<ケセド編> 129.空連操塵
129.空連操塵
ギュゥ‥‥
スノウはフランシアの抱きつく力と体温を感じた。
日本で忍び寄る謎の影から逃げるように自分の手をとって連れ出し、突如ゲートを開いて超凝縮魔力の川のカルパへと共に身を投じた。
その後は何が起こったか分からないが、フランシアと逸れてしまい、スノウはひとりホドに流れ着いた。
そこでのアレックスたちとの出会いがスノウの卑屈で腐った性格を変えていく。
フランシアがいなければ今のスノウは存在していない。
自分を救ってくれた恩人であり、自分を無条件でマスターと慕ってくれる不思議な女性だった。
(そう言えばおれはシアのことを殆ど知らない‥‥)
何故日本で富良野紫亜と名乗り雪斗に近づいたのか。
まるで遥か昔から自分のことを知っていたような態度。
スノウに関係のないことに対しては、どこか感情のネジが抜けてしまっている冷たさもある。
冷たさというより虫を平気で掴んで引きちぎる子供のような無邪気さと言ったほうがよい。
「‥‥‥‥」
だが、そんなことはどうでもよかった。
フランシアは紛れもなく自分にとって大切な存在であり、自分よりも大事なレヴルストラのメンバーのひとりだ。
そしてスノウは今、自分に感情の全てを預け力一杯抱きついている姿を見て、今この瞬間が全てであり、過去がどうとか未来がどうなるなどどうでもよくなったのだった。
ギュゥゥゥ‥‥
スノウはフランシアを抱きしめ返した。
パッ‥‥
そして気持ちを全て受け取ったという感覚に満たされた後解放した。
「ところで大丈夫なのか?ダブハバナ‥‥ジェイコブは死神と言っていたが、呪いをかけられているんだろ?」
「大丈夫です。精神世界が汚染されるイメージが植え付けられ、それに対する恐怖はありますが、あれは悪意の実体化した存在です。実体化した者なら倒せます。今その方法を模索していたところです」
「ははは!シアらしいな、やっぱり。だが真剣にあれにどう対処するか考えなければならない」
スタ‥スタ‥スタ‥
「お前がフランシアか」
少し遅れてアリオクとルナリがやって来た。
気を利かせたようだった。
離れた場所から見ていたようで、ルナリはスノウとフランシアのことを交互に見て不思議そうな表情を見せていた。
「こいつらは何ですか?」
明らかにスノウと行動を共にしているように見えるアリオクとルナリに嫉妬しているかのようにフランシアは厳しい表情で言った。
「彼はアリオク。魔王だ。ネツァクにたサンバダンがこの世界に越界しているんだが、彼はやつを捕えるためにここへ来た。一時的に行動を共にしている。ルナリはホムンクルスだ。シャーヴァルが古の技術で復活させた存在だが、彼女はシンザを慕っていてな。一緒に行動しているんだが、ふたりともダブハバナから呪いを受ける対象ではないから一緒にこの街に来てもらったんだ」
「あっあーなるほど。マスターの力を頼って寄り付いている蝿みたいなものですね。安心しました。それなら用済みになったら振り払えばいいですから」
『‥‥‥‥』
アリオクとルナリは無言になった。
「ははは‥‥ま、まぁシアは時々表現が独特になる時があるんだ。悪気は無いから気にしないでくれ」
スノウは苦い表情で言った。
「さて、それじゃぁ一旦宿屋に戻って作戦を立てよう。まずはダブハバナ対策だ。このまま街を出てもいいが、ジェイコブたちも救ってやりたい。行きがかり上助けると言ってしまったしな。恐怖で完全に身動きが取れない状態になっているから連れ出すことは難しいだろう。それにそもそも逃げたところでやつの呪いを振り払うことが出来るのか分からないから、出来ればダブハバナを消滅させたい」
「分かりました」
スノウたちは宿屋へ戻った。
夜になればまたダブハバナがやって来るはずだった。
スノウにとっては2日目、シアやジェイコブたちにとっては3日目であり、話が本当ならシアやジェイコブたちは今晩ダブハバナに襲われて錯乱状態化してしまうはずだった。
「実はおれは万空理をかじったことがある。ネツァクにアブダという人物がいて、彼に教わったんだ。ネツァクには十悪と呼ばれる負の感情の集合体がいて、それがダブハバナと似ている存在なんだが、万空理の悟りのひとつを使って消滅させたことがあるんだ」
「流石はマスターです。アブダとはザブダの子孫ですね。私がネツァクにいた時にも万空理を使う者がいました。名をアルサールといい、彼はザブダ‥‥つまり万空理の真理を最初に悟った開祖と言われるザブダの生まれ変わりだと主張していました」
「おれのいた時代からかなり後の時間軸だよな。アブダは死に、弟のルブダが万空理の修行を先導していたんだが、ザブダとはアブダとルブダの存在が合わさったような象徴なのかもしれないな。万空理の追求はあったらしいが、アブダが最初に悟ったと聞いている。アブダの死後、弟のルブダがその意志を継いだんだ」
スノウはアブダやルブダを思い出したが、その直後何故かリリアラの顔が浮かんだ。
優しく微笑んでいる顔だったが、スノウは心がズキンと痛むのを感じた。
「そ、それで本題に戻ると、おれはこれから万空寺へ行き、かつて十悪を倒した力を再び使えるように瞑想してくるつもりだ。最初は使いこなせないと思っていたが、昨晩からずっと空視を使っていることもあってか、感覚を取り戻しつつある。ダブハバナがやってくる前までに戻ってくる。それまでやつから距離をとって警戒していてくれ」
「分かりました」
「俺たちは何をすればいいのだ?」
アリオクの申し出にルナリは頷いている。
「特に何もしなくていい。いや、もしシアやおれ、他の者達が精神錯乱させられそうになったら、例の妨害洗脳をやってくれ。ルナリはそれを手伝ってほしい」
「分かった。簡単なことだな」
アリオクの返答を聞いて、ルナリは頷いた。
「よし、それじゃぁ準備開始だ」
・・・・・
スノウは万空寺にやって来てから個室で万空理の中のいくつかの能力を試していた。
ぎこちない部分もあるが、大範士の上位弟子のひとりが丁寧に導いてくれたため、スノウはあまり時間をかけずに十悪を葬った際の悟りの術を思い出し始めた。
(これなら間に合うかもしれない‥‥いや、かもしれないじゃだめだ。確実に思い出し、使いこなしてみせる)
・・・・・
そして夜になった。
スノウ、シア、アリオク、ルナリは万空寺に待機していた。
守ると約束した相手のヴァティ騎士団の5名がいたことと、スノウがギリギリまで万空理の悟りのひとつを思い出す時間に使いたかったからだ。
夜も更けた頃、静まり返った大通りの奥から何かを引きずるような音が聞こえ始めた。
ズズズ‥‥ズズズ‥‥
瞑想している一人ひとりの顔を覗き込んでは反応のない瞑想者に不満げな動きを見せつつ、徐々に万空寺に近づいて来た。
万空寺の奥の部屋でジェイコブたちは座禅し瞑想しながらダブハバナのことを考えないように意識を集中していたのだが、フィリップだけはダブハバナの様子を見るために、柱の影から外の様子を窺っていた。
カッ!
ダブハバナは突如不気味な髑髏の目をフィリップに向けた。
「ひっ!」
ダブハバナが突如フィリップの方に顔だけ向けたため、フィリップは思わず情けない声をあげてしまった。
あまりの恐怖で足がガクガク震えていた。
ダブハバナはフィリップをじっと見つめており、柱の影に隠れてもダブハバナに見られている感覚に襲われ恐怖で失禁してしまった。
その様子が何故か離れているジェイコブたちの脳裏に流れ込んできたため、彼らは座禅を組みながら激しく震えだした。
一方、フランシア、アリオク、ルナリは戦闘体勢をとっていた。
そしてスノウは万空寺の門の下で座禅を組んでいた。
目を瞑った状態で座禅を組みつつ、手を色々と動かしている。
まるで目の前に寄木細工の箱があり、それを動かし解きながら開けようとしているかのような動きをしている。
凄まじい集中力でダブハバナが近づいていることすら気に留めていないほどだった。
ズズズ‥‥ズズズ‥‥ズズズ‥‥
そしていよいよ骸骨がドス黒い煙を纏った姿のダブハバナが万空寺のすぐ近くまでやってきた。
スノウが瞑想している門まであと30メートルといったところだ。
「ぬぅぅ‥‥恐ろしい‥‥」
「体が引っ張られる感覚がある。まるで引き寄せられるかのように‥‥そして脳をぐちゃぐちゃに弄られる恐怖がある‥‥」
「誰か私を柱にくくりつけてはくれないか?体が勝手に動き出しそうなのです」
ダブハバナが近づいて来たことでジェイコブたちはダブハバナの呪いの影響なのか、心は恐怖心で押しつぶされそうになっているにも関わらず、体はダブハバナの方へ行かなければという感覚に襲われていた。
フィリップは口から泡を拭きながら立ち上がった。
「ううぅ‥体を抑えられない‥‥た、助けてくれ‥‥」
タタ‥タタタ‥
フィリップは奇妙な動きで外に向かって走りだした。
「おい、やつは何をしているんだ?」
「呪いで体が引っ張られているのを精神力で抑えきれないんだわ」
フランシアはフィリップを止めるために前に出ようとしたが、アリオクが止めた。
「俺はお前を守るよう言われている。残念だがあの男は見捨てる」
「だめよ。マスターは彼らも守ると言ったの。それは私も彼らを守らなければならないということだわ」
「だめだ。お前の使命感は分かるが、お前が錯乱するようなことがあれば、それはスノウにとって最悪の結末ということになる」
「‥‥‥‥」
ガッ!
フランシアはアリオクの言葉を聞かずに前に出た。
「私は平気。きっとマスターが助けてくれるから。でもフィリップは今止めなければならない」
フィリップは一心不乱にダブハバナに向かって走っていく。
数メートルというところに差し掛かったところでダブハバナのドス黒い煙の中からせり出るようにして頭蓋と骨の手が伸びて来た。
“臭う‥臭うぞ‥‥虚言と憤怒の臭いがする‥‥騙され尊厳を貶められたことに際限なく怒りを覚えているな‥‥そして自分を偽って復讐を遂げようとしている‥‥さぁこっちを見ろぉぉぉ!”
「ぎゃぁぁぁ!」
フィリップは悲鳴をあげた。
必死に目を閉じていたが、あまりの恐怖で逆に目を開けてしまったのだ。
その例えようの無い恐怖の権化のような姿を見てこれまで発したことのない悲鳴をあげたのだった
“見ぃたぁなぁ!!”
ダブハバナが大きな口を開けフィリップの頭部を丸呑みするように噛みつこうとした瞬間、フィリップは強引に後ろに引っ張る力を感じた。
グィィィ!!‥カプンッ!!
背後からフランシアがフィリップの服を引っ張ったことで間一髪のところで噛みつきを避けることができた。
“貪欲に塗れた姿が見えるぞ‥‥我を見たなぁ!!”
ダブハバナはそのまま今度は対象をフランシアに変え、彼女の頭部目掛けて首を伸ばして噛みついてきた。
「所詮はアンデッドでしょ!」
ブワン!
フランシアは体勢を崩しつつも、左足で地面を捉え体を捻り思い切り右足でダブハバナの頭蓋に向けて蹴りを放った。
ヒュン‥‥
「何?!」
フランシアの強烈な蹴りは空を切るようにダブハバナの頭蓋をすり抜けていった。
“ぬあぁぁぁぁぁ!”
ダブハバナは大きな口を変えてフランシアの頭部に噛み付いて来た。
「空連操塵‥拡散」
シュゥワァァァン‥‥パァァァン‥‥
“ぎぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ”
突如ダブハバナがまるで粉々に砕け散り塵となって風に飛ばされていくように消滅し始めた。
ガッ!
体勢を崩したフランシアを受け止めたのはスノウだった。
「待たせたな」
「マスター!」
スノウはフランシアが錯乱の噛みつきを受ける直前ギリギリのところで駆けつけて、万空理の悟りのひとつである因の繋がりを操作し断ち切って拡散させる空連操塵を使ったのだ。
フシュゥゥゥゥゥ‥‥
ダブハバナは消え去った。
フランシアやフィリップだけでなく、ダブハバナを見ていないジェイコブ達もダブハバナが消滅した映像が脳裏に映され、言い知れぬ恐怖心から解放されるのを感じた。
子供のように怯えていたことが嘘のように気分が晴れ渡っていくのを感じていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




