<ティフェレト編>40.判決
40.判決
「さぁ!どうなんですかぁ?!言いなさい、言いなさい、言いなさい、言いなさぁぁぁいぃぃぃ!」
「ちょっと何なのあの司祭!」
エスティは怒りのあまり噛んだ下唇から血を流している。
スノウもゴーザをこの場からさらってしまおうかと思わずフラガラッハに手を伸ばしたが、その手は何も掴めなかった。
武器を持ったまま入れないため宿屋に置いてきている事を忘れていた。
自分が動揺している事を認識し、情けないなと自分を責めた。
「くっ・・・」
悔しそうな、悲しそうな表情を浮かべてゴーザは口を開く。
「そ・・・その通りだ・・・」
一斉に傍聴席がどよめく。
「静粛にぃぃぃ!!」
にやけた表情を浮かべながら愉悦に浸っている司祭が場内を沈めた。
「ではあの越界した者誰ですか?そしてその者の手に抱えられていた赤子は一体誰ですか?」
「そ・・それは・・・」
「いいですかぁ?これはとぉっっっっっても重要な事なんですよぉ!ドワーフは知っての通り極めて慈悲深く公平な判断をしますからねぇ!それにあなたの罪の重さをこれから重・・・ブホホ!軽くできるかもしれないじゃぁないですかぁ!」
「答えよ!ゴーザノル!」
王が畳み掛けるようにゴーザに答えるよう促す。
「友人のブルズです。そして赤子は・・・知りません。捨てられた赤子と聞いていました。その誰にも愛されず、相手にされない境遇が・・・どこか自分と似ていると思ったんだ・・・」
「ブルズとはお前の幼馴染の使用人の子だった者だな。そして赤子、知らないと申すが貴様の境遇など関係ない。なぜ越界させたかを話せ」
「そうですそうです!話しなさよぉ!」
「理由は!・・・ブルズが私に言ったんだ・・・。この赤子は人間に引き渡したら殺されると・・・。だから救いたい一心で使った。古代の遺物?そんなの知らねぇ!目の前の幼い命に勝る遺物なんてあるんですか?ましてや俺たちはドワーフだ。たとえ人間の赤子だろうとそんな幼い命を見殺しにするなんて・・・俺にはできなかったんだ!!!」
審判の間は静かだった。
ゴーザの訴えるような声だけが響いている。
「以上ですよ」
司祭の尋問はそこで終了した。
この後は王から判決が言い渡されるとのことだった。
王と司祭は退席し別室で10分ほど協議をするらしい。
傍聴席側としては10分間の休憩になっていた。
スノウが傍聴席に目をやると、ゴーザに対する同情の目が多く見られた。
ざわついていたが、ゴーザを罵るような言葉は一つも聞こえてこなかった。
(なんだよ・・・やっぱ慕われてるんじゃないか・・・)
スノウは誇らしかった。
よくある話ではこのような展開では傍聴席から誹謗中傷の野次が飛ぶ。
特に司祭のように悪意を持って煽るような発言には面白おかしいとばかりに食いついて誹謗中傷の雨霰だ。
だが、この場は違った。
あの司祭が浮いていると思えるほど、傍聴席側のほとんどの者たちはゴーザの軽い量刑を望んでいるように見えた。
「ゴーザどうなっちゃのかな・・・」
「あの司祭のおっさんほんとにイラつくっすよね!」
「そうね、本当に腹の立つ言い方しかできないし、結局犯した罪の裏を取るみたいに根掘り葉掘り聞いて!」
「最終的に赤ちゃん救うっていう話になったからよかったものの、あの話がなかったらやばかったんじゃないっすか?」
「・・・」
・・・・・
・・・
ドン!
ドアが開く。
エンキ王と司祭が再度審判の間に入ってきた。
そして先ほどと同様に、王は矛の椅子司祭は盾の椅子に座った。
「判決を言い渡します」
それに呼応するようにエンキ王が口を開く。
「被告人ゴーザノル・ロロンガイアよ。ドワーフ王国であるロロンガ・ルザ規律第2章ー3節の何人たりとも古代の遺物を個人的目的で使用してはならないという規律への違反、これは極刑にあたる」
傍聴席から叫び声混じりのどよめきが起こる。
「ゴーザ・・・」
エスティ、レンは今にも泣き出しそうだ。
「一方で規律第1章ー1節、ドワーフ国民は国内で同族だけでなく、いかなる種族に対しても殺生してはならないという規律を遵守したやむを得ない対応だったとも言える」
どよめきが一瞬で止んだ。
「今回古代の越界装置を使った理由は、先の弁明でもあったように人間の赤子が殺されることがわかっていた為、それを阻止する目的でやむを得ず使った行為だと断定された。よってこの二つの状況から判決を言い渡す」
以前静まりかえっている。
「ゴーザノル・ロロンガイア。被告を有罪に処す。罰として王位継承権の剥奪と最短3年間のこの国からの追放を言い渡す!」
傍聴席から歓声が沸き起こる。
ゴーザは椅子からずり落ち膝をつく形で泣き崩れた。
「感謝します・・・」
エスティとレンは泣きながら抱きついて喜んでいる。
「極刑じゃない!やったやった!!」
スノウは無言でその光景を見ていた。
そして裏口からどこかへ向かう。
ゴーザは衛兵に連れられて退席した。
「スノウ!ゴーザに挨拶しに・・・あれ?!スノウどこ言った?」
「しらんですけど、とにかく会いに行くっすよ!」
エスティとレンはゴーザに会いに駆け足でその場を後にした。
――控室――
「王子、大変失礼しました。このような縄を繋ぐなど・・・」
「いいってことよ。嫌な思いさせちまったな・・・」
「いえ、もったいないお言葉」
「それにそんな畏るなよ。俺ぁもう・・・」
「王子は王子です。王位継承権を剥奪されたかもしれませんがあなた様は王子のままです。改めて言わせてください。お帰りなさい」
衛兵たちはとても嬉しそうにゴーザと話している。
ドーン!
ドアを思い切り開ける音がしたかと思うと、エスティとレンがゴーザのところに飛んできて抱きつく。
「おいおい!嬢ちゃんにボウズ!大袈裟だぜぇ!ははは」
その目には涙が浮かんでいた。
「ゴーザ!あんた馬鹿なんだからほんとに大馬鹿だわよ!」
「そうっすよ馬鹿っすよぉ!」
ゴツン!
「いったぁ〜!!何するんすか!」
「いいかボウズ、お前さんが俺に馬鹿っていうのは500年早いんだよ!がっはっは!」
「何すかそれ〜、えへへ」
――王、司祭の控室――
「失礼します」
「入れ」
入ってきたのはスノウだった。
スノウは大きく一礼した。
「一言だけ申し上げたくて参りました」
「何だ?申してみよ」
「いえ、司祭様にです。わたしはあなたを誤解していたようです。本当にありがとうございました。これだけ申し上げたくて・・・失礼しました」
「は!何なんですかあなた!あたしはねぇあの王子を極刑に処せなくてとぉぉぉっても残念なんですよぉ!全くイラつくから早く出て行きなさい!」
スノウは再度大きく一礼して部屋を出た。
「すまなかったな。嫌な役をさせてしまった」
「全くですよぉ。2度とごめんです。でもまぁ忙しかったとは言え、ちゃぁんと愛してあげなかったのが今回の件で一番の罪ですかねぇ・・・王様。これで謝罪終わったと思ったら大間違いですよぉぉ?」
「わかっておる。まったくそなたには助けられてばかりだな」
(ゴーザノル。お前は自由に羽ばたけ・・・)
・・・・・
・・・
―――翌日、謁見の間―――
「ゴーザノルよ。一度出たら3年はこの地を踏むことまかりならん。しっかりと準備をしていけよ」
「ありがたきお言葉、王よ」
「そして、エスティとやら。必ずこの世界を救ってくれ」
「え?!いえ!あたしはアウロ・ソナスを受け取っただけですから、これをゴーザと一緒に責任を持って聖なるタクトに変えてきます!」
「お・・・おお、そうだったな。だが一つお願いがある」
「王様からお願いって、きょきょ恐縮です!」
「がっはっは、そう畏まらんで良い。聖なるタクトを手に入れたら必ずムーサ王を尋ねるのだ。よいな、必ずだぞ?」
「は・・はい・・」
「そしてスノウとやら。此度は本当に礼を言う。そなたが我が愚息やここにいる仲間たちを率いているのであろう。こやつにケジメをつけさせることが出来たのは理由はどうあれそなたのおかげだ。ドワーフにとっての掟は絶対だからな。それを蔑ろにして飛び出した愚息の審判が長引けば長引くほど王家の沽券に関わる話だ。改めて礼をいう」
「そ・・そんな滅相もない。わたしは・・・わたしには・・・」
リーダーの素質などないと言いかけたが声が出なかった。
「まぁ大いに悩め。悩み続けることしかできないからな」
「・・・」
「そしてゴーザノル。近うよれ」
ゴーザは言われるままに王のそばにより何か耳打ちされた。
「!!!」
驚く表情を浮かべるゴーザ。
「時が来るまで伏せておけ」
「はい・・・」
そして謁見の間をでた。
・・・・・
・・・
「かんぱーい!」
スノウ、エスティ、ゴーザ、レンの4人は祝杯を上げていた。
「オイラ一時はどうなるかと思ったっすよぉ〜!」
「がっはっは!だーかーら!俺を信じろって言ったろう?」
「あれ?そんなこと言ったかしら?」
「それアニキが言ったんすよ?おっさんのこと救いに行きましょうよってアネゴと進言したのに、スノウのアニキがそれを・・」
そう言いながらレンはスノウに触れてスノウに音変化した上で大袈裟な演技をしながら言った。
「待て!お前達、ゴーザの気持ちも考えてみろよ!あいつに2度も故郷や種族を裏切らせる気か?あいつのケジメをつけたいっていう決意をおれたち仲間が踏み躙ってどうするんだよ!おれたちは見守るしかできない!ゴーザを信じて見届けるしかないんだよぉぉぉぉぉ。これはぁぁぁぁぁこれは完全におれのミスだあああああああ!!!!!!」
スノウは肉に刺さっていた串をレンの腿に突き刺した。
「いでぇぇぇぇぇ!!!」
「あはははは」
「がっはっはは」
久しぶりの楽しい時間が過ぎていく。
スノウは楽しい会話の中、どうしても自分のリーダーシップのなさを痛感しどことなく3人に申し訳ないような気持ちで純粋に楽しめていなかった。
「スノウ、ちょっといいか?」
「ん?ああ」
「ちょっと外の空気吸ってくるぜ」
「ああーいってらっさーい」
たいして飲めない酒に酔っぱらったのかエスティはふらふらだった。
レンははしゃぎ過ぎたか突っ伏して寝ている。
「スノウ、お前ぇ自分を責めてるんじゃないだろうな?」
「何だよいきなり」
「おれにはみんなをまとめるような力ないんじゃないかとか考えてるんじゃないかって言ってんだ」
「・・・」
「お前に1人で背負って俺たちを率いてとか気負ってんじゃねぇのか?お前そんなに偉いのか?優秀か?」
「な・・・!」
(偉くもないし、優秀でもない。なんでおれなんかがみんなを引っ張ってる感じになってるんだよ・・・そもそもおれの役目じゃないし、おれ自身そんなキャラじゃないんだよ・・・。ゴーザの言う通りさ!)
「勘違いしてんじゃねぇのか?スノウよ」
「何がだよ!お前の言う通りおれは偉くもないし優秀でもない!そうだよ!おれはリーダーみたいな役割には適してない!おれは降りる!お前の言うとおりだ!ありがとよ!的確な指摘だよ!」
「がっはっは!傷ついたか?お前本当に自分のことが見えてねぇんだな!」
「何がだよ!」
「リーダーが常に正解を導き出しているとでも思ってんのかって話だ。いい例かしらねぇし俺が言うのも何だんだけどよ、王が今回の俺の審判で悩んでなかったとでも?」
「!!」
「王1人で今回の話を描いたとでも?」
「まさか」
「ああ。司祭だよ。まぁスノウお前ぇもわかってると思うが、あの司祭は王が王であるために自分を犠牲にしてる人格者だ。つまりな!王1人でこの国率いていると思ったら大間違いって話ってことだ」
「王様があの司祭を信頼し、頼り、時に嫌な役を押し付けながら威厳を保ちこの国をまとめているってことか?」
「そうだ。だが、王は王だ。偉いし、偉くいなきゃいけねぇ。いろんなもんを犠牲にしてでもな。そこに悩みがないとでも思うのか?」
『まぁ大いに悩め。悩み続けることしかできないからな』
王の言葉がスノウの心の中で思い出される。
「もっと俺らを頼ってもいいんじゃねぇか?いや違うな。信じてもいいんじゃねぇか?泥水啜れって言えよ。血を流せって言ってみろよ。そしてそれを大いに悩め!じゃないとせっかくお前という人柄を好いて一緒にいたい、お前を信じて進みたいと思ってる仲間に失礼だぜ」
「・・・」
「俺らを信じてみろよ。どんな結果だろうとお前を責めるようなやつなんていないだろう?」
「・・・」
ゴーザは優しい笑顔を見せると遠くを見つめるスノウを1人にしてやろうと思ったのかその場を後にした。
「・・・」
スノウは無言だった。
『まぁ大いに悩め。悩み続けることしかできないからな』
(悩んでるよ・・・。常にさ・・・)
―――翌朝―――
「さぁ!起きろお前ら!」
「なんすか・・・まだ朝っすよ」
「まだ朝じゃない・・・」
「何だよまだ朝か・・・」
スノウに強引に起こされたエスティたちは文句言っている。
「朝は起きるもんだろうが・・・」
そう言うとスノウは何かを思いついたのか、いたずらっ子のにやけた顔になった。
「ライセン」
ビリビリビリビリビリ!!!!
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあああああぁぁぁぁ!」
「げぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ドガガガン!!!
いきなり痺れたことで驚いて飛び起きようとした途端頭をぶつける。
頭上に土の壁ができていた。
ザバァァァァン!
「えぇぇぇぇぇ!!!」
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
「のぉぉぉぉぉぉ!!!」
直後に水の壁がバケツをひっくり返したような水を降らせて3人をずぶ濡れにする
「アニキー!!!!!
「スノウーー!!!!」
エスティとレンは怒ってスノウを追いかけ回す。
スノウは笑っていた。
それをゴーザは優しい笑顔で見守っていた。
大きなたんこぶをこさえて。
「そう言えばスノウ。このびしゃびしゃで泥だらけの部屋・・・どうすんだぁ?」
「え・・・」
一瞬で固まるスノウ。
「うおぉぉぉぉ!!やべぇ!!」
「あははは」
「はははざまぁないっすねぇ!アニキ」
「うるせぇな!元はと言えばお前たちが起きないのが悪いんだろうが!お前らも掃除な!」
「えー!」
「いやっすよー」
「ライセ・・」
「いえ、やりますやります」
「もちろん掃除するわよ!当たり前じゃない!馬鹿なのあんた、馬鹿だわよね!」
「がっはっは」
「ゴーザ、お前もだよ」
「ええええ?!」
スノウたちはきっちりと部屋を掃除し、昼過ぎにはノーンザーレに向かって出発した。
ゴーザは久しぶりの故郷に別れを告げ、今この場に仲間とともにいられることに感謝した。
そして、吹っ切れたように見えるスノウを見て微笑ましく思っていた。
少し時間ができたのでかけました。次は木曜日のアップです(頑張ります)。




