<ホド編 第2章> 25.北の大穴
25.北の大穴
「間も無く到着します。呑気に話している場合ではありませんよ」
ヴィマナの人格型AIのリュクスが知らせてきた。
「目標地点の状況をスクリーンに映します」
ヤガトの情報の場所がスクリーンに映し出された。
『!!』
目の前には信じられない光景が広がっていた。
海面に直径100メートルほどの大きな円形の穴が開いていたのだ。
まるで巨大な滝のように穴に向かって海水が流れ込んでいる。
「何だこれは?!」
「漁船が沈没したっていうのはこの大穴に吸い込まれたと見ていいだろうな」
「この下には一体何があるのかしらねぇ‥‥」
「結界杭の可能性がありますよ。他の3つはいずれもホドカン‥でしたっけ。あの陸地にから入ることの出来るダンジョンの中にありましたから、違和感なく辿り着けましたが、海底の中に結界杭があってもおかしくないですからね」
「ソニックの言う通りだ。どうやったのかは知らんが、結界杭を打つために海底まで辿り着くためのルートを作ったという可能性は十分に考えられる」
全員がスクリーンに釘付けになっている中、スノウがリュクスに指示を出す。
「リュクス。あの大穴の下に何があるのか分かるか?」
「全てを把握することは出来ません。転送可能域内の確認のみとなります。その範囲なら簡易スキャンで転送可能場所かどうかは識別可能です。ただし精度は100%ではありません」
「‥‥転送できそうか?」
「可能です。かなり深い穴のようですが、辛うじて海底部分を捉えることが出来ております。この海域の海底は然程深くないようです。そしてこの大穴の下にある海底部分のさらに地中には空洞が検知されています。転送先はそちらになります」
「転送と同時に地面に埋まってしまうなんてことはなさそうだな」
「それは分かりません。先ほど申し上げた通り精度は100%ではありませんから。もし地中に転送されてしまった場合は、対象者の体は一瞬にして細切れ状態となり死亡します。転送場所におけるその確率は‥‥」
「もういい。ていうかリュクス、お前少し楽しんでいるだろ」
「いえ、滅相もございません。みなさんの健康と安全が私にとって一番大切です」
「こいつは何なんだスノウ。性格悪そうだな」
「ははは、確かにな。だが頼りになるよ」
「そうなのか?」
ワサンは怪訝そうな表情でスクリーンを見た。
これまでの転送は全て行ったことのある場所や、地図上で明確になっている場所しかなく、全て手動で行われていたため、安全に配慮した転送しか行われなかった。
だが、リュクスが起動して以降は転送可能域が拡大したことと、その範囲内に対する簡易的なスキャニングが行えるようになっているため未知の場所への転送も可能となっているが、簡易的なスキャニングの精度が不安定で低いらしく、大きなリスクを抱えていた。
リュクスなりに気を紛らわせるための冗談を言ったのだろうが、笑えないコメントに皆眉を顰めていた。
「よし、転送準備だ。メンバーは、おれ、ロムロナだ」
「あら、死ぬ時は一緒ってことねぇ。スノウボウヤ、粋なことするじゃない」
「まぁな。仮に転送失敗しても犠牲はおれとロムロナの2人で済む。おれと死ねて本望だろ?」
「ウフフ!中々言うじゃない。いいわぁ、覚悟は決まったしねぇ」
「それじゃぁ必要な荷物を持ってくれ。リュクス、シルゼヴァ、ガース、海流が複雑で激しいが、おれ達が戻るまで待機で頼む。だが、待機は3日でいい。3日以上転送可能域に戻らないようならそのまま素市へ戻ってくれ。それ以降のリーダーはソニックだ。作戦を立て直して必ずシアとヘラクレス、アリオクを救ってくれ」
「スノウ‥」
縁起でもないと言いたげなソニックだったが、ミッションを抱えているチームとしては当然の指示だったので、言葉を飲み込んだ。
「リュクス、転送を頼む」
「待ってくれ。オレも一緒に行く」
ワサンが同行したいと言ってきた。
「いや、まだ本調子じゃないだろう?何かあっては元も子もない。今はしっかり休め。それにさっきの話は聞いていただろう?今回は大きなリスクを伴う転送だ。メンバーはなるべく少ない方がいい」
「だったら尚更オレが行く。むしろお前は残って指揮をとるべきだぞスノウ。それにオレは大丈夫だ。それほど魔力総量は多くないから回復には時間は掛からない。もうほぼ全快状態だ」
「いいんじゃない?本人が動けるって言っているんだからぁ。でもスノウボウヤが残る選択肢はないわよ?少人数で行くならそれなりに戦闘力が高い者じゃなければミッション達成出来ないリスクも上がるからねぇ。あたしの戦闘力が低い分、戦闘力が高いスノウボウヤはマストで必要ねぇ」
「‥‥分かった。今回のミッションはおれ、ロムロナ、ワサンの3人で行う。リュクス、転送準備を頼む」
「了解。転送準備を進めます」
リュクスは転送可能域の再スキャンを始めた。
さらに空洞内の環境も簡易スキャン機能をフル稼働して確認している。
「転送座標を特定しました。間も無く転送を開始します」
「いつでもOKだ」
キュィィィィィィィン‥‥
スノウ、ロムロナ、ワサンは光に包まれブリッジから姿を消した。
キュィィィィィィィン‥‥
転送されたスノウ達3人は周囲を確認する。
「い、生きてるぜ‥‥」
ワサンはホッとしている。
「取り敢えず、呼吸は出来るな。ガスもなさそうだ」
3人は視界を確保するためウルソーの身体強化系クラス1魔法のサイトオブダークネスを発動した。
暗闇の中で視界が確保された。
「おいおい何だよここは‥‥」
ワサンが驚きの言葉を発したが、それも無理はなく周囲は明らかに人工的に作られた空間が広がっていたのだ。
舗装された床、壁、天井、そして前方に続く廊下。
「誰かが造ったのは間違いない。結界杭を打ったやつか、それとも元々造られていた場所を活用したか。とにかく慎重に進もう。普通のダンジョンとは違って、警備を行う存在がいるはずだ。ダンジョンの魔物とは違って相手に油断はないと見た方がいい」
「了解だわ。それじゃぁ早速行きましょ」
「オレが先頭を歩こう。オレが一番夜目が利く‥‥っと、その前に、この廊下、前か後、どっちに進む?」
「取り敢えず背後からだな」
ワサンを先頭にして3人は慎重に廊下を進み始めた。
20メートルほど進むと扉が現れた。
「入ってみよう。特に中に生命反応は感じられないが、魔法防御されている可能性もある」
スノウはゆっくりと慎重に扉を開ける。
ギィィ‥‥ギィ‥‥
扉を開けるとその先にあったのは比較的小さな部屋だった。
木箱や巻物など古めかしいものがいくつも棚に置かれていた。
「倉庫のようだな」
「どうする?確認するか?」
「いや、時間が勿体ない。この場所の転送座標はリュクスが記憶しているから、確認したければまた別途くればいい。とにかく先を急ごう」
「了解だ」
3人は部屋を出て反対方向へと廊下を進み始めた。
「また扉か」
目の前に現れた扉を開けると右方向に通路が伸びる廊下に出た。
3人は慎重に進んでいく。
「この廊下、湾曲している。しかも徐々に下がっている。降り坂になっているな」
「そうねぇ。右回りにぐるぐると回りながら降りていく螺旋状なのかもねぇ」
ロムロナの推測通りこの場所の構造は単純で、螺旋状に下り廊下が続いているものだった。
途中、壁に扉がある場所に出会したが、全て何もない空間だった。
「不気味な場所だな。何の目的でこんなのを造ったのか‥‥」
「海底の地中深くにこんなもの造るなんて理解できないがとにかく進むしかないよな」
「ああ」
「2時間ほど経過しているからかなり下まで来ているわねぇ。階層にして40階から50階層くらいじゃないかしら。感覚だから何とも言えないけどねぇ」
「そうだな。それと生命反応が全くないのも不気味だ」
3人はさらに進んでいく。
「扉だぞ!」
湾曲した下り廊下の先に扉が現れた。
まるで終点だと言わんばかりの雰囲気だった。
「この扉の先に生命反応は感じられない。だが、魔法防御されている可能性もある。いつでも戦闘に入られるように」
「了解だ」
「いつでもOKよん」
スノウは慎重に扉を開ける。
ギィィィィ‥‥
『!!』
ガキン!キィン!カキキン!
『おおおお!!』
スノウ達は目を疑った。
目の前に広がっているのが、まるで闘技場のような場所だったからだ。
まるで昼間のように明るく、周囲には大勢の観客がいて歓声をあげている。
あまりの眩しさに目が眩んだ3人はサイトオブダークネスを解除した。
そして闘技場に目をやるとふたりの剣士が戦っていた。
「おい、スノウ!」
「ああ!」
スノウとワサンは目を見開いて闘技場の中心で戦っている者を見た。
「シアだ!」
闘技場の中心で剣を持って戦っているひとりはフランシアだった。
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