<ホド編 第2章> 51.ジライの苦悩
<本話の登場人物>
【ジライ】:三足烏・烈の連隊長代理。かつてレヴルストラにライジという名でスパイとして潜り込んでいた。戦闘力が高く策士。
【ネンドウ】:三足烏の大幹部のひとり。訳あってジライの部下として活動している。
【シュリュウ】:三足烏・烈の分隊長。
【ガレム・アセドー】:元老院最高議長。三足烏を従えホド全土の支配と永劫の地の獲得を目論んでいる。
【ニル・ゼント】:次期元老院最高議長と噂される人物で、謎多き存在。
51.ジライの苦悩
――蒼市元老院大聖堂の最高議長謁見の間――
ガァァン‥‥
片膝を付いて平伏している人物にカップが投げつけられた。
中に入っていたワインがその人物の衣服に飛び散った。
「貴様、我の期待を裏切りおって!巨大戦艦グルトネイの建設にどれだけの月日をかけたと思っているのだ!」
「申し訳ございません」
元老院最高議長ガレム・アセドーに叱咤されているのは三足烏・烈の連隊長代理のジライだった。
今回の素市壊滅が失敗に終わったことが報告され、ガレム・アセドーの逆鱗に触れたのだ。
「それで邪魔をした忌々しい者どもの存在は掴めたのか!」
「まだ推測の域は出ませんが、おそらくレヴルストラの一味かと。ロムロナを見たという報告がございます。ただ、ロムロナ以外に10名近く者の存在を確認しており、そのいずれも人間の域を超えているとの報告が上がってきております」
「戯言!人間の域を超えた存在などあるか!」
「それが、先導手によると、仮想空間からの観測なので誤差はあるものの確認された魔法レベルが3を超えていたという報告が上がっているのです。グルトネイの障壁を破壊するほどではなかったようですが、猛魅禍槌が通用しない相手であったらしく、何度撃っても消し去ることができなかったとのことです」
「信じられぬ!馬鹿馬鹿しい!結果を持ってくるのだ!そのような戯言で我を納得させられると思うな!戯け者が!」
カァァン!
今度はワインの入った容器が投げつけられた。
「も、申し訳ございません。素市は巨大船グルトネイの攻撃によって半壊状態にはあります。別の船団を出し素市を掌握して参ります」
「結果を持って来いと言っておろうが!貴様の顔は見とうない!去ね!」
「はっ‥‥」
ジライは謁見の間から出ていった。
ガタン‥‥
「ジライ様!そのお召し物は?!」
謁見の間の外で待機していた第一分隊長のシュリュウが心配そうな表情で言った。
「気にしなくていい。最高議長様がお怒りになっただけだ」
「お怒り‥‥お怪我は?!」
「大丈夫だ。それより私の執務室にネンドウを呼べ」
「承知」
シュリュウはその場からかき消えるように去った。
(巨大戦艦グルトネイを破壊するとは一体何者なんだ‥‥レヴルストラだとしても、アレックス、エントワ、ニンフィー、ワサン、スノウがいない状況で何が出来る?!‥‥いや、先導手の言い分が正しいとすれば新たなメンバーが加わっていることになる。だが、クラス4魔法を使える者がそう何人もいるはずもないし、なぜ消滅しかけているレヴルストラに加入したかという話だ。加入するならガルガンチュアかパンタグリュエルであるはず‥‥)
ジライは歩きながら混乱している頭の中を必死に整理していた。
「ホウゲキさんはよくやっていな‥‥」
ジライは代理ではあるものの連隊長の立場がいかに面倒であるかを思い知った。
「随分とお困りのようだね」
「!!」
突然話かけられたジライは壁を背にして片膝をつき首を垂れた。
「これはゼント殿。私のような者にお声がけ恐縮です」
ジライに声をかけたのは元老院議員であり、次期最高議長の候補と噂されるニル・ゼントだった。
「畏まらなくてよいと毎度言っているが、君はそういう態度しかとれない礼儀正しい律儀な人なのだね。数分でよいが少し私の話にお付き合い頂けるかな?」
「もちろんです」
ニル・ゼントはジライを連れて自身の執務室へとやってきた。
「そこにかけてくれたまえ」
「はっ‥」
「さて、今回の素市殲滅はご苦労だったね。グルトネイは惜しいことをしたが、当初の目的は果たせたと私は思っていますよ。素市は半壊状態ですから、今攻め込めば全土を掌握できるでしょう。既に私の小隊を送っているから半日と掛からず素市を元老院影響下に置くことができるだろうね。君は後から部隊を送ってくれればよいですよ。掌握した現場を君の小隊にお任せするのでね」
「そ、それではゼント殿の手柄を横取りしてしまうようなもの。私の小隊は掌握された後の処理を担うことと致します」
「ははは、やはり君は律儀な人だ。でも少し堅すぎるね。三足烏でも筋金入りのスパイと聞いているが案外融通が利かないようだ。この手柄は元々素市を半壊状態にした君の手柄なのですから、私の小隊はその後の雑魚を処理するだけです。君がこの手柄を手にするのは当然のことなのですよ」
「ありがとうございます‥‥」
「それで、グルトネイを破壊した者たちについて知りたいのですが、どんな者たちだったのですか?」
「はい。先導手から聞いた話でしかないのですが、魔法クラス4以上を操り、その魔法効果も通常の2倍以上はあった相当魔法技量の高い者達であること、そして古代の禁断魔法である転移魔法を操っていたとも聞いております。さらに我らの戦闘船アーリカを奪い我らの情報伝達経路を断ち切って独自に動かす古代技術にも精通している者たちらしいのです。今回、グルトネイの外殻強度が弱いハッチ部に敵のアーリカの角を突き刺され、そこから内部に侵入されて破壊されています。グルトネイの内部に詳しい者が敵に混じっているのではと思っておりますが、いずれにせよ脅威であることは間違いありません」
「最高議長様は何と?」
「はい‥‥そのようなことはないと‥‥仰っておりました」
「なるほど」
ニル・ゼントはテーブルの上に置いてある菓子を口に入れて飲み込むと、話を続けた。
「実は先日とあるパーティーで怪しい者たちを見つけたのです」
「怪しい者たち‥‥ですか?」
「ええ。私がこのマジックアイテムで放った攻撃的なオーラにも全く動じることなく平然と立っていた者たちです。一人は狐の面を被った男、もう一人も仮面を被っていましたが、おそらく女性ですね。もう一人は大柄な男性です。通常このマジックアイテムを使ってオーラを放つと、その者は気絶します。それほど、オーラを増幅する力があるものなのです。私のオーラなど微量の微量。相手が感ずることすら難しい程度なのですが、このマジックアイテムを使えば相手を苦しめることが出来ます。そしてその者たちは突如蒼市から消えた。グルトネイが襲われる数日前です。何か関連がありそうだと思いませんか?」
「確かに‥‥その者たちが何らかの方法でグルトネイに近づき破壊工作を行うという仮説は成り立ちます」
「まぁ私程度が感じ取ったものですから、外れている可能性はありますが」
ジライは若干恐怖していた。
どのような状況下でも動じず、元老院最高議長のガレム・アセドーから叱咤されても同様しないジライが恐怖で緊張していた。
(明らかにこの方は嘘をついている。相当な能力を持っている方だ。発するオーラも完全に消しきれていない故に微量のオーラを感じ取ることができるが、凄まじい恐怖に包まれる感覚になる。そしてあのマジックアイテムは全くの偽物。魔力を帯びているから普通の者なら騙されると思うが、私を騙すことは出来ない。警戒心を解いてはいけない相手だ)
ジライは背中に嫌な汗をかきつつ言葉を返す。
「ゼント殿のお話を信じます。おそらく遭遇された者は今回のグルトネイを破壊した者たちの仲間かと。警戒致します。貴重な情報を賜り感謝申し上げます」
「お役に立てたかどうか‥‥でもご注意下さい」
「ありがとうございます。それでは‥‥」
「それともう一つ」
「!」
ジライは背筋が凍るような感覚になった。
「はい」
「近々このホドに大きな変革の時が訪れる予感がしています。その時、私の側近として活躍してくれている者がいるとしたら、それは君だと私は考えているのです」
「!!」
「その時が来たら声をかけさせてもらいますよ。君さえ良ければね」
「光栄至極に存じます。このジライ、全身全霊を持ってご期待に添えるよう精進致します」
「ははは、やはり堅いですね。でも嬉しいですよ。引き続きよろしくお願い致します」
「はっ!」
ジライはニル・ゼントの執務室をあとにした。
執務室を出てしばらく歩いて距離をとってからやっと何かから解放されたかのように、体が楽になった。
同時に、凄まじい重圧から解放されたようにどっと疲れが出て、ジライは壁に寄りかかってしまった。
「ふぅ‥‥」
(三足烏は裏から世界を牛耳る組織。表だった組織を上手く活かしつつ利用することを求められているんだが、表に立つ側に我々以上の実力を持った人物がいたのではやりにくくて仕方ない。だがこのことは自分の胸にしまっておく必要がある。上からニル・ゼント抹殺の指示など来たら命がいくつあっても足りないからな‥‥しかし、ニル・ゼントに目をつけられた3人‥‥男、大男、そして女‥‥ワサン、アレックス、ロムロナという可能性‥‥いやアレックスは今アドラメレクに囚われているはず。だとすれば3人、もしくはその一部はレヴルストラに新たに加入した者とも言える‥‥部隊を送って調べさせよう)
ジライは三足烏本部の自身の執務室へと向かった。
・・・・・
ガチャ‥
執務室へと入るジライ。
そこには既に彼が呼びつけていた相手のネンドウと第一分隊長のシュリュウが待っていた。
ネンドウは三足烏の中枢から派遣された人物で、三足烏烈の支援を行うためにホドへやってきたジライの指示に従って動く分隊長クラスの者だ。
「お呼びでしょうかジライ様」
「忙しいところすまないネンドウ。シュリュウ、すまないが私の代わりに素市に向けて差し向ける小隊に作戦を伝えておいてくれ」
「承知」
シュリュウはその場から退席した。
バタン‥‥
ス‥‥
シュリュウが部屋から去った後、ジライは静かに片膝をつき、ネンドウに向かって首を垂れた。
「ネンドウ様、ご多忙の中お時間を頂きありがとうございます」
「よい。それより状況を報告せよ」
「はっ。我らの技術を導入して完成させた巨大戦艦グルトネイが破壊され、戦闘船アーリカも失いました。その中の一隻が奪われている状況です。相手はおそらくレヴルストラと思われますが、解せないのは壊滅状態だったレヴルストラに何者かが加わったらしいということです。ガルガンチュアでもパンタグリュエルでもないレヴルストラに。我らに反旗を翻すのであれば、壊滅寸前のレヴルストラに加わるのは愚策に見えるのです。ですが、いずれにせよその者達は今後の我らの計画に対して大いなる脅威となりうると判断致しました。そのご報告と今後の方針を伺いたくお時間を頂戴した次第にございます」
「ハノキア横断的に見れば、レヴルストラは既に大いなる脅威だ。その中心人物はアノマリーのスノウ・ウルスラグナ。やつはハノキアの各世界を越界しながら仲間を増やし、今や神や魔王すら対等に扱うほどの力を得ている。現にケテルでは迅が手玉に取られている事実がある。まぁ迅は分隊としては下の下。手玉に取られて当然ではあるがな」
「スノウ‥‥あの弱々しい男が‥‥確かに魔法の素質はありましたが、信じられません‥‥あの男が消えてからまだ数ヶ月。その間に異世界へと越界し、仲間を従え戻ってきたと?」
「事象を3次元で捉えるなジライ。既にやつに時間の概念は通用しない。数年の時間を経てこの地へ戻ってきているのだ。そしてスノウ・ウルスラグナ自身の成長度は凄まじい。やつひとりでホドカンひとつを優に壊滅させることが出来るだろう。この蒼市は我の施した結界によってそれを阻むことが出来るがな」
「それほどの男が仲間を引き連れて戻ってきたとあれば、グルトネイが破壊されたのもの合点がいきます。我らに勝てるでしょうか?」
「勝てるかどうかなど考える必要はない。壊滅させるだけだ。だが、その手法は少し面倒だがな」
「といいますと?」
ネンドウはジライの脳裏に思念を送り、作戦を伝えた。
「承知致しました」
「組織している小隊に我も参加しよう。正体を隠して三下としてだがな。レヴルストラは素市を訪れるはずだ。やつらの実力をこの目で確認しておきたい」
「蒼市に張られている障壁は如何致しましょう?」
「ロン・ギボールが何かしらの結界によって行動範囲を狭められている。障壁は不要だ。フェイクのバリアは張っておくがな」
「承知しました」
「それで、ホウゲキ様は?」
「やつにはやつの役割がある。お前の気にするところではない」
「はっ‥申し訳ありません」
「ぬかるでないぞ」
「はっ‥‥」
ネンドウは姿を消した。
残されたジライは床に両手をついて深いため息をついた。
「はぁ‥‥」
(これから忙しくなるな‥‥)
ジライは全身にかいた嫌な汗が一気に冷えて寒気を感じていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




