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<ケセド編> 161.希望の壁

161.希望の壁


――悲鳴の谷クグカ――


 スノウたちはライドウの先導で悲鳴の谷クグカにあると言われている巨大な空洞地帯に向かっていた。

 イリディアの魔法の絨毯で行きたかったのだが、小片の破壊者(ガアグシェブラ)のアーリカの火に触れてしまい燃えてしまったのだ。

 皆残念がっていたが、ワサンだけは喜んでいた。


 「いつ見ても大きな谷ですね。ヒノウミも近くにあって絶景ですよ」

 「当たり前だ。ここほど素晴らしい景色はない。そしてここ一帯は俺たちの庭だ」

 

 シンザの言葉にライドウはドヤ顔で答えた。


 「あの山脈の向こうだな?」

 「ああ。あと半日も進めば到着する」

 

 日も暮れて来たがスノウはこのまま進むことにした。

 気が気ではないライドウを気遣ってのことだった。

 魔物は頻繁に出没したが、スノウ達に勝てる魔物などいるはずもなく、夜間の登山であっても何ら危険はないと判断していたのもあってそのまま進むことにしたのだった。


・・・・・


 「ここを下れば間も無くだ」


 夜明け前に目的地近くに到着した。

 尾根伝いに進んで目印のイルカ岩から降っていく。

 フィヨルドのように大きく抉られた谷底には草木が生えている。

 谷底といっても標高は高い。

 両脇の山脈から流れる川が集まって出来たと思われる湖が見えた。


 「もう少しだ」


 辺りはまだ暗く、月明かりが照らしてくれているため、移動に苦労はなかったが、徐々に雲が出て来たため、時折周囲が暗くなることがあった。

 

 「ここだ」


 そう言うとライドウは立ち止まり周囲を確認し始めた。

 月を雲が隠しているため、はっきりとは見えないが、ライドウが言っていたような巨大な空洞は見当たらなかった。


 「暗くてよく見えないが、何もないように感じるぞ」

 「オレもだ。空洞はどこにあるんだライドウ?」

 「馬鹿な‥‥景色が変わっている‥‥」

 「まさか小片の破壊者(ガアグシェブラ)の攻撃で崩れてしまったとか?!」

 

 シンザの言葉に皆険しい表情で下を向いた。

 ハチたちはここまで来れたに違いないが、その直後に小片の破壊者(ガアグシェブラ)の攻撃を受けてこの地に埋まっているのではと想像したのだ。


 「?!」


 ライドウは何かに気づいたように一歩一歩踏みしめながら埋まってしまったと思われる空洞の方へと進んでいく。

 

 「あ‥あぁ‥‥」


 歩みが徐々に辿々しくなっていく。


 「ライドウ?」


 スノウがライドウに近づいていく。


 ザン‥‥


 「?!」


 突如ライドウが崩れるように両膝をついた。

 両手を力なく垂らして項垂れている。


 「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


 突如ライドウは遠吠えのように声を上げて叫び出した。

 叫びというより慟哭だった。


 「どうしたライ‥?!!」


 ライドウに声をかけた瞬間、スノウは驚愕のあまり言葉を失った。

 

 「スノウ!どうした?!」


 背後からワサンが声をかける。

 その直後、雲に隠れていた月がゆっくりと谷に月明かりを落とし始めた。

 雲の動きに合わせ、月の光のカーテンがゆっくりと谷の壁面を照らしていく。

 その時、その場にいる全員が言葉を失った。

 

 あるはずの巨大な空洞地帯は小片の破壊者(ガアグシェブラ)の熱線で崩れたのではなかった。

 むしろその攻撃から守るようにして強固な壁を形成されていたのだった。

 だが、全員が言葉を失った理由はその壁にあった。

 月明かりに照らされたその壁は、何と大勢のクティソスによって造られていたのだ。

 肩を組む者、抱き合う者、手を繋いでいる者、クティソス一体一体が隙間なく寄り添って壁を形成していた。

 甲殻はさらに強固なものとなっており、クティソスたちはまるで鉱物のように固まってその命を終えていた。

 その壁は優に500メートルを超える長さがああり、月明かりが照らすその壁には無数の傷や溶けたような痕があった。

 おそらく小片の破壊者(ガアグシェブラ)の放ったアーリカの火を受けたに違いない。

 そしてその中心付近に悠然と壁を守るように座している獣の姿があった。


 ハチだった。


 その姿もまた、他のクティソス同様に硬質化しており、絶命していた。


 「身を賭して何かを守った‥‥ということじゃな。おそらく壁の奥にはポロエテの民がおるのじゃろう」

 「立派な最期だな。病いが原因とはいえ、姿形は変わっても気高き精神を持ち続けた誇るべき()()()()たち、そしてそれを導いた主導者だ。彼がいたからこそ、これだけ大勢の者達が自らの命を犠牲にして他者を救ったのだろう。悪魔に自己犠牲の理念は存在しないが、お前達との旅のせいか、彼らの気高い精神を感じる」


 イリディアの言葉に被せるようにアリオクが言った。

 生物の死というものに感情を示さない魔王のアリオクは敬意を表する表情を見せていた。

 ライドウは這うようにしてハチのところへ行き、縋りついた。


 「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‥‥‥」


 ハチに抱きつき大粒の涙をこぼしながらライドウは泣いた。

 小片の破壊者(ガアグシェブラ)の攻撃は相当激しかったのか、硬質化しているハチの体は所々欠けている。

 ライドウの涙がハチの体を伝い、欠けた場所を埋めるように染み込んでいく。

 スノウたちは敬意をもって祈りを捧げるようにしばらくその場に留まった。


・・・・・


 ズ‥‥


 徐にライドウが立ち上がった。

 そしてゆっくりとスノウの方へと歩いてくる。


 「ライドウ‥‥」

 「俺はもう大丈夫だ。ソナー魔法で壁の向こうを視てくれ」

 「たくさんの生命反応があるよ。おそらくポロエテの民だ」

 「そうか‥‥」


 そう言うとライドウはクティソスの壁の前に立ち、抱き抱えるようにして蚊の中の1人を引き剥がした。


 ゴゴゴゴゴ‥‥ガリリ‥‥

 

 1体、また1体とライドウは丁寧に抱き抱えるようにして壁から硬質化しているクティソスを引き剥がしていく。

 手伝おうとしたシンザをカディールが止めた。

 シンザはその意味を理解し、悲しそうな表情でライドウを見た。


 ガララ‥‥


 「あ!」


 壁の向こう側と繋がったのか、中から子供の声が聞こえた。

 

 「外だよ!外に誰かいるよ!」


 中の子供が驚いたように言った。

 その声を聞いて中から大勢の声が聞こえて来た。

 空は徐々に明るくなっており、朝陽が差し込んできた。

 陽の光に照らされて、クティソスの壁が輝きだす。


 「太陽だよ!太陽の光だよ!」


 子供が喜ぶ声が聞こえた。


 「助かったんだ!」

 「ハチ様たちが守って下さった!」

 「ハチ様!」

 「ハチ様ありがとう!」

 「ハチ様!」

 「みんなありがとう!」


 数日ぶりの陽の光を受けて自分たちが助かったと知った壁の中の者達はハチとクティソスたちに感謝した。

 涙交じりの感謝の声は徐々に大きくなり、谷に響いていく。

 ライドウは優しい表情でハチを見ていた。

 

・・・・・


 人が2〜3人通ることが出来る程度の通路を開け、ライドウ達は中へと入っていった。

 中にいたのはポロエテの住民だけではなかった。

 他の街から逃げて来た者達もいた。

 皆、スノウ達を歓迎してくれた。

 

 「おお!あんた!」


 聞き覚えのある声がスノウの耳に入って来た。


 「君は‥‥ユキノミコじゃないか!」

 

 彼女は偽善の街クルエテで店を構えていた店主の女性だ。

 ハチとも繋がりがあり、以前スノウがベンテとライドウと一緒に調査のために訪れた際に協力してくれた存在で、ハチのアドバイスを受けてクルエテの住民を連れて、ポロエテに避難しそこからこの地へと逃れ生き延びたのだった。


 「生きていたんだね‥‥良かったよ」

 

 スノウはポーチからピアスを取り出した。

 陽の光が当たっていることもあり、眩く光る赤いピアスだった。


 「これって‥‥」

 「ああ。ありがとう。助かったよ。お陰でおれの仲間が救われた。本当にありがとう」


 近くにいたソニアとシンザが寄って来て、重ねて礼を言った。

 

 「こんな世の中になっちまったんだし、役に立てるなら手元に戻ってこなくてもいいと思っていたのに、あんたたち、律儀だねぇ、全く」

 「大事なものだろ?返すのは当然だよ」

 「やっぱりあんた、色男だね。あたしを好いてくれてこのピアスくれたあの人も色男でね、あんたほどじゃないかもしれなけど、色男でさ、あたしを迎えに来るって言ってくれてね、あの日も真剣な顔であたしを誘って来て、丁度夜の時計台が輝く瞬間だったのさ。それでねその‥」

 「わ、分かったよっその話はまた今度ゆっくり聞かせてくれ」

 

 スノウは話が止まらなくなるユキノミコを苦い笑顔で止めた。

 

 「あら、またやっちまったわね。ごめんね。それはそうと、早く会いにいってあげなさいよ!」

 「?‥‥誰にだい?」

 「決まってんじゃないのさ!八色衆たちよ!」

 『!』


 ガバッ!


 ライドウが驚いた表情で近寄って来てユキノミコの両肩を掴んできた。


 「わぁ!びっくりした!ってあんたライドウちゃんじゃないの!」

 「どこだ?!どこにいる?!八色衆だよ!どこにいるんだ!」

 

 ライドウはユキノミコを激しく揺すりながら言った。


 「わぁわぁそんなに揺らしちゃぁ気絶しちゃうわよ!そこの通路まっすぐ進んだ奥にある扉の向こうよ」

 「ありがとう!」


 ライドウは慌てたように扉へと向かった。

 スノウたちも顔を見合わせてライドウの後を追った。


 「感動の再会ね。でもライドウちゃんの口からありがとうだなんて‥‥成長したのね‥」


 バァン!


 ライドウは勢いよく扉を開けた。


 「!!」


 そこにいたのは懐かしい面々の最も大切な兄弟たちだった。




いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

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