<ケセド編> 111.三つ巴
111.三つ巴
「‥‥‥‥」
あまりに信じがたい話にシンザは言葉を失っていた。
冗談にしては笑えない話であり、そもそもシンザを騙すためにフランシアが演技をするはずもなかった。
だとすれば事実であり、それもまた信じがたいことであったのだ。
(あのシアさんがなすすべなく吸い込まれて消えたっていうのか?!)
「何も言えないのも分かる。あれからオレは何度かあの怪物を出現させて確認したほどだからな」
「!!‥‥まさかこの空間の中心に近づくとその怪物が現れるということなんですか?!」
「そうだ。だが、何かが違うんだ。シアを飲み込んだ際にオレは怪物の口の中を一瞬見たんだが、その中にはカルパみたいなのが広がっていた。だが、シアを救うためにその後に呼び出した怪物の口の中にはカルパみたいなものはなく、悍ましい闇しかなかったんだ。直感で分かる。あれに飲み込まれてもシアと同じ場所には行けないとな」
「じゃぁシアさんは?!」
「分からねぇ。だが必ず救いに行く。何があってもな」
「そうですね。もちろん僕も行きます。既にスノウさんとは合流していて、僕の潜入調査の役割はここで終わりです。スノウさんたちと一緒に救いに行きましょう!」
「ああ。そのためにはこの樹海から出なければならないな」
「僕はあちらから来ました。ここが禁樹海の中心部分にある大穴だとすれば、こちらの方向に向かえば樹海を出られるはずです」
シンザは南の方向を指差して言った。
「分かったが、ここは大穴ではないんじゃないか?見ての通り穴はないんだぜ?」
「ワサンさん。ここはやっぱり禁樹海の地図にある大穴だと思います。その全てを吸い込んむ超巨大生物が穴であるとも言えますよね」
「なるほど、確かにな。お前の言う通り、こちらの方向に進んで樹海から出られたら、お前の推測が正しいと言える。試してみる価値はあるな」
「ワサンさん。僕もその超巨大生物を見ておきたいのですが可能でしょうか?」
「可能かどうかで言えば可能だ。お前を引き止めたラインから内側に進めばいいだけだ。だがやめておいた方がいい。吸い込まれる力は異常だ。オレも踏ん張るのが必死だったくらいだ。お前の率いているホムンクルスはほぼ全数吸い込まれるだろう」
「それじゃぁ、ホムンクルスを樹海の奥まで下がらせておいて、僕とワサンさんだけで超巨大生物を出現させるというのはどうでしょう?」
「まぁ構わんが、お前も物好きだな。普通は恐怖して一刻も早くこんな場所から立ち去りたいと思うもんだが。それともオレの話が信じられなかったか?」
「いえいえ!ワサンさんの話はもちろん信じますよ。ワサンさんは嘘つける人じゃないし、嘘つく優しさも持っていますが演技下手ですから」
「おい‥‥」
「あ、す、すみません」
「ははは‥‥だが当たってるよ」
ビギィィィィィィィィィン!!
「シンザ!ホムンクルスを森へ!何か来るぞ!」
「ええ!このオーラ、知ってます!ホムンクルスは全員5時方向に退避!森へ入って100メートル付近で身を伏せて待機だ!」
ホムンクルスはシンザの指示に従って一斉に森の中へと入っていった。
シンザとワサンは木の横に立ち様子を窺った。
ビギィィィィィィィィィン!!
「このオーラ‥オレも知っているぞ」
「ええ。ヤツですよ」
ジュバァァン!シュルシュルシュル‥ヴワン!
突如何者かが空から回転しながら急降下し、地面スレスレで浮遊した。
ヴァサッ‥ヴァサ‥ヴァサ‥
シンザとワサンは息を顰めた。
「やっぱり奴か‥‥」
「ええ。サンバダンです」
現れたのはサンバダンだった。
「後ろにいるふたり。僕の邪魔をするなら殺すから」
シンザとワサンは顔を見合わせた。
「流石にバレてるか」
「ですがまだ僕たちだと気づいていませんよ」
「大人しくしていようじゃないか」
サンバダンは目の前のことに集中しているのか、ワサンとシンザには目もくれずに小さな魔法陣を出現させそこからなにやらいくつか道具を出している。
ワサンはポーチからロープを取り出して木にロープを巻きつけ、さらにシンザと自身を縛り付けた。
(あいつは例のやつを呼び寄せる可能性がある)
(はい)
ワサンとシンザは目で会話した。
一方サンバダンは全てのモノを取り出し終えたようで魔法陣を閉じた。
「さて、これで準備はいいね」
サンバダンは浮遊しながらゆっくりと開けた空間の中心へと進んでいく。
ヴゥゥゥン‥‥
低い機械音が僅かに聞こえてきたところでサンバダンは静止した。
「この辺りか」
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‥‥
低い機械音が大きくなった。
「来るぞシンザ」
「はい」
広範囲の地面が歪んだ空間のように見える。
だが、サンバダン、ワサン、シンザの3人は上空を見上げている。
「とんでもないものがいますね‥‥」
「間も無く姿を現すぞ」
ギュワァァァァァン‥‥パァァァァン!!
目の前に超巨大な生物が出現した。
全身黒紫で透過しているようにも見えるが、よく見ると深い闇があるのが分かる。
そして全身に怪しく光る無数の線が走り、そこに脈を打つように薄く光る点が線を辿るように動いている。
腕のようにも見える触手が無数にあり漂うように蠢いている。
頭部には巨大な口しかない。
ブフゥォォォォォォォォ‥‥
周囲に凄まじい風が吹き始めた。
「何だこれは?!」
「あの腕‥‥いや触手か。頭部に目や耳がないのに対し、おそらくあの触手が周囲を知覚する役割を担っていると思う。と同時にあの触手に触れると一瞬で闇に飲まれ蒸発する」
キュィィィィィィン‥‥
突如全身を串刺されたような感覚に襲われた。
「本当に執念深いね、君」
シュヴァァァァン‥‥
突如ドス黒い煙と共に何者かが現れた。
赤黒いスーツを着て頭部が梟の男性だった。
足は鳥のように鋭い鉤爪がついている。
その鉤爪で地面をしっかりと掴んでいるため、暴風の中に立っているにも関わらず全くふらついていない。
現れたのは魔王アモンだった。
「探しましたよエセ天使君」
「勘弁してくれよ。半殺しにしてあげたのにまだ足りなかったかな。意外とマゾ気質なんだね」
ビギン!!
周囲に凄まじい殺意のオーラが広がった。
アモンはサンバダンに怒りの視線を送っている。
「勘違いしてもらっては困りますよ。私はあくまであなたの持つ知識が欲しいのです。復讐などつまらない。快感を得られるのは一瞬だけですからね。私は永遠に続く快感、すなわち知識が欲しいのです。貴方の持つ精神だけを越界させる知識、今日こそは頂きますよ」
「相変わらず口だけは達者だね。でも君、誰かに追われてる?」
「ふん。話題逸らしですか?‥‥むぅ‥何ですかこの雰囲気は」
シュキィィィィィィィィン‥‥
周囲に全身が焼かれ斬られる感覚に襲われた。
ヒュゥゥゥン‥‥ガキィィン!!
突如空から何者かが凄まじい勢いで落下して地面に着地した。
不思議と砂煙は立たず、まるで磁石か何かでくっついたかのような着地に見えた。
空から降ってきたものはゆっくりと立ち上がる。
赤黒い髪を風に靡かせている全身青白い皮膚で体毛のない筋骨隆々な男性で、背中に不気味な黒い翼が生えている。
黒色の着流しを着ており、肩には異常に長い日本刀を担いでいる。
「貴方‥‥明らかな魔王級のオーラ。なるほど、貴方がアリオクですか。ですが貴方の出番はありませんよ。このまま180度向きを変えてお帰りなさい」
空から降ってきた者は魔王アリオクだった。
足から数本の赤い触手が出てきて地面に突き刺さっているため暴風の中でも体は微塵もブレていない。
「すまないがそれは出来ない。俺の役目はそこの天使亜種の捕獲とお前の暴走を止めることだ。大人しく従ってもらえれば危害は加えない。従ってもらえないならこの魔刀 “獅子玄常” が身体を真っ二つに切断するだろう。だが安心しろ、消滅はしない」
「おやおや、ディアボロスは気でも触れたようですね。そもそも私を制御できると思っているとしたら思い上がりも甚だしい。いいでしょう。ここで貴方を葬り、同時にサンバダンの脳を喰らうとしましょう」
「はっはっは!面白い展開だ。君たちで潰しあってくれたらそれはそれで楽なんだけど、もう時間がないからこのまま押し切らせてもらうよ」
超巨大生物を前にして、サンバダン、魔王アモン、そして魔王アリオクの三つ巴状態になった。
「ヴオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
『!!!」
ビリビリリリリリビリリリリリ!!
目の前の超巨大な生物の咆哮で鼓膜が破れるのではないかと思われるほど空気が割れる。
それを見てアリオク言った。
「これは‥‥アバドンの分霊‥‥いや、崩壊核か。また厄介なモノを持ち込んだものだ」
アリオクが崩壊核と呼んだ超巨大生物は頭部を真上に向けた後、触手を振り回し始めた。
バボォォォォォォン‥‥
「シンザ!しっかり掴まっていろ!あれに触れたら終わりだ!」
「はい!」
吸引の力と共に数本の触手が振り回される。
アリオクは腰を落とした。
肩に担いでいる長魔刀の鞘が消え、刀身が顕になった。
「次元斬、魔逆亥!」
ブワン!!‥シュバババババン!!
アリオクの魔刀は崩壊核の触手を次々に切断していく。
「グヴォァァァァァァァァァァ!!」
崩壊核は頭部を痙攣させながら、凄まじい勢いで周囲のものを吸い込み始めた。
ブフォォォォォォォォォォ‥‥
突如周囲の空気が次々に崩壊核口の部分に吸い込まれていく。
「あぁ‥何ということだ‥‥吸い込まれる‥」
サンバダンは不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、崩壊核の口の中へ吸い込まれていった。
『!!』
ワサンとシンザは驚きの表情を見せた。
「白々しいですね。逃すわけがないでしょう」
アモンも敢えて飛び込むように崩壊核の口の中へと吸い込まれていった。
「シンザ!あれだ!見えるか?!カルパのようなものが見えるだろ!」
「はい!飛び込みますか!」
「奴らが消えた後だ!奴ら3人が吸い込まれたらすぐにロープを切ってあの口に飛び込むぞ!」
「はい!」
サンバダンとアモンが崩壊核の口に吸い込まれたのを見て、アリオクは呆れた表情を見せながら言った。
「面倒だが仕方ない。任務は任務だ」
アリオクは地面に食い込ませている触手を抜くと、そのまま崩壊核の口の中に吸い込まれた。
「シンザ!行くぞ!」
「はい!」
ジョキ!‥ダシュン!
バシュゥゥゥン!
「何?!」
「おわぁぁ!」
スタタ!
崩壊核は一瞬で消え去り、突然吸引の力がなくなったことでワサンとシンザは空中でバランスを崩しつつもなんとか上手く着地した。
ダァン!
「くそぉぉぉ!!」
地面を殴りながら叫ぶワサンの怒りの声が響いた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




