表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
885/1109

<ケセド編> 142.新たなミッション

142.新たなミッション



 「それでイシュタル。お前の依頼とは何だ?」


 アリオクが言った。


 「律儀なやつだねアリオク。魔王にしておくには惜しいな」

 「俺はどこまでいっても悪魔。買い被り過ぎだ」

 「まあいいよ。それで、私の依頼だけど‥‥」


 そういうとイシュタルは手のひらの上に稲穂を出現させた。

 そしてそれを床に放ると直径2メートルほどの空間に収穫前の稲穂が風に靡いているかのような状態で床に生えた。

 すると、一部の稲穂が伸び始め、地図のような形を作り出した。

 

 「これはケセド。そしてここは喜びの街ウレデ。人々が生の喜びを知る人生で最も躍動する時を過ごす場所だ」


 スノウたちがイシュタルの能力に感心しながら見ていると、稲穂の地図の中で一本だけ稲穂が伸びた。

 丁度喜びの街ウレデの位置を示している。


 「私はこの地でケセド全土を見守っている。だけどね、この地を治めているのは私ではないんだ」

 「?‥‥あんたは豊穣と慈愛の女神。この地に作物を実らせ、愛で包む統治者だと思っていたが違うのか?」

 

 スノウの質問にイシュタルは優しい笑みを浮かべて返した。


 「私はね、この世界を見守っているだけの存在だ。この地で生を受け、死にゆくまでに生きる喜びを知り、生とは何かを悟り死を恐れずに自然に還る循環を創り出し、その循環の中で個々人が自身の生を全うすることに集中出来るように作物を実らせ、慈愛で包んでいるだけの存在。でもね、実際にこの世界を治めているのはニンゲンの王なんだ」

 「人間の王?そんな存在がいたのか」

 「そうだ。地図で言えばそこにある街、命の街アフレデだ」


 イシュタルはケセドの世界にある4つの大きな街の中で北側にある場所を指差して言った。

 稲穂が一本だけ伸びて場所を教えてくれている。

 スノウたちがいた時間軸では屍の街デフレテがあった場所だ。

 

 「そこにこの世界を治めている王がいる。イーギル家が代々王の役割を担っている。ケセドに住まう人族の手本を示している者だ」

 「イーギル!」


 ジェイコブが思わず声をあげた。

 イーギル家。

 スノウたちのいた時間軸ではアガスティアの王家であり、アガスティア大崩落後は総統勢力の最高権力者として君臨しているシャーヴァルの血筋だ。

 御伽噺によれば、アガスティア誕生後にゲヘナ、つまりケセドから土を持ち帰り、土の無いアガスティアで作物を育てる土壌として畑を作り、アガスティアに住まう者が生活できるようにした一族であり、その中のひとりがアガスティアの初代の王となったとある。

 

 「その王がどうしたのだ?」


 アリオクが表情を変えずに言った。


 「実はお願いとはお前達が元の世界へと戻る際にそのイーギルの王を一緒に連れていってほしいのだ」

 『!!』


 予想だにしない依頼に全員が面食らったように言葉を失った。


 「王に何か問題でもあるのか?」


 スノウの質問にイシュタルは首を僅かに横に振った。


 「彼は立派なニンゲンだ。問題などあるはずもない。本来なら、この地でずっとケセドを治めてほしいと思っている。だけど、それが難しくなったんだ。とある事情でね」

 「とある事情とは?」

 「‥‥‥‥」


 イシュタルは眉を少しだけ顰めてため息をついた。


 「間も無くこの地に天使たちがやってくる」

 「天使たち?」

 「そうだ。だが、救いのためとか、人族に恩恵を齎すとか、そういった類の目的じゃない。寧ろその逆。この地を開け渡せと言って来たんだ」

 『!!』


 皆予想だにしない話の展開に驚くしかなかった。


 「至極普通のことだな。天使とは嫉妬深い存在だ。そのように造られているからな。ハノキアには世界の一つ一つに守護天使がいる。この世界の守護天使はザドキエルだ。粗方、この世界を守護する立場としてイシュタル、お前に嫉妬しているのだろう。本来統治し崇められる立場にあるのは自分だと思っているザドキエルが邪魔なお前を排除しようとしているのではないか?」

 「ほぼ正解だ。ザドキエルはこれまで長きにわたって私に天界へ来いと何度も言って来た。それを拒み続けていたら、ある日突然宣戦布告のようにこう言った。1年以内にこの地を明け渡さないなら、この世界に住まう人族の数を三分の一にするぞとね‥‥」

 「無茶苦茶だな‥‥」

 「その通り。だけどザドキエル1人なら私でも何とか出来ると思っていた。それが甘かったのだけどね。ザドキエルには4人の配下の主天使(ドミニオンズ)の幹部を率いている。ひとりはムリエル。攻撃力の高い天使だ。ふたりめはキュリエル。雲を管理しているエンジニアだ。この豊穣の地の天候を自在に操り、干魃をもたらし大地を枯らすこともできれば、いつまでも続く豪雷雨を発生させて、大地を腐らせることも出来る。そしてザフキエル。この天使もまたムリエル同様に高い戦闘力を有している。最後はガルガリエルで太陽の運行を管理する立場だ。キュリエル同様に天候に大きく作用する力を有している。この4人に加えて、ザドキエルは主天使(ドミニオンズ)を率いている主天使長だ。あの者の号令で主天使の軍勢ドミニオンズアーミーが襲ってくる」

 「なるほど。お前にとってはこの地に生きる者全てが人質に取られているようなものだな」

 「嫌な言い方をする‥‥。だがその通りだよ。実質私には選択の余地はない。ザドキエルの要求の飲み、天界へと行かなければならないだろう。そしてもし私が天界に行くとなれば、おそらく私はこの地に戻ってくることはないだろう。仮に戻って来ることができても、五体満足とはならないはず。私はそれでも我慢できると思うけど、この地に住まう者達は天使共によって生き方を強引に変えられてしまうはずだ。天使が敬われるためには悪の存在が必要となる。悪が心を惑わせ、悪事を働かせるのに対し、天使に救いを求めるように仕向けるということだ」

 「この世界のしくみ、つまり生を謳歌し、悟りを得て安らかな死に備えて土に還るという循環に身を投じる流れが途絶え、人々はバラバラになるってことか」

 

 ワサンが自分の頭の中を整理するように言った。


 「その通りだ。それがこの世界に住む者達にとって幸せなことなのかどうかは分からないが、覚悟が出来、安らかな死を迎える生き方が出来る者は相当少なくなるだろう。そして私を信じてこの国を治めてくれているイーギル王家は見せしめとして殺されるはずだ。神に背く穢れた存在などと主張してね」


 『‥‥‥‥』


 全員何を言ったらよいのか分からず無言になってしまった。

 だが、スノウだけは眉間に皺を寄せて怒りの表情を見せていた。


 「イシュタル神」

 

 スノウは真剣な眼差しでイシュタルに目を向けて言った。


 「すまないがイーギル王を連れていくわけにはいかない」

 「!!‥‥何故だ?お前達はいずれにしても元の世界へと戻るのだろう?それに同行させてもらうだけでいい。そして元の世界へ戻るための手段を探すのも私が手伝う。不都合などないはずだが?」

 「いや、そういう意味じゃない。おれ達が天使と戦って追い払ってやる」

 『?!』


 スノウの発言イシュタルだけでなく他の面々も驚きと困惑の表情を見せた。


 「スノウ、どういう意味だ?!天使相手に戦うってのか?!」

 「スノウ、感情的になっておるな?相手は天使じゃ。しかも軍隊を構成している。つまり凄まじい戦力を持った種族ということじゃ。勝ち目などないのだぞ?」


 スノウは指摘にも動じることなく、真剣な表情で話を続けた。


 「ここで勝ち切るつもりはないよ。おれ達が相手にするのはザドキエルだ。やつが嫉妬している元凶なら奴さえ殺せばいい」

 「そんなことをしたら他の天使が黙っていないのではないか?」


 カディールが僅かに笑みを浮かべながら言った。

 どうやらスノウの話に興味を持っており、武人である自分をどれだけ高揚させてくれるのか期待しているようだった。


 「その通りだ。だが、その時おれ達が元の時間軸へ戻ればそいつらはおれ達の後を追ってくるだろう。そうすればこの世界に攻撃してくる天使達はほぼ消える。ドミニオンズアーミーがあるにしてもそれはザドキエルがいて初めて機能するんだろ?ザドキエルを殺し、他の4体の天使達を引き連れて元の時間軸へ戻る。向こうに引き連れ到着したら徹底的にぶちのめし殺す。それでこの世界は救われる。イシュタルも現在のライフプロセスを維持させることが出来る」

 「賛成ですマスター。ザドキエルとかいう天使は大きなミスを犯した。レヴルストラを敵に回したということよ。必ず後悔させるわ。イシュタル、感謝することね。もちろん貴方の運の良さをだけど。私たちがこの地に来たことで貴方は救われたことになる」

 「フフフ‥‥フフハハハハハ!!」


 イシュタルは大笑いし始めた。


 「面白いなお前。確かフランシアだったな。余程戦闘力に自身があるようだね。お前だけでなく他の者達も含めてだろうけど。だが、やめておいた方がいい。天使に恨まれても碌なことがない。それにお前達に私を救う義理はないだろう」

 

 諦めの気持ちを隠すように優しい笑みを浮かべながらイシュタルが言った。

  

 「義理?そんなものいらないよ。これはおれがムカついているって話だよ。ムカつくやつはボコる。無茶苦茶に聞こえるかもしれないが、嫉妬したから殺すってやつを相手にするなら、無茶苦茶にも聞こえないだろう?」

 「プッ!‥‥ハッハッハ!なるほどな」


 イシュタルは笑い出した。

 つられたのか、スノウの発言に思わず乗ってしまったのか、他の者達も笑い出した。


 『ハッハッハ!』

 「なるほど。確かに一理あるかもしれないな。天使やら魔王やら、散々俺たちをコケにしてくれているんだ。やり返したところでバチは当たらんだろうな」

 「そうですね。スノウさんが言うと何だかやれそうな気がしますよ。それに元の時間軸に戻ればきっとシルゼヴァさんとヘラクレスさんがいるはずですよ。あの2人が加われば一瞬で終わるかもしれませんよ?」


 シンザの発言に隣でルナリが頷いている。

 それを見てワサンは思わず笑ってしまった。


 「当たり前でしょシンザ。マスターが言うことは全て現実のものとなるのよ。あの2人もマスターを慕って仲間になっているのだから、役に立つはずだわ」

 「そうね。私も無条件でスノウの方針に従うわ」

 「まぁオレもだがな」

 「皆思考が停止しておるのか?相手は大天使じゃ。ハシュマル1人に手を焼いている我らが勝てると思うのか?‥‥‥‥などと野暮なことはもう言わぬ。妾も長く生き過ぎた。恐怖や障害から遠ざかり、無駄に長生きしてきたようじゃ。かつてはそれで良かったのじゃがな。そなた達と行動を共にしてきて毒されてしまったようじゃ。ここでひとつ濃い刺激のあることに挑戦してみるのもよいのじゃろうな」

 「天使ってのはアラドゥを攫ったやつの同類か?」

 「ああ」


 ライドウの質問にスノウが頷いた。


 「ふん。ならば俺も天使を殺す作戦に乗らせてもらう。アラドゥが受けた仕打ち、きっちりと落とし前つけてもらう」

 「微力ながら私たちも手伝わせてもらう。万空寺にいるベルトランドとフィリップも呼び戻す。我らの戦力は貴方達に遠く及ばないのは重々承知している。だから雑用でもなんでも出来ることをやる。いや、やらせてくれ!」


 全員がスノウに向かって目を輝かせながら士気の高まった表情で訴えて来た。


 「みんな‥」

 「すまない。理由はどうあれ、私はお前達に感謝せねばならない。私も戦おう。そして私がお前達に出来ることも最大限やらせてもらう」

 「スノウ、俺に天使殺しを依頼しろ。俺はお前の依頼を無償で受ける」

 「アリオク‥」

 「俺は悪魔だ。天使と敵対する立場でもある。無償で受ける価値があると思わないか?」

 「ははは‥‥ものは良いようだな。でもありがとう。心強いよ。アリオク、おれ達と一緒に天使と戦ってくれ」

 「いいだろう」


 スノウはアリオクの目を見ながら頷いた。


 「それじゃぁ、マスターを中心に作戦を練るわよ。イシュタル、もっと情報をよこしなさい」

 「フフフ‥もちろんだ」


 スノウたちは新たなミッション、“天使撃退” を得ることとなった。

 



いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ