<ホド編 第2章> 35.剛力王
35.剛力王
「!!」
慎重に扉を開けたスノウは、その光景を見て思わず言葉を失った。
ここまでの洞窟風景とは異質のだだっ広い闘技場のような場所が広がっており、ふたつの大きな影が戦っているのだ。
ひとりは大男だった。
そしてもうひとりは、巨大な熊に跨って異様に大きな顔を持つ大男だった。
「ヘラクレス‥」
スノウは小声で言った。
フランシアはその言葉に頷いた。
戦っているふたつの影のひとつの大男はヘラクレスだったのだ。
そしてスノウが声を潜めていた理由はヘラクレスの対戦相手の方を警戒したためだった。
凄まじい押しつぶされそうなオーラを放ち、ヘラクレスを圧倒するような力を振るっていたのだ。
ヘラクレスに力で勝る者は殆ど見たことがない。
「結界の影響で力が抜かれているのかもしれないが、ヘラクレスが万全な状態でもあの化け物はヘラクレスと互角以上の戦いを見せるはずだ‥‥むしろ、力を抜かれた状態でヘラクレスはよく耐え続けているというところだぞ」
「はい。でもそろそろ限界のようです。どうしますか?あの化け物を殺しますか?」
「待て、十数秒で分析する。あれが見た目通り怪力だけが取り柄の脳筋だったら問題ないが、何かの特殊能力を持っているとしたら危険だ。おそらくやつも上位悪魔の類だろうからな」
「分かりました」
ガァン!ガガァァン!
「ふんぬ!」
凄まじい鉄拳攻撃が怪物から放たれ、ヘラクレスは何とか受け切った。
「ガハハァァ!ヘラクレスよ!よくぞ儂の攻撃を耐え抜いたな!褒めてやろうぞ!だがそろそろ受け切れなくなってきたようだな!腿が痙攣し始めているぞ!」
「馬鹿か!お前ごときが俺を倒せると思うな。俺は唯の半神じゃねぇんだ」
「半神という半端な存在でも聞く気が失せるが、唯の半神じゃないとはどういう意味だ?返答次第では一瞬で屠ってやるぞ!」
「お前、半神を半端者だと思っているのか?むしろ神がニンゲンよりも全てにおいて優れているとでも思っているような口ぶりだな!」
「当たり前だ。神、そして悪魔。この善と悪に分け隔てられた存在は単に定義として分けられただけであって、元々は崇高なひとつの種族だ。そしてニンゲンは唯一神が作った娯楽のための土塊人形。その設計は神、悪魔のどれにも遠く及ばない脆弱なものとなっている。常識だぞ!」
「知識の浅い悪魔だなお前。ニンゲンには神や悪魔に絶大な効果を発揮する強力な魔法が効かない構造になっているんだよ。ニンゲンは確かに脆弱だが、それは物理制約という意味でだ。精神力では神や悪魔を超える領域もあるんだよ。そして俺はその力と神の血を受け継いでいる。しかも魔法を捨てて力量に全振りしてな!」
ガッ!
ヘラクレスと怪物は両手を組み、力でねじ伏せようと力み始めた。
グググ!
ヘラクレスは化け物を押し返し始めた。
「グハハハハ!面白いぞヘラクレス!中々楽しませてくれるじゃないか!いいだろう、儂も本気の一歩手前まで力を出してやるぞ!」
「やってみろ!いいか、今のうち言っておいてやる。お前は俺が必ずボコボコにしてやる。力で完全にねじ伏せてやるぜ」
「グアハハ!!その意気やよし!」
グググググ!!‥‥ズズン!
化け物の力が一気に上昇し、ヘラクレスは膝をついた。
(おいおい、マジかよこいつ!ふざけんなよな!力が入らねぇのに本気出しやがってよ!しかしやべぇぞ‥‥このままじゃ、押し切られて下手すりゃボコられるのはこっちになっちまう)
ヘラクレスと怪物の戦いを見ていたスノウは判断した。
「シア、見切った。やつは力任せの脳筋だ。特殊能力はあるだろうが、おそらく身体強化とか、物理効果の必殺攻撃とかだろう。素早い動きも出来そうだから、それさえ気をつければ問題なさそうだ。まずはおれがあいつに攻撃をしかける。隙をみて、ヘラクレスを救い出してくれ」
「そのままあの脳筋肉団子の息の根を止めるということですね?」
「あ、ああ、そうだ」
(脳筋肉団子って‥‥)
「分かりました。ご武運を。なんて言葉は不要ですね。マスターは世界最強ですから」
「ははは‥‥ありがとう」
スノウはエル・ウルソーの身体強化系魔法を重ねがけし、波動気を練って体の中を巡らせ始めた。
トン‥‥バヒュゥゥン‥
「ん?」
ドッゴォォォォォォン!!ドゥゥゥン‥‥ドガァァァン!!
スノウは凄まじい速さで怪物目掛けて突進すると思い切り拳撃を怪物の頭部に叩き込んだ。
その衝撃で巨大である怪物は激しく吹き飛び、30メートルはあろう先の壁に激突した。
「スノウ!!」
「待たせたなヘラクレス」
「待ったも何もよぉぉぉ!寂しかったぜぇぇぇ!!」
ヘラクレスは今にも泣きそうな表情でスノウに抱きついた。
「いてて!そこまで力残っているんなら助ける必要なかったな」
「嬉しくて力が蘇ったのかもなぁ!それにしてもマジで嬉しいぜ!」
「喜ぶのは後だ。あいつは一体何者だ?」
「やつは上位悪魔、剛力王バラムだ」
「剛力王?やっぱり脳筋肉団子か‥ふふふ」
「おい、この状況笑うところか?」
「あ、いや何でもない」
スノウはフランシアの名付けた表現を言って思わず笑ってしまった。
ガラララ‥‥
剛力王バラムが吹き飛ばされた箇所に動きがあり、瓦礫がガラガラと音を立てて転がった。
傷ひとつ無いといった雰囲気で平然と起き上がった。
ゴキゴキ!ゴキキ!
「ん〜〜〜いいパンチだったぞ」
バラムは首を捻りながら余裕の表情で立ち上がった。
その姿は異様そのもので、左に牛、中央に人、右に牡羊の顔を持つ大男だった。
側には大きな熊が四つ足で付き従うように立っている。
ドン!‥‥ズン!ゴギギ!
バラムは重量感ある体で跳躍すると大きな熊に跨った。
跳躍した場所の地面と、熊野4つ足の部分の地面が減り込んでいるが、バラムが勢いよく飛んだ瞬間と熊に跨った瞬間にあまりの重さに地面が負けて減り込んだようだ。
「お前は一体何者だ?その小人並みに小さい体のどこからあのパワーが出てくるのか、興味が湧いたぞ」
バラムはゆっくりと歩いてくる。
「どうするヘラクレス。お前行くか?」
「いや、俺はちと休憩だ。それにスノウ、お前があのデカブツをどう倒すのか見てみたいしな」
「ものは言いようだな、全く。まぁいい、最初からそのつもりだ」
スノウはバラムに反応することなく、軽くストレッチを始めた。
体の中には波動気がふたたび練り込まれている。
「ほう、儂の言葉を無視するか。面白いぞ!肝も座っているようだな!それならば、お返しに一発お見舞いしてやろう!」
ダシュン‥‥
「!」
ドッゴォォン!!シュゥン‥‥ドガガァァン!!
バラムの素早く凄まじいパワーの鉄拳攻撃に今度はスノウが吹き飛ばされ壁に激突した。
スタタ‥
だが、バリアオブエレメンツで防御し、激突の衝撃はほぼ回避していた。
バリアオブエレメンツとはリゾーマタの水や火、土などのエレメント系の魔法の壁を作るもので、様々な攻撃を一度で防御できる高度な魔法だ。
「やるじゃないか!これは儂も本気を出さねばなるまいよ!」
バラムは右腕を大きく振りかぶり、渾身の力を込めている。
スノウは構えて全身に廻らせている波動気を拳に集中させ凝縮し始めた。
トン!‥‥ドッゴォォォォォォォォォォン!!!
バシュォォォォォォォォォ!!
超強力なバラムの鉄拳とスノウの拳撃がぶつかり合い、空気に亀裂が入るほどの衝撃波が広がった。
ヘラクレスとフランシアは咄嗟に両耳を塞いで目を閉じたため、ダメージを免れたが、何もしなければ鼓膜が破れ、下手をすれば目が破裂してしまうほどの圧縮された空気の衝撃が部屋中を襲ったのだ。
砂煙に包まれていたが徐々に晴れていくにつれて、スノウとバラムの姿が露わになるが、ふたりともまるでダメージがないかのように立っていた。
「面白すぎるぞお前!楽しいなぁ!」
「‥‥‥‥」
バラムとスノウはふたたび構えた。
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