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<ホド編 第2章> 16.黒竜ヴァール

16.黒竜ヴァール


 「ルナリ」

 「スノウか‥‥遅かったではないか」

 「ははは。威勢がいいってことは無事なようだな」


 負の情念の力を使い、瘴気を遮る檻を形成して冒険者たちを守っていたのはルナリだった。

 

 「スノウ‥‥手を貸せ」

 「?」

 「言う通りにしろ‥‥」


 スノウは、ルナリが1人で起き上がれないため手を貸せと言ってきたのだと思い、手を差し出した。


 ギュ‥‥ギュルルルル!!


 「うぅ‥‥」


 スノウは体から力が抜けるのを感じた。


 「お、お前‥‥」

 「ふむ。全然足りないがまぁよいこの部屋にいる者の負の情念を吸い取ればもう少し回復するだろう」


 ルナリは糸で引っ張られているように不自然な体勢で起き上がった。

 一方スノウは力が抜けてしまったのか、膝をついた状態から立つことが出来ないでいた。

 

 「何をしているのだスノウ」

 「お、お前、おれの力を奪っただろ?」

 「力?お前の力をどう奪うのだ?我にそのような能力はない。お前の精神に散らばっている負の情念を吸い取っただけだ」

 「え?」

 「負の情念を吸い取られると生命力が減る、ということはお前は我と同様に負の情念を生命力の源泉にしているということになるぞ」

 「‥‥‥‥」


 スノウはゆっくり立ち上がった。

 自分の体に異常がないか確かめる。


 (何だったんだ?何かが吸い取られた感覚があったんだが‥‥)


 スノウは軽くジャンプして状態を確かめるが全く異常はなかった。


 「問題ないようだな」


 そう言うとルナリは両腕を広げた。

 背中から無数の黒い煙のような触手が出現し、冒険者一人一人に触れ始めた。

 ルナリはこの部屋にいる冒険者の持つ負の情念を吸い取ったのだった。

 

 「ふむ。中々不満や不安を抱えているようだな。期待以上の負の情念を吸い取ることができた」

 「ルナリ‥お前負の情念をエネルギーにして生きていたのか?」

 「当たり前だ。我のオリジナルはホムンクルスで魔力で動くが、負の情念を取り込み大きな力を得た瞬間に負の情念をエネルギーに機能するように変革している」

 「な、なるほど‥‥仮に負の情念のエネルギーがゼロになったらどうなるんだ?」

 「分からん。元のホムンクルスに戻るか、機能停止するかのどちらかだ」

 「もしかしてお前、エネルギー尽きかけていたのか?」

 「いや、73%は残っている。だが、相当な消費であったことは間違いない。それだけあの黒い瘴気のエネルギーは強力だということだ。次いつあの黒い瘴気に襲われるか分からない状況なのであればエネルギーを補填するは道理だろう?」

 「そうだな。だが、もう大丈夫だ。黒の瘴気をばら撒いていた黒竜は隣の部屋でのびているし、それを操っていたウァラクとかいうやつも逃げていった。もう黒の瘴気は発せられないはずだ」

 「でかしたぞスノウ」

 「それで、ここで一体何があったんだ?」

 

 ルナリは黒の触手を体に戻し終えてから答え始めた。


 「ケセドからこの地へ越界し、気づくとこの場所にいたのだ。周囲には気の触れたニンゲンどもが騒いでいた。その原因が何かについてはすぐに察しがついたがな」

 「黒い瘴気か」

 「そうだ。あの瘴気はニンゲンの精神世界に侵入し、意識を包み込む。そしてその者が持つ最も苦通を感じた経験を数倍にして見せるのだ。凄まじい苦通を逃げられない環境下で繰り返し見せられることで強迫観念に襲われ気が触れる。苦痛とは負の情念を生みやすい。我の触手でその苦通から生まれる感情を吸収しようとしたのだ。だが、あやつの瘴気は我の負のエネルギーを逆に吸収してきた。そのため我はニンゲンども覆い保護する障壁を展開した。その障壁はエネルギー消費が激しくてな。体の機能を停止し、エネルギーを障壁展開に全振りしていたのだ」

 「そうか。だが、73%も残っていたんだから、おれから負の情念吸い取らなくても動けたんじゃないか?」

 「フハハ。お前から負の情念が溢れていたからな。愛嬌だ」

 「はぁ?」


 ルナリはスノウに笑みを見せると部屋を出ようと歩き始めた。

 周囲では冒険者たちが立ちあがり始めた。

 方々から助かったことを喜んでいる声が聞こえた。


 「こやつか」


 隣の部屋へと移ったルナリは失神している黒竜を見て言った。


 「そうだ。根源種とかいうやつらしい」

 「根源種というものが何かは知らぬが、こやつが幼体で助かったというところだな」

 「どういう意味だ?」

 「本来の力が発揮されていたとしたらあの黒い瘴気はニンゲン、いや人族や場合によっては神や悪魔ですら機能停止しかねない闇の瘴気となっていただろう」

 「機能停止?‥‥死ぬってことでいいんだな?」

 「ああ。よって、こやつが成長し本来の力を発揮する前に殺しておくことを勧めるぞ」

 「‥‥‥‥」

 

 スノウは黒竜を見た。


 「いや、殺さない」

 「何故だ?将来お前の脅威となる存在になるやもしれぬぞ?」

 「そうかもな」

 (だが、気になるんだよな‥‥。あいつにトドメを刺そうとした時に聞こえた “殺してはダメだ” という声が。あの声、昔にも聞いたことのある声だった気がする。そしてあの声の言葉は無視しちゃいけない気がするんだよな‥‥ルナリが言う通り将来脅威になるかもしれないし、成長したこいつが本来の瘴気で攻撃して来たら世界が破滅するかもしれないが、きっと何らかの手があるはずだよな‥‥)


 スノウはゆっくりとしゃがみ、黒竜の頭部に手をあてて、リゾーマタの雷系クラス1魔法ライセンを弱めて放った。

 

 ビビビン‥‥


 黒竜の体が一瞬震えた。

 直後、目が大きく開く。


 ビン!


 「ぐるるるあぁぁぁぁぁぁ!!」


 黒竜は立ち上がり凄まじい咆哮を放った。

 

 「てめぇ!!」

 「起きたか」

 「ぐるるぁぁぁ!」

 

 黒竜は頭をスノウ顔の目の前に近づけて今にも噛み砕こうという威嚇をしながら話し始めた。


 「てめぇ何故あの時、剣で斬らなかったんだ?!」

 「剣で斬ったら死んでたぞお前。おれの剣は神の剣。再生なんて許さない。特にお前みたいな存在にはな」

 「ぐるあぁ!生きるか死ぬかの真剣勝負に情けをかけたってのか?」

 「そんなんじゃねぇよ。お前ほどのやつがあのウァラクとかいうやつの言いなりになっていたのが気になってな。おれはあのウァラクみたいなのが大嫌いなんだよ」

 「ぐるぁ!ガッハッハ!面白いなお前!俺もあれは大嫌いなんだ!」

 「じゃぁ何でウァラクの乗り物になってたんだよ。喰っちまえばよかったじゃないか」

 「できるわけがねぇ。俺の心臓に神槍の針を刺しやがったんだからなぁ。あいつに刃向かえば、神槍の力で埋め込まれた針が俺の心臓を貫き引き裂くんだ」

 「それならもう大丈夫だと思うぞ」

 「何でだ?!」

 「自分で確認できるか?その神槍の針とやらが心臓に突き刺さっているかどうかを」

 「‥‥‥‥」


 黒竜は両手で自分の胸を開いた。

 

 ドクン!‥‥ドクン!‥‥ドクン!


 脈打つ心臓が露わになった。

 

 「‥‥ねぇ!ねぇぞ!針がねぇ!」


 黒竜は器用に首を曲げて心臓を何度も確かめた。


 「どうやったんだ?!針が綺麗さっぱり消えてやがるぞ!」

 「ウァラクと戦った時におれの神剣で何度もやつの槍を叩いたんだよ。何度も叩く内にあの魔槍の張っていた効果を壊していったんだろう。その中のひとつがお前の心臓に突き刺さっていた針ってことなんだろうな」

 「馬鹿か!あれは神の槍だぞ?!あの槍の力を超えるものなんてあるわけねぇ!」


 シャキン!


 スノウはフラガラッハを抜いて話を続けた。


 「ウァラクってのは本来のあの槍の力を使いこなせていなかった。神槍であるのが本来の姿なのに、魔槍に変えてしまっていたからな。おそらくやつ自身があの神槍を使いこなすに相応しくなかったんだろう。だから長い時間を掛けて強引に魔槍に変えていったんだと思う。だが、中途半端な魔槍におれのこのフラガラッハが負けることは絶対にない」

 「!!」


 フラガラッハが美しく輝いている。

 黒竜は絶句した。


 (間違いねぇ!こいつの言っていることは本当だ!しかもこの神剣‥‥普通の神剣じゃねぇ。まてよ‥‥ってことは俺は2度こいつに救われたってことか?!)


 2度救われた意味。

 1度目はフラガラッハで首を斬り落とされるのを殴打に変えられたこと、そして2度目はウァラクと戦い、黒竜の心臓に突き刺さった針を消し去ってくれたこと。


 (こいつ‥‥!!)


 黒竜は立ち上がり両腕を広げた。

 戦闘体勢のようなポーズをとったかと思うと突如両手と頭部を床につけた。

 まるで土下座のようだった。


 ドスゥン!


 「ぐるるぅぅ‥‥」


 黒竜はスノウの前でひれ伏している。


 「お前は俺の命の恩人だ。竜は不死とも思えるほど長生きだが、輪廻転生はねぇ。死んだら終わりなんだ。その竜である俺をお前は2度も救ってくれた。この恩には報いなけりゃならねぇ。だが、今の俺じゃぁお前の恩に報いるだけの力が無ぇ。俺はお前に恩を返せるだけの力を付けなければならねぇ。だからしばし時間をくれ」


 スノウは黒竜の目をしばらく見下ろしながら、優しい笑みを浮かべて答え始めた。


 「恩に報いるなんて考えなくてもいいよ。お前はお前の生きたいように生きればいい。だがこれだけは約束してくれ。お前の黒の瘴気の力は破壊や殺戮のためには絶対に使わないと。その力は強大だ。いずれさらに強力なものとなり、多くの生物を殺すことが出来るし、世界を破滅させることだって出来るようになるだろう。そうなったら、おれはお前を本当に殺さなければならない。いやおれでなくとも、お前を殺そうとする者が何度も現れることになるだろう。2度救われた命だと思うなら、3度目はないと思ってくれ」

 「分かった。その盟約、俺の心に刻もう」


 黒竜の首元に不思議な文字が刻まれた。


 「だが、恩は返させてもらう。それはお前が窮地に陥った時だ。俺がお前を救うと約束しよう」

 「ははは、頼もしいな。期待して待っているよ」

 「ぐるるぁぁ!俺に生きる目的が出来た。最後にお前の名を聞かせてくれ」

 「おれの名か?‥‥スノウだ」

 「!!‥‥何とも奇妙な巡り合わせもあるもんだな。俺は黒竜ヴァール。根源種であるクズリュウの一角にして闇を司る者だ」


 ヴァサッ!‥ヴァサッ!‥‥ヴァサッ!


 黒竜ヴァールは翼を羽ばたかせ始めた。


 「スノウ。俺の名を忘れるな。じゃぁな」


 天井に転移魔法陣が展開された。

 

 「?」


 スノウはその転移魔法陣が見たことのないものであることに気づいた。

 そしてヴァールがその転移魔法陣の中へ来ていくと、魔法陣も消えた。


 (あの魔法陣に描かれていた記号‥文字‥‥見たことがないが、何故か読める気がした‥‥あれは一体何なんだろう‥‥)


 「スノウ。お前の決断が吉と出るか凶と出るか。その時になってみなければ分からんが、責任を負わねばならんぞ」

 「ああ、分かっている」


 スノウはルナリの言葉を重く受け止めた。



いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

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