<ケセド編> 130.大範士シャルギレン
130.大範士シャルギレン
「ありがとう!」
ジェイコブはスノウの手を強く握り、何度も礼を言って来た。
礼を言われることに慣れていないスノウは気恥ずかしいのか、苦い表情で手を離そうとしている。
「分かったから、気にしないでくれ。おれはおれが出来ることをやったまでだし、失敗する可能性だってあったんだ。偶々結果が良かっただけであって、あの呪いに必死に抗っていた君たちもまた頑張ったんだ。とにかくもういいから」
「いや、そういう訳にはいかない。我らは騎士だ。恩義には報いなければならない。スノウ、君がもし窮地に立たされるようなことがあれば、我らは君に加勢する。命を賭してでもな」
「大袈裟な‥わ、分かったから‥もう止めてくれ」
「いや、俺からも礼を言わせてくれスノウ」
今度は副総長のトーマが礼を言って来た。
「俺たちの力はお前には到底及ばないだろうけど、それでも俺たちはお前に恩を返したいんだ」
「私もだ。このアールマン、騎士長の名にかけて貴方の役に立つと約束しよう」
「私はベルトランド。微力ながら私も貴殿のためにこの命を使わせて頂く」
スノウはうんざりした表情で言葉を返した。
「本当に大袈裟だよ!とにかくもう止めてくれ!」
「おお、すまない」
スノウが若干声を荒げたことで申し訳なく思ったのかジェイコブたちは大人しくなった。
フィリップだけは少し離れた場所で何も言えないでいた。
失禁までしてしまい、挙句には精神力で制御できず呪いで体を動かされてしまったため、錯乱状態化する寸前にまでなってしまったことがあまりにも情けなく、礼を言い出せないほど恥じていたのだろう。
特に義弟と思っているワサンに伝わってしまうのではないかという不安があり、自分を律することができなかった後悔で穴があったら入りたい気持ちで押しつぶされそうだった。
そして、自分の心の中にある負の感情をダブハバナに見抜かれ他の者達の前で指摘されてしまったこともあったようだった。
・・・・・
――翌日――
夜の騒動と、ここ数日の恐怖で寝付けなかったことからヴァティ騎士団の5名は昼過ぎまで寝ていた。
スノウも疲れた溜まっていたのか、起床したのは昼過ぎだった。
ガサガサ‥‥
アリオクは荷物を纏めていた。
自分の荷物だけでなく、スノウとルナリの分も纏めていた。
「はああぁぁぁ‥‥ん?アリオク‥それはおれの荷物だが何をしている?」
「ここでの用事は済んだ。今度は俺の用事に付き合ってもらうことになる。だが、距離もあるから午前中に携帯できる食料や今後の旅で役立ちそうな道具や薬草を買い込んできたのだが、それぞれ分配しておいた方がよいと思ってな。いつまでも寝ているものだから、待ちきれず荷造りだけさせてもらったのだ」
何か物を盗むような小者ではないことから、必要な何かをしてくれているのだと思ってはいたが、まさか魔王が必要な物資を買い込んで荷物を整理してくれていたとは思わず、スノウは目を丸くして驚いた表情を見せた。
「あんた魔王らしくないな」
「‥‥魔王らしいとはどういう意味だ?必要なことなら、誰でもするだろう?魔王はとか、ニンゲンはとか、神はとかの違いがあるとは思えんがな。俺は復讐を請け負うことを生業のひとつにしている。依頼人の思いを果たすことは容易じゃ無い。何の感情移入もない分、気が緩むこともある。だが、気の緩みは死に直結することもあるのだ。つまり、気を抜かず油断せず依頼を遂行する必要があるんだが、それをするために必要なのは8割が準備だ。準備を怠ってしまうと、困るのは行動を起こした真っ最中だったりするわけだ。正に誰かを滅する瞬間に、準備不足で自分が窮地に追いやれることがあるとすれば、その状況から挽回しようにも、対応は後手に回ることになる。その状況をひっくり返すのは相当な思考能力と労力を要する。下手をすればこちらがやられるわけだ。だから俺は準備をした。俺だけでなく、一緒に行動をするお前やルナリの分もだ。これはチームで動く活動だ。同じチームメンバーの準備を整えることも準備不足を回避するための重要なことなのだ」
「そ、その通りだな‥‥」
魔王らしく無いというコメントでここまで正論でしっかり長々と返されるとは思っていなかったスノウは、アリオクは真面目な性格なのだと思った。
クイッ‥クイ‥
突如ルナリが部屋に入って来て、無言でスノウの袖をひっぱり外を見るように窓を指差した。
ガタン‥ザワザワザワ‥‥
窓を開けるとそとから人々の騒ついている声が聞こえて来た。
「何かあったのか?ルナリ、何か見たのかい?」
ルナリは首を横に振った。
窓から顔を出すと、大通りに人だかりができているのが見えた。
だが、なぜ人だかりが出来ているのはか見えなかった。
ガチャ‥
「マスター。昼食を持って来ました」
フランシアが昼食を持って部屋に入って来た。
「ありがとう」
(お、多い‥‥)
フランシアが持ってきた食事はかなりの量があり、裕に3食分はあった。
おそらく、昨日のダブハバナとの戦いで気力、体力を大きく消耗したと思ったフランシアが宿に併設されているレストランで色々と作ってもらった料理をスノウに元気になってもらう一心で沢山持って来たようだった。
「み、みんなで食べようか?」
「いえ、これはマスターの分です。魔王は食事はしませんし、ホムンクルスは水を飲んでいれば問題ありません。私は既に食事を摂りましたから、これは全てマスターの分です。ゆっくり味わって食べてください」
(魔王は食事しない‥‥ホムンクルスは水だけ‥‥凄まじい偏見だ‥)
呆れ顔のアリオクと物欲しそうにしているルナリを見ながらスノウは思ったが、フランシアからは “食べたら殺す” オーラが出ていたため、ルナリは泣く泣く諦めたという残念そうな表情を見せた。
「ところで外が騒がしいんだが、何か知っているか?」
「はい。何やらこの街で有名な者が何年かぶりに帰ってきたとかで盛り上がっていました」
「有名な者?」
「万空寺の名誉大範士とか先生とか呼ばれている人物でした。万空寺はその者が管理していることのようです」
「万空寺の名誉大範士‥‥」
(シャルマーニの先祖だったり‥‥いや、まさかな‥‥いや寧ろあり得るか‥‥)
「名前は聞いたかシア?」
「確か‥‥シャルギレンとか言われていましたね」
「シャルギレン‥‥」
(近いようで近く無い感じの名前だな‥‥シャル繋がりってこともあるか‥‥)
スノウは街中が少し落ち着いてからシャルギレンに会ってみようと思った。
・・・・・
2時間もすると、シャルギレンが万空寺に入ってしばらく時間が経過したこともあり、街中は大人しくなりいつもの通り、大通りには座禅を組んで瞑想する者達が現れ始めた。
現れ始めたというより、人の波が去ったことで座禅を組んでいる者達が見えるようになったというのが正しく、瞑想している者達は目の前の騒がしい状況でも変わらず瞑想していたのだった。
スノウはフランシアと共に万空寺を訪れていた。
だが多くの人だかりができており、中に入ることが出来ない。
「すごい人だな」
「シャルギレンがいるのでしょう」
「皆何しに来ているんだ?万空寺の名誉大範士の顔を一目見たいとかいう理由だったら呆れるぞ‥‥。ここは修行したりや悟りを開いたりする場であって、瞑想している者達の邪魔になるようなことは避けるべきだからな。人払いしないってのは、人気で浮かれているチャラいキャラってことになる」
「懲らしめますか?」
「ははは!それも面白いな!真面目に指導し導かないならお仕置きだってか!」
「おいおいそんなことされたら立ち直れねぇよ俺」
『!!』
スノウとフランシアは突如背後から会話に入って来た者に驚いて振り返った。
そこにはローブを着てフードを深々と被った男がいた。
眼帯のように左目を布で覆っている。
背中には長刀を背負っている。
「誰だ?!」
「おお、すまんな。俺は今お前さん達が噂していたチャラい名誉大範士だ」
「シャルギレンか?」
「いかにも」
「マスターはここへお前に会いに来たの。この邪魔な者達をどうにかして?」
「ははは!随分な言い方する嬢ちゃんだなぁ!気に入った。二人ともこっちへ来な」
シャルギレンと名乗った男はスノウとフランシアを連れ万空寺の外壁沿いに歩いて行き、裏口から入った。
裏口には小さな離れが建てられており、シャルギレンはそこへ入っていく。
大きさは日本の茶室程度で人一人が眠れる必要最低限のスペースしかない。
中に入ると正に茶室そのものであり、炉があり、茶具も並んでいる。
「ちょっと狭く感じるかもしれないが、これもまた互いを知る距離と思ってくれや」
そう言ってシャルギレンはお湯を沸かし始めた。
「茶‥‥か?」
「おお!なぜ分かった?!これはケセドにはない文化なんだぜ?‥‥もしかしてお前さんジョウと同じ世界から来たのかい?」」
「ジョウ?」
「ああ、すまねぇな。俺が勝手にそう呼んでたんだが、本名はなんだったかな。キサラギ‥ジョウジー‥だったか」
「スメラギじゃないか?」
「おお!そうそう!それだ!この茶ってのはな、スメラギのジョウに教えてもらったんだよ。炉や茶具もあいつが作ってくれたんだ。この距離感と作法が偉く気に入ってしまってな。ってことはやっぱりお前さん、ジョウと同じ世界から来たってことだな?」
「ああ。スメラギさんは今どこに?」
「ケセドにはもういないだろうな。ジョウと交流があったのは20年以上前の話だ」
「20年?!」
(スメラギさん、あんた一体どの時代のどこを行き来してんだよ‥‥)
「20年前といえばまだ俺も若くてな。モテモテで4つの街にそれぞれ彼女がいてよ。どこ行っても大変だったんだぜ?まぁ今でも俺にぞっこんなやつらで可愛いんだがよ」
「貴方、欲の塊みたいな人ね。そんな人物がこの寺の大範士だっていうのはあり得ないわ」
「まぁそうなるわな。お、湯が沸いたな。ちょっと待ってくれや。今茶を淹れるから」
そう言うとシャルギレンは手際よく茶をたて始めた。
そして正に程よく泡だった抹茶をたててスノウとフランシアに茶を出した。
「まさかこんなところで抹茶が飲めるとは‥」
スノウは感慨深い思いで茶を飲み干した。
「さて、これで俺たちは知り合いになったということだ。そろそろ名乗ってくれてもいいころだと思うんだがな」
「あ、ああ、すっかり名乗った気でいた。おれはスノウ。スノウ・ウルスラグナだ。そして彼女はフランシアだ」
「スノウ、そしてフランシアの嬢ちゃんか。よろしくな」
「それで?質問に答えなさい」
「おお、怖ぇな。まぁ気の強い嬢ちゃんは嫌いじゃ無いけどな。まぁ見ての通り、俺はこんなだ。自由奔放、欲のままにケセドの地を回っている。普通ならこの世界のルールに従って一生で得るべき悟りと辿るべき順番通りに生きる必要がある。だが、俺はそれを全く無視している状態だな。じゃぁなんでそんな俺がダブハバナに頭ごちゃごちゃにされずにいられるか‥だが‥」
そう言うと背後に置いていた長刀を手に取った。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




