<ケセド編> 116.儀式
116.儀式
――時は遡って数日前――
ここは屍の街デフレテの地下。
横長の楕円状の空間で全幅は50メートルほどの大きさだ。
一方前後は10メートルほどしかない。
以前このような巨大な地下空間はなかった。
シャーヴァルがこの街に拠点を置いて以降、いつどのようにして造ったのか分からないが、この短期間でこれだけのものを造ることなど不可能としか言いようがなかった。
だが、決して装飾された壁や天井があるわけではなく、むしろ地面を削り出された状態で床、壁、天井は洞窟の壁面そのものだった。
その中で異様なものがふたつ。
ひとつは天井にある無数の口だ。
文字通り人の口の形をしており、皆閉じた状態だった。
時折、その口から涎が垂れてきている。
その無数の口からは天井を這うようにして黒い血管のようなものが横長の部屋の前方中央の部分に伸びていた。
そしてもうひとつ。
この横長の空間の中心に直径40センチメートル、長さにして1メートルほどの六角柱の何かがあることだった。
特殊な石で作られたそれはまるで小さなオベリスクに見えた。
六角柱の上部には断面があり、得体の知れない記号がいくつも記されていた。
まるで何かの操作盤のように見えた。
コツ‥コツ‥コツ‥
そこへやってきたのは総統シャーヴァルだった。
漆黒の騎士グイードに1万の軍を率いてアディシェスを攻め込むよう指示し、送り出した直後にこの地下へとやって来たのだ。
頭部全てを覆っている兜についている無数の目が怪しく蠢いている。
どのような原理かは不明だが、兜の表面上を無数の目が泳ぐように移動し
、眼球をカチャカチャと激しく動かしていた。
そして、目の前にある六角柱の操作盤に触れ、なにやら片手でなぞり始めた。
キュィィィィィィィィィィィィィィン‥‥
ヌチャァァァァァァァァァァァァァ‥‥
天井の無数の口が開き始めた。
バッ!
シャーヴァルは両腕を真横に上げた。
すると天井から無数の黒い触手が伸びてきた。
よく見ると、天井付着している無数の口から黒い触手が伸びてきていた。
触手の先には針のようなものが生えている。
ユニニニニィィィ‥‥
ウベェェェェェェェェ‥‥
無数の口が嗚咽のような声を発している。
グザ!
突然口から伸びている黒い触手が伸びてきてシャーヴァルの腕に針を突き刺した。
グザグザグザグザグザ!!
無数の触手が一斉にシャーヴァルの腕や肩、背中、胸、腹、足等全身に突き刺さった。
刺される度にシャーヴァルの体は痙攣しているかのように揺れる。
そして全ての触手がシャーヴァルの体に突き刺さった。
グビン‥グビン‥グビン‥グビン‥グビン‥グビン‥グビン‥
触手は何かを吸い上げているように見えた。
所々に見えているシャーヴァルの肌の血色が徐々に無くなっていく。
最初はしっかりと自分の足で立っていたシャーヴァルの体から次第に力が抜けていくように見えた。
ガクン!!
そしてついにシャーヴァルの体から力が完全に抜けて触手が支えている状態となった。
まるで死んでしまったかのように動かない。
触手によって吸い上げられたシャーヴァルの血は天井を這っている血管へ流され始めた。
前方の1点に血管が集結している。
そこにシャーヴァルの血が全て流れ込んできた。
シュヴァァァァァァ‥‥
ギュルゥゥゥゥ‥‥
血管の集着地点でシャーヴァルの血が水風船のように膨らんでいく。
シュルゥゥゥゥゥゥ‥‥パキィィィン!!
全て1点に集まった直後、ルビーの原石のように美しい輝きを放っている。
そしてその形状は菱形十二面体へと変わった。
赤い菱形十二面体は空中でゆっくりと回転している。
ガタッ!‥タッタッタ!!
突如背後の扉が開いて数人中へ入ってきた。
入ってきたのはシャーヴァルの部下の古代の技術を研究している研究員たちだった。
6つの小さなタンクがぶら下がったスタンドを持ち込んでいる。
「急いで輸血を!」
「早くするのだ!まず腕の静脈からだ!外すなよ!」
「繋がり次第別の静脈から輸血だ!」
シャーヴァルの体に数本の管が繋がれ、血が流され始めた。
ほぼ全ての血が抜き取られた状態で輸血をしても普通なら助からないだろう。
さらにはこのように複数箇所から一気に輸血してしまうと正常に輸血できない可能性が高い。
だが、研究員たちは一斉に6つのタンクの血液を輸血し始めた。
これはシャーヴァルの指示だった。
ドクッ‥ドクッ‥ドクッ‥
輸血は続いているが、シャーヴァルは動かない。
「大丈夫なのでしょうか?!」
「馬鹿な!総統様を疑うのか?!」
「ですが全く動く気配がありません。血管だけが浮き出て血色はよくなりません」
「疑うな。古の技術に我らの常識は通じないという無力感‥‥嫌というほど味わったではないか!」
「そ、そうですが‥‥」
ビクン!!
『!!』
シャーヴァルは大きく体を痙攣させた。
ビクビクン!!
『!!』
ググググ‥‥
シャーヴァルの肩甲骨周りの筋肉に生気が帯びていく。
全身の血色がよくなり筋肉が躍動し始める。
ズバババババババ!!
シャーヴァルは両腕両足を内側に引き寄せ無数の触手と輸血の針を一気に引き抜いた。
スタ‥‥
片膝をついて地面に着地する。
「がっはぁぁ!!」
兜の下から嘔吐物が流れ出た。
「あぁぁがぁぁぁぁぁ‥‥ふぅぅぅぅ」
ギョロリ!!
兜の表面を蠢いている目は一斉に前方に集中し始めた。
「起‥動装置は‥どうなった?!」
「シャーヴァル様!!」
ガシッ!!
シャーヴァルは研究員の1人の襟首を掴み上げて言った。
「起動装置は‥どうなったと聞いている!」
「せ、成功にございます!」
「すぐに俺の胸に移植だ‥‥時間がないぞ」
「で、ですが、まだお体が‥‥」
「貴様死にたいのか?!‥‥俺の体を散々弄ってきた貴様らが一番よく知っているだろう?俺は大丈夫なのだ‥‥直ちに移植だ‥」
「はっ!すぐに取り掛かります!お前達すぐに準備だ!」
『は、はい!』
研究員達は慌てたようにシャーヴァルを運び出し、続いて前方に怪しく輝きながら浮かんでいる赤い菱形十二面体を丁重に扱いながら運んでいった。
・・・・・
――時は戻ってスノウたちが出発して数時間後――
ヒュゥゥゥゥゥゥン‥‥
スノウは単独で行動していた。
空を風魔法で飛行して高速で移動していた。
目的はスメラギの手紙にあった6つのアイテムのうちのふたつ、ザーグの歯とアガスティアの大地の削り粉を入手することだ。
最初に目指していたのはヒンノムの南東にある港町ゲゼーだった。
そこに行けばザーグの歯が手に入るはずだった。
この情報源は明か時のサーカス団だった。
団員ジュウガがしきりにザーグを食べたいと言い張っていたのだが、ジュウガがザーグを食べたいと駄駄を捏ねる度にエビロウがゲゼー出なければ食せないと言っていたのだ。
スノウはその光景を思い出し思わず吹き出してしまった。
巨漢のジュウガが駄々を捏ね、それを老人のエビロウが窘めるという構図が面白かったのだ。
(あいつらもいいやつらだったな。今頃どこかで公演中か‥‥いや、流石にこんな状況じゃぁ公演のしようもないか‥‥いや、やつらはそんなタマじゃない。どこでもどんな状況でも公演を即興でやってのけるやつらだ)
スノウは自分の即興で公演に参加し、大歓声で終えた経験から彼らのパフォーマンス力の高さは認めていた。
何よりど素人の自分を惹き込んでしまうほどの言い知れぬ心地よい強引さとプロ技があった。
「お、あれはゲゼーだな」
ダシュゥゥン‥‥
スノウはゲゼーに着地した。
ゲゼーは小さな港町だが、たくさんのレストランがあり、美味しい海の幸をふんだんに使った料理を振る舞う様々なレストランが並んでいた。
「いい町だな。改めて仲間と一緒に来よう‥‥って早速見つけたか?!」
スノウは魚屋に飾ってある巨大な鮫の歯のようなものが吊るされているのを見つけた。
「あのすみません」
「はい、いらっしゃい!」
「そこにぶら下がっているのは何ですか?」
「おいおいにいちゃん、冗談はやめてくれよ。まさか、初めてゲゼーに来た“お上りさん” かい?ザーグの歯に決まってんだろうが!この町じゃぁザーグの歯ぁ、どれだけ大きいのを釣ったのか競うために店にぶら下げる習慣があんだぜ?」
(いきなり遭遇だな!つーかお上りさんって使い方間違えているからな!)
「あのこれ譲ってもらうことは出来ますか?」
「おいおい、馬鹿か?!今商売中だぜ?これなくなったら、今日のおまんま食いっぱぐれだろうが!」
「じゃぁ、前に釣ったザーグの歯でも構わないのだけど」
「それなら裏の倉庫に山ほどあるぜ!だぁがなぁ!持っていっていいのはちっちぇのだけだ。でけぇのはだめだぞ?!」
「いえ、大きさは問わないんで。じゃぁ一番ちっちゃいの貰っていきますね」
「おう、勝手にしろい!てか、何か買っていかねぇのかい」
店主の威圧を軽くスルーしてスノウは一礼すると裏の倉庫に無造作に積まれているザーグの歯の中から一番小さそうに見えるものを貰い受けた。
「よしいきなりゲットだな」
スノウはすぐにその場から飛び立ってアガスティアの反転大地を目指した。
・・・・・
ヒュゥゥゥゥゥゥゥ‥‥スタ‥
スノウは30分もかからずアガスティアの反転大地に降り立った。
何回来ても不思議なもので、アガスティアの大地に近づくと突然重力が反転する。
「さて、この白い大地を削ればいいんだったな」
スノウは動物や魔物を捌く時に使う短剣を抜いて地面を軽くなぞった。
カカカン!
「?!」
不思議な音と共に剣が跳ねた。
しかも削れておらず一粒の粉もない。
「どうなってる?」
ガリガリガリ!
短剣で地面を思い切り削ろうとするが、削れるどころか短剣が刃こぼれしてしまった。
「‥‥‥‥」
スノウはフラガラッハを抜いた。
スパパァァン!
「はぁ?!」
フラガラッハで地面を切り刻んだつもりが傷一ついれることができなかった。
「おいおい、神の剣だぞ?!」
(おかしい‥‥こんなにも硬いはずがない‥‥。これほどまで硬ければ、神の塔なんて造ることはできない‥‥この辺りが特別に地盤というか地表が硬いのか?!)
スノウは少し離れた場所で同じようにフラガラッハで地面を切った。
だが、傷一ついれることができない。
「あ、そういえば‥‥」
スノウはとあることを思い出した。
反転アガスティアの南東部分へとやってきた。
「あった!」
ここには大きな亀裂が入っている。
これはスノウがサンバダンと共にケセドのアガスティアへと越界した際に、激突した衝撃で亀裂が入ったものだが、スノウとサンバダンのふたりが激突したことによって凄まじい衝撃波が生じてアガスティアの大地に亀裂が入ったのだ。
一部分、といってもかなりの大きさだが、一部分は崩壊してヒンノムへと落下しているほどだ。
ガリガリガリ‥‥ボロロ‥
「おお!」
スノウの思惑通り、亀裂の入った断面の部分には削れやすい状態の箇所があり削ることができたのだ。
「あのクソ司教の顔が浮かんできてイラついたが、無事にアガスティアの大地の粉が入手できたことでチャラにしてやる」
スノウの脳裏に浮かんだのは神託院フラターの大司教カークス・ファインレインの顔だった。
自分を一方的に罪人と決めつけた態度は理不尽で不条理な世の中を代表しているかのようなものであり、思い出す度にイラつく顔だったのだ。
「さて、戻るか」
スノウはソニアたちに合流すべく飛行し始めた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




