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<ケセド編> 140.ヒュドラ

140.ヒュドラ


 圧倒的な戦闘力のアリオクとフランシアは熊に傷を負わせていく。

 そしてワサンは素早い動きで徐々に熊へ傷を重ねて刻んでいき、大きな大きなダメージを与え始めていた。

 カディールは華麗な剣技で熊の攻撃を避けながらイカの足を既に2本切断している。

 斬られた足はウネウネと動いていたが、攻撃してくることはなかった。

 そして4人が自由に動けていたのはイリディアの魔法攻撃のお陰だった。

 無数に出現させたファイヤーボールを自在に操り、それを4体の熊の魔物の目に当てて視界を奪ったのだ。

 だが、徐々に押され始めていた。

 中央から生えている蛇の部分の速い動きで四方のアリオクたちの攻撃が遮られ始めていたのだ。

 蛇には強烈な毒があり、噛まれればサンバダンの言う通り、数分で死に至ることは明らかだった。


 「蛇の動きに気をつけろ!鱗にも毒があるぞ!」


 ワサンが右肩から血を流しながら叫んだ。

 ワサンは攻撃してきた蛇にカウンターを浴びせていたが、その際胴体にもダメージを与えようと鱗に攻撃を繰り出していたのだが、その鱗が割れ、中から猛毒が発せられていたのだ。

 その隙をついてスノウは素早くヒュドラに近づき、攻撃の合間をぬって大きく跳躍した。

 

 ギュワァァン!!


 その姿を捉えた蛇は凄まじい速さでスノウに牙を向け襲いかかって来た。

 

 バフュゥン!‥ドバァァン!!


 スノウは空中で風魔法を発動して方向を変え、蛇の攻撃を躱しそのままさらに向きを変えて蛇の生えている付け根部分へと着地した。

 スノウが向きを変えた瞬間にソニアが音熱魔法のファイヤーボールを蛇の頭へ放ったことで蛇はもがき出し、さらに隙が生まれた。

 

 ズパァン!


 直径5メートルほどの蛇の胴体部分が切断された。


 ギュゥゥン‥‥ドォォン!!


 頭部から胴体にかけて蛇の部分のほぼ全てが地面に落ち、ウネウネと蠢いている。


 「一気に畳み込むぞ!」

 『おう!』


 アリオク、フランシア、ワサン、カディールはそれぞれ構えた。


 ドバヒュゥゥゥゥゥン!!ズパパパァァァン!!


 4人同時に熊の部分に斬り込んで同時に熊の首を切断し落とした。


 ズドドドォォオン!!


 「イリディア!ソニア!炎魔法で焼き払ってくれ!」

 「心得た」

 「はい!」


 イリディアとソニアは凄まじい超高温の炎魔法を放った。

 周囲の空気を巻き込んで畝りとなって炎の竜巻のようになってヒュドラ全体を焼き尽くした。


 ドゴォォォォォォォォォ!!!


 蛇や熊の切断面から何かが生えて来ているように見えたが、凄まじい高熱でもがき苦しみながら動きを止めた。


 「よし、そろそろいいだろう」

 

 パチン!


 スノウの合図を受けたイリディアとソニアは指を鳴らして炎魔法を一瞬で消し去った。

 2人とも魔法によって生まれたエレメントも自在に操ることが出来るため、このような芸当をやってのけられるのだ。


 プシュゥゥゥゥ‥‥プス‥プスプス‥‥


 ヒュドラは黒焦げとなった。

 

 「ふぅ‥‥終わったな」

 「流石にこれだけのメンバーが揃っているとあっという間に終わるな」

 「マスター、切断面から何かが生えて来ています。これは?」

 「黒焦げだから分かりづらいが、蛇か龍の首みたいだな。本来ヒュドラといえば、複数の蛇か龍の長い首が生えている姿と聞いたことがある。あと再生能力だ。斬っても斬っても生えてくる。確か全ての首を同時に切り落とすとか、何らかの倒し方があったような気がするが面倒だし、イリディアとソニアがいるから丸焼きにしてもらうことにしたんだ」


 スノウは雪斗時代に得た神話やゲームの知識から攻略法を見出したようで、正しいかどうか分からないながらも上手くいってホッとしていた。


 「なるほど。それならば再生能力ごと燃やし尽くすことが出来るな」

 「流石はマスター。的確な指示があったからこそ瞬殺できたということですね」

 「イカの足の部分はもう少しレアに焼いてもらえれば食えたかもしれないぞ」

 「ワサン、お前こんな化け物を食いたいのか?」

 「イカはイカだろ?ダイオウイカは食べたことがないがな」

 「お前、意外とこういうのいけるクチなんだな」

 「何だカディール、お前は意外と食に対してはヘタレなんだな」

 「言い方に気をつけろ。俺は食通だ。素材と味付けと火加減。この3つのバランスが保たれていないものに興味が湧かないだけだ」

 「はいはい」


 「なんて人たちだ‥‥」


 ジェイコブとアールマンはスノウ達の戦闘力の高さと、一瞬で連携体制をとりあれだけの怪物を見事に数分で倒してしまった現状をまだ信じられないといった表情で見ていた。


 (これだけの力を持った者たちが私とアールマンによるサンバダンとやらへの攻撃を止めた。ワサンが言ったことは正しかったということだ。私たちにはトーマに危害を加えたあの存在に復讐することは絶対にできない‥‥。悔しいがこれが現実だ‥‥)


 ジェイコブは険しい表情で目から涙を流しながらそう思っていた。

 隣にいるアールマンもまた同じ状態だった。


 「だが、見事に天使崩れに逃げられたしまったな」


 アリオクが獅子玄常を一振りし、ヒュドラの体液を払うと獅子玄常の刃の部分に鞘が出現した。

 それを腰に下げた。

 獅子玄常のひとつの特徴として鞘を自在に消したり出現させたり出来るようだった。


 「ああ。だがやつはガアグシェブラによって破壊されたヒンノムを自ら望む世界に造り変えると言っていた。つまり元の時間軸へ戻るということだ。おれ達も元の時間へ戻れば必ずやつと再び戦う機会がやってくるはずだ」

 「そうだな。一旦イシュタルのところへ戻り、依頼を完遂した後に戻るのがいいだろう」

 「ああ」

 

 アリオクはイシュタルに言われた、“事が済んだら戻ってくるように”、という約束に拘っており、悪魔であるにも関わらず約束事は守るという律儀な面があることにスノウは少し驚いていた。

 

 「戻る前に、トーマを探そう。ズールーの言ったことが本当なら相当危険な状態になっているはずだ」

 「でもどこにいるのか見当もつかないぞ」

 「とにかく手分けして探すしかあるまい」

 「手分けするにしてもしらみつぶしってのは非効率だ。普通の民家にいることはないだろう。商業施設も同様だ。おそらく空き家か街外れのどこかってところだろう」

 「北の海岸沿いの家が立ち並ぶ一帯はどうだったのワサン」

 「‥‥ま、まぁ調べはしたが、生命反応はなかった。トーマがいるなら見つけていたはずだ。調べた結果は別途報告するが‥‥」


 ワサンは幽霊を見たことを思い出し身震いしながら言った。


 「よしじゃぁ街の東側からと西側から挟み込む形で空き家や怪しい場所、地下室なんかがあるような場所を調べて行こう。人手は多い方がいいからシア、すまないがシンザとルナリも呼んできてくれ。トーマを見つけ次第イシュタルの城へ戻る」

 「分かりました」


 「ちょっと待ってくれ!」


 ジェイコブが声を張り上げて言った。


 「本当にありがとう!私たちは君たちに一生かかっても返しきれない恩を感じている。それでも私たちは君たちの恩義に報いたい!何でもいい!私たちに出来ることは何でもする!どんな汚れ仕事だろうと何でもする!だから‥遠慮なく言って欲しい‥‥」


 ジェイコブの発言を聞いてスノウたちは顔を見合わせた。

 そして小さくため息をついたスノウが話し始めた。


 「ジェイコブ。そう肩肘張るなよ。人と人との関係性は全てが恩報で成り立たなきゃならないのか?そんなギブアンドテイクみたいな世界は殺伐としていて、おれには少し合わないな」

 「マスターがこう言っているんだから少し黙りなさい。だいたいあなた達のような弱者が私たちの役に立つと思っていること自体が思い上がりなの。それよりもあなたのお仲間を探すことに労力を使うべきだと思うわ」


 皆フランシアの言葉に渋い笑みを浮かべていた。

 だが、ジェイコブとアールマンにとってはその厳しい言い方が逆に心を楽にしてくれたようで、頭を掻きながら言葉を返した。


 「ありがとう。礼だけは言わせてもらうよ」


 スノウたちは手分けしてムフウの街中を捜索し始めた。

 街の中で最も大きな空き家に生命反応を感知したスノウは慎重にその中へ入った。

 本来であれば、街に届け出る必要があるのだろうが、サンバダン、ズールーであればこの屋敷に罠を仕掛けている可能性があったため黙って侵入することにした。

 爆発や毒ガスなどどのような罠が仕掛けられているか分からない。

 そのような場所へ一般民を近づけるわけにはいかなかったのだ。

 生命反応は地下にあり、スノウは地下室への入り口を見つけると慎重に下へ降りていった。

 

 コツ‥コツ‥コツ‥コツ‥


 スノウは全身に波動気の流動を練りながらゆっくりと階段を降りていく。

 すると暗闇の中に広い空間があるのが感じ取れた。

 生臭い空気が充満しており、異様な空間だった。

 スノウはサイトオブダークネスを発動し、夜目を効かせた。

 階段の最後の一段を降り、ゆっくりと向きを変えた。


 「!!」


 スノウは思わず言葉を失った。

 そこにいたのは、大の字の状態で両手両足を鎖で吊るされたトーマがいたのだ。

 だがスノウが驚いたのはそこではなかった。

 トーマの頭部、額から上の部分がなくなっていたのだ。

 そして両耳に釣り針のようなものが突き刺さっており、首が垂れないように引っ張られていた。

 だが、時折痙攣するように小さく震えるのだが、その度に頭部の上から液体がこぼれ落ちていた。

 スノウは言葉では表現しようのない怒りと嫌悪感で吐き気が込み上げて来た。

 スノウはこの姿をジェイコブたちに見せて良いのか迷っていた。

 おそらくこの状態では魔法を駆使しても治すことは不可能だろう。

 サンバダンとズールーの性格から、敢えてこの状態にして見せつけたのだと思った。

 スノウはその後、イリディアだけこの地下へ呼び、回復が可能かを確認した。


 「反吐が出る仕打ちじゃな。悪魔は恐怖で人を支配するが、こんなことはしない。これを見せられて恐怖を感じる者なのいないからじゃ。これ以上のない不快感と激しい怒りしか生まれてこない。善悪では括れない外道じゃな」


 イリディアは怒りのオーラを発しながら言った。


 「救ってやりたいが残念じゃ。この状態では回復は不可能じゃろうな。欠損部分が多すぎる。見た目上は治せるかもしれぬが、機能させることは難しい‥‥そして脳は‥‥脳だけは極めて回復が難しい。あまりにも複雑な構造だからじゃが‥‥しかも完全に液状化させられておる」


 スノウは言葉を発することができなかった。


 「仕方ないのう。妾なら葬ってやることは出来る。妾は魔女じゃ。この世界に長く生き、汚い部分も嫌というほど見て来た。生きながらえるには辛すぎる状態の者を何人も葬り弔って来た。そなたはまだそのような世界に生きるには若すぎる‥‥いや、最早世は神や魔王、天使や悪魔、様々な種族が入り混じって否応にもそなたを混沌な状態に入っているとも言える。となればそなたもこのような場面に出くわすことになるじゃろうな。さぁどうするのじゃ?これをあやつらに見せるか?それともそなたが手を下しこの者を天へ送るか。妾が代わってやってもよいぞ」

 

 スノウは手を強く握っていた。

 血が滴っている。


 「そうか‥まぁ気に病むことはない。それが当たり前の感情じゃぁ‥」

 

 スノウはイリディアの前に立った。

 そして目から涙を流しながら魔法を発動し欠損部分を何とか復元した。

 見た目は傷のない状態となったが、回復したわけではない。

 そしてスノウはトーマの胸に手を当てた。


 「せめて安らかに眠ってくれ‥‥」


 スノウはリゾーマタの氷結魔法クラス2魔法フラッシュブリージングをトーマの心臓に発動した。

 トーマの心臓は一瞬にして凍りつき止まった。


 「すまない‥‥」


 スノウは止まらない涙を流しながら謝罪した。


 フアァァァ‥‥


 「?!」


 目の前に光りの煙がトーマの体から出て来た。

 煙は徐々に人の形になっていく。

 その形はトーマの意識だった。

 光りの煙のトーマは肉体の胸に当てているスノウの手にそっと煙の手を乗せた。

 冷えたスノウの手がトーマの煙の手が触れていることで少しだけ温かみが感じられた。

 その後、光る煙は天井へと昇っていき消えた。

 スノウはそれをただ見ていることしか出来なかった。



いつも読んで下さって本当にありがとうございます。

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