<ホド編 第2章> 38.ニル・ゼント
<本話に登場する人物>
【ニル・ゼント】:次期元老院最高議長と噂される人物で、謎多き存在。
【ヤガト】:FOCsの支局長を務めるがハノキア全土を跨って存在する謎多き人物。
38.ニル・ゼント
「ちょっと!何攻撃モードになっているんですか?!」
ヤガトが小声でスノウ達に叫んだ。
確かにこの場で戦闘体勢を取るのはまずいとスノウは改めて思ったのだが、皆の前に立ったニル・ゼント元老院議員がスノウ達に戦闘体勢を取らせたように感じた。
まるでこのオーラに耐えられるのかと言わんばかりだった。
スノウはフランシアとヘラクレスを見たのだが、ふたりの表情もスノウと同じ感覚を持ったと答えていた。
(一体何者だ‥‥ニル・ゼント‥‥)
スノウが脅威を感じたのは凄まじい威圧感と切り刻まれるような感覚のオーラを感じたことだけではなかった。
その凄まじいオーラを感じたのがスノウ、フランシア、ヘラクレスの3人だけだと思われたからだ。
普通の人々であれば、威圧感と切り刻まれるほどの感覚を持つオーラに晒された瞬間、気絶するか少なくとも立っていられないほどの影響を受ける。
だが、その場にいる全員が笑顔で次期最高議長の登場を歓迎しているのだ。
「皆さん、今日はお招き頂きありがとう。改めまして元老院議員のニル・ゼントでございます」
スノウは驚いた。
元老院が礼を述べるなどあり得ないと思っていたからだ。
ニル・ゼントのスピーチは続く。
「そして、素晴らしい演目を見せてくれた大道芸人御一行にも感謝を述べたい。本当に素晴らしい内容でした。まさか悪魔王ハクショナを見られるとは思いませんでした。子供の頃に母からよく言われたものです。悪いことをすると悪魔王ハクショナが現れて、お前をリンゴに変えてしまうわよ、ってね。あの時の怖がっている私を楽しそうに見ていた母の顔を思い出してしまいましたよ」
『ハハハハハハハ!』
「さて、よい機会なので上級国民の皆さんに1点お知らせしておこうかと思います。私共元老院は現在、蒼市にロン・ギボールからの攻撃を防ぐための特殊な障壁を張り巡らせています。ですが、私共元老院の密かに作り上げた魔法陣によって、ロン・ギボールの動きをある海域に止めることに成功したのです。これによってこれまで行き来が制限されていた他のホドカンへの移動が可能となります」
『おおおお!!』
会場がどよめいた。
余程大きなニュースなのだろう。
「これが意味することは二つです。ひとつはこれまで小規模に抑えられていた漁業が全面解禁になります。もちろんロン・ギボールが封じ込められている海域への侵入は禁止です。ですが、それ以外でも十分に以前と同様の漁獲量が実現できることでしょう」
『おおおお!!』
「そして二つめ。私共元老院は再び船騎隊を復活させました。まだ数隻となりますが、戦闘船アーリカ、そして巨大戦艦グルトネイが現在航行中となっています」
「航行中?!それは一体なぜでしょうか?元老院議員殿。船騎隊がすぐに復活など考えられません」
上級国民のひとりが質問した。
それに笑顔を見せながらニル・ゼントは答えた。
「元老院はこれまで皆さんの生活を守るためにロン・ギボールや皆さんに妬みを抱いている危険因子の排除のために軍力を整えていたのですよ。ですので、密かに戦闘船アーリカや巨大戦艦グルトネイを整備し、さらに性能を向上させていつでも出撃できるようにしたのです」
『おおおおおおお!』
会場はどよめいた。
それはニル・ゼントに対する賞賛の声だった。
「間も無く、皆さんが本来の立場や権力を自由に行使できる時がやってきます。それまでの期間、ほんの少しの期間ですが私共元老院への支援をよろしくお願い致します」
『おおおおおおお!』
「もちろんでございます!」
「ゼント殿を支持致します!」
「何でも仰ってください!」
上級国民たちは方々でニル・ゼントを褒め称えた。
だが、スノウたちだけは別の表情をしていた。
(随分器用な男だな、やつは。あんな調子のいい演説をしながらオーラでおれ達を4回も攻撃してきやがった)
ニル・ゼントはどういう能力を使ったのか分からないのだが、スノウ、フランシア、ヘラクレスの3人にだけ体を切り刻むようなオーラを発していた。
通常オーラは自分を中心にして拡散するように広がっていくため、特定の方向や特定の人物にだけオーラを発することは出来ない。
だが、ニル・ゼントは3人だけに影響するオーラを放った。
オーラを操るというのは非常に難しいらしく、皮膚呼吸や発汗のように体全体から発せられるのがオーラであり、ましてやオーラを出す方向を定めることは不可能だった。
そのような難しい芸当をニル・ゼントは優しい笑みを浮かべ演説しながら平然と行っていた。
スノウは試しにオーラをフランシアに向けて集中して発してみた。
だが、上手くいかない。
(やはり無理か。だが、ものにしてやる。それよりこのオーラによる攻撃の意図は既におれ達の素性がバレているということなのか、それともおれ達がどんな反応するのかを見るために試しているのか。いずれにせよしらばっくれる必要がある)
「大道芸の皆様、お手数ですが、特別室をご用意しておりますので、ご足労いただけますでしょうか?」
『!』
突如背後から元老院の配下と思われる人物がスノウたちに話しかけてきた。
機転を効かせたヤガト間髪いれずに応じる。
「特別室ですか?どなたのご指示で?」
「それは特別室にお越し頂ければ分かります」
スノウ達は豪華に装飾された部屋に通された。
「こちらでお待ちください」
謎の男は部屋から出て行った。
「何やら雲行き怪しいですねぇ」
「ヤガト、お前何かしたのか?情報漏らしたりとか。あの次期元老院最高議長と呼ばれた男、おれ達だけに凄まじい攻撃的オーラを放っていたぞ」
「まさかぁ。私には感じられませんでしたが?」
「だからおれ達だけって言ってんだろ」
「オーラを特定の人物に絞って発するなんて出来ないですよ。気のせいじゃないですか?」
「間抜けなやつだな。それをやってのけたから警戒してんだろうが。あんな芸当人間技じゃない。あの男、何者なんだよ‥って噂をすればだな」
コンコン‥‥ガチャ‥‥
扉を開けて入ってきたのは元老院議員のニル・ゼントだった。
「突然このようなむさ苦しい部屋へお呼びだてして申し訳ございません」
ニル・ゼントは笑顔で言った。
空気を読んでヤガトが返す。
「いえいえ、次期元老院最高議長の呼び声高い貴方様にお声をかけて頂くなど夢のようでございます」
「その呼び方は好きではないのです。私などが最高議長様の後継者などと烏滸がましいですから。それで急にお呼びだてしたのは他でもない。みなさんの公演に感動致しましてね。ぜひとも最高議長様にも皆さんの公演をご覧頂きたいと思ったのです」
「えぇ?!」
ヤガトは驚いた演技を見せた。
「そ、そんな畏れ多いことですよ。私たちの大道芸は貴方様に見て頂くのも憚られるのに。いわゆる大衆芸ですから本来このような場にお呼び頂くような立場ではございませんです」
「そうご謙遜されずともよいですよ。実は最高議長様のお耳にも入っていて是非ともと言われているのです。これを断られてしまうと私の首が宙に舞うことになります」
「そんなこと‥‥」
「元老院の議員であっても最高議長様のお言葉は絶対です。どんな些細なお独り言であってもね。ということで皆さんがご滞在されている間にスケジュールを組ませて頂こうと思うのです。その場には最高議長様、私と数名の元老院の者だけが観覧することになります。セキュリティの観点で元老院関係者以外は最高議長様とは同じ場所にいることが許されませんので」
「緊張いたしますね‥‥。大道芸はいわゆる笑いの波を起こすのが盛り上げる秘訣なのです。多くのお客様に見て頂き、その中で一人でも面白いと反応頂くとその感情が伝染して盛り上がりを見せる仕組みです。つまり観客が少なければ少ないほど盛り上げることが難しくなります」
「なるほど、面白い解釈ですね。でも大丈夫ですよ。この蒼市は笑いに飢えておりますから。最高議長様も笑いがお好きな方ですからきっとお喜び頂けます」
スノウはニル・ゼントとヤガトの会話を冷静に聞いていた。
(こいつ何企んでるんだ?あんなヘラヘラ笑顔見せながらとんでもないオーラを放ってる.どうするか‥‥ここで戦闘になったとしてもシアとヘラクレスがいれば勝てるはず‥‥)
「ですが、警備は厳重にしなければなりません。大変失礼ですがそこの貴方。マスクをお取り頂けますか?」
ニル・ゼントはスノウにウカの面を脱ぐように要求してきた。
ゴゴゴゴゴ‥‥
スノウはゆっくりとマスクを脱いだ。
「なるほど。報告は受けておりましたが確かに酷い火傷だ。元老院から魔法医師を送りましょう。少しでも良くなることを祈っております」
「いえ、結構です。色々と試してみたのですが良くならないので、その度にショックを受けておりまして、信用していないわけではないのですがまた変わらずこの顔を見ることを考えると怖いのです」
「そうでしたか。それは配慮が足らず大変失礼致しました」
スノウはこのやり取りが終わったため少しホッとした。
「でもその火傷‥‥新しい傷に見えますね。つい数日前に火傷したかのような」
(!!)
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
緊張感が走る。
フランシアが攻撃のオーラを発しそうになったため、ヘラクレスがフランシアの背中を突き押さえるように促した。
「なんてね。すみません。医者でもない私が思いつきのように言ってしまい、さぞ気分を害されたことでしょう。お詫びとして階級章をお渡しします」
「階級章?」
「そ、そんな私どものような身分のが頂けるようなものではございませんよ!」
ヤガトが割って入ってきた。
「いえいえ良いのですよ。階級章は元老院がお渡ししておりますから。つまり元老院がお渡しするに足る方と判断したらお渡しできるものなのです」
「わ、分かりました。有り難く頂戴致します」
スノウ達はそれぞれ階級章を貰った。
「それでは私はこの辺で失礼致します。ごゆっくりなされて下さい」
スノウ達は緊張が解かれたのを感じた。
「とにかくFOCsへ帰ろう。話はそれからだ」
スノウは小声で言うと4人はFOCsへと戻って行った。
・・・・・
「鈴つけられたな」
「ああ」
「どういう意味ですか?」
「分からないかのかヤガト。この階級章はただのバッヂじゃない。微量だが魔力が漏れている」
「どういう意味ですか?魔力が漏れている?」
「ああ。おそらく、おれ達の居場所を把握するものだろう。しかも保持者の体から魔力を吸い取って稼働するタイプのマジックアイテムだ。つまり、身につけていないと止まってしまうものだ。会話まで傍受できるレベルではないだろうがな」
「私たちの行動が筒抜けじゃないですか!」
「だから鈴をつけられたと言ったんだ。どうやらあのニル・ゼントという男、おれ達を相当怪しんでいる。いや、おれ達がレヴルストラであることが既にバレていることも想定しておいた方がいい。そして相当頭のキレる男だ」
「したたかさもあるぜ。結界杭を打ったのが元老院だと嘘言っていたからな。元老院があんな上位悪魔操れるとは思わねぇしな」
「それを結論付けるのは尚早かもしれない。あのニル・ゼントを見るまではおれも同じ考えだったが、やつならば上級悪魔と繋がれるかもしれない」
「随分やつを買うなぁ。まぁお前がそう言うなら俺も警戒するぜ」
「今後はバラバラに行動することは避けた方がよいですね。あの場で攻撃してこなかったのは、勝てるかどうか分からなかったのでしょう。ですが、独りになった瞬間に闇討ちのように攻撃してくる可能性があります」
「俺の見立てではやつはニンゲンじゃねぇな。何かとのハーフでもない感じだ。いやもっと言うと、異様な混ざり方をした存在だな。善と悪、白と黒、そういう真逆の何かが混ざったような存在だ。上手くニンゲンを演じているが俺の目は誤魔化せねぇ」
「なるほど、それなら納得がいく。あのオーラを操る能力もな。とにかくおれ達は公演を終えて、素直に蒼市を出る。三足烏が戦艦で緋市と素市を攻め込む前に何とかしたい」
「そうですね。今すぐにでも出るべきですが、そうなると何らかの攻撃を加えて来る可能性がありますから」
「本来ならカヤクとニトロにも接触したかったが、止むを得ない。この計画で行こう」
スノウ達は解散しその場をあとにした。
だが、計画通りにはいかなかった。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




