<ケセド編> 128.再会
128.再会
ここは偽悪の街ミールにある万空寺という名の大きな寺院だ。
敷地も広く、多くの者がここで人生の最期を迎えるために、万空理の基本である空廻の悟りを求めて瞑想するために訪れる場所だ。
自らの因を視て、その状態を知ることにより自分が世界の一部であり、悠久の時の流れの中の一瞬にも満たない状態なのだと気づく。
そしてこれまでの人生に対する執着を捨て去り、最期の時を待つのだ。
大通りで瞑想している殆どの者は万空寺で空廻の悟りを得て、最期の時を迎えるまでその意識を保ち続けようとしているのだ。
その万空寺にスノウはフランシアと再会し、彼女を救うためにアリオク、ルナリと共に訪れたのだった。
「シアがいてくれるといいんだが‥‥」
広い寺の中を回ったが、スノウの言葉も虚しく、シアは寺にはいなかった。
だが、代わりに別の者たちがいた。
ヴァティ騎士団員たちだった。
総長のジェイコブ、副総長のトーマ、騎士長のアールマン、剣豪ベルトランド・ブランシュフォール、そしてフィリップの5名だった。
5名は寺の一室で瞑想していた。
一室と言っても隔離されているわけではなく、障子が開けられた解放された部屋だった。
30名以上いたはずのヴァティ騎士団は5名にまで減ってしまっているようだった。
スノウはヴァティ騎士団との面識はない。
だが、その出立ちから他の者とは違う存在感を抱いた。
視界に入った場所からスノウたちが彼らに近づこうとした瞬間、ジェイコブたちはいきなり立ち上がって警戒し始めた。
ガタン!
寺院の中では武器を携帯できないため、皆慣れない体術の体勢で構えた。
よく見ると彼らの目線はスノウではなくアリオクに向けられていた。
騎士の本能が魔王に反応したらしい。
オーラは抑えているようだが、完全には抑えきれておらず、長年鍛錬を積んで鍛えられた感覚はその僅かに漏れ出ている恐ろしいオーラを感じ取ったのだ。
彼らを見ているアリオクがスノウに小声で話しかけた。
「彼らはヴァティ騎士団員だな。戦闘力は高くはないが、世代を超えて長きに渡る剣技を磨いてきた技術と、貫く騎士道から気高さは感じるが、それ以上に恐怖心が大きく勝っている。情けない姿に成り果てたな」
「おそらく十悪‥いや、ダブハバナだったか。その呪いを受けて怯えているんだろう」
「まさかお前もあのように恐怖で怯える姿を見せるのか?」
「分からない。今のところ恐怖はない。あれが何であるかの本質は見えているからな。しんどいのは体の倦怠感だ。彼らにも同様の倦怠感があるのか聞いてみる必要がある。だが、それよりもシアのことだ。シアはヴァティ騎士団と行動を共にしていたはずだが、何故ここにいない?それをまず聞かなければならない」
「そうだな」
「アリオク。お前はここで待っていてくれ。近づくと彼らはもっと警戒しそうだからな」
「分かった」
スノウは、警戒心を解かせるように笑顔でジェイコブたちに近づいた。
「あの、あなた達はヴァティ騎士団の方ですよね?」
『!!』
ジェイコブ達はさらに警戒して構えた。
崩壊核を抜け、この時代に来たヴァティ騎士団の存在を知っているのは、同じように崩壊核を抜けて来た者だけであり、自分たちを始末しに来た存在である可能性があったからだ。
「安心して下さい。おれ達はあなた方の敵じゃない。おれの名はスノウ。あなた達と行動を共にしていたフランシアとワサンの友人です」
「我弟の知り合いなのか?!」
フィリップが驚いて構えを解いてスノウに近寄った。
「我が弟は無事か?!」
「弟?」
「ああそうだ!ワサンは義兄弟の盃を交わした弟なのだ!私がこの時代に飛ばされて以降はぐれてしまったのだが、どこかで殺されてやしないかと心配していたのだが無事なのか?!」
(ワサンのやつ‥‥義兄弟の盃とは‥‥何を考えているんだよ全く‥‥)
「ワサンは無事ですよ。おれと一緒に行動しているけど、今はこの街にはいません。例のダブハバナがいるのでね」
『!!』
フィリップだけでなく、他の騎士団員たちも驚きと共に体をビクッと反応させ怯えた表情を見せた。
「き、君もあの死神を見たのか?」
総長のジェイコブが話しかけてきた。
「ええ。見ました」
「フランシア、ワサンの知り合いなら敬語は不要だ。私はジェイコブ。ジェイコブ・ドモレ。ヴァティ騎士団の総長を務めている。と言っても騎士団と呼ぶには人数があまりにも減り過ぎてしまったがね。こっちは副総長のトーマ。そして騎士長のアールマン、騎士で剣豪のベルトランド・ブランシュフォール、そしてこっちは騎士のフィリップだ」
「おれはスノウ・ウルスラグナです。あそこに立っている黒い着物の男はおれの仲間の‥‥アルク、そしてもう一人はルナリです」
スノウはアリオクという名は伏せて紹介した。
魔王アリオクの名は彼の行動特性上あまり知られてはいないが、大魔王級の実力者であることから一応名を伏せることにしたのだ。
一方全身で冷や汗をかいているジェイコブはスノウにアリオクについて聞いてきた。
「彼‥‥アルクと言ったか‥‥彼はその‥‥人族なのか?」
「彼は人族で‥人族だよ。ただ、相当強い。人並み外れた威圧的なオーラがそれを物語っていると思うんだけど」
「そ、そうか‥」
ジェイコブたちは自分たちに危害を加える存在ではないと知り少し安心したようだった。
人族の数倍の聴力を有するアリオクはその会話を聞いて状況を理解した。
「それで、君はどう感じた?あの死神を見て‥」
ジェイコブは顔を強張らせながら奇妙な質問をしてきた。
「どう感じたか‥‥。確かに不気味だったし、呪いをかけられたのか倦怠感に襲われているからやつにはイラついている‥‥というのが正直なところだ。倦怠感はないのか?」
「倦怠感はない。我らは今、魔物と戦えと言われてもすぐに戦えるだけの活力はあるし、機敏に動けもするだろう。あるのはただただ恐怖心だけなのだ‥‥情けないことだがな‥‥」
「そうか‥‥」
(彼らには倦怠感はなく、恐怖心が植え付けられている。一方でおれには恐怖心はないが、倦怠感がある。もしかすると、恐怖心を植え付けようとして効かなかった呪いが倦怠感に変わったって感じなのかもしれないな‥‥)
「ところで、ここで何を?」
「いや‥‥まぁ、そうなるな‥‥実は、我らは生き残るためにここに来たのだ」
「どういう意味だい?」
「この寺は万空寺といって、万空理と呼ばれる物事の真理を追求した学問を教えていて、それを心身の根本から理解した時、あの死神を退けられるという教えを受けているんだが、あの死神に魅入られた者は恐怖を抱くとその恐怖心を媒介にして私たちの精神を貪り喰うというのだ。そうならないために藁にも縋る思いでここに来たのだが‥‥」
「思惑と違ったと‥」
「そうだ。君も聞いているかもしれないが、あの死神に魅入られて襲われるまでに2〜3日の猶予しかないのだが、そんな短期間で万空理の真理を会得することなど出来ないと言われた。つまり、どうにかしてこの恐怖を捨て去る必要があるのだ。だがそれも望み薄になってしまった‥‥」
「‥‥‥‥」
スノウは返す言葉が見つからなかった。
ガッ!
ジェイコブはスノウの両肩を掴んで迫って来た。
「教えてくれ!君は恐怖ではなく、苛立ちを感じたと言った。君には恐怖心はないのか?もしないならどうやってそれを払拭したんだ?!」
切実なのだろう。
かつての騎士団総長としての威厳は微塵も感じられず、ジェイコブの声は嗄れた老人の声のように掠れたものになっていた。
「恐怖心‥‥」
(確かに感じたは感じたが、やつを空視で見た時、十悪の亜種的な感覚で視えたんだよな。その瞬間、恐怖心というより、どう倒すかという思考になった。その時既に恐怖心は消えていたのかもしれない。十悪なら倒したことがあるし、それに最後の手段としてアリオクの洗脳の力もあるからな‥‥どうにかなるっていう切羽詰まっていない状況もあるのかもしれない‥‥)
スノウは少し考えて答えた。
「恐怖心はダブハバナに対してではなくて、錯乱状態になることだよな?あれを倒す、もしくは退ける方法さえあれば錯乱状態は避けられる。じゃぁどうすればその方法を見つけられるのか。それを考えているからだろうな‥‥恐怖を抱く対象がダブハバナではなく、錯乱状態となることにすり替えたというか‥‥。すまないまともな回答になっていないかもしれないが、そんな感じだよ」
「いや、ありがとう。君と似たようなことをフランシアも言っていた」
「!!‥‥彼女は今どこに?!」
「おそらく街の外れで剣技と魔法の鍛錬をしているはずだ」
「鍛錬?」
「ああ。彼女の鉄の精神は尊敬に値する。我らの騎士道などハリボテと言わんばかりの強靭な精神力だ。彼女は言った。あれは死神でも何でもない。悪意が実体化した存在だと。実体化した者なら斬れるし燃やせるはずだと」
「フッ‥‥」
スノウは思わず笑みをこぼした。
フランシアらしい言い分だったからだ。
「ありがとうジェイコブ。これからシア‥フランシアに会ってくるよ。そして安心してくれ。ダブハバナから君たちも救ってみせる」
「!!‥‥ありがとう。だが期待せずに瞑想に励むことにするよ。君は君自身が助かる方法を模索すべきだ。既に恐怖心を払拭しているなら、方法もあるだろう。藁にも縋る思いだが、迷惑はかけたくない」
「大丈夫だ。自分やシアが助かる方法が分かればあなた達も救うことができると思うんだ。とにかく諦めないでくれ」
「分かった。ありがとう」
ジェイコブはスノウの手を握って頭を下げて礼を言った。
スノウはジェイコブ肩に軽く触れて挨拶した後、街外れにある広場へと向かった。
そしてそこには懐かしい姿があった。
ケテルからネツァクに越界した時以来会っていない存在。
スノウを人間不信で冴えない状態から救い出してくれた存在。
スノウの気配を感じ取ったのか、その者はかなり遠くからスノウを見つけて叫んだ。
「マスター!!」
タッタッタッタ‥‥ガシ!!
そこにいたのはフランシアだった。
フランシアはスノウに抱きついた。
「マスター!」
「シア‥迎えに来たぞ」
「ありがとうございます!」
フランシアの目からは今まで見たことのない涙が溢れていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




