<ケセド編> 163.生きていることが幸せ
163.生きていることが幸せ
「突然暗くなったぞ?!」
「一体何が起こっているんだ?!」
「大丈夫なの?!」
ブドドドドドォォォォォォ‥‥
「きゃぁぁ!」
突如避難場所が轟音と共に震え出した。
ボワン!ジリジリジリ‥‥
八色衆のひとり、ベンテがリゾーマタの雷系クラス1魔法のライセンを発動した。
すると一定間隔で設置してある電球に明かりが灯り、暗い洞窟内でも視界が確保できるようになった。
「みんな大丈夫だ!安心してくれ!ハチ様たちが巨大な蛇の攻撃から守ってくれているんだ!」
「ここは地盤がしっかりしとるけ、問題ないってハチ様が言うとったし!」
「必ず助かるから!皆気をしっかり持って!そう長くはないけどしばらくここで身を潜めることになるのよ!」
怯える人族たちに、イザナ、ベンテ、サトが笑顔で応えた。
その言葉を聞いて人族たちは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「向こうに湧き水があるわ!」
「さらに奥には洞窟内の川と滝まである!」
「喉が渇いて死にそうだったんだ!助かるぜ!」
人族の中で状況を察した者がこの状況で少しでも安心感が得られるようにと、ここの環境が避難場所として悪くないことを示した。
それを言ったひとりは偽善の街クルエテでハチたちに協力していたユキノミコだった。
彼女はイザナたちにウィンクして合図した。
イザナたちは笑顔で返す。
「とにかくこんな状況が至る所で起こっているはずだ。避難民たちを落ち着かせよう」
「そうね」
「俺はエレキ魔法貯めるやつに魔力を注いでからいくで。ここも交代でやらなあかんが、お前らは先ずは避難民を落ち着かせや」
「ああ」
八色衆たちは3万人弱いる避難民たちを落ち着かせることに奮闘した。
緊急事態であることと、巨大蛇を実際に見ていることから人々はパニックに陥るかと思いきや、完全にハチや八色衆、クティソスたちを信頼しており、イザナたちが声をかけると皆落ち着きを取り戻し思いやりある行動をとり始めた。
「そろそろベンテの魔力も尽きるころだ。交代してくる」
「あんたは色々やることあんでしょ。あたしが行ってくる。こういう調整面倒なのよね」
協力的ではないウズメが自らベンテの下に向かうと言って歩いていった。
ウズメは常にやる気のない様子で協調性に欠ける性格だったが、徐々に変わって来ていることを見てイザナたちは少し驚いたあと、お互いの顔を見合わせて笑顔になった。
それから1時間程度経過すると、ほぼ全体が落ち着きを取り戻した。
八色衆はハチとアラドゥのいる場所へと戻って来た。
開口部前面を覆っている壁を見て最初は驚いたが、それらがクティソスたちであることに気づいて皆驚愕した。
「何だよこれは!!」
「これ全部!この壁全部がクティソスたちだって言うのかや!!」
「あの化け物から私たちを守ってくれていたのはクティソスたちが身を挺して作ってくれているこの壁のお陰‥‥なんてこと‥‥うぅぅぅ」
「ハチ様は?!アラドゥはどこだ?!」
「まさかハチ様とアラドゥも犠牲になったってのか?!」
ギュゥゥン‥‥
「我ハ無事ダ」
「アラドゥ!」
転移ゲートを出現させてアラドゥが現れた。
「アラドゥ、どこに行っていたんだよ!ハチ様は?!」
カイトの質問にアラドゥは形状を立方体に変化させて答え始めた。
「ハチハ機能ヲ停止シタ。多クノクティソスト共ニ君タチト人族ヲ守ルタメニ、壁トナッタ」
ザン!!
八色衆の7人はその場に力なく崩れるように膝をついた。
壁のクティソスたちを見て想像は出来ていたが、事実を突きつけられやはり耐えきれないほどの絶望感に襲われたのだ。
ガシッ!!
「何故止めなかった!」
普段は殆ど言葉を発しない灰色の甲殻のテツがアラドゥの体を掴んで言った。
その目には涙が溢れ、怒りと悲しみで複雑な表情となっていた。
「‥‥‥‥」
アラドゥはテツの言葉にしばらく無言となった。
無機質なエネルギー生命体のアラドゥにとって生物の持つ感情は理解できなかったのだが、長年ハチや八色衆たちと一緒にいたことで感情という理屈では処理できない概念を持つようになっていた。
プログラムを削除するように感情という概念を自らの思考ネットワークから排除することも可能だったが、アラドゥはそれをしなかった。
感情は振れるものであり、その振れが自らの判断を左右したり、行動を起こす際のエネルギー使用量にも大きく影響することが分かっており、制御不能な感情に戸惑いつつも、僅かに感じる心地よさから手放すことが出来なかったのだ。
そして何より、その感情がハチや八色衆との決して切ることのできない繋がりを確信させていた。
「コレハ、ハチノ決定ダ。ソノ決定ニ全テノクティソスガ従ッタ。我モマタ、ハチノ決定ヲ尊重シ、ソレニ従ッタ。合理的決定デアッタ。ダガ、トテモ、間違ッテイル気ガスル。我ニハ、コノ不完全ナ情報ノ処理ヲ完了サセルコトガ出来ナイ」
「アラドゥ‥‥」
テツはアラドゥの事務的な表現の中にある沸き起こる悲しみを感じ取り、アラドゥの感情を理解した。
「クティソスヲ最硬度ノ甲殻ヘ変化サセルタメニハ、我ノ能力トハチノ能力ガ必要デアッタ。ハチヲ最硬度ノ甲殻体ヘト変エ、ハチト繋ガルクティソスタチヘト展開シテイク必要ガアッタノダ」
「なぜ私たちは硬質化していない?」
「ソレハハチガソウ望ンダカラダ」
「くっ‥‥」
「うぅぅ‥」
「ハチ様‥」
八色衆たちは目から大粒の涙を溢しながら抑えきれない感情を露わにした。
ハチがケルベロスとしてこの地に吹き飛ばされ激突した直後、アラドゥはこの地に住まう神、陽之宇美神の力を借り受け瀕死のケルベロスの体をクティロスとして治癒した。
治癒の過程で陽之宇美神の力を付与されたケルベロスはハチとして生まれ変わったのだが、アラドゥが軟化病を患った人族を救う際は、ハチの持つ陽之宇美神の力を借り受けながらアラドゥの力を使って軟体化した体を支える外骨格として甲殻を与えクティソスとして治癒してきたのだった。
つまり、クティソスを小片の破壊者のアーリカの火に耐えうる硬質化状態にするためには、ハチの中にある陽之宇美神の力を使う必要があるのだが、ハチ自身が超高質化状態になり、その情報を他のクティソスたちにコピーしていくことが必要だったのだ。
アラドゥはそれを合理的判断と結論づけ、ハチの指示通りに動いた。
しかしハチが徐々に高硬質化していく姿を見て、自身の体がもぎ取られ、引きちぎられる感覚となった。
アラドゥの超高速演算能力でも何故そのような感覚になってしまったのか、説明が出来なかった。
感情という概念が芽生えたアラドゥにとって、その説明のつかない感覚が感情であることは理解していたものの、自分が引き裂かれるような感覚、つまり初めて耐え難い苦痛を感じたのだ。
そしてその後、なぜハチの指示に従ったのか自問自答し始めた。
アラドゥの意識の中に初めて “後悔” という感覚が芽生えた瞬間だった。
「君タチニ、ハチカラノ伝言ガアル」
『!!』
イザナたちは目を見開いてハチの伝言に耳を傾けた。
“僕の可愛い子供たち。幸せな時をくれて本当にありがとう。僕は長く、冥府の番犬として与えられた目的のためだけに生きて来た。それが誇りあるものであり、役目を果たすことが自分の幸せだと思って生きてきたんだ。それが何故かこの地へ飛ばされ姿も意識も変わってしまった。そしてアラドゥや君たちに出会った。目的から解放され、君たちとその日の感情や感覚で過ごす自由を得て、生きることの意味を知ったんだ。生きることが幸せであると初めて実感したんだね。僕の生涯はここで終わるけど、君たちはまだまだ生き続ける。どうか絶望せずに生きることが幸せであることを他の者たちに伝えてほしい。いつまでも愛しているよ。じゃぁね”
「うわぁぁぁぁ!」
「ハチ様!!」
「うぅぅぅぅ‥‥」
「くっ‥‥」
八色衆たちは大粒の涙を流して泣いた。
その中でひとりイザナだけが決意を固めたような表情でハチの最期の言葉を聞いていた。
理由はどうあれ、元の人の容姿とは全く別の姿となり、怖がられ疎まれる存在となったクティソス。
愛する家族と暮らすことが出来なくなり、人里離れた場所での生活を余儀なくされた。
生きることに絶望する変えることのできない現実。
だが、それをハチは生きているだけで幸せと言った。
イザナは多くのクティソスがその絶望感を味わった姿を見て来たが、自身がそれを感じたとは思っていなかった。
何故なら八色衆の兄弟、そしてハチやアラドゥがいたからだ。
イザナは自分たちが知らず知らずの内に、”生きているだけで幸せを得ることができる” ということを教えて貰っていたのだと知った。
(これからは私たちがそれを教え、伝えていく番だ。ハチ様が与えて下さったように)
イザナは胸のあたりが温かくなったのを感じていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




