<ケセド編> 119.ガアグシェブラ
119.小片の破壊者
ヒュゥゥゥゥン‥‥スタタタ!!
「みんな無事か?」
スノウは着地しつつワサン達に問いかけた。
「ああ。だが何が起こっているんだ?大骨格コスタのあたりでとんでもない光景が見えたが」
「分からない。上空からも蒸気しか見えなかった。いや、蒸気の渦の中に、巨大な何か白い畝り蠢く何かがいた。はっきりとは見えなかったがな」
「白い畝り‥‥不気味だな」
「ああ。‥‥ん?!何でライドウがいるんだ?!」
ワサン同行するに至った経緯を説明した。
そしてホムンクルスのルナリについても説明し紹介した。
「そうだったのか、ありがとうライドウ」
「ちっ‥」
ライドウはおそらくハチに言われて嫌々ここまでやってきたのだろう。
嫌悪感丸出しの表情で舌打ちすると距離を取りたいのか少し離れていった。
相変わらずライドウはスノウに対して心を開いていない。
スノウは一瞬苦い表情を見せたが、目線をルナリに向けて挨拶した。
「おれはスノウだ。よろしくルナリ」
ルナリは僅かに笑みを浮かべて頷いた。
「よろしくお願いいたしますって言っていますよ」
スノウも頷きの意味について何となく察しはついたが、シンザにはもっと正確にというか具体的に何を言っているのか感じることができるようだ。
「お前、ホムンクルスの言葉が分かるのか?」
「いえ、分かるというか、感じるというか‥‥はっきりと理解できているかは分からないのですが‥‥」
「すごいじゃないか!」
「い、いやぁ、多少一緒に過ごせば誰でも感じるようになれると思いますよ‥‥」
スノウはシンザの成長だけでなく隠された能力の開花も見て嬉しくなった。
シンザの得意とする潜入調査の基本は、相手の心の内を如何に読んで会話を有利に運びつつ相手の懐に入って得たい情報を引き出すかであり、スノウはシンザが幾度となく潜入調査を経験したことである意味常人を超越した能力に開花したのだと思ったのだ。
だが、当の本人のシンザは自分の成長や得られた特殊能力を客観的に見ることができないため、自分を過小評価しており褒められたことに申し訳なさを感じていた。
「じゃれあいはそこまでじゃ。急がねばならないのであろう?」
しびれを切らしたようにイリディアが割り込んできた。
それにスノウが応える。
「ああ。大骨格コスタで起こっている事態は相当危険だ。急ごう。それにこの樹海の中心にある大穴の場所に辿り着くまでにキラーマンティスと遭遇して鎌を入手しなければならないが、そうそう簡単に遭遇できるとも限らないからな」
全員頷いた。
「よし出発だ」
『おう!』
ソニア、ワサン、シンザは久しぶりのスノウの指示で動けることに密かに感動していた。
精神の部屋でその光景を見ていたソニックもまた感無量という思いだったが、表に出られない悔しさも感じていた。
・・・・・
ブフォォォォォォォ‥‥
大骨格コスタの付け根から500メートル辺りまでの一帯が凄まじい蒸気の渦で覆われていた。
おそらくヒンノムのどの場所にいても見えるほどの広範囲に渡る異変だった。
バギィ‥
畝り吹き荒れる暴風の中、コスタの表面にヒビが入る。
僅かな亀裂が堰を切ったように一気に大きく複雑に分岐した亀裂へと変貌していく。
バギバギバギバギバリバリバギバギギギギバギバギギギバギギギ!!!
凄まじい亀裂音と共に、振動が大骨格コスタからヒンノムの大地に伝わり、地震のように大地を震わせた。
そして轟音と共に蒸気の流れが変わっていく。
グゴゴゴゴゴォォォォォォォ
流れを変えて吹き荒れる蒸気の渦の中、畝り蠢く白い何がが水蒸気の中からゆっくりと姿を表し始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ‥‥
バギギバギイバギバギバギバギバギバギバギ!!!
得体の知れない何かがその姿を徐々に現すにつれ、大骨格コスタに亀裂音から破壊音へと変わった凄まじい轟音が発せられていく。
明らかに亀裂が大きく広がり、何かが大骨格コスタから無理やり引き剥がされているような音だった。
グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォ!!!
水蒸気の渦にいる畝り蠢く白い何かの一部が姿を現した。
ブジョァァァァァァァァァァ!!
現したのは巨大な顔だった。
その巨大な顔を見て叫んだもの達がいた。
シャーヴァルの配下で古の技術を研究している研究員たちだった。
シャーヴァルの指示通り、彼を送り出してから全速力で退避している最中だったのだ。
そしてその彼らが口にした言葉。
「あ、あの顔!」
「シャーヴァル閣下だ!!」
髪の毛も眉毛もまつ毛も顔から生えているあらゆる毛が存在しない顔ではあったが、明らかにシャーヴァルのそれであった。
ニュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
シャーヴァルの巨大な顔はさらにせり出てくる。
顔の表皮は、大骨格コスタと同じ真っ白で硬質な無機質な感じだが、生きているような躍動感や血管に血液が流れているような生物を感じさせる質感でもあった。
生きているようにも見えるが機械のようにも見えるといった不気味な雰囲気だ。
目は見開いているが眼球はないため、どこを見ているのかも分からない。
顔はシャーヴァルなのだが、首から先は骨だけであった。
太く巨大な脊柱のような骨がどんどん蒸気の渦からせり出てくる。
「へ、蛇‥‥いや‥龍‥‥」
研究員のひとりが思わず口にした言葉は大骨格コスタから姿を現したシャーヴァルの顔を持つ何かを表現するのに適切だった。
既に300メートル以上はせり出ているが、体毛のないシャーヴァルの巨大な顔の先は脊柱が連なっているだけの状態だったのだ。
「フハハ‥フハハハハハア!!」
「成し遂げられたぞ!!シャーヴァル様は成し遂げられた!!歯抜けでだらけだった蘇生式を見事仮説で埋め、顕現させられたのだ!!」
「それではまさか!あれが?!」
「そうだ!!古の技術によって古代人が創りし破壊の神‥‥小片の破壊者だ!!」
「なんと!!」
グオォォォォォォォォォォォォ‥‥ファシュオォォォ!!
頭部がせり出て波打つように蠢いている脊柱の胴体が現れてから既に1000メートルを超えるほどの長さになっていた。
小片の破壊者。
シャーヴァルたちが発見した古代文書の中に記されている巨大な破壊兵器だ。
残された文献はさほど多くなく、推測を交え仮説を立てつつ研究を続けてきたのだが、遥か古の時代に巨大な大国間の戦争が勃発した際、その戦争を終わらせるきっかけとなった兵器であったらしい。
終わらせるきっかけの意味は、文字通り凄まじい破壊の力を有していたこともあるのだが、制御ができなかったことにあった。
他国を滅ぼすために創った破壊兵器は他国の破壊では止まらず、自国をも破壊したのだ。
やむなく、自国の国土と引き換えに小片の破壊者を道連れにした大爆発を生じさせて小片の破壊者を消し飛ばし破壊を止めたのだが、その後には何も残らなかったという。
欲に溺れた先で行き着いたのは、この地に生きるあらゆるものの滅亡という最悪のシナリオだった。
失ったものは余りにも大きく、これまで築き上げられた文明も何もかもが塵と化したのだった。
僅かに生き残った者たちが残した ”二度と同じ過ちをおかしてはならない” という教訓のために重要な部分だけを空白にして凄惨な歴史や技術を書き記し、後世に語りつごうとした情報をシャーヴァルたちは長年仮説と実験を繰り返しながら再現するに至ったのだ。
「シャーヴァル様の理論は正しかった!」
「ああ!あの本体は大骨格コスタに生えている。大骨格コスタを苗床にして顕現しているのだ!」
凄まじい蒸気の畝りではっきりとは見えないのだが、研究員の言葉通り、小片の破壊者は大骨格コスタから生えているように見えた。
「古の技術と全く同じではないが、それだけにこの功績は大きいぞ!」
「お、おい!逃げなければ!蒸気がそこまで迫っている!」
ブフォォォォォォォォォォォォォォ!!
『おわぁぁぁぁ!!!』
研究員たちは迫ってきた蒸気に飲まれて消えた。
蒸気が散っていくにつれて小片の破壊者の全貌が露わになっていく。
宙に浮いた状態でまさに蛇か龍を思わせる畝る動きを見せている。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォ‥‥
突如小片の破壊者は動きを止めた。
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
小片の破壊者から突然、鼓膜が破れると思われるほどの劈くような奇声が凄まじい音量で発せられた。
ビリビリビリビリビリビリビリ!!
ヒンノム全土が震えた。
そして小片の破壊者は沈黙した。
ハシュゥゥゥ‥‥
禁樹海の上空に3つの人影があった。
スノウ、イリディア、そしてシンザだった。
「あれは一体何じゃ」
「あの胴体の骨‥‥大骨格コスタと同じもので構成されている‥‥」
「それが本当ならこれは人の手で創れるものではない‥‥何者かは知らぬがとんでもないものを顕現させたようじゃな‥」
「あれはおそらくシャーヴァルです」
「総統勢力のシャーヴァルか?」
「はい。はっきりとは聞けていませんが、シャーヴァルが研究員たちと話しているのを盗み聞きしたことがあります。ホムンクルスを甦らせた遥か昔の技術を使った古の化け物ですよ」
「最悪の状態に近づいている。おれ達はあれが何かをしでかす前に大穴まで辿り着き、シアが飛ばされたところへ行く必要がある。おそらくあれの攻撃は、アガスティアを落とした神の咆哮に匹敵するはずだ。攻撃から身を守れなければおそらくこのヒンノム全土の者が命を落とす。ハチ!聞こえているな?!」
スノウは肩に乗っている火の精霊に向かって話しかけた。
“聞いているよスノウ。そして全ての謎が溶けた。僕は僕のやれることをやるよ”
「ああ!」
“幸運を‥スノウ”
「お前もな!絶対に生き残れよ!」
“ふふふ‥‥ありがとう”
プツン‥
ハチから通信を切ったようだ。
「あそこが大穴‥いや、崩壊核の巣だな」
スノウは禁樹海の中心にある開けた広い空間を指差した。
「はい!間違いありません!」
「よし、イリディア!すまないが全員をあそこまで一気に飛ばす方法を考えてくれ!そしてすぐにあそこへ向かってくれ!樹海を進んでいては間に合わない!」
「ちっ!そなた意外と無茶を言うのう!」
イリディアはすぐに下へ降りていった。
「シンザも頼む!」
「スノウさんは?!」
「おれはキラーマンティスを見つけて鎌を取ってくる。任せろ!必ず間に合わせる!おれの到着を待たずに崩壊核を出現させておいてくれ!」
「分かりました!」
ギュワァァァァァァァァァン!!!
突如大骨格コスタが光り始めた。
光が蒸気に反射して異様な光がヒンノム全土を照らしている。
「やばい!本当に時間がない!それじゃ後でな!」
スノウはエクステンドライフソナーを展開すると禁樹海の中へと消えていった。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




