<ケセド編> 136.怪しい家
136.怪しい家
ジェイコブたちは早速北の海岸沿いに建ち並ぶ家々の場所を訪れていた。
ゴーストがいるのではないかと思われる怪しい一帯にサンバダンが潜んでいる可能性があるからだ。
仮にサンバダンがいなくてもゴースト系魔物の巣窟となっているなら排除する必要がある。
ジェイコブ、ソニア、ワサン、ライドウ、アールマンの5名は手分けして家々を慎重に見て回った。
然程広いわけではないため、1時間も調べればかなり詳細まで把握できた。
「何もないぞ」
「こっちもよ。怪しい現象どころか何の気配も感じられないわ」
「やはり何もないのかもしれない。オレは少しだけロゴスの感知系魔法を使えるが、どの家にもオレたち以外の生命反応、魔力反応はなかった」
「総長、本当に言っていたような現象はあったのか?動物か何かを見間違えたか。酒を飲んでいたのだろう?まさか酔っていたとか?」
ライドウ、ソニア、ワサン、アールマンが懐疑的になっているのを見て、ジェイコブは少し不機嫌な様子で言った。
「馬鹿を言うなアールマン。私がそのようにハメを外すことがあったか?」
「なかった。アガスティアが落ちるまでは。ヴァティ騎士団が徐々に騎士団の威厳を失っていくにつれ、総長も総長としての威厳を失っていったと思う。自覚があるのだろう?」
「くっ‥‥それとこの場所の異変は無関係だアールマン。私は聞いた。そして見たのだ。人が走る足音やボールが転がるのをな。あれは決して幻覚でも気のせいでもない」
ジェイコブが自分の言い分を誰にも理解されないことに苛立ちながら話しているのを他の4人は冷ややかに見ていた。
「幻聴と幻覚か。勘弁してくれよ」
「夜だったんでしょ。月の光が何かに反射してボールが転がったようにみえたとか、足音も何か動物が音を立てたんじゃないの?」
「ふ、ふざけるな!あんたたちが調査に行けと言うから行ったんじゃないか!私は恩義に報いるために、態々こんな不気味な場所へ夜中に訪れて、確かに聞いた怪しい足音やはっきりと見たボールがあんたたちにとって有益な情報になるかもしれないと思って言ったんだぞ!信じていないなら帰ったらどうだ?!」
「おい‥怒るなよ‥‥って、おいライドウ。お前どこへ行くんだ?」
「そこの嘘つき野郎が帰れと言うから帰るんだよ。俺は野営地で昼寝でもする。くだらねぇ‥最初からこの話馬鹿馬鹿しいと思っていたんだ。全く無駄な時間を使った。そんなことより早く元の世界へ戻る方法を考えろ。役立たずどもが」
「な、何?!」
ガシ‥
ジェイコブはライドウに殴り掛かろうとしたが、アールマンに止められた。
アールマンはジェイコブではライドウに勝てないことが分かっていた上にこれ以上惨めな姿は見たくないと思っていたのだ。
ソニアとワサンは呆れたようにその様子を見ていた。
スノウと別行動になったのが不満だったようで、二人も不機嫌になっていたためだ。
ライドウに至っては最初から不機嫌だったのだが、本当に野営地へと帰ってしまった。
ジェイコブを止めているアールマンもまた、眉を顰めてジェイコブを見ていたが、その心境は複雑だった。
かつては1000人を超える騎士団を纏め上げる総長であった男が、小者に見えたからだ。
ヴァティ騎士団の総長になるためには誰よりも強く、誰よりも冷静で誰よりも忍耐強い者でなければならず、長い修行の期間で幾多の試練を乗り越えて皆に認められて任命される尊厳と名誉ある立場であり、誰しもが憧れる存在だ。
現在は行方知れずとなっているが、ジェイコブの父ギヨーム・ドモレは、史上最高の総長と言われた男だったが、ジェイコブはそれを超える存在になりうると皆期待していた。
イーギル王家に仕えながらも神託院フラターの教皇の勢力が強まるにつれて、ヴァティ騎士団の立場が危ういものとなって来た時、ジェイコブはヴァティ騎士団が王家の傘の下でい続けることを否定した。
シャーヴァル王の前王イーギル・グル・ドメルガーが亡くなった際、それがシャーヴァル王の指示でなされた暗殺であったと密かに調査を始めた前任の総長ティボー・コーズマンが何者かによって暗殺され無惨な死を遂げたことが大きなきっかけで、ヴァティ騎士団はそれ単体で力を付け、王家や神託院フラターと対等異常の立場にならなければならないとジェイコブは志を同じくする者たちに言ったのだ。
その言葉に副総長トーマや騎士長の4名は感動した。
この男についていけば間違いないと思ったのだ。
アールマンもまた、ジェイコブを誇りに思っていた一人だ。
だが目の前には苦悩しながらも冷静に判断し、騎士団の独立に向けて力強く主導していた姿はなく、駄々を捏ねて悔しそうな表情を見せている惨めな男がいるだけだった。
その時。
ガタタン!
『!!』
突如真横の家の中から大きな音が聞こえて来た。
4人は皆その音を聞いて視線を家の方へと向けた。
ソニアはワサンを見た。
ワサンはロゴスの感知系クラス1魔法のライフソナー、マジックソナーで家の中に何かいるのか確認しているが何も感知できずソニアに向かって静かに首を横に振った。
それを見たソニアは家の方を向いて警戒した。
サッ‥ササッ‥
ソニアは手で家の正面玄関と裏側の庭双方に分かれて家の中を確認しようと合図をした
ソニアとワサンは庭側から、ジェイコブとアールマンは正面玄関から回り込んで挟み撃ちにすべく静かに足音を立てずに行動を開始した。
スッ‥‥
ジェイコブは正面玄関のドアを音を立てないようにしてゆっくりと開けた。
アールマンへ目で合図しながら静かに家の中へと入っていく。
一方ソニアとワサンも庭から家へと近づいた。
「!」
庭の引き窓には鍵がかかっておらず、静かに家の中へと入っていく。
ワサンの感知系魔法には相変わらず4人以外の反応はない。
ドンドンドンドンドン!
突如家の奥の方からまるで階段を降りるような音が聞こえた。
リビングがあり、その奥に廊下があってさらに奥には階段がある間取りだったが、ソニアとワサンは廊下に辿り着き、丁度階段の手すりが見え始めた時、前方からジェイコブとアールマンの姿見えた。
だが、その表情は階段の上の方を向いており、目を見開いて驚きの表情を見せていた。
ソニアとワサンはその様子を見て、顔を見合わせていたが、ジェイコブたちに再び視線を向けた瞬間、ふたりもジェイコブたちと同じ表情になった。
トントンッドン!タッタッタッタッタ!
『!!』
突如おさげの髪型をした女の子が階段を降りて来て、最後の二段をジャンプして着地したかと思うと、そのまま庭の方向に向かって廊下を走り出したのだ。
『!!』
そしてそのおさげの女の子はソニアとワサンの方へと走って来たのだが、ふたりに気づくことなくそのまま走って来て、なんとふたりの体をすり抜けて行ったのだ。
女の子はそのまま庭へ出て行った。
『‥‥‥‥』
4人は呆然としていた。
魔物と何度も戦い、ツァラトゥにも遭遇し、アガスティアが空から墜ちるところにも遭遇した4人にもはや驚くことなどないと思われたが、4人とも驚きのあまり呆然としていた。
“幽霊を見たのか?!”
4人とも声には出さず、お互いの顔を見ながら目で会話していた。
ゴースト系魔物ではなく、幽霊そのものを見たのだと思った。
そして未知の存在を目の当たりにして良い知れぬ恐怖を感じていた。
ワサンは他の3人に手で合図し、足音を立てずに庭の方へと向かった。
庭に出てみるとおさげの女の子の姿は消えていた。
4人は静かにその家を出て、野営場所へと戻ることにした。
道中しばらく無言だったが、アールマンが最初に口を開いた。
「総長、すまなかった。私が私が一番貴方を疑ってはならない立場であったのに、疑ってしまった。どのような叱責でも罰でも受けよう。思うままに言ってくれ」
「ジェイコブ。オレからも謝罪する。あんな態度をとって済まなかった。お前は正しかったよ」
「私もごめんなさい。ちゃんと話も聞かずに酷いこと言ってしまったわ」
3人の謝罪を受けてジェイコブは逆に自分の駄々を捏ねたような態度を恥じて反省していた。
「いや、君たちの反応はもっともだよ。どうやら私には冷静さが欠けていたようだ。信じがたい状況を聞かされて、でも調べてもそのような現象は起こらないとなれば疑うのも当然。人は実際に見聞きするまで確信を得ることは難しいからね。そんな基本的なことも分からずに逆に私の言うことを理解してくれない君たちを責めるような態度をとってしまった。全く恥ずかしい限りだ。この通り、どうか許してほしい」
ジェイコブは頭を下げた。
その姿を見て3人は優しい笑顔になった。
自分の非を認め謝罪できる冷静さと度量がなければ一組織のリーダーにはなれない。
ジェイコブにはそれがあった。
アールマンは、ヴァティ騎士団はほぼ壊滅してしまったが、かつての輝いていた総長の姿をジェイコブに見ていた。
「さて、ジェイコブの見た現象の謎も解けた。このまま野営地へと戻るのも何だから、スノウたちと合流しないか?」
「グッドアイデアよワサン!行きましょ!」
「賛成だ。私もトーマの行方が知れず心配だったんだ」
4人はそのままムフウの街経由で西の海岸の方へと向かった。
だが、ジェイコブにはひとつだけ気になることがあった。
それはおさげの女の子が階段を降りてくる時に、何かを叫んでいるような仕草っただのだが、感覚的に読唇した時、おさげの女の子は確かにこう言っていたのだ。
”お空が光ってる!光の線がおそってくる!” と。
・・・・・
スノウたちは街での聞き込みを早々に切り上げて、風が吹いてくる方向へと向かうことにした。
どこで聞き込みをしても、皆、突然風が吹き始めたことに不思議がっているだけで原因を突き止めようとするものや、そういう行動を起こした者がいなかったのだ。
「昼間は風が弱いと言っていたがそこそこ吹いている。これなら風向きが分かるから風の発生源まで辿り着けそうだな」
「風には魔力を感じる。いや魔力というよりもっと別の力じゃのう。これは何かあるやもしれぬ。慎重に進むのがよいじゃろう」
イリディアの感じる何らかの力はスノウも感じていた。
そしてそれはアリオクも同様に感じ取っていた。
しばらく進むと風が徐々に強くなって来た。
「ちょっと待て」
突然アリオクが言った。
その理由を他の皆も理解した。
何故なら凄まじい高圧的なオーラが襲って来たからだ。
「隠れていないで出て来たらどうだ?」
アリオクがそう言うと、前方の空間が歪みだし突如人影が現れた。
『!』
スノウ、フランシア、イリディア、カディールは警戒して武器を構えた。
目の前に現れたのは黒いスーツを着た頭部が梟の男だった。
「このような場所で何をしているアモン」
目の前に現れたのは魔王アモンだった。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




