<ケセド編> 170.根源世界と並行世界
170.根源世界と並行世界
――1週間後――
破壊された街ポロエテの広場で戴冠式が細やかに行われた。
ポロエテの住民やクルエテから逃れて来た住民、そして戴冠式が行われることを聞きつけたゲゼーの住民たちが集まっていた。
5万人にも満たない人数となってしまったヒンノムの人族たちだったが、皆復興に向けて心を同じくしている。
その中でシャルマーニの言葉は民の心に刺さるものがあった。
それぞれが家族や仲間を失い、住む家さえ失った者達がいる中、生まれ育った寺や弟子達を失った失意のどん底から立ち直ったシャルマーニの姿に皆未来を期待したのだった。
何よりイーギル・シャル・マーニク王を支える者たちにアラドゥ、八色衆がいることも信頼感に繋がっていた。
ただ、最後に民の前に姿を見せた存在に広場が騒然となった。
複数の目が蠢く不気味な兜を被った前王のイーギル・グル・シャーヴァルだったからだ。
シャルマーニはシャーヴァルを街の復興大臣に任命した。
彼の持つ古の技術が役に立つと思ったのだ。
民衆は皆驚きの声をあげた。
怒号も飛び交ったが、シャルマーニとアラドゥ、八色衆が全責任を負うという言葉で皆納得した。
納得していなかったのはシャーヴァルだった。
だが、のちに彼はこのヒンノムの復興に大いに貢献することになるが、それを想像し、信じていたのはシャルマーニだけだった。
・・・・・
その日の夜。
スノウ達は与えられた家で会議を行なっていた。
スメラギの手紙にあった彼の並行世界理論についてと、次の越界先についてを話し合うためだった。
真っ先にその話に食いついたのはシルゼヴァだった。
「面白いぞスノウ。俺もそのスメラギとやらに会って見たい。なるほど、そいつの理論はおそらく正しい。時を超えて過去に戻り、歴史を書き換えたところでそこで世界線の分岐などは起こらない。何者かが作った並行世界の許容範囲の中でさざ波を立てている程度に過ぎず、予定調和の名の下にどこかのタイミングで収束される。だが重要なのはそこではない。スメラギが言っているように越界した場合にオリジナル、つまり根源世界にいるのか、並行世界にいるのかを把握し、並行世界にいるなら根源世界に戻る術を探さなければならないということだ。もし、根源世界に戻れない場合、いずれ訪れる世界の収束の滝壺に飲み込まれて俺たちの存在は消滅する可能性があるからだ」
「おいおい、随分とぶっ飛んだ話になっているが、もう少し分かるように説明してくれ」
シルゼヴァの話に付いていけない者が数名いるため、ワサンが代表するように言った。
スノウは壁に図を書きながら説明した。
「なるほど、この根源世界っていう今オレ達がいる世界はずっと続いているが、並行世界ってのは分岐したり、くっついたりしてんだな」
「そうだ。この世界にはもう一つの世界があるが、それは常に同じ時を刻んで並行して存在しているわけじゃなく、何者かが作り上げた断片的な時間軸でしか存在していない世界ってことになる」
ワサンの言葉にスノウが重ねて説明したことでその場の全員が理解した。
「もしくは、特定の者が観測している間だけ並行世界が出現し、特定の者以外はそこを利用しているだけ、ということなのかもしれん」
シルゼヴァは顎に手を当てて頭の中で整理しながら独り言のように話している。
「ですが、もし過去に戻れる手段があったとして、歴史を変えてしまうとなった時、必ずしも並行世界に行くとは限らないですよね?根源世界で歴史を変えてしまうことだってあるのではないですか?」
堪らず表に出てきたソニックが質問した。
どうやら精神の部屋で聞いていてあまりに興味深い話だったので、無理やりソニアと交代して出てきたようだ。
「いい質問だソニック。それもありうる。普通は歴史を変えた時、例えば過去に戻って自分の両親を殺した場合、自分は存在し続けられるのか。これは推測だが、おそらく存在し続けるはずだろう。世界のシナリオが修正するだけだ。バグを修正するように、別の男女から自分が産まれたことになるのだろうな。遺伝子レベルでは違うのだろうが、姿形は変わらないかもしれない。世界に3人は自分と瓜二つの者が言われているくらいだ。そういう修正は造作もないのだろう。もちろん親を殺さずに自分が無事に産まれた世界線が残るなどということもない。巨大な戦争で大量に死人が出たとしても長い年月を見れば一瞬だ。どこかでシナリオが帳尻を合わせる」
シルゼヴァの発言にスノウが反応する。
「だが、おれのいたマルクト、日本では無数の世界線が存在し、マルチバースと呼ばれてよく映画にもなっていたよ。でも量子力学の二重スリット実験にあるように観測している時にだけ姿を変える予測不可能性が存在するんだ。観測する者が無数にいれば世界線も無数に存在してもおかしくない」
「それは正しいとも言えるが間違っているとも言えるぞスノウ。世界を構築するには莫大なエネルギーを要するのだ。凡人がテクノロジーで過去へ行ったとして、世界の全てを見聞きできるわけもない中で歴史を変えた時、その凡人は世界全てを修正できると思うのか?言い方を変えるなら、凡人が些細な歴史の改変をしたところで、世界がいちいち気にすると思うか?という話なのだ。世界は ”力ある者" の観測にしか影響を受けない。その二重スリット実験は量子の気まぐれだから凡人でも観測できるのだ。別な世界線が観測され些細なきっかけで複雑な影響を受けて幾重にも織り重なるシナリオが書き換えられるが、それを凡人ができようはずもない」
「納得だ‥‥。シルゼヴァが言うように推測の域は出ないのだろうが、おれ達が最も警戒すべきは根源か並行か、どちらの世界にいるのかを常に把握することで良さそうだな。しかし今までは運が良かったのかもしれないな‥‥」
「運の話だが‥‥いや、やめておこう。これはさらに複雑だ」
「シルゼヴァ、今更だがその知識、どこで手に入れたんだ?」
「これまでの世界の文献や書物だ。ケテルのオリンポス神殿にあった図書室は最高だったぞ。エルフの知識も侮れないがな」
「そ、そうか‥‥」
(シルゼヴァが味方で良かった‥‥)
スノウは顔を引き攣らせて笑みを見せた。
「さて、それじゃぁ後は越界手段を見つけて飛ぶだけだが、次の世界はどこがいいと思う?」
スノウの質問に皆黙っていた。
スノウに一任するという意思表示だった。
「こ、候補のひとつだが、ホドだ。あそこにはおれやワサンの仲間、レヴルストラ1stのメンバーがいる。既に数年経過してしまっているが、ホドから越界する直前、三足烏・烈の攻撃を受けて苦戦していた。上手く時間のブロックを選択できるか分からないが、できればおれやワサンが越界した直後に着地したい」
「そこでそのサンズーとかいう奴らをぶちのめせばいいんだな!」
ヘラクレスが筋肉を盛り上がらせながら言った。
「ああ。最大の強敵だった連隊長のホウゲキは今のおれから見ても相当な強さだった。ヘラクレスなら互角以上に渡り合えるかもしれないな」
「あぁ?!そいつはニンゲンなんだろ?ってまぁ種族なんざ関係ないな。強いやつは強い。もし計画通りに着地できたらそいつは俺が貰う」
「ははは、頼んだよ。そしてもう一つの候補はティフェレトだ。スメラギさんが何やらきな臭い表現をするし、以前入手した手紙でもティフェレトに危機が迫っているような表現があった。彼は来るなと言ったが、放っておけない。ホドの次はティフェレトに行きたいと思っている」
「行きましょう!ティフェレトは僕らの故郷でもありますから!」
「そうだったなソニック」
「俺も賛成だ。俺たちはスノウたちが訪れた世界も含めると6つの世界を巡ったことになる。ハノキアは9つの世界と言われているから残るは後3つだ。だが、今一度既に訪れた世界に行き、その後何が起こっているのかを把握すべきいいタイミングだと思うのだ。ディアボロスとザドキエルがオルドマトラで越界した。その影響も出ているかもしれん。俺たちは奴らの計画も把握する必要があると思っている」
「その通りだ」
「だが、肝心の越界方法がわからんってところか?」
ワサンが雰囲気を壊すように言った。
「それなら心配ない」
スノウは笑みを見せながら言った。
「入ってきてくれ」
ギュワン‥‥
突如スノウの背後に転移魔法陣のようなゲートが出現した。
ボワァァァン‥‥
その中から出てきたのはアラドゥだった。
「彼が全て解決してくれる」
スノウはドヤ顔で言った。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。
残り2話でケセド編が一旦終了する予定です。




