<ホド編 第2章> 7.緋市
7.緋市
スノウがフォルネウスを倒してから約3時間後。
ヴィマナのブリッジのスクリーンにホドカンが映し出された。
ブリッジの上に投影されているホログラムにもホドカンが映し出されている。
縮尺度合いが表示されていないため、どれ程の規模かは分からなかったが相当な大きさであることは想像できた。
「ようやく到着だわ。ニトロ、スノウを呼んできてくれるかしらぁ?」
「へい、承知です、ロムロナ姉さん」
フォルネウスを倒して以降、めぼしい魔物や海獣の出現がなかったことから、スノウは少し仮眠を取ることにしたのだ。
ニトロに起こされたスノウは不機嫌になることなく、ブリッジへとやって来た。
ケセドから越界して来てまだ3日しか経過していないのだが、十分な睡眠が取れていなかったこともあり、スノウは短時間でもぐっすりと眠れたようで体力もほぼ回復できていた。
「スノウボウヤ、体調はどうなの?」
「ん?万全だよ。仮眠でも十分に体力、魔力共に回復したみたいだ」
「それは良かったわぁ。あたしの添い寝がなくて十分に回復できていな‥」
「大丈夫だ」
「あ、あらそう‥」
珍しくロムロナはスノウとのやりとりで素直に引き下がった。
いつもなら揶揄いきって終わるのだが、先ほどのフォルネウスとの戦いでスノウへの見方が変わってしまったのかもしれない。
(2ヶ月前、ホドから突然いなくなってから数年経過したと言っていたけど、本当に色んなことがあったみたいねぇ。でもまだ発展途上だわぁ。今後の成長が楽しみ‥‥でもないか‥‥)
ロムロナは少しだけ悲しげな表情を見せた。
「?」
スノウはロムロナの感情を感じ取ることはなく拍子抜けしたやりとりを不思議に思う程度だった。
「そろそろ緋市への転送域に入るぜぇ。どうする?ガースは残るはずだから、俺たち4人で上陸するか?」
「そうねぇ。4人で上陸した方がいいわね」
「それじゃぁ俺、転送の準備をして来ますよ。10分後に転送室へ来てください」
ニトロがブリッジから出ていった。
スノウはカヤクとニトロが意外にも手際よく連携していることに驚いた。
同時に少し気に食わない感覚も持っていた。
やはりまだカヤクとニトロのことが信用できないのだった。
人間不信であったスノウにとって、仲間だけが信頼できる対象であり、仲間の存在が自分をスノウ・ウルスラグナたらしめるものであった。
逆に言えば仲間と思えない相手には雪斗に染みついた相手への不信感が拭えないため、仲間の大切な船ヴィマナに触れて欲しくないという気持ちがあったのだ。
(しばらく様子見だ。何か不信な行動が見えたら直様叩きのめす)
スノウは少しだけ険しい表情で転送室へと向かった。
――緋市――
ヴィマナの転送室にある中型のスクリーンにホドカンの緋市の門が映し出された。
(そう言えばこの世界には地図はないのかな。4つのホドカンの大体の位置関係は把握できているつもりだが、単純な構造だから忘れてた。ホドカンひとつひとつが巨大だから、緋市のホドカン内の地図も欲しい。取り敢えず到着してから緋市内の道具屋かどこかで緋市の地図を買うか‥‥)
「そろそろ転送開始しますよ。準備はいいですか?」
ニトロが操作盤をいじりながら言った。
「転送は5秒後にしてと‥‥ガースのおっさんには伝えてあるんで、二日後の夜23時にヴィマナに強制転送されることになります。いいですね?」
(なるほど、意思疎通を図る手段がないからそういう連携にしたのか。ニンフィーがいないからなんだろうけど、何か考えておく必要があるな‥‥)
転送台に立っているスノウ、ロムロナ、カヤクの隣にニトロが慌てたように近寄って立った。
キュウィィィィィィィィィィィィン‥‥
スノウたちの姿は消えた。
・・・・・
キュウィィィィィィィィィィィィン‥‥
スノウ達は緋市の入り口の門から少し離れた場所に転送された。
「ふぅ‥やっぱ慣れないなこの転送ってのは」
「でもまぁ便利ですよ、これ。どんなカラクリなのかは全く見当もつきませんがね」
「仕方ないわ。ヴィマナには特殊な防衛結界があるから転移魔法陣は使えないんだし。さて、行きましょ。時間が惜しいからねぇ」
「先ずどこへ行くんだ?もしプランがないなら、商業区域に行きたいんだが」
「あら、ガルガンチュア本部に行く予定だったわよ?懐かしい顔に会いたいでしょ?情報も得られると思うわ。あなたの仲間とかのね。それとも商業区域に行く?」
「そっか、ありがとう。大丈夫だ。ロムロナのプランでいいよ。それじゃぁ早速行こう。ロムロナ、案内頼む」
4人はホドカン緋市の中へと入っていった。
ここは本当に海に浮かぶ人工陸地ステーションなのかと思うほど、ホドカンは広い。
誰がどのような技術で作ったのかも不明であり、もしこのホドカンが沈むようなことがあっても今の人類の技術では直すことは出来ない。
既に巨大亀ロン・ギボールによって滅ぼされた漆市が沈んでかなり経過しているが、沈んだままである理由はそこにあった。
しばらく歩いた後、夜も更けてきたため、スノウたちは宿屋に泊まることにした。
食事は4人で摂ったのだが、スノウの不機嫌オーラで雰囲気が悪かったため、一生懸命盛り上げようとするニトロの会話のフリは空振りを繰り返した。
スノウとしてはカヤクとニトロと食事を共にすることが嫌だったらしい。
ふたりは遠慮して別の場所で食事をすると言ったのだが、ロムロナがそれを認めなかった。
スノウは、早くカヤク、ニトロを信頼できるように出来るだけ一緒の時間を作ろうとしているロムロナの配慮に気づいていたが、一緒にいればいるほど2人に対する嫌悪感が増えていく気がしていた。
・・・・・
――翌朝――
1時間ほど歩くと緋市の中心街に到着した。
そこからさらに20分ほど歩いた場所に大きな建物があり、それがガルガンチュアの本部であるとロムロナが説明してくれた。
「へぇ‥‥立派な本部だなぁ」
「単なる冒険者だけの集まりではないからねぇ。冒険者が活躍できるように、食事を作ったり、洗濯してくれたり、入手した魔物から価値の高い遺物を取り出したり、傷を癒してくれる病院も中にあるのよ。とにかく冒険者をサポートする人たちも多く働いているのよねぇ。近くにはFOCsの緋市支部もあるからここでクエストも受けられるしねぇ」
「凄いな‥‥」
(まるで会社だな‥‥多分経理みたいな仕事している人もいるんだろうな‥‥冒険者引退した人とかが働いてるのかな‥‥)
スノウは若干カルチャーショックを受けたのと、これだけの立派な組織を作り上げたのがウルズィーであるというのが信じられず、思わず笑ってしまった。
「さて、ここが総帥の執務室ね。ウルズィーがいるはずだから色々と情報収取しましょう」
ガルガンチュア本部内ではロムロナはほぼ全ての場所への行き来が顔パス状態だったため、スムーズにウルズィーの執務室へと到着した。
コンコン‥
「入れ!」
ガチャ‥
「おお!ロムロナの嬢ちゃんじゃないか!よく来たなぁ!お前は!!」
ガタタン!!
ウルズィーは自分の机の背後の壁に立てかけてある巨大な剣を素早く手に持つと、剣を構えて警戒態勢をとった。
「なんでこの部屋にクソやろう共の仲間がいる?しかもそこのヒョロイのは確か第2分隊の分隊長じゃなかったか?名前はカヤク‥‥だったな。エントワさんが亡くなった原因作った張本人じゃねぇか!!」
「いや俺は‥」
「動くんじゃねぇよ!少しでも動いてみろや。俺ぁグレゴリみてぇに優しくねぇんでな。脊髄反射してテメェらの首を一瞬で斬り飛ばしちまうかもしれねぇ」
「ウルズィーボウヤ。大丈夫よ。このボウヤたちは今はあたしたちの仲間なのよぉ。一旦剣は収めて?もし怪しいと思ったらその時は躊躇なく首チョンパしてもらってもいいからぁ」
「ロムロナ‥‥どういうことか説明はしてもらうが、おめぇさんがそう言うなら一旦は信じよう。だがなぁヒョロイのと、もう1人のやつ‥‥少しでも怪しいと思ったら殺す。それは俺が、怪しいと思ったら殺すという意味だ。お前らがいくら怪しくないと思っても俺が怪しいと思ったら殺すという意味だからな」
「わ、分かってる。俺たちはあんたらに危害を加えることは絶対にない。無条件で信じてくれなんて言わねぇ。あんたが見極めてくれ。それで斬られるなら仕方ねぇことだなぁ」
「その通りですよ、ウルザンダーさん」
「ふん!どうだかな!」
ガン!ドサァ‥
ウルズィーは大剣を床に突き刺して固定し、自分の椅子に深々と勢いよく座った。
「それで何用だロムロナ。まさかそのくだらねぇ3人を俺に紹介す‥‥えええ!!」
ウルズィーはやっとスノウがいることに気づいて目が飛び出そうになるくらいの表情で驚いた。
「お、お前さんはスノウじゃないか!!」
「久しぶりだなウルズィー」
「久しぶりってたった2ヶ月弱だがよぉ!心配していたんだぜ?お前さん、一体どこ行ってたんだよ!ダンジョン内で天変地異が起きちまって命からがらなんとか脱出できたんだが、お前と俺の娘エスティ、ワサン、ニンフィーが消えちまったって話だったろ?正直もうダメかもって諦めかけてたんだ。それで俺の愛娘はどこだ?!」
スノウは笑みを見せて言葉を返した。
「元気にしているが、ここにはいない。飯でも食いながらゆっくりと説明したいんだがどうだ?」
「おいおい、大歓迎だが、お前さんちょっと雰囲気変わったな?」
「どういう意味だ?」
「いや、この間までの何つーか、弱々しいというか、卑屈な感じというか、頼りない感じが全くなくなってむしろ、どこかの有名な武神を相手にしゃべっている感覚になるぞ」
「随分と褒めてくれるじゃないか。いや過去を貶しているのかもしれんが、あの頃の自分はどうしようもなく情けない状態だったのは否定出来ない。まぁとにかくあんたとは色々と話したいことがあるからな」
「よし!じゃぁとびっきりの食事を用意させよう」
「ありがとう」
・・・・・
その日の夕方。
ウルズィーとの夕食会が設けられた。
スノウはホドでの三足烏との決戦の最中に越界して以降のティフェレトでの出来事を話した。
「ゴーザのやつ‥‥そうか‥‥エスティは無事だったか‥‥そんでもって本当の親父さんに会えたんだなぁ‥‥ううぅぅぅ‥‥うおぉぉぉぉぉん!」
ウルズィーは泣き出した。
ゴーザが罪に問われずにいたこと、エスティが無事に生きていて本当の父親ムーサ・マッカーバイ前王と再会し、王位を譲られ女王になったことが嬉しかったのだ。
若き日のウルズィーは託された幼きエスティを連れてゴーザの手引きのもと、ティフェレトからホドへと越界した。
ホドへと越界したはよいものの、知り合いひとりいない右も左も分からない場所に来て相当な苦労があったに違いない。
赤子のエスティを育てながら、自らは冒険者として危険を顧みずに数多くのクエストを達成し、徐々に手持ち資金と仲間を増やしていったのだ。
並行して自らのドワーフの技術によって武具を作り鍛え仲間たちに与えた。
良質の武具によって仲間達はさらに難易度の高いクエストも達成し始めた。
クエストから帰還したウルズィーは寝る間も惜しんで全ての時間を費やしてエスティと過ごし、本当の娘のように育ててきた。
仲間が増えたことで、統率をとらなければならなくなりキュリアを立ち上げた。
これがホド最大のキュリアであるガルガンチュアが生まれたきっかけである。
それからのウルズィーはさらに多忙となってしまった。
エスティと過ごす時間が確保出来ないことも増えていった。
そんな時、エスティは剣術を正式に習いたいと言い出した。
ホド最大キュリアの総帥をやっていたことが役に立ったのだが、信頼できる者にエスティを預けることができた。
エントワ・ヴェルドロワールという名の貴族階級のヴォヴルカシャ聖騎士隊隊長であった。
まだレヴルストラに加入する前のエントワに剣術を習ったエスティは聖騎士隊副隊長にまで上り詰めた。
思えばウルズィーのホドでの人生はあっという間だった。
全てはエスティのためだったのだが、ドワーフの長い寿命から言えば、確かにホドでの生活の時間は短いものだ。
だが、その数多くの出来事や多くの人々との出会い、苦労や喜びなど、人生の濃さから言えば、圧倒的にホドでの生活の方が大きく重いものになっていた。
「ウルズィー。元老院や三足烏の冒険者の取り込みや攻撃などからガルガンチュアを守るために今は堪える時だと思う。おれ達は魔王アドラメレクに囚われたアレックスを救うためにホドを巡る。本当はあんたにも協力してもらいたいところだが、それは出来ないと分かっている。それにアレックスのことはレヴルストラの問題だからな」
「ああ。聞いているぜ。満月が6回ってやつだろ?わしも協力したいのは山々なんだが、おめぇさんの言う通り今はガルガンチュアを守らなきゃならねぇ。ガルガンチュアは単なるキュリアじゃねぇ。元老院のクソどもの圧政から民を守る役目も負っている。潰れるわけにはいかんのだわ」
「分かってるよ。でもひとつだけ協力してほしい」
「おう、なんだい?言ってみな?おめぇさんは娘と親友の恩人だからなぁ。できる限りのことはやって恩を返したい」
「恩返しなんてのはいらないよ。欲しいのは情報だ。今このホドには行方知れずとなったおれの仲間が8人いる。彼ら全員と合流してアレックスを救いに行きたいんだ。彼らはとても強い。強いが故に目立つ行動をとっているんじゃないかと思うんだ。もしここ数日で話題になっている出来事があれば教えてほしい」
「おめぇさんの仲間か‥‥ってことはニンゲンかもしくは人族だろうなぁ。一応調べてみるが強い人族の話は聞いてねぇなぁ」
「そうか‥。とにかく何か情報が入ったら鳥を飛ばしてほしい」
「ああ。そういやぁ、冒険者が中々帰ってこねぇダンジョンの話があったな。明日にでもクエストになると思うんだが。関係ねぇかもしれねぇが、一応調べてみるかい?」
「冒険者が帰ってこないダンジョン‥‥ありがとう。詳しく教えてくれ」
スノウは奇妙なクエストの情報を手に入れた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




