して威力が増す効果があるようだな」
ソニアが強引にロムロナを引き剥がすとソニックに代わり、アリオクの言葉に応え始めた。
「そうなんです。姉のソニアもそうなんですが、燃える対象、凍る対象があって燃えている音や凍っている音が発せられている内はその音に共鳴して威力が上がることが最近分かったんです。マダラに呼ばれて来てみてあまりの津波の巨大さに驚きましたが一か八かで放ってみてよかったです」
「ああ。大正解だ。ロン・ギボールの力を持った海水だ。並大抵の攻撃では止まらない。余程お前の魔力と魔法技術、そして魔法特性である音共鳴が凄まじかったようだ。津波の破壊力を見事に殺して止めている。この後も海水は傾れ込んでくるだろうが大丈夫だろう」
ソニックは笑みを見せながら頷いた。
「全てマスターの読み通りね」
「ええ?!」
フランシアのドヤ顔で言った言葉にロムロナは驚きの声をあげた。
「そうですね。それを知っていたからこそ、マダラを僕のところへ寄越したんだと思います」
「えええ?!」
ソニックの当たり前だと言わんばかりのコメントにもロムロナは驚いた。
「仲間の技量を常に観て、知り、最大活用する。リーダーにとって必須のスキルだな」
「スノウボウヤってそこまで凄いの?」
「当たり前よロムロナ。いえ、寧ろこんなものではないわ」
「そうですね。スノウの知力と戦闘力、そして判断力はこんなものじゃ無いですよ」
「‥‥あのスノウボウヤがねぇ‥‥」
ロムロナは怪訝そうな表情で空を見つめた。
・・・・・
甲羅の心臓からかなり離れた場所に巨大船グルトネイが砲台を甲羅の心臓に向けてたまま停泊していた。
猛魅禍槌を放って巨大津波の衝撃から耐え抜いたグルトネイは、このまま素市制圧に向かうかどうかの判断を待っていた。
今回は三足烏の連隊長代理であるジライも乗船しており、仮想空間の中でジライだけが入ることを許された部屋で蒼市からの連絡を待っていたのだ。
キィィィィン‥‥
ジライの側に突如光り輝く存在が現れた。
「待たせたな」
「いえ、態々お手間をとらせてしまい申し訳ありません。ネンドウ様」
ジライのいる仮想空間に現れたのはネンドウだった。
「手短に指示を告げる。ロン・ギボールが暴走したため当初の計画を変更せざるを得なくなったが、どうやらその必要も無くなった」
「と言いますと?」
「最高議長のガレム・アセドーが死んだ」
「何と!」
「これから中枢・ニルヴァーナでクム・クラーヴェが計画される。つまりガレム・アセドーの指示は無効となり、次期最高議長が選出され新たな指示を受けることになる。故にお前は蒼市へ帰還するのだ」
「承知致しました。しかしあの元気な最高議長が何故急に‥‥」
「お前が知る必要のないことだ。知れば責任を負う。責任を負うとは我らの世界では寿命を差し出すということだ。この情報の秘匿度と重要度はかなり高い。お前の短命な人生では聞いた瞬間に即死に値する」
「しょ、承知致しました‥‥」
「以上だ。次の指示は追って行う。それと‥‥」
ネンドウは数秒無言になった後、一言付け加えた。
「ニル・ゼントにはあまり関わるな。彼は危険だ」
「!‥‥承知致しました‥‥」
キィィィィン‥‥
ネンドウは消え去った。
(ニル・ゼント‥‥危険‥‥確かに危険な匂いはする‥‥三足烏は元老院というより最高議長の直下で動く部隊だ‥‥それはニル・ゼントも知っているはずなのに最高議長様を差し置いて私に直接接触して来た。仮想空間から遠隔攻撃を行う特殊装置についても異様に詳しく聞いて来た気がする。喋り過ぎた研究員は始末されたが、三足烏のテクノロジーを探っていたのが最高議長を殺める計画の障害にならないかを確認していたとも解釈できる‥‥もしくは最高議長様がどれだけあの特殊装置に関わっていたかを探るためとか‥‥)
ここでジライはとある結論に行き着く。
(まさか‥‥ニル・ゼントが最高議長様を‥‥。直接手を下せなくとも彼にはザザナールがいる。やつは史上最凶の冒険者と名高い男だ。一説には七支天の誰よりも強いとも聞く。最高議長様を殺めるなど造作もないはず‥‥)
「くそ‥‥」
ジライは右手で頭を抱えた。
ネンドウは自分の上官であり三足烏の中では上席に位置する立場だ。
逆らうことなど無意味であり、そもそも連隊長代理のジライは三足烏の上層部のことをほぼ知らない状態だ。
何故なら三足烏は暗殺を得意とする秘密結社であり、暗殺を生業とするが故に、上層部に位置する者はその立場や任務、時には素顔すら秘密にすることもあるのだ。
そのため連隊長レベルでは上層部にどのような階級があり誰がその要職に就いているのか知る術はないのだ。
そしてそもそもネンドウには得体の知れない力があり、逆らったとしても勝てる気は全くしなかった。
一方で現在のジライは、元老院最高議長の直下で三足烏・烈の数百名の責任を負っている。
もしニル・ゼントが最高議長になる場合、自分は彼の指示に忠実でなければならない。
ネンドウはニル・ゼントに関わるなと言ったが、状況を考慮するとそれも無理であることが容易に想像できた。
だがネンドウに無能の烙印を押されてしまっては自分の今後のキャリアもない。
それどころか部下の命も危うくなる。
まさに選択を迫られた板挟み状態だった。
(仕方ない。付かず離れずでニル・ゼントには対応して何かあればネンドウ様に報告だ。報告を怠るのだけは避けなければならない‥‥)
「ふぅ‥‥全く面倒な立場だ。ホウゲキさんはどうやって対処していたのか‥‥」
ジライは密室から出ると、蒼市のオペレーターにニル・ゼントに帰還する旨を伝えるよう指示した。
突如出現した得体の知れない球体が破壊され、航行と攻撃が不安定となったため、一度帰還し再び機をみて作戦を再開するという説明にしていた。
素市占拠の作戦を指揮しているにはニル・ゼントであるため、礼儀を通したのだった。
ジライは巨大船グルトネイを蒼市に向けて航行させた。
・・・・・
ーー蒼市のとある場所ーー
「街は大混乱ですよ」
「だろうなぁ」
カーテンの隙間から外を見ながら答えたのはカヤクだった。
ここはカヤクとニトロが使っている秘密のアジトで、普段は三足烏の下っ端隊員として雑用中心に行なっているのだが、互いに情報収集しては定期的にその情報を整理するためこのアジトへ来ているのだ。
「しかし、このタイミングで最高議長が死ぬとはなぁ」
「確かにどさくさに紛れて殺された感はありますよね」
「だとしたら元老院に何かが起こっているってことになる。あの得体の知れない海水のバカでかい球体についてはスノウ達も調べるだろうし、ここであいつら以上の情報が得られるとは思えないからよぉ、俺たちはスノウ達に今ここで起こっていることを情報として伝えるのが信用される条件だよなぁ?」
「そうですね。いつものカヤクさんとは思えない整理っぷりですけど、頭でも打ちましたか?」
「ニトロ。お前燃やすぞ。だが、もしだ。もしガレム・アセドーがどさくさに紛れて殺されたとしたら誰がどんな目的で殺ったかってことだな」
「ですね。これまでの最高議長の圧政に不満を持っているやつは山ほどいますけど、落ちたのは大聖堂の最上階の会議室からですよね‥‥限られた者しか入ることが許されてないはずの‥‥」
「ああ。だが意外に警備は手薄らしいし、中から登って侵入は流石に難しいが、外からの侵入は然程難しくないらしい。嘗ての俺の部下の情報だがなぁ」
「なるほどですね。最高議長自身もかなりの魔法の使い手だと聞いてますからね。何が起こっても自分で対処できるとでも思っていたんでしょう」
「だなぁ。ほぼ会ったことはないがあのホウゲキさんが何一つ文句言わずに従っていたんだ。どこかに強さを持っていたに違いないな」
「ですね。兎に角僕らは最高議長の死因を調べる、でいいですね?」
「だな。それと、最高議長が死んだってことは次期最高議長を決めることになる。あの何つったか、クランベリー‥‥」
「クム・クラーヴェですね。議長たちが集まって次の最高議長を決めるプロセスですよ。あれもきな臭い噂ありますけどね」
「何だその噂ってのは?」
「僕も詳しいわけじゃないから正しいことは知りませんけど、元老院よりもっと偉い人たちが好き勝手決めてるとかですね。利権絡みとか、とんでもない秘密が受け継がれるので、それを守れる者しか最高議長になれないとか‥‥まぁ、一種の都市伝説的な話ですけど」
「その辺も調べてみるかだな」
「了解です。そろそろ戻らないとやばいですよ」
「おお、そうだなぁ。俺たちはしがない下っ端隊員だからなぁ」
カヤクとニトロは秘密のアジトから出ていった。
・・・・・・
ロン・ギボールが半身アレクサンドロス・ヴォヴルカシャと融合し、瑜伽変容が始まったが、スノウ達によって完全変容は免れた。
甲羅の心臓から流れ出る海水は全てが吐き出されることなく止まった。
ホドを満たしていた海は、嘗ての海面よりかなり低い場所に変わった。
その変貌ぶりにホドに生きる者たちは驚愕することとなった。
いつも読んでくださって本当にありがとうございます。




