<ケセド編> 164.未来を託された者たち
164.未来を託された者たち
「それがハチ様の最期の言葉‥‥」
ライドウは目を瞑ったまま言った。
ハチの言葉をひとつひとつ噛み締めているようだった。
ヒュゥゥゥゥン‥‥
直後、目の前に転移ゲートが出現しアラドゥが現れた。
「アラドゥ!」
「戻ッテ来タノダナ、ライドウ」
ライドウはアラドゥに優しい笑みを向けながら軽く頷いた。
「ライドウハ、我ヲ責メナイノカ?」
「責めるわけないだろ。あんたはハチ様や俺たちを救ってくれた恩人であり、友人であり、親みたいなもんだ。感謝しかないよ。それに一番辛かったのはアラドゥ、あんただろ?」
『!』
八色衆たちはライドウの言葉に驚いた。
いつもなら、やり場のない怒りを撒き散らすのだが、他者を思いやる言葉が出て来たのだ。
「ライドウ、お前変わったな」
「ん?俺は俺だ。何も変わっていない」
「いや、変わったよ、ライドウ。お前、優しくなったよ」
イザナとサトの言葉を聞いてライドウは一瞬目を丸くしたような表情を見せたが、その後視線をルナリに向けて僅かに微笑んだ。
「そうかもな。俺もいつまでもガキじゃまずいだろ?」
「やっと分かってくれたかがよ。ほんとに苦労ばっかかけるけぇね。少しは俺を兄として尊敬してほしいがのう!」
「ベンテ、その意味不明な方言を止めるのが先だ」
「ぷっ!」
「な!なんや!なんだってぇ?お、わ、私がそんな方言使うわけな、いでしょうが!」
「ぶふっ!」
『わっはっはっは!』
皆一斉に笑い出した。
アラドゥも七面体に変化してクルクルと回転している。
「ハチが守りたかったもの‥‥じゃな」
「ああ」
「守りたくなるのもわかるぜ」
「そうだな」
イリディア、スノウ、ワサンは八色衆とアラドゥの会話を聞いて言った。
(ハチ‥‥運命に抗ったんだな)
スノウは天井を見上げながら思った。
ハチは予知の力で様々な未来を観ていたに違いない。
その中には最悪の状態もあっただろう。
だが、ハチは大切な者たちを守るという結果を願い導いた。
スノウはそのハチの強い思いと諦めない心に尊敬の意を込めて感謝した。
(おれ達のことも救ってくれたんだよな。ありがとう)
「そう言えばスノウ、そこの見慣れない2人は誰だ?」
イザナがシルゼヴァとヘラクレスを指さして言った。
「彼らはおれ達レヴルストラの仲間だ。彼は半神のシルゼヴァ。そして図体のデカいのが同じく半神のヘラクレスだ」
『!!』
八色衆たちは驚きの表情を見せた。
「あ!」
彼らの顔を見て、スノウは改めて気づいた。
「こいつが!」
「ハチ様を!」
「ぶん殴って!」
「この地に!」
「吹き飛ばした!」
「張本人!」
「ですね!」
八色衆達はヘラクレスを指さして言った。
その表情は獲物を捕獲しようとする鋭い目で睨みつけるようだった。
「え“?」
ヘラクレスは顔を引き攣らせて言った。
「ハーク。お前、遺言はあるか?」
「は、はぁ?!」
「そうだぞヘラクレス。今のうちにお前の遺言聞いておいてやる」
「ふ、ふざけんなよ!何のことだって!」
「お前が冥府に向かう際にぶん殴って吹き飛ばしたケルベロスが人々を救ったハチなんだよ」
「は、はぁ?!」
「観念しろハーク。クティソスども。こいつを煮るなり焼くなり好きにして構わん」
「ふざけんなよシルズ!」
「お前も男なら潔くボコられる覚悟を決めろ」
「スノウまで!ってんめぇら!」
ズザザッ!
「うっ!」
ヘラクレスを囲むように八色衆たちが腕を組んで立っている。
「な、何だよ!そんな昔の話、覚えちゃいねぇけど、俺を責めてんのか?!」
『‥‥‥‥』
八色衆たちはじっとヘラクレスを睨みつけている。
「ちっ!何だよ!いいぜ好きにしろや!何だかよく分からんが、お前らの溜め込んでるもん、俺にまるっと放り込め!」
「ぷっ!」
『ぶわっはっは!』
八色衆たちは一斉に笑い出した。
「はぁ?!意味わからんぞ!」
「あっはっは!我らはあなたをどうこうするつもりなんてないぞ」
イザナが笑いながら言った。
「そうだよ。変な話だけど、あんたがいなけりゃハチ様がこの世界に来ることもなかったわけじゃないか。それにあんな最期の言葉は出てこなかったと思うわ」
サトも笑みを見せながら言った。
「まぁそれにさ、あんたがハチ様を吹っ飛ばしてくれなければ僕らとっくの昔に軟化病で死んでたわけだし。そういう意味では僕らの命の恩人でもあるってことだよね」
カイトの言葉にみな小さく頷いた。
「だから我らはあなたを恨みもしなければどうこうするつもりもないんだ。それにあなたはスノウの仲間だろ?ということは我らの仲間でもある。ということでよろしく頼む」
イザナは握手のために手を差し出した。
「お、おう‥」
ヘラクレスは何が何だかという表情でイザナの手を握った。
バババッ
他の八色衆たちもヘラクレスの手を握った。
「何だつまらんな。ハークがボコボコにされるところを期待していたんだが」
「まぁいいじゃないか。あのキョトン顔を見られただけでも楽しめたよ」
「おいシルズ!スノウまで何だよ!」
ヘラクレスは苦い顔で言った。
「とにかく、あなた達があの巨大な蛇を倒し、この世界に平穏を取り戻してくれたんだ。改めてこの場にいる全員を代表して礼を言いたい。本当にありがとう」
イザナたちは頭を下げて感謝の意を示した。
「それはそうと、そこにいる異様な兜を被った者は誰だ?」
イザナはシャーヴァルを指差した。
おそらく彼がシャーヴァルであることに察しがついていたのだろう。
その表情は険しいものだった。
スノウが説明しようとした瞬間、シャーヴァルはそれを制しながら前に出て来た。
「俺は総統勢力を率いていたシャーヴァルだ。古の技術を使い小片の破壊者を顕現させ、この世界を破壊し、お前らの大切な仲間をそこの薄汚い壁に変えさせる原因を作った者だ」
ギュワァァァン!!
八色衆たちの表情が凄まじい怒りのものへと変わり、彼らから凄まじい殺意のオーラが広がった。
「心地よい殺意だ。さぁ好きにするがいい。お前らの持つその刃で俺の喉を掻き切るか。いや四肢から細切れにして長く痛みを与え続けるのもいいだろう。その後、家畜の餌にでもすればいい」
ジャキン!!シャキン!ギャキン!キキキン!
八色衆たちはそれぞれの持つ刃を迫り出し、シャーヴァルに向かって突き立てようとした。
バッ!
だがそれを止めた者がいた。
ライドウだった。
「何故止める!」
「ライドウ、いくらお前でも止めるならタダではすまない」
一触即発の状態となった。
「どうするスノウ。止めるか?」
「いや、彼らに任せよう」
ワサンはスノウの言葉に頷いた。
「そこをどくがやライドウ!」
「どかない」
「なぜなのライドウ!」
ベンテとベニが叫んだ。
ライドウは冷静な表情でシャーヴァルを庇うようにして立った。
「ここでこいつを殺せば確かに気は晴れる」
「だったら何故止める!」
「気が晴れるのが、俺たちの気が晴れるだけだからだ」
『?!』
ライドウの言葉に皆怪訝そうな表情を見せた。
「俺たちの気が晴れるだけなんだ。そしてその先残るのは恨みと後悔だ。確かにこの男がいなければハチ様は今頃元気に俺たちと会話していたかもしれない。そう考えると俺も腑が煮え繰り返る思いだ。だけど、怒り任せにこいつを殺してもそれは欲に任せた行動でしかない。こいつがやったことと同じだ。欲のままに人を殺せばそこに残るのは恨みと後悔だ。そしてそれは連鎖する。気持ちの悪い振動で伝わっていくんだ。そして恨みが巡り巡ってまた自分たちのところへ返ってくる。そういう負の振動を引き起こそうとしているんだ。そしてそれをハチ様は望んじゃないない」
『!!』
ライドウの話に皆言葉を失った。
「こいつにはきちんと罪を償わせる。でもそれは欲に任せてじゃない。きちんと未来のために償わせるんだ。ハチ様はそれが出来る俺たちになることを期待して未来を託してくれたんじゃないのか?」
『‥‥‥‥』
イザナたちは刃を下ろした。
「ふはは!そのような戯言を間に受けるのか?!この世界には償う罪も受けるべき罰もない。あるのは勝つか負けるか、支配するかされるか、そして生きるか死ぬかなのだ。ぬるいぞクティソスども!勝って支配し生き続ける限りは何をしても許される。お前らはその権利を持っているのだ!権利を存分に行使しろ!さぁ俺を殺せ!八つ裂きにしろ!生きとし生けるものは皆そのような業を背負っている。この者の話はまやかしだ。今ここで俺を殺さなければお前達はいずれ後悔することになるだろう!別の意味でな!」
ザッ‥
イザナがシャーヴァルの前に立った。
「哀しい人生だな」
「なんだと?!」
「お前には理解できないのだろう。私の想像だが、お前は誰にも愛されずに生きて来たんだろうな。だからライドウの言葉が理解できないのだ。哀れな男だ」
「くっ!」
八色衆たちはシャーヴァルを無表情で見た。
「何だ?!何だその顔は!恨め!怒れ!牙を剝け!」
『‥‥‥‥』
「やめろ!そのような顔で俺を見るな!」
『‥‥‥‥』
「やめろ‥‥俺は負けたのだ‥‥敗者には凄惨な死があるべきなのだ‥‥」
『‥‥‥‥』
「何なのだ‥‥俺は一体‥‥何なのだ‥‥勝ってもいない‥‥負けてもいない‥‥何なのだ‥‥」
シャーヴァルは廃人のように空な目で黙ってしまった。
イザナの指示でシャーヴァルはこの避難空間の中にある鍵のある部屋へと移された。
・・・・・
それから数日後、スノウたちはアラドゥ、八色衆、避難民たちと共に痛みの街ポロエテへと戻り復興のために瓦礫の撤去をし始めた。
スノウ、フランシア、ソニア、イリディアの魔法やルナリの力であっという間に瓦礫は撤去された。
1ヶ月もすると少しずつだが簡単な家が建てられ始め、生活の基盤ができ始めた。
スノウたちの住む場所も確保され、そこを起点に街の復興に尽力した。
普通なら有り得ないことなのだが、魔王アリオクも復興のために働いていた。
街が少しずつ通常の営みを取り戻した頃、スノウは次の行動について考え始めた。
就寝前、ひとり部屋で夜空を見ながら思案を巡らせていたスノウはふと、ハチから受け取ったスメラギからの手紙のことを思い出していた。
(そう言えばもうひとつ、封筒を貰ってたな)
スノウは封筒を見た。
(あの人、おれの行動を読んでいるかのようにヒントというか試練をくれるからな。このまま復興を手伝うのもありだけど、ずっとそのままというわけにはいかない。ホドやティフェレトに戻りたい気持ちもある‥‥)
ベッドに横たわって封筒を見ていたスノウは起き上がった。
「読んでみるか」
封筒を開け、中の手紙を読み始めたスノウは目を見開いて驚きの表情を見せた。
「何だよそれ‥‥」
スノウの手紙を握る手から汗が滲んでいた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。
まもなくケセド編が終わり、新たな話へと進みます。




