<ケセド編> 112.結界
112.結界
ワサン、シンザ、そしてホムンクルス33体が南に向かって禁樹海を進んでいた。
コンパスが効かない上、木々が動くため、真っ直ぐ進んでいるか自信がなくなってくる。
そのため、シンザが炎魔法で地面に焼き線を入れながら進んでいた。
半日以上進んでいるがいっこうに樹海から出る気配はない。
シンザはまる二日以上寝ておらず、ワサンにおいては三日以上睡眠をとっていなかった。
この樹海で野営を張ることは極めて危険だったからだ。
虫系の魔物は動きが素速く力も強い。
しかも強力な牙や爪、刃、毒を持っている。
動きも読みづらいため、戦闘を撹乱させられることも多い。
ワサンとシンザの実力なら対処出来るのだが、流石に睡眠中に襲われる場合、対処しきれない可能性がある。
それだけ危険な場所であると言えた。
そのため、睡眠を我慢せざるを得なかったのだが、流石に疲労が蓄積されてきたこともあり、交代で睡眠をとることにした。
虫系の魔物の活動時間は夜であるため、日中に睡眠をとり、日没と共に出発することとした。
まず三日以上睡眠をとっていないワサンから睡眠をとることになった。
だが、相当眠いはずのワサンはフランシアのことを考え眠れなかった。
スノウのことにしか興味のないフランシアがなぜ自分を救ったのか。
(オレを救おうとしただけで、まさか自分があの怪物に吸い込まれるとは思っていなかったか‥‥それとも仲間意識が芽生えたか‥‥いずれにしてもあれは完全にオレのミスだ。オレのミスでシアが死ぬようなことがあってはならない‥‥)
ワサンはエントワのことを思い出していた。
自分を救うために命を落としたといっても過言ではない。
自分が弱かったからエントワは命を落としたとワサンはずっと後悔していたのだ。
ホドでの三足烏・烈との熾烈な戦いから数年経過しているが、ワサンは格段に強くなっている。
自身もそれを認識していた。
心のどこかで、今の自分であればあの時のような失態は起こさないと思っていた。
そう思って後悔の念を誤魔化そうとしていたのだ。
だが、フランシアの犠牲で生き残った自分を見た時、ワサンの脳裏に自分の目の前で命を落としたエントワが鮮明に思い出されたのだ。
木の上で横になりながら自分の両手の平を見ていた。
“ワサン。君はまだまだ周りが見えていませんね。自分の力を過信し、窮地に置かれる自分のために周りの者がどれだけ犠牲になるか、しっかりと考えるべきだ”
目を瞑るとエントワが現れ、厳しい言葉を投げかけてくる。
ワサンは目を背けたくなるが、逃げてはならないと自分の心に言い聞かせる。
(オレはまだまだ弱い。もっと強くならなければ‥‥。そして後悔するにはまだ早い。シアは死んだと決まったわけじゃないんだ。サンバダンがあの怪物の口の中に飛び込んだ時‥‥あの表情は敢えて飛び込んだように見えた。つまりあの口の中の先に何かがあるってことだ。シアはきっとそこでまだ生きている。オレは2度とエントワの時のような後悔はしない!)
結局ワサンは眠れずに、シンザと交代した。
シンザはシンザで自分の弱さを痛感していた。
超巨大生物の崩壊核だけでなく、サンバダン、魔王アモン、そして魔王アリオク。
次から次へと自分の実力を大きく上回る存在が目の前に現れた。
もしあの場にレヴルストラのメンバーが集結していたら、皆存分に活躍していたに違いない。
だが、自分は何が出来ているだろうか。
シンザは自分がレヴルストラで最も弱いと思っていた。
(順番なんて誰も気にしていないけど、でも一番弱い僕に価値はあるんだろうか‥‥。潜入調査が得意だっていってもそれは別に他の人だって出来る。僕が一番数をこなしているだけで、上手いかどうかなんて分からない。僕の役割は何だろう‥‥必要とされているのだろうか‥‥)
自分と同様に戦闘力で他のメンバーに遅れをとっているという悩みを抱えていると思っていたソニックはスノウ不在の中で立派にリーダー代理を務めていた。
(ソニックはみんなからの信頼も厚い。ソニアさんはそもそも僕より遥かに高レベルな炎魔法を使う。レヴルストラ随一にワサンさんのスピードには勝てないし、シアさん、シルゼヴァさん、ヘラクレスさんに至っては次元が違う。僕はレヴルストラにいていいんだろうか‥‥)
結局シンザも十分に眠ることが出来なかった。
日没と共にシンザたちは出発した。
仮眠をとっている間、虫系魔物が何度か襲ってきたが、ホムンクルスの活躍もあり、何とか退けた。
(しかしホムンクルスたちの成長が目覚ましいな。相手の動きを見切って行動し、的確に弱点を突いている。しかもそれぞれが連携して行動しているように見える)
シンザはホムンクルスの1体を自分の横に呼び寄せて質問した。
「君たち、上手く連携して戦っているけど、どうやって意思疎通を図っているんだい?」
ホムンクルスは言葉を発しないため、身振り手振りで応えた。
分かりづらいものだったか、ホムンクルスはシンザが理解するまで何度も工夫しながら身振り手振りで伝えてきた。
「ふむふむ。もしかして、君たちの意識はひとつってこと?それぞれの個体で見たり感じたりしていることをひとつの意識で把握していて、その意識が各個体に指示をして動いているってことかな?」
クイクイ‥
ホムンクルスは首を縦に振った。
「そうか、ひとつの意識が指示をしているから、ひとりが惹きつけている間に別の者が攻撃したり出来るわけだね。これはホムンクルス全部に言えることなの?」
ブルブル‥
ホムンクルスは首を横に振った。
「自分たちだけ‥‥え?!そうなの?!いつから?!」
ホムンクルスは身振り手振りで何かを伝えた。
どうやらシンザは自分たちを仲間だと思ってくれていることがきっかけだと言っているようだ。
ホムンクルスはこれまで自分たちは主人の命令に従う道具だと思っていた。
壊れればまた作り出せばよいと言われ腕一本になっても戦えと言われていた。
だが、シンザはホムンクルスを人族と同様に扱ってくれた。
そのことがきっかけで意識が生まれたと言っているようだった。
「へぇ‥‥ちょっと僕には理解するのが難しそうだな‥‥って気づいたら君と会話していたね?!もしかして僕のボヤキとかも理解していたってこと?!」
クイクイ‥
ホムンクルスは首を縦に振った。
どうやら途中からシンザの言葉を理解するようになっていたようだ。
「あっちゃ〜!まぁいっか。もう銀の騎士ガーフでいる必要もないしね」
クイクイ‥
ホムンクルスは再び首を縦に振った。
「ははは!何だか君たちとは仲良くやっていけそうだよ」
クイクイ‥‥
「おいシンザ、何をそんなに楽しそうに会話しているんだ?」
ワサンが話しかけてきた。
「あ、いえ、ホムンクルスと会話が出来ることが分かって、少し話をしていたんです。あ、言葉は発することが出来ないみたいなんでこんな感じで身振り手振りで応えてくるんでけどね」
「へぇ‥オレも始めて見たがホムンクルスってのは自我があるってことなんだな。命令通りに動く人形って聞いていたが‥」
「実際には命令通り動く人形らしいですけど、この子らだけは違って自我があるみたいですね」
「お前と一緒に行動して自我が芽生えたってことか?なんかすごいな。ってことはそいつらもオレたちの仲間ってことになるな。よろしくなオレはワサンだ」
クイクイ‥‥
33名のホムンクルス全員が一斉に首を縦に振った。
「おお、なんか壮観だな!」
「ですね!」
トントン‥‥
ひとりのホムンクルスがシンザの足を軽く叩いた。
何かを見つけたらしい。
「どうしたの?」
ホムンクルスは前方を指さしている。
「ん?!‥‥あ!ワサンさん!前!もしかして樹海から出られるじゃないですか?!」
シンザの言葉に従って前方を見たワサンの視界に映ったのは木々の合間から見える開けた景色だった。
「間違いない!樹海の出口だ!」
一同は速度を速め、前に進む。
パァァァァァ‥‥
景色が一気に開けた。
天井には反転アガスティアが見えた。
左手には無感動の街アディシェスがあった。
街の奥には禍々しい黒雲に覆われたアディシェス城と時計台が見えた。
「たどり着いた‥‥」
「ああ」
シンザとワサンは胸を撫で下ろした。
虫系魔物に支配されていた禁樹海はそれだけ緊張の連続だったのだ。
「ここからなら直ぐにアディシェスに侵攻出来そうだな。この位置で軍を確認されたとしても、十分に準備することは難しいはずだ。グイードの軍勢がアディシェスの戦力を削ってくれる可能性は高いと言えるだろう」
「そうですね。ここからなら馬で約30分もかか‥」
ビィィィィィン!
「え?!」
シンザは話しながら前に出たのだが、突然見えない壁に接触して驚いた。
スタ‥‥ビィィィン!
馬を降りて見えない壁に触れてみると、響く音がした。
「これは‥‥」
「障壁か。結界を張っているようだな。ディアボロスのやつ、抜かりないってことか」
「どうしますか?」
「ふむ‥オレたちがこの結界を破壊できるか分からんし、そこまでやる必要はないからな。予定通りオレ達はスノウと合流だ」
「そうですね。それじゃぁ準備します」
シンザはボビンを降ろし、馬を解き放った。
自身は銀の鎧を脱ぎ捨ててあらかじめ用意しておいた人骨をその鎧の内側にそれとなく配置した。
溶解性の粘液を放つ虫系魔物もいたため、それに攻撃され死んだと思わせるためだ。
足跡がつかないように、ホムンクルスを丸太に掴まらせ、炎魔法で飛行して少し離れた場所に降ろした。
禁樹海を出たところで力尽きたと思わせるカムフラージュを終えたワサンとシンザはそのまま南西にある痛みの街ポロエテを目指して進んだ。
・・・・・
――それから3時間後――
シンザの一団が残したワイヤーを辿ってグイードたちの軍勢が禁樹海を出た。
ビィィィィィィィン!!
「何ですかこれは?!」
結界の存在を知った金の騎士ローガンダーが驚きの声をあげた。
「いかがなされますかグイード様」
「ぬぅ‥我らの動きが読まれていたということか。だが、この結界を破壊すれば、我らの軍勢はアディシェスに攻め込めることに変わりはない。鳥を用意せよ。シャーヴァル様にお伝えする」
「ですがグイード様。シャーヴァル様にお伝えしても我々でどうにかしろと言われるだけではないのですか?」
「問題ない。シャーヴァル様はこのような事態も予測されていた。もし結界が張られているようなら、鳥を飛ばして知らせよとのご指示だ」
「何と!流石はシャーヴァル様!直ぐに鳥を飛ばします」
グイードは偽善の街クルエテ内の総統勢力本拠地にいるシャーヴァルに向けて鳥を飛ばした。
丁度その頃、アディシェス城ではディアボロスとオロバが執務室から外を見ていた。
「やつらが結界までたどり着いたようです」
「ああ、分かっている」
ディアボロスは念話を繋いだ。
「イポスか」
“はい閣下“
「順調か?」
“もちろんにございます。いつでも後指示通りに対応が可能です”
「出来したぞ。現場の指揮はお前に任せる。最後までやり遂げろ」
“御意”
ディアボロスは念話を切った。
「さて、それではあのネクロマンス・ナイトの軍勢に対抗する軍をアンドラスに組織させろ。兵は精鋭を残して全て投じて構わん」
「かしこまりました」
返事をしたオロバはその場から消えた。
「所詮は悪魔だ。殺されたところで古巣に戻るだけ。俺の求める世界には不要な存在だな」
ディアボロスは窓から外を見ながら言った。
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