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<ケセド編> 144.黒い球体とルナリ

144.黒い球体とルナリ


 ギィィィィ‥‥


 アリオクはゆっくりと扉を開けた。


 ブフォァァァァァァ!!


 凄まじい不快な熱気が吐き出された。

 

 「なるほど‥」


 アリオクは扉の中を見て言った。


 「どうした?何があるんだ?」

 「これ以上扉を開けることは危険だ。ここから見える情報で今回のミッションは終わりだ。見てみろ」

 

 ワサンは10センチほど開いた隙間から中を覗き込んだ。


 「!!」


 巨大なドーム状の空間の中央にドス黒い球体が浮いており、そこにドーム状の天井や壁から電力の配線のように黒い管が伸びており、球体の上に収束され結びついている。

 黒い管には何かが吸収され球体へと流し込まれているようで少し膨らんだ状態の何かがゆっくりと球体に向かって動いている。

 だがワサンが驚いたのはその光景ではなく、そこから発せられる凄まじい負のエネルギーだった。

 意識を強迫観念で包み込み壊されるような感覚と心臓が握りつぶされ全身がガラス細工のように壊れていく感覚になったからだった。

 ワサンは全身に冷や汗をかいた状態で扉から遠ざかった。


 「大丈夫ですかワサンさん!」


 顔面蒼白のワサンを見て、シンザは驚いたようにワサンの肩を支えて言った。

 

 「少し休ませてくれ‥‥」

 

 そう言うとワサンはシンザに寄りかかったまま気を失った。


 「ワサンさん?‥‥息はしている‥‥気を失っただけか‥よほど凄い負のエネルギーってことなんだな‥」


 シンザはワサンを少し離れた場所に寝かせると、自身も扉の中を覗き込んだ。


 「わぁ‥すごいな‥‥あの黒い球体がダブハバナの核ですね?」

 「そうだ」


 シンザは特に体調が悪くなることはなく、冷静に中を覗き込んでいる。

 

 「無数の管があの大きな球体に繋がっています。何か流れ込んでいるように見えますね」

 「それはおそらくこのケセドの地に染み込んだ、人々の負の情念の塊だろう。それが地下に張り巡らされた管に吸い込まれ、ここまで運ばれているに違いない」

 「なるほど‥‥あ!黒い球体から黒い液体が滲み出て来ました!雫みたいに地面に落ちそうですよ!」

 「少し離れていろ」


 アリオクはシンザを扉から遠ざけて中を覗き込んだ。


 「あの雫がダブハバナだ。黒い球体に集められた負の情念が凝縮され、溢れ出るのだろう」


 ボタッ‥‥


 黒い雫が地面に落ちた。

 まるで真っ黒なコールタールのような状態でアメーバのように蠢いている。


 ズズズズ‥‥


 黒い液体から生まれ出でるようにスケルトンのような骸骨が上がっていく。

 そして黒い液体の上に立った状態になると、黒い液体がローブのように巻き付いた。


 ファサ‥‥


 “カハァァァ‥‥”


 この不気味な存在の産声とでもいうのか、深いため息をつくと、黒い煙に姿を変え、天井の方へと昇って行った。


 「ダブハバナの誕生だ。今天井に消えて行ったが、あのまま偽悪の街ミールへと向い、悟りを得ていない者を襲うのだろう」

 「やっぱりここで生まれていたんですね、ダブハバナ。でも人々の負の情念っていうのは人が生まれ続ける限り、増え続けますよね。溢れたらダブハバナが生まれるってことは、これまでどれだけのダブハバナが生まれたのでしょうか。もしかすると何千何万といて、どこかに潜んでいるとか‥‥だとしたら怖いですね‥‥」


 シンザの最もな疑問にアリオクは答えた。


 「これは俺の予測でしかないが、ダブハバナは一定量の意識を飲み込むことによって負の情念を中和させて消えていくのだと思う。イシュタルは豊穣と慈愛の神。やつの慈愛とはケセドに生きる者全てに死を覚悟できる悟りを与え、救うことだとすれば、悟りが開けなかった者は死を恐れ、苦しむことになるだろう。それさえも取り除くために、悟りの開けなかった者の意識を破壊し、死の恐怖から解放する手段をとったとも言える。イシュタルの創り出した4つの都市を巡った悟りを得るプロセスの裏にこのダブハバナを生み出すしくみがある。上手くできた循環だな」

 「なるほど。つまりダブハバナは悟れなかった人の意識を壊すことで満足して消える‥‥だからダブハバナが増え続けることもない‥‥そういうことですね。だとすると、全員が悟りを得ることになったら、ダブハバナは溢れかえるってことですか」

 「それはないのだろう。世の中には誘惑が多い。死を覚悟する悟りを得るためには誘惑を跳ね除ける意志が必要だ。それは誰しもが持ち得るものではないのだろう。その発生量も見込んだ循環システムということだ。イシュタルは実は恐ろしい神なのかもしれないな」

 「ザドキエルたちはこの循環のしくみを知っているんでしょうか?」

 「さぁな。だが知っていようといまいとやつの嫉妬に変化はないだろう。いずれにしてもこの世界は本来自分の守護下にあり、自分が守護天使だと崇められるものだと思い込んでいるはずだ」

 「厄介ですね‥‥」

 「仕方あるまい。そういう目的で生まれた存在だ」

 「‥‥あれ‥ルナリ?」


 シンザは隣にいるはずのルナリがいないことに気づいた。

 ワサンの側にもいない。


 「まさか!」


 シンザは扉を見た。

 10センチしか開かれていなかった扉が50センチほど開いている。

 急いで中を覗き込んだ。


 「!!」


 中にルナリが入り込んでいた。


 「ルナリ!」


 シンザは部屋の中へと入ろうとするが、アリオクが止めた。

 凄まじい力で掴んでいるため、振り解くことができない。


 「離してください!ルナリを連れ戻さないと!」

 「だめだ。諦めろ。俺にもお前にもワサンにもダブハバナの核に対処することは出来ないだろう。もちろんルナリもだが」

 「そんな‥‥ルナリ!戻ってくるんだ!」


 ルナリは振り向いてシンザを見た。

 そして笑顔で頷いた。

 指を自分に向けた後、黒い球体を指差した。


 「やめるんだ!戻っておいで!ルナリ!」

 「あまり大声を出すなシンザやつに気づかれる」

 「一体何が起こるんですか?!ルナリはどうなってしまうんですか?!」

 「分からない。ダブハバナ同様にルナリを襲うだろうが、そもそもあれはホムンクルスだ。壊す意識がそもそも存在しない。それを知っていて部屋に入ったのだろう。お前の役に立ちたいと思ってな」

 「!!‥僕の役に立とうとしているルナリに意識がないなんてありえませんよ!ルナリ!戻ってくるんだ!そっちへ行ってはダメなんだ!!早ん〜!!」


 アリオクはシンザの口を抑えた。


 「これ以上叫ぶのは危険だ。あの核に聴覚があるのか不明だが、お前の声に反応して微妙な波動の変化が感じられた」

 「んんん!んんん!」


 アリオクの凄まじい力の前にシンザは何も出来なかった。

 ルナリは黒い球体の前に立った。

 そしてふたたびシンザの方へ振り返り笑顔を見せた。


 「んんんん!!」


 シンザは目を真っ赤にして届かない声をあげているが、ルナリは気にせず黒い球体の方に向き直った。

 そして球体に手を伸ばす。


 バチィィィン!!


 「!!」


 ルナリが触れた瞬間、黒い球体から黒い火花と稲妻が飛び散り、ルナリの手は跳ね除けられた。


 ファシュゥァァァァ!!


 黒い球体から凄まじい風が吹き荒れてルナリは吹き飛ばされた。

 辛うじて両足で着地したが、ドーム内は凄まじい負のエネルギーが充満している。

 流石のアリオクでさえ、苦しそうな表情を浮かべるほどだ。


 ギュワァァァァァン‥‥

 バシュバシュバシュバシュバシュバシュバシュ!!


 ドーム内から黒い球体に向かって繋がっている黒い管が一斉に外れ出した。

 黒い球体に無数の管が生えている状態となり、その管が一斉にルナリの体の方へと襲いかかって来た。


 「んんん!!!」


 シンザが叫ぶが声は聞こえない。

 だが、徐々にアリオクのシンザを抑え込む力が弱まっていく。


 「何と言うエネルギーだ。イシュタルめ‥‥」


 ギュワァァァァン‥‥ファシュウウ!!

 ズドドドドドドドドドドドドドドドド!!!


 全ての黒い管がルナリの体に突き刺さる。


 「んん!んばっ!ルナリィ!!!」


 シンザは強引にアリオクが抑える手を引き剥がし叫んだ。


 ギュドン‥ギュドン‥ギュドン‥ギュドン‥


 黒い球体から負のエネルギーがルナリに流れ込んでいる。


 ガタガタガタガタガタガタガタガタ!!


 ルナリは痙攣し始めた。

 

 「ルナリ!!!」


 シンザの叫ぶ声も虚しくルナリは黒い管に負のエネルギーを注ぎ込まれ、痙攣しながら徐々に持ち上げられた。

 黒い球体の色が徐々に透明になっていく。

 

 ドボドボドボドボドボドボドボドボドボ‥‥


 負のエネルギーの流れが止まった。


 バスバスバスバスバスバスバスバスバスバス!!


 突如黒い管がルナリから外れていく。


 ガバッ!


 「ルナリ!!」


 シンザは力の弱まったアリオクの緊縛を振り解いて部屋の中へと入り、落下していくルナリの方へ凄まじい速さで走っていく。


 ガシッ!!


 シンザはルナリを受け止めた。


 「ルナリ!ルナリ!」


 シンザはルナリの名前を何度も呼んだが、ルナリは全く反応がない。


 ガッ!


 シンザはルナリを涙を流してきつく抱きしめた。


 「何でこんなことを‥‥ううぅぅぅ‥‥」


 シンザの涙の雫がルナリの目元に落ちた。


 ポタリ‥‥


 する突如ルナリの目が開いた。


 パチッ!


 その目は白目と黒目が反転しており、白目の部分は吸い込まれそうなほど澄んでいる。


 「ルナリ!」


 ルナリは抱きしめているシンザの顔を見た。


 「シンザ‥」

 「!!」


 今まで喋ることが出来なかったルナリがいきなりシンザの名を呼んだ。

 シンザは驚きの表情でルナリを見ていた。



いつも読んで下さってありがとうございます。

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