<ケセド編> 169.王の資格
169.王の資格
シャルマーニはスノウ達が泊まっている場所を訪れた。
スノウはゲゼー滞在中、復興を手伝いつつ皆が寝泊まりしている公共施設の大部屋に泊まらせてもらっていた。
「スノウさん」
「来たか」
「なんだい、まるで来るの分かっていたみたいなそぶりですね」
「そんなことないさ」
「まぁいいですよ。ちょっといいですか?」
シャルマーニはスノウを呼び出した。
「スノウさん。昨日あなたの剣を吹き飛ばした技‥‥誰の技だか知っていますね?」
「ああ。お前の父、シャルギレンの技だよ。一度くらったことがある」
「例の変な怪物の口の中にある世界ですか?」
「ははは、間違っちゃいないけど、端折り過ぎていて不気味な表現になってるな。そうだよ。おれ達が訪れたもうひとつの世界ではお前の父シャルギレンは生きていて、おれ達を助けてくれた。万空寺の大範士として、そしてケセドの王としてな」
「そうですか。そちらの世界の私はさぞ幸せなのでしょうね」
「さぁな。会っていないから分からない。でも幸せなんて色んな形があるし、自分がどう感じるかだから比べるもんじゃないと思うぞ?」
「ははは、一本取られましたね。万空寺の大範士失格だ。いや、スノウさんが私より意識の到達段階が上なのだと思います」
「いや、そんなことはないよ。おれなんて後悔の連続だ。仲間に支えられてなんとかここまで来ただけだ」
「まぁそういうことにしておきましょう。それで本題ですが、これを見てください」
シャルマーニは王の印をスノウに見せた。
「これは?」
「我が師、大僧正ルジンガルの遺品の中にあったものです。私の父がグル家から取り戻したものです。父はこれを瀕死の状態で持ち帰った後、亡くなっています。きっと最後の力を振り絞ったのでしょう。死に際にこの印を私にと、大僧正に託したそうです。大僧正はこの印を持っていると命を狙われるとして、私には秘密にしていました。何も伝えてくれずにポックリと逝ってしまわれたので、危うく荼毘に付す際に一緒に燃やしてしまうところでしたよ。いや、師は燃やさせようとしていたのかもしれませんね」
「育ててきた親心か万空寺守らせたかったか、いずれにしてその印はお前の手に届いたわけだ。それでどうしたい?」
シャルマーニは王の印をしばらく見つめたと意を決したように話始めた。
「スノウさん。イーギル・グル・シャーヴァルに会わせてもらえませんか?」
「会ってどうする?」
「話します。そして宣言させるんです。王権を本来の持ち主であるシャル家に返還すると」
「!‥‥そうか。決心がついたみたいだな」
「ええ。父は私に言ったんです。この世界は神に見放された世界だと。それはこの世界に住まう者たちの意志によって世界を構築する自由があるとも言い換えられる。人々が一つになって意志を持って世界を治められるようになるまでの繋ぎとして、私は導き手となります。父の意志を継いでね」
「万空寺はどうするんだ?」
「もちろん続けますよ。次の大範士が育つまでね。父に出来たんだ。私にも出来ますよ。いや、草葉の陰から父がそうしろと重圧をかけているように感じます」
「ははは、あの人ならやりなねないな。豪胆でおっちょこちょいで、面倒見がいい憎めないおっさんだったし」
「はっはっは!上手い表現だ」
シャルマーニは目に涙を溜めながら笑っていた。
スノウはそれを優しい笑みを浮かべて見ていた。
・・・・・
それから2日後。
スノウ達は復興を手伝いきってから出発することにしていたのだが、ルナリの活躍もあって、瓦礫の山の殆どが撤去できたため、出発することにした。
街はこれから新たに失われた家屋や商店などの建設が行われるが、元々は漁師の街であり、北の湾街と南の海街の漁師たちの結束の硬さからさほど時間をかけずに復興することが予想できた。
スノウ達は街の人たちに別れを告げ、シャルマーニと共に街を出発した。
人気者となったルナリとの別れを惜しむ者が沢山いたのは意外だったが、やはりシャルマーニの旅立ちを悲しむ者が多く、特に万空烈拳を習っていた子供達が大泣きしていた。
最後に突きの鍛錬を100回実施して全員を抱きしめた後、子供達に別れを告げて何とか出発できたのだった。
行き先は痛みの街ポロエテだった。
避難民たちは嘆きの谷クグカの避難場所からポロエテへと戻って街の復興を始めており、ソニア達やアラドゥや八色衆もポロエテへと移動し復興を手伝っていたからだ。
道中頻繁に魔物が出現するようになっていた。
おそらく無感動の街アディシェスでディアボロス率いる悪魔たちとクティソスたちが脅威であったのだろう。
それまで身を潜めていた魔物達は重圧から解放されたかのように全国に散らばり暴れ始めたようだった。
だが、スノウ達に傷を負わせることの出来る魔物はおらず、それらは街の復興や道具に使えそうな遺品へと姿を変えた。
そして翌日にポロエテに到着した。
到着したスノウはレヴルストラのメンバーとアラドゥ、八色衆を集めてシャルマーニが本来の王である話をした。
スメラギからの手紙にあった彼の理論である崩壊核の先にあった世界が並行世界であることは説明しなかった。
徒に混乱させてしまうことが予想されたことと、この話はレヴルストラメンバーだけに共有し、次の越界先を議論する中で説明しようと思ったのだ。
「シャルマーニのおっちゃんが王様の血筋だったとはねぇ。世の中分からないもんだね。もしかしたら僕はこの世界の勇者だったりして」
「そんなことあるわけないでしょう?あんたはただのクソガキのカイトよ」
「なにぃ?!許さんぞサトばばぁ!勇者である我に対する口の利き方改よ」
ゴツン!
「いて!!叩くなよ!」
「何言ってんの!これは真面目な話なのよ!これ以上茶化すなら部屋から出て行くことね」
「ちっ分かったよ‥‥」
相変わらず賑やかな八色衆だが、この明るさが大破壊のあった世界で必要なものなのだとスノウは思った。
「いずれにせよこの破壊し尽くされた世界が復興に向かい、少なくとも人々が普通に生きられる環境が整うまでは導き手が必要だ。その役目は真に民を思い民のために力を奮い汗と涙を流せる者でなければならない。長年グル家の王政と神託院フラターの私欲に塗れた支配の中で翻弄されつつも、少しでも民を救おうと努力してきたシャルマーニならこの国を立派に導けると思うんだ」
シンザやワサン、そして八色衆たちは頷いている。
「だが、ひとりではその道も険しい。志を同じくする者のサポートが必要だ。それにはアラドゥや八色衆たちが最も適しているんじゃないかと思っている」
『ええ?!』
八色衆たちは驚きの表情でお互いを見合っている。
「い、いや、だが私たちはクティソスだぞ?」
「それが何だと言うんですか?」
シャルマーニが前に出てきて言った。
「君たちは元々人間。いや、姿が違うだけで今でも人間に変わりはない。もっと言えば、このヒンノムに住まう全ての生き物が自ら作り上げる国でなければならない存在だ。そこには人族も動物も魔物もないと思うんだ。当然悪意や敵意を持って接してくる者には毅然とした態度で対処する場面も出てくるだろうけどね。だから、国政に携わるのにどの種族に資格があるとかないとかは関係ない。私はそう思っている。まぁ先ずは私がその導き手に足る人物かどうかの判断が先だけどね」
『‥‥‥‥』
八色衆たちは顔を見合わせた。
その後代表するようにイザナが答え始めた。
「ありがとうシャルマーニ。喜んで協力させてもらおう」
「我モ協力シヨウ。コノ世界ノ復興ハ、ハチガ望ンデイルコトダ」
「こちらこそ感謝するよ、みんな」
「それじゃぁ、正式に王権をグル家からシャル家に移そうか」
「すまない、付き合わせてしまって」
「構わない。証人は多い方がいいからな」
スノウ達はシャーヴァルが幽閉されている部屋へと向かった。
この世界には牢屋が存在しない。
唯一存在したのはディアボロスの治めていたアディシェス城だけだったが、オルダマトラとしてこの世界から消えてしまったため、現在この世界には牢獄が存在しないのだ。
そのため、破壊を免れた建物でしっかりとした造りの中の鍵付きの一室にシャーヴァルを閉じ込めていた。
閉じ込めているといっても鍵をかけているだけで、手枷など拘束具は一切付けていない。
「いよいよ俺を殺しに来たか」
「会うたびにそれだな。しかしその兜は脱げないのか?」
「強引に剥がしてみるがいい。頭部の全ての皮が引き剥がされることになるがな。まぁ皮が残っていたところで見て呉れは変わらんが。王家は陰謀の巣窟。私利私欲が渦巻き人の命すら息をするように踏み潰す場所だ。顔が溶かされるなど普通にある」
「同情しろと言わんばかりの口ぶりだな。だがどうでもいい。今日はお前から王権を移譲に来たんだ」
「王権を移しに来ただと?クカカカ!!面白いことを言う!あんなものを欲しがる者がこの混沌とした時代にいるとはな!そんなものいくらでもくれてやる。その奇特な者は誰だ?」
「私だ」
シャルマーニが前に出て言った。
「お前は万空寺のモンクか。また分際をわきまえない者が手を挙げたな。いいぞ好きにしろ」
「いや、私にはその資格がある」
そう言って王の印をシャーヴァルに見せた。
「クカカカ!なるほど!お前、シャル家の末裔か!たしかギレンダイクだったな。我が愚父の指示で殺されたと聞いていたが、まさかそんなものを盗みに入って殺されたとは滑稽だ」
八色衆は怒りのオーラを放ったが、シャルマーニは冷静だった。
「確かに滑稽だ。こんな判子に命を賭ける価値などないのにな。だが、父は私に王としての生き方を教えてくれた。過程はどうあれ私はこの世界の導き手として王になる。全ては私の父の行動がここに導いたと思っている」
「ふん、好きにしろ。これで俺は晴れて凡人となった。王としての謝罪だと償いだのといったことからも解放されるのだろう?罪とはその者本人ではなく、その者が手にしている肩書きや生きてきた環境に科されるべきだ。生まれながらの悪人などいないのだからな」
「屁理屈‥‥でもないな。その通りかもしれない。だけどその肩書を使って引き起こした罪は確実にその人の意思に基づいている。環境もそうだ。逃れられない苦境に陥っていることもあるだろうけど、そこでもやはり意思が働いている。重要なのは罪を犯すかどうかよりもどう償うのか、だと思う。貴方には貴方なりの償い方があると思っている」
「凡人の俺がいくら謝罪したところで、誰も浮かばれし納得せんぞ。それより公開処刑にするのがいい。一瞬でも気が晴れるはずだ」
「いいや、貴方には生きてもらいますよ。やってもらいたいことがあるのでね」
「くっ!」
スノウ達はその場から退出した。
シャーヴァルは部屋の中で無言で座っていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。
残り数話でケセド編が一旦終了し、次の世界に舞台が移ります。




