<ケセド編> 121.オルダマトラ
121.オルダマトラ
全てを焼き尽くす古の炎、“アーリカの火。
そのとてつもない超高熱魔力エネルギーを放出した小片の破壊者は沈黙した。
とてつもない重さの反転アガスティアの半分近くを支えていたまさに神の力によって造られた神の塔アーサードを破壊した後、その動きを止めたのだ。
異様なほど開かれた口は閉じられ、目も瞑った状態となっている。
その隙を狙ったかのように、反転アガスティアの外周に沿ってアディシェスが生み出した半透明の障壁が並び幾重にも重なった状態で配置された。
半透明の障壁は反転アガスティアとヒンノムの大地繋ぐシャッターのような形で反転アガスティアの外周を覆っている。
小片の破壊者がアーリカの火を放ったとしても全方位で防御せんという分厚い半透明の障壁が覆っているのだ。
その厚みは陽の光を反射しているため、輝く壁にも見えた。
神の塔アーサードが破壊されたことによりヒンノムの大地に左山脈が突き刺した形となった反転アガスティアは収まる場所に収まったように完全に安定している。
さらに左山脈と右山脈の地面と設置している部分にこれまでなかったはずの巨大な人工物が見えた。
ヒンノムの大地に巨大な杭が突き刺さり、その杭からトラバサミのような歯が山脈を噛み込んでいるような人工物が等間隔で設置されている。
そのうちの一つに数名の悪魔がいた。
「これで最後だな。嵌合レベルはどうなっている?」
そう指示したのは上位悪魔のイポスだ。
「全て図面に記載されている通りに噛み合っております。また、歯と杭は規定の数値を上回る形で突き刺さっていますよ」
「魔力計でも規定の数値を上回っていますから大丈夫です」
答えたのはイポスの下で働いている悪魔のマルファスとハーゲンティだった。
「よし、間も無く第2段階へと入る。このまま全装置の数値のモニタリングを続けろ。私はディアボロス様に報告してくる」
そう言うとイポスはその場から消えた。
そこから見渡せる景色は凄惨なものだった。
南にある港町ゲゼーは跡形もなく消え去った。
南西に位置する痛みの街ポロエテもまた反転アガスティアがヒンノムの大地に接した際飛び散った岩などの衝撃で壊滅状態となっていた。
岩や何かの破片に“アーリカの火の飛び散った魔力の炎も付与されていたため、破壊波が襲った後に押し寄せた炎の竜巻によって完全に建物は破壊しつくされ、避難している人々もその超高熱によって焼かれてしまった。
禁樹海の東から南にかけた一帯も同様の被害があり、かなりの面積が更地となっていた。
偽善の街クルエテは辛うじて破壊波の影響を免れたが、そもそも総統勢力によって滅ぼされていたため生存者ほぼいない。
ヒンノムの4大都市の中で唯一影響を受けなかったのは屍の街デフレテだった。
デフレテの民は大骨格コスタの異変や小片の破壊者の顕現、“アーリカの火による神の塔の破壊とその影響の一部始終を見ていた。
“アーリカの火がアディシェスに向けて放たれたのを見て、小片の破壊者は総統シャーヴァルによって生み出されたものだと思っていたし、その破壊の威力によって総統勢力が優位に立っていると思っていた。
デフレテは総統勢力によって半ば占領された状態であるため、総統勢力が優位に立っている状態を喜ぶ者は少なかった。
それよりも、ヒンノムの大地が破壊されていく悲しみの方が遥かに大きく、生き残っているにも関わらず多くのデフレテの民は絶望感に襲われていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
『!!』
『きゃぁぁぁぁ!!』
「何だ?!地震か?!」
「皆広場へ!」
「頭を守れ!!」
突如ヒンノムの大地が大きく揺れ始めた。
ヒノウミの噴火以外ではほとんど地震など起きたことのないヒンノムで大きな縦揺れが起きた。
地震に慣れていないデフレテやその他無事であった街に住む民は皆混乱し狼狽えていた。
だが、棚から物が落ちてくる程度で建物に影響のあるようなレベルの地震ではなかった。
徐々に人々も揺れに慣れてきた矢先、ヒンノムの大地をさらなる激しい揺れが襲う。
グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
ドゴゴゴォォォォォォォォォォォォン!!
多くの建物が倒壊し始める。
立っていることもままならないほどの激しい縦揺れに多くの物が倒れ、家の下敷きとなった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「おおおい!!ああ、あれを!!」
広場に集まり家屋の倒壊から免れた者たちは一斉にとある方向を指差した。
皆信じられないといった表情で皆絶望感を抱いている。
何故なら、指差さされた先にあるアディシェスの地の反転アガスティアが覆う大地の部分が大きく隆起していたか らだ。
まるで大陸ほどの大きなショベルで大地が抉られたようになっていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
さらに強烈な地震が襲った。
生き残った民は地面にしがみつきながら天に祈った。
スタ‥スタ‥スタ‥
必死に地面にしがみついている民の合間を普通にゆっくりと歩いている存在がいた。
見窄らしいローブを纏い、フードを深く被った男。
白い肌にこけた頬、フードの隙間から覗く光る目は大きく隆起したアディシェスの大地を見ていた。
「あれは‥‥‥まさか‥‥そのようなことが‥‥何と言うことでしょうか‥‥神の骨をあのように‥‥天罰を下さねばなりません」
ファサ‥‥
男はローブを脱ぎ捨てた。
背中からは美しい翼が生えており、ゆっくりと広げられていく。
美しいキトンを着た天使ハシュマルだった。
「おお!天使様!!」
「おお天は我らをお見捨てにはならなかった‥‥」
「天使様‥‥どうか我らをお救いください‥」
ハシュマルは祈る民たちを無視してその場から飛び立った。
ヒュゥゥゥゥゥゥン!!
ハシュマルは反転アガスティアよりも高い高度で静止すると、片手を上げた。
「我は神の代理にしてケセドを預かる天使ハシュマル。主天使の長の任におおいて命ずる。あの禍々しいものに天罰を‥‥神の咆哮」
フシュン‥‥
空が一瞬光ったと思った次の瞬間、巨大な光の槍が天から反転アガスティア目掛けて飛んできた。
ヒュゥゥゥン‥‥ドガガガガガガガガ!!
光の槍は反転アガスティアとヒンノムの間に張られた障壁に当たったのだが、強力な障壁によって防がれてしまっている。
幾重にも重なった障壁を打ち破らんとする光の槍に亀裂は入っていく。
バァァァァァン!!
光の槍は粉々に砕け散った。
「な!なんですって?!ば、馬鹿な!!神の御業が通じないなどあり得ません!!」
「神の咆哮!神の咆哮!!」
ハシュマルは連続して光の槍を天から凄まじい勢いで反転アガスティアの障壁に向けて放った。
だが、結果は先ほどと同じで障壁に止められた後、粉々に砕け散った。
ヒュン‥ヒュンヒュヒュン‥‥
突如アディシェス城の方から光の点が見えた。
次の瞬間。
ズバババン!!
「ガバァ!!」
光線がハシュマルを攻撃し美しい翼に穴があき、左腕が吹き飛ばされた。
「これは天使の武器!?ま、まさか!!」
ヒュン‥ヒュンヒュヒュン‥‥
シュバババン!!
ふたたび光線が放たれるが、ハシュマルはそれを辛うじて避けた。
「致し方ありません。ここは退却です」
ハシュマルは消えた。
天使が敗北した光景はデフレテの民の目に焼きついた。
皆終末戦争ハルマゲドンだと騒ぎ立てた。
天使が敗北し、大魔王がこの世界を蹂躙するのだと皆絶望した。
グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
さらに反転アガスティアと一体となったヒンノム大地がせり出ていよいよ空中に浮き始めた。
反転アガスティアと同じ形、大きさのヒンノム大地が空中に浮いている。
反転アガスティアと抉り取られたヒンノムの大地の外周は半透明の障壁が幾重にも重なった状態で覆っており、まるで巨大な大陸戦艦だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
巨大な大陸戦艦は100メートルほど浮上したところで静止した。
一方大骨格コスタが再び光り始めた。
ビギィィィィン‥ビギィィィン‥‥
その光りは徐々に小片の破壊者の脊柱の椎骨ひとつひとつに光りが移っていく。
「ぬちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‥‥」
小片の破壊者の顔が変形していく。
目が見開かれ、口は避けたように異様な大きさに開いていく。
ヒュゥゥゥゥゥゥン‥‥
口の中に光が収束される。
そして全ての椎骨が光り、頭部の口の中に巨大な光の球体が発生した。
「ガァァァァァ!!」
小片の破壊者から再び“アーリカの火が放たれた。
とてつもない超高熱の魔力白熱光線が大陸要塞に向けて飛んでいく。
仮に“アーリカの火によって大陸要塞が破壊されたとしても、その衝撃でヒンノム全土がさらなる破壊の波に飲まれることは容易に想像がついた。
バシュゥァァァァァァァァァァァ!!
超高熱の魔力白熱光線が大陸要塞に届くその直前、何かに阻まれたかのように、一点を中心にして方々に散っていった。
“アーリカの火も効力を発揮しないほどの強固な障壁は大陸要塞全体を覆っている。
ギュワァァァァァァァン‥‥
大陸要塞はさらに上昇していく。
それを指示していたのはアディシェス城にいる大魔王ディアボロスだった。
「完成だ」
「早速飛ぶか?」
「ああ。アーリカの火すら寄せ付けない障壁が機能し、全てを防御してくれる」
ディアボロスとベルゼブブはアディシェス城から見える景色を見ながら話していた。
「よし。それでは巨大大陸戦艦オルダマトラよ。1キロメートル前進後、目標座標に向けて越界する」
ギュワァァァァァァァァン‥‥
オルダマトラと呼ばれた巨大大陸戦艦は徐々に向きを変えて進み始めた。
その様子を反転アガスティアの上の大地から見ている者達がいた。
「あの障壁、なかなかのものですぞ。操る者によって自在に変えられる。入ることを許さない状態のため、我らはここからの見物となりますがな」
「気にすることはないんじゃない?あたしたちには無意味な行為だしね」
「どうしますか?フアルシ様。このままだとオイラたちは蒸発してしまうんじゃないですか?!」
「安心していいジュウガ。それにエビロウにメグリ。これから非常に面白くなりそうだ。演目にひとつ大きな脚本が加えられることになるだろう」
反転アガスティアの天井に悠然と立っているのは明か時のフアルシ、エビロウ、ジュウガ、メグリの4名だった。
巨大大陸戦艦オルダマトラは徐々に加速し始めた。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!
遥か前方に超巨大な転移魔法陣が形成された。
ギュワァァァァァァァァァァァン!
巨大な転移魔法陣に大陸要塞のオルダマトラが突入していく。
ゆっくりと進み、ついにその姿が転移魔法陣の中へと消えた。
そしてヒンノムの大地に静寂が訪れた。
いつも読んで下さって本当に有り難う御座います。




