<ケセド編> 153.安心しろ
153.安心しろ
巨大な光の筋が差し込み始めたのだが、通常であれば一瞬で光の筋が地上へと降り注ぐ。
だが今出現している光の筋はゆっくりと地上に向かって光のラインを降ろしている。
その異常な光の差し方の原因は、それが陽の光ではなく光を放ち降り立った無数の主天使たちだったからだった。
統率の取れた規則正しい配列で並び、翼をはためかせてゆっくりと地上に向かって進んでいる。
「我が精鋭達よ!神に背く不届き者たちに裁きの鉄槌を下します!」
『オオオオオオオオオオ!!』
周囲の空気を引き裂くような声でザドキエルが叫ぶと、ゆっくりと地面を目指して降りてくる光の筋全体から高いとも低いとも分からない不気味な声が大波となって押し寄せるような雄叫びが地面を揺らした。
「いよいよ登場か」
「奴らの力がある程度確認できたら作戦通りでいくよスノウ」
「ああ」
イシュタルの言葉にスノウは頷いた。
・・・・・
――3日前――
スノウ達はイシュタルの城に集まっていた。
数日後に控えているであろう主天使達との決戦に備え、イシュタルと共に最終的な作戦を練るためだった。
基本的に2陣に分ける案については皆賛成だったが、ドミニオンズアーミーの数や戦闘力、陣形攻撃などの情報が不足しており作戦の立てようが無いという状況に皆頭を悩ませていた。
「なるべく広範囲で足止めに有効な攻撃ができる魔法で動きを止めてその隙にザドキエルを叩くというのはどうだ?」
ワサンの提案にイリディアは首を振った。
「有効な魔法が見当もつかぬ。それに軍の規模がわからなければどれ程の範囲で良いのかも分からぬ。さらに言えば、有効な魔法があったとしてもその発動範囲によっては妾の魔力を一気に使い切らなければならなくなる可能性もある。そうなれば、妾は戦力外じゃ」
「そうか‥‥」
ワサンは腕を組んで険しい表情になった。
「ザドキエルさえ倒せば良いのですね?マスター」
「ああ。何かいい策があるのか?」
「まだ作戦の精度は高くありませんが、手はあります」
フランシアの言葉に皆期待感を持って耳を傾けた。
「ザドキエルの狙いはイシュタル。イシュタルを囮に使って戦いを優位に進めるのがいいわ」
「囮に?!」
シャルギレンが目を丸くして言った。
まさか神を囮にするなどという発想が出てくると思わなかったのだ。
「ええ。ドミニオンズアーミーとは戦わないの。ウジのように涌いてくるでしょうから、それと戦っても徒に疲弊するだけだわ。要はザドキエルだけ引き剥がして、潰してしまえばいい」
「その手段は?」
イシュタルは興味あり気に言った。
「ドミニオンアーミーの中にイシュタルと、ひとりかふたりだけで突っ込む」
「そんなこと認められるわけがないだろ?!自殺行為だぜ?!」
シャルギレンは半ば怒り気味に言った。
「あなた、話を最後まで聞かずに感情的に反応するタイプなのね。それじゃぁ一国一城の主人としては相応しくないわ。王として失格ね。少しはマスターの爪のかけらを拝んだらどうかしら?」
(爪の垢を拝む?!)
全員が無言で心の中でツッコミを入れた。
シャルギレンだけは素直にフランシアの言っている意味が分からず質問した。
「スノウの爪の垢を拝むとはどういう意味だ?爪の垢を煎じて飲むんじゃないのか?」
(そこを真顔で突っ込むのかー?!)
全員が怪訝な顔でシャルギレンに心の中でツッコミを入れた。
「あなた本当に思考の回らない低脳な人間ね。あなたごときにマスターの体の一部を授けるとでも思っているの?あなた程度の人間であれば本来拝むことすら許されないのに」
(垢は体の一部じゃないぞ‥‥)
「シ、シア、すまないが話を続けてくれ」
苦い笑みを浮かべているスノウは話の続きを促した。
「失礼致しました。この愚かな人間には後程罰を与えておきます」
「い、いやいらないから、続きを頼む」
「はい。ドミニオンズアーミーに特攻するのは本物のイシュタルではありません。ルナリが変化したイシュタルです。1〜2人の援護もルナリの変化によって出現させたもの。つまりルナリが単独でドミニオンズアーミーに攻撃をしかけます」
「シアさん待ってください!そんなことしたらルナリは!」
「大丈夫だシンザ」
フランシアの作戦に感情を昂らせて異を唱えたシンザを落ち着かせるようにルナリが言った。
「我なら問題ない。我には物理攻撃が効かない。それにドミニオンズアーミーの大群の中に突入後、幽体状態になることによって天使どもの体をすり抜けて逃げ出すことも可能だ。我がいると思い込んだ天使どもはたった一つの肉を取り合う野犬の群れのように一心不乱に群がるに違いない。その状態の中に、イリディアやソニアの魔法を叩き込めばいい。我がいると思い込んでいる天使共はその攻撃を阻止しようと防御、または反撃体勢を取るでろう。だがそれもカムフラージュだ。我が本物のイシュタルだと思い込ませるためのな。そしてその隙に本物のイシュタルはザドキエルに気づかれるようにして別場所へと移動すればよい。イシュタルを追ってくるザドキエルに統率の乱れたドミニオンズアーミーはすぐには体勢を整えられまい。そういう作戦であろう?シア」
「流石ルナリね。その通りよ」
皆ルナリの変わりように言葉を失っていた。
その中でシンザが一番驚いていたが、我に返ろうとするかのように首を細かく振って言った。
「相手は主天使だよルナリ!どんな攻撃を仕掛けてくるか分からないんだ!幽体状態になれるからと言って攻撃を受けない保証はないじゃないか!」
「安心しろシンザ。事前に確認する。我はお前を守る存在だ。お前を守り続けられない危険な作戦には参加しない。勝算があり無事に生還できる見込みが高い故の提案だ」
「僕も行くよ。君だけ1人行かせるわけにはいかない」
『!』
シンザの言葉に皆驚きを隠せなかった。
「それは容認できない。正直言おう。シンザを守りながら天使どもを惹きつけて生還することは不可能だ」
「くっ!」
ポン‥
「スノウさん‥」
スノウはシンザの肩に手を置いて優しい笑顔で言った。
「安心しろシンザ。何があってもルナリを見捨てたりはしない。もしルナリが危機に陥ることがあれば、おれが全力で阻止して助け出す」
「でもそれじゃぁザドキエルを誰が倒すのですか?」
「お前、私の力を見縊っているようだな」
イシュタルがドヤ顔で言った。
「ザドキエルひとりなら私でも対処は可能だ」
「それに俺も加勢する」
アリオクが言った。
「二手に分かれれば勝機は上がる。それだけのメンバーがここに揃っているんだからな」
「みなさん‥‥」
涙ぐんでいるシンザに皆優しい笑顔を向けていた。
「それじゃこの作戦で行こう。当初の作戦通り、最初は2陣に分かれる。そしてドミニオンズアーミーが出現したら、この作戦に移行だ」
『おう!』
・・・・・
解散後、スノウはフランシア、ワサン、ソニアを別の場所へ呼んだ。
「すまないなみんな」
「どうした?」
「鈍臭いわねワサン。裏の作戦があるってことに決まってるでしょ」
「お、おお」
ソニアに言われたワサンは苦い表情を見せた。
「実はシアに密かに探ってもらっていたんだ。元の時間軸へ戻る方法を」
『!』
「イシュタルにも情報をもらっていたが、どうにも信用出来なくてな。その裏取りも含めて調べてもらっていた」
「どうだったんだ?」
フランシアが説明し始めた。
「マスターがイシュタルから入手された情報は異界の入り口と呼ばれる直径5メートルほどの穴があるとのことだったの。でもそれがどこかが分かっていなかったの。でもマスターはその穴の所在をこう推論されたわ」
フランシアは羊皮紙を取り出して図を描き始めた。
「私たちは崩壊核の中に入ってこの時間軸へと飛んできた直後、空から落下状態になっていたわね」
「あ、ああ‥‥最悪だったぜ」
「それは何故だと思う?」
「崩壊核の出口が空にあったからじゃないのか?」
「ワサン‥幼児レベルの思考能力よ。話にならないわね」
「う、うるせぇ!」
意地悪そうに言ったソニアにワサンは顔を赤らめて返した。
「いえ、ワサンの言ったのがほぼ正解だわ」
『え?!』
フランシアは羊皮紙に描いた図で説明をし始めた。
その間、ワサンはドヤ顔でソニアを見たがソニアは無視していた。
羊皮紙には丸底フラスコのような絵が描かれている。
「崩壊核は時間軸を歪めて繋げている存在だとマスターは推論したの。この図の線は時間軸。本来なら一直線に進んでいくはず。それがこの図のように曲がって元の時間軸とここの時間軸が近づいたようになっている。ここを崩壊核が繋げたということなのよ」
「つまり、異界の入り口、つまり崩壊核は空にあるってこと?」
「そうね。場所も特定できた。元の世界の崩壊核がいた場所の丁度真上ね。実際に確認してきたから間違いないわ。もちろんその中には入っていないから元の時間軸に戻れるのかは確認していないけど」
「その異界の入り口に入ってしまって元の時間軸に行ってしまったら、また一から必要素材を集めて崩壊核に食われる必要が出てくる。流石にそれは難しい。かといっておれの推論が正しいとも限らないから、賭けではあるけどな。それにそもそも時間は一直線に流れていない。少なくとも時の呪縛から解き放たれているおれ達にとってはな」
「ということは尚更元の時間軸には戻れないということか?」
「いや、時の呪縛から解き放たれているおれ達だからこそ、戻る時間を選択することが出来るんじゃないかと思っている」
「そしてマスターの素晴らしいところはザドキエルを崩壊核の中に誘き寄せて一緒に入り、私たちは元の時間軸を選択して着地するけど、ザドキエルには別の時間軸へと飛んでもらうように攻撃するの」
『!!』
ソニアとワサンは理解不能といった表情になっていた。
我慢ができないといった表情で突如ソニアから代わったソニックが嬉しそうな表情で言った。
「流石ですスノウ!ザドキエルには思い切り未来へと飛んでもらうのがいいと思いますよ!」
「おれもそう考えていた。吹き飛ばす時間軸さえ分かっていれば将来に備えることも可能だからな。過去に飛ばしてしまっては何を準備されるか分からないし、そもそもイシュタルが存在しないか、ディアボロスへと変えられてしまう可能性だってある」
「ということでイシュタルと共に私たちもザドキエルを誘き寄せて崩壊核の異界の入り口を目指して移動する」
「シンザはどうするんだ?ルナリが一緒に来なければあいつはオレ達と一緒に来ないぞ?!まさかこの時代に置き去りにするなんてことはしないよな?!」
「大丈夫だ」
スノウは真剣な表情になった。
「安心しろ。全ておれに任せてくれ」
表現しようのない信頼感から皆頷いた。
・・・・・
――場面は戻ってドミニオンたちとの決戦の場――
「よし!作戦決行だ!」
『おう!』
イシュタルの言葉に返事をしつつスノウたちは目配せした。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




