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<ホド編 第2章> 23.智慧の悪魔

23.智慧の悪魔


 スノウ達はほぼ止まることなく進んでいた。

 スノウ、ルナリはともかくロムロナも体力はかなり備わっているため、高スピードで数十キロを平気で走り切るほどであり、既に地下50階層まで来ているが休むことなく進んでいたのだ。

 途中魔物が何度も襲ってきたが、流れるように倒してきた。


 ズザザッ!


 ダンジョンに入ってから初めて足を止めた。


 「これはおそらく」

 「そうねぇ」

 「結界杭の部屋だな」


 突如天井が高くなり、目の前に壁が現れた。

 その中心に縦横10メートルほどの巨大な扉があった。


 「開けるぞ」

 

 3人は戦闘体勢に入る。


 ギィィィィィィ‥‥ドン‥‥


 軋む音を立てながら扉が開いた。


 ビキィィィィィィン!!


 『!!』


 部屋の中に入った瞬間、3人は足を止めた。

 凄まじい重力波に襲われたためだ。

 

 「重い!な、何なのよぉこれ」

 「重力波‥‥いや違う‥‥これは‥‥オーラだ‥‥凄まじい威圧感のオーラだ‥‥」


 スノウ達は押しつぶされそうなオーラの中、一歩一歩足を前に進める。


 「ほう、我のオーラを受けて歩みを止めぬか」

 『!』


 30メートルほど先に高さ5メートルほどの枯れ木が生えており、その枝のひとつに梟が止まっていた。

 しかも頭に王冠のような物を被っており、明らかに普通の梟ではなかった。

 どうやら喋ったのはその梟のようだ。

 スノウとロムロナは武器に手をかけた。

 ルナリは背後に重数本の黒い腕を伸ばし始めた。


 「ヌシらが結界を荒らしまわっている輩か」

 「お前もこの結界杭を守っているやつか」

 「無礼なやつらだ。いいだろう名乗ってやろうではないか。だが、悪魔が本来の名を名乗ることはない。この世界の言葉に変換した名だ。我を縛ることはないと知れ」

 

 バッ!


 梟は翼を広げた。


 「我が名はストラス。この結界杭を守護する者だ。ヌシらが訪れた結界はフォラスとウァラクの守る結界杭だ。残る結界杭はあと二つ。ひとつは剣士アロケルが守護する結界杭。そしてもうひとつが、大怪力バラムが守護する結界杭だ」

  (こいつ自らペラペラ喋ってきたぞ‥‥ガセ情報か?!)

 

  結界杭は全部で五箇所であり、残りの結界杭を守護する者の名まで話したストラスに警戒態勢をとった。


 「ヌシ、何故我が必要以上の情報を与えたのか不思議に思っておるな?」

 「当然だろ。普通は隠すはずだ」

 「ニンゲンの発想だな。情報には3つの種類があるのだ。ひとつは他言することで自分が得する類のもの、ふたつめは他言すると自分に不利益が生じるもの、そして最後は得も損もしないものだ。この3つの中で最も重要なのは3つめだ。得と損は表裏一体。瞬間的に得をしてもその後に損をする可能性がある。そういう因果をもつのだ。だが、得も損もしないものは何も起こらない。情報を提供したことによる優越感と情報をもらった側には満足感が残る。何も起こらないにも関わらず、話す側と聞く側の感情はポジティブサイドに振れる。言い換えれば無意味の中の有意義だ」


 スノウは何となくストラスの言っていることに納得してしまっていた。


 「小童、やつの会話に引き込まれているんじゃないよ、馬鹿者が」

 「オボロ!」

 「せっかく情報をくれるというなら聞きまくるのがいいのさ」

 「なるほど」


 バサッ!


 ストラスは片方の翼を体を隠すように前に出しながら話し始めた。


 「ぬぅ、ヌシは妖神か。ヌシほどの存在に気づけなかったとは不覚。ヌシらにはこれ以上の情報はやらぬ。さらばだ」

 「待て!」


 ファシュン‥‥


 ストラスはその場から飛び去って消えた。


 「消えたわねぇ」

 「消えたというより逃げたようだな」

 「一体何なんだ?これまでの結界杭を守っているっていっていた奴らは皆おれ達が来るなり逃げていくじゃないか。結界杭は守らなくていいのかよ‥‥」

 「違うねぇ。おそらくはもはや、この結界杭は完成してしまっているのさ」

 「どういう意味だ?」

 「これは推測とやつらの残穢から感じ取る感覚からくるものだがねぇ、あやつらは結界杭が打たれ、結界が展開されるまでの守護者であり、結界杭が打たれ結界が発動したら任務完了なのだろうさね」

 「それならば、ここを完全に破壊しつせばよいであろう?」

 「やめとくんだね。無駄だよ。結界とはそういう物理的なものばかりじゃないのさ。地面に手を当ててこの地に張られているエネルギーを感じてみればいい。お前さんなら出来るはずだよ負の女」


 負の女とはルナリのことだ。

 オボロは独特の表現をする。

 スノウのことは小童と呼び、ロムロナのことは妖女(あやかしおんな)と呼ぶ。

 慣れてしまったため、誰も独特な呼び方に文句は言わなかった。

 ルナリはオボロのいう通りに地面に手を当てて何かを感じ取った。


 「なるほど。この地の地脈に何か異質なエネルギーが突き刺さっているのを感じる。確かにこれはこの場所を破壊しても無意味だ。地脈そのものを破壊しなければならないが、それはこの世界そのものを崩壊させてしまうやもしれんな」

 「分かっているじゃないか。小童より100倍賢いわ」

 「悪かったな」

 「拗ねるな馬鹿者。いちいち感情をむき出しにするのは馬鹿か餓鬼だけだよ」

 (自分が一番感情的になるじゃないかよクソババア‥‥)


 スノウはオボロに聞こえない領域で独り言を言った。


 「さて、話はそんなところにしておいて、スノウボウヤ、あなたのお仲間を探さないとねぇ」

 「その通りだ」


 スノウ達は部屋の奥へと進む。

 小さな扉が見えた。

 スノウはそれを警戒しながら開ける。


 ギィィィィィィィ‥‥


 『!!』


 3人は部屋の中を見て驚愕の表情を見せた。


 「シンザ!」


 部屋は然程大きくはないのだが、壁一面が木の表面になっており、その木の表面に3人の体が埋まっていたのだ。

 体が埋まっているのはワサン、ソニック、シンザの3人だった。


 「シンザ!今助ける!」


 ルナリは木の表面に触れた。


 「ちっ!」


 ルナリは怒りと焦りと恐怖の入り混じった表情で舌打ちした。


 「どうした?」

 「完全に木と一体化している。引き剥がせばシンザは死ぬ。細胞レベルで本来の体と木を分割して引き剥がす以外に救う術はない。だが、我にはそこまでの力はない」

 「なんてこと‥‥」


 ロムロナは口を押さえて険しい表情を見せた。


 「いや、大丈夫だ。おれが何とかする」


 スノウは空視(クーシー)で3人と木がどのように一体化しているのかを視た。


 「因の融合や結合はないみたいだ。これならば、空廻(クーエ)で因のつなぎを操作して切り離していけば引き剥がせるはずだ」


 スノウの目が光っていく。

 そして、木に埋まっているシンザを少しずつ引き剥がしていく。


 ビギギ‥ギリリ‥


 「スノウよ、シンザに何かあってみろ。貴様を八つ裂きにしてやる」

 「話しかけるな。シンザを八つ裂きにしたくなければな」

 「くっ‥‥すまん」


 ギビビ‥‥バリリ‥‥バリリリ!ドサッ!


 「シンザ!」


 シンザは無事に木から剥がされた。

 倒れそうになったところをルナリが抱き抱えた。


 「シンザ!ロムロナよ、シンザに回復魔法を頼む」

 「もちろんよ」


 ロムロナはシンザにウルソーの体力回復系クラス2魔法のジノ・レストレイティブと傷修復系クラス2魔法のジノ・レストレーションを唱えた。


 「う、うぅ‥‥」

 「シンザ!」

 「ル‥‥ナリ?」


 シンザは目を覚ました。


 「ルナリだ!シンザよ!無事か?!」

 「大丈夫だよ‥‥それより静かに‥‥スノウさんが‥‥ソニックとワサンさんを救い出してくれるから‥‥」

 「分かったぞシンザよ。うぅ‥‥こんな状態になりながらも他者を思いやるとは何と美しい心の持ち主か‥‥我は幸せだ」

 「ははは‥‥ありがとうルナリ」


 スノウは一瞬だけ2人のやりとりを見て笑みを浮かべると、シンザ同様にソニックを木から引き剥がす作業に入った。

 因のレベルで結合してしまっているソニックの体細胞と木の細胞をゆっくりと切断していく。


 ビギギ‥ギリリ‥バリリ‥‥バリリリ!ドサッ!


 スノウは木から分離して倒れ込んできたソニックを抱き抱えた。

 そして横にするとロムロナに回復魔法をかけるように目配せした。

 そのまま今度はワサンの引き剥がしに入る。


 ギリリ‥‥ビキキ‥‥ビキキキリ‥‥バリリリ!ドサ!


 ワサンも無事に木から引き剥がされた。

 ソニックの横に寝かせるとロムロナはワサンにも回復魔法をかけた。


 「うぅ‥‥」

 「いつつ‥‥ん?こ、ここは‥‥」


 ソニックとワサンは目を覚ました。


 「スノウ‥‥そうか‥‥僕らは何らかの窮地に立たされていたところをスノウに救ってもらったんですね‥‥ありがとうございます」

 「無理に喋らなくていいぞ。動けるようになるまでゆっくりするんだソニック」

 「ありがとうございます」

 「スノウ‥‥助かったよ。しかしここは一体ど‥‥!!」


 ワサンは何かに気づいて飛び起きた。


 「いつつ!ってお前、ロムロナか?!」

 「!!‥‥も、もしかしてワサンボウヤ?!」

 「そうだ!ロムロナ!生きていたんだな!」


 ワサンはロムロナとの再会に驚き、そして嬉しさのあまり涙ぐんだ。


 「当たり前でしょ!っていうかあなた、どうしたのよぉ!そんなイケメンになっちゃって!いえ、前も狼としてのイケメンだったけど、今は人の顔でイケメンだわよ!」

 「ははは!色々とあってな。前の姿も捨て難いが、この姿の方が人の言葉は喋りやすいから気に入っている。ってことは、ここはホドなんだな?!」

 「そうよ。あなた達が越界してから2ヶ月ちょっと経過したけどね」

 「2ヶ月ちょっと?!どういうことだよ」

 「ワサンが驚くのも無理はないな。後で説明する。とにかく動けるようになったら一旦帰還しよう。おれ達の船にな」


 それから数分もすると、3人は無事に回復し普通に歩けるほどになったため、スノウ達はヴィマナの転送可能域まで戻ることにした。


・・・・・・


 キュィィィィィィィン‥‥


 スノウ達はヴィマナに転送された。


 「!!」


 ワサンはブリッジを見回して嬉しそうしながら涙を流していた。


 「戻ってきたんだな‥‥」


 アレックスが船長、エントワが副船長でホドの海を縦横無尽に航海していた頃を思い出し、あまりの懐かしさに感情が溢れてしまったのだった。


 「お前、ワサ‥‥誰でガースか!?」


 機関室から急いでブリッジに駆けつけたガースがワサンの姿を見て驚いた。


 「ガースのおっさん!」

 「こ、声はワサンだが、流暢に話すじゃないでガースか!だが顔が全く違うでガス!別人でガスよ!」

 「訳あって人の顔に変わったんだが、中身は変わってないから安心しろガース」

 

 ガースはワサンの笑みにどこか懐かしさを感じて笑みで返した。


 「さて、まずは今回救出されたメンバーを紹介しよう。その後、今回の探索で得た情報の整理と次の目的地と作戦を練りたい」


 スノウの提案に皆頷いた。

 今回新たに解放されたソニック、ワサン、シンザをロムロナ、ガースに紹介した。

 面倒なので、ソニックはその場でソニアと交代して見せたのだが、ロムロナとガースは驚くかと思いきや、意外にもすんなりと受け入れてくれた。

 ソニック達の帰還に反応したリュクスがソニック、ワサン、シンザの乗船とヴィマナでの役割を登録すべく船長であるスノウに話しかけてきた。


 「そうだな‥‥彼はソニック。双子の姉のソニアに代わることがあるが、それぞれで登録になるのか?」

 「はいスノウ。ソニックとソニアは個別に登録が必要です」

 「それならソニアは砲撃手、ソニックは副船長兼料理長で頼む」

 「登録完了しました。続いてワサン、シンザの登録を行います」

 「ワサンは‥‥耳がいいからソナー技師だな。シンザは諜報員兼副料理長だ」

 「登録完了しました。今登録完了した3名はすぐにでも転送および情報伝達機能を使うことが可能となります」

 「よし、それじゃぁ10分後に作戦室に来てくれ。次のアクションを明確にしたい」


 その場にいる面々はスノウの言葉に反応した。


 そして会議が始まった。

 


いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

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