<ケセド編> 133.出発
133.出発
スノウ、フランシア、ヴァティ騎士団の5名は無事にダブハバナの呪縛から解放された。
魔刀 刻焔の効力によってこの世界の理である、4つの街を順に回り、それぞれの街で悟りを得ながら最期を迎える流れから外れた存在となった。
これでどの街へ行ってもこの世界の理の影響を受けることはない。
ダブハバナの影響を受けることはなくなったということだ。
・・・・・・
――翌朝――
「本当に世話になったよ。ありがとうシャルギレン」
スノウ、フランシア、アリオク、ルナリの4人はこの街を出てケセド最西端にある街ムフウに向かうため、別れの挨拶として万空寺でシャルギレンを尋ねていた。
「お前さんたち本当に運が良かったな。俺がこの街に気まぐれで帰って来なけりゃ、今頃まだ怯えてたわけだ。この先毎晩怯えて、いつしか超強化されたダブハバナに脳みそ食い荒らされて錯乱状態化していたってこともありうる。本当に運が良かったな。気まぐれな俺がこの街に立ち寄る判断をしたおかげってことだがなぁ」
「あ、ああ‥‥」
感動的な握手で別れることを想像していたスノウは、シャルギレンの恩着せがましい言い方に言葉を詰まらせた。
「ははは!冗談だよ!これはお前さんたちの運命なんだろう。俺はそれに引き寄せられただけだ。お前さんたちはこの世界に呼ばれた存在なのかもしれねぇ。この世界が何かを求めていて、それに呼ばれたってことだ。普通イシュタル様はそう簡単に見ず知らずの者に会ったりはしないんだ。彼の方は神は神だが、豊穣と慈愛の神だ。軍神じゃねぇ。剣を振るうこともなければ、軍を指揮することもねぇんだ。だから俺たち万空寺の者がイシュタル様の警護を行っているんだがな」
「そうなのか?」
「ああ。俺の弟子たちはこのケセドに散らばっている。特にイシュタル様のおられる喜びの街ウレデにも数人の範士とその弟子たちがいる。そこの魔王さんの力ですんなり城の内部まで入られちまったようだがなぁ」
「範士や弟子がイシュタルを守っているのか‥‥」
スノウはアリオクの顔をみた。
「まぁそのような気配は感じられたがな」
「魔王さんにかかっちゃぁ俺たちなんざ蟻ンコ以下ってことだなぁ!はっはっはっ!そうそう、これからお前さんたちが向かう街のムフウにも俺の弟子がいるから上手く連携してくれ。名前はカンダタだ」
「カンダタ‥‥」
スノウはその名をどこかで聞いたような気がしたが思い出せないので考えないことにした。
「それじゃぁ出発するよ。世話になった。ありがとう」
「おぉぉぉい!」
寺院内から大声で呼ぶ声がした。
呼んでいるのはジェイコブだった。
「はぁはぁ‥‥出発するならそう言ってくれ‥」
「あ、あぁすまない。どうしたんだ?」
「いや、我らヴァティ騎士団‥‥いや、もはや騎士団とは呼べないな‥‥ヴァティ3騎士も一緒に連れて行ってくれないか?」
「はぁ?!」
スノウは若干困った表情を交えつつ驚きの顔を見せた。
「我らヴァティ騎士は恩義に報いなければならない。シャルギレン殿にも多大なる恩義があるが、スノウにもそれ以上の恩義がある。どうか我らに恩義に報いるチャンスをくれないか?」
スノウは他のメンバーの顔を見た。
皆スノウに任せるという表情だった。
「分かったが、何故3人なんだ?5人来られても困ってしまうが、他の二人は?」
スノウの言う通り、ここにやって来たのは総長のジェイコブ、副総長のトーマ、騎士長のアールマンの3人だったのだ。
「ベルトランドとフィリップはここに残る。我らも強くならなければならない。ここ万空寺で学べる万空理を体得することも含め、シャルギレン殿への恩に報いることにしたのだ。本来なら5人揃って行動したいところだが、昨晩会議を行いそうすることと決めた」
「そうか。おれ達と行動を共にしても強くなれる保証はないから、皆ここに残って万空理の悟りの修行をした方がいい気もするが、どうしてもと言うなら止めないよ」
「ありがとう!」
ジェイコブ達は喜びというより安堵の表情を浮かべた。
「じゃぁそろそろ出発しよう。ジェイコブ、君たち準備は出来ているか?」
「もちろんだ。すぐにでも出発できる」
「じゃぁ行こう。それじゃぁシャルギレン、再会の機会があるか分からないから、最後にもう一度礼を言わせてもらう。本当にありがとう」
そう言ってスノウ達は偽悪の街ミールを出発した。
それを見送っていたシャルギレンはスノウの後ろ姿を見ながらぼそりと言った。
「イシュタル様が気にかけるほどの存在だ。この世界で彼は何か重要な役割を担い果たすのだろうな。しかし間に合って良かった。イシュタル様も無茶を仰る。ヒノウミの活動状況を確認している最中に半日でミールに向かえとか、尋常じゃない‥‥」
“聞こえているんだけど”
「!!」
背後から声が聞こえてきたため、シャルギレンが振り返るとそこにはイシュタルがいた。
だが、その姿は透けており、まるでホログラムのようだった。
「盗み聞きとはお人が悪いですよイシュタル様」
“盗み聞きとは聞き捨てならないよシャルギレン。でも無事にこの世界の理を知ってもらえたということだね”
「そうですね。スノウ本人も何か吹っ切れた様子でしたし、結果的に良かったと思います」
“彼らにお願いしなければならない話は、この世界の理を根本から理解していることが大前提だからね。助かったよ。このままヒノウミに戻りたいなら、手を貸すけどどうする?”
「結構です」
“わざわざ戻って来たみたいな言い方だったから、すぐに戻れた方がいいんじゃないのかい”
「いや、結構です。貴方に吹っ飛ばされると着地が難しいのですよ。しかも行き先はヒノウミですから。下手すりゃマグマに一直線になってしまうでしょ」
“おいおい、私がそんなにいい加減な力の使い方をするように見えているのかい?何なら強制的に送ってあげてもいいだよ?”
「いいえ。言葉は悪いかもしれませんが、お断りしますよ、本当に」
“つれないな。まぁいい、とにかく今回はご苦労だったね。任務に戻ってくれてよいよ”
「分かりましたが、俺の弟子たちを俺と同レベルでこき使うのはやめて下さいよ?あいつらはまだイシュタル様を心お優しい女神様だって言っているんですから」
“おや、まるで君はそう思っていないかのように聞こえるけど”
「も、もういいですか?Sの気があるイシュタル様との会話はいつもこうなる‥‥」
“ははは、悪かった。シャルギレンは弄り甲斐があるかさ。じゃぁよろしくたのんだよ”
シュゥゥ‥
イシュタルは消えた。
(イシュタル様はああ仰っているが、スノウたちにはちと荷が重すぎるよな‥‥となれば俺も呑気にのんびり調査している場合じゃないな)
シャルギレンは寺院の中へと入って行った。
・・・・・
スノウたちは偽悪の街ミールを出てワサンたちが張っている野営地に向かった。
数キロメートルしか離れていないため、すぐに到着した。
「シア!!」
ワサンは顔を強張らせながらも安堵の表情を浮かべつつ叫んでフランシアのもとへ駆け寄った。
「大丈夫だったか?!」
「あらワサン。あなたごときが私に大丈夫かだなんてどういう思い上がり?大丈夫に決まっているでしょ?」
「だが、オレを庇って崩壊核に吸い込まれてしまったから‥」
「ああ、そんなことを気にしていたのね。あれは興味があったからあえてああいう行動をとったのよ。あの中に入った先にある情報をマスターに届けたいと思って。だからあなたが何かを気にかける必要なんてないし、それこそ思い上がりよ。むしろ邪魔だったんだから」
「そ、そうか、なら良かった。とにかく無事で良かったよ」
ジェイコブたちはフランシアのワサンに対する物言いを聞くに耐えないというように眉を顰めて見ていたが、ワサン本人はそれがフランシアの優しさであることは分かっていた。
ジェイコブ達の表情を見てスノウはジェイコブの肩に手を乗せて言った。
「あれはシア流の気遣いなんだ。シアは人とのコミュニケーションがちょっと違うからな。仲間以外から見たら酷い言い方かもしれないが、あれでもシアの変貌ぶりに驚くくらいだ。彼女は彼女なりに仲間であるワサンを大事に思っているし、ワサンに後ろめたさがあることも知っている。彼女なりに、もう気にするなって言っているんだよ」
「そうなのか‥。ヴァティ騎士団で活動してくれていた時は普通に会話しているようにしか見えなかったが‥‥やはり、スパイ活‥‥あ、すまん、腰掛けで騎士団にいたからで、本当の仲間は君の率いる一団なんだな」
「スパイ活動と思われても仕方がないよ。情報は生命線のひとつでもあるからな。だが、おれ達の目的は争うことじゃない。何かを支配したいとか、権力を握りたいとか、善悪とかそういうものとは関係ないんだ。ただ単純に仲間と冒険をする‥‥それだけだ。いかんせん、おれ達やおれ達が守りたい人たちに攻撃を仕掛けてくる者が多いから困っているんだけど‥‥」
「なるほど。それは強き集団の宿命だろう‥‥」
ジェイコブはスノウを羨ましそうな目で見ながら言った。
「スノウ。上手くいったようじゃな」
イリディアがスノウに話しかけて来た。
「ああ。やはりお前たちを置いて行ったのは正解だった。人の意識を貪り食って精神を壊すダブハバナという存在がいたんだ。ヴァティ騎士団もいたから結局ギリギリで何とか影響を受けずにすんだが、お前達までいたらおそらく何人かはダブハバナの犠牲になっていただろう」
イリディアはスノウの返答に答えず、目でなぜジェイコブたちがいるのかを尋ねていた。
「ああ、そういうことか。シアは元々ヴァティ騎士団にいたし、崩壊核に飲み込まれた際もジェイコブ達と一緒だったんだ。それでミールでも一緒にいた。結果的にシア含めヴァティ騎士団の生き残りたちも救う形となり、恩義を感じてくれておれ達に協力してくれることになったんだ」
「なるほど。役に立たない者が増えたところで足手纏いじゃが、これはお前の判断。何かあっても妾とカディールは見捨てる。お前の裁量で対応するのじゃな」
「‥‥‥‥」
ジェイコブはイリディアに反論しようとしたが、言い返すことが出来なかった。
後ろにいるトーマとアールマンもまた悔しそうな表情を浮かべて黙っていた。
「分かっているよ。お前らには迷惑はかけない。さて、早速ムフウに向けて出発したいんだが、皆準備はいいか?」
「はい!」
ソニアの元気な返事が聞こえて来た。
せっかくスノウと行動を共にすることになったのにも関わらず、また数日別行動となっていたため、ソニアは元気がなかったらしいのだが、スノウが帰ってくるなり突然元気になったらしい。
シンザも嬉しそうだったが、ルナリがシンザにくっついて離れなかったので、素直に嬉しさを表現できずにいた。
「大丈夫だ。いつでも出られるぞ」
ワサンが言った。
「よし、それじゃぁ出発だ!」
いつの間にか様々な背景をもつ者たちが集まり13名とそれなりの大人数となった一団だが、意見が大きく割れることなくスノウをリーダーとしてある程度の纏まりのある形となった。
そしてケセド最西端にある街ムフウを目指して出発した。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




