<ケセド編> 110.全てを飲み込む闇
110.全てを飲み込む闇
生き物のように揺らめく木々に遮られていたため見えなかったが、意外にもすぐに広い空間に辿り着いた。
「何だここは?!」
「土の影響でしょうか。木々が育たない土があるとか」
「先ほどの報告通り魔物の気配もない。ソナーには反応あるか?」
「いえ、ありません」
「ひとまず安堵だが、油断は禁物だ。とにかくここで休憩する。交代で見張りを立てよう」
『はっ!』
一同はジェイコブの指示に従って数名の見張りを立てて休憩を始めた。
騎士長たちはジェイコブとトーマの下へやって来た。
「ここはどこなのでしょう?」
騎士長のペドロは地図を広げた。
「これはアガスティア大崩落後を反映した地図です。荒っぽい測量のようですが、使えないわけではないのでこれをベースに今どこにいるのかを確認し、今後の行き先、方向を決めたいと思うのですがよろしいですか?」
「私もペドロに賛成です」
「私もだ」
「私たちもです」
4騎士長全員が直訴するかのようにジェイコブとトーマに詰め寄った。
「分かった。それでペドロ。お前の意見は?」
トーマが地図を見ながら言った。
「はい。アガスティア大崩落前の地図は持参していないため、この崩落後の地図でしか確認はできませんが、進んだ距離感覚と陽の光の位置から我らはほぼアディシェス領に面した樹海の端まで来ているものと思われます」
「この禁樹海の中心にある大穴ではないのか?」
「副総長、ご覧ください。あの通り穴などない。確かにこの広い空間の規模を考えればこの地図の大穴相当と見間違えるのも無理はありません。ですが、そんな大穴は見当たらない。さらに言えばここは人が足を踏み入れない禁足地たる巨大な樹海です。そもそもこの地図が正確である方がおかしい。武力精鋭の我らですらここまで苦戦する恐ろしい森ですよ?まともに地図が書けるはずはないのです」
「その通りです。ですが、この大穴だけは誰かが見たのでしょう。出なければここまで巨大な穴が大地に開いているなどという発想はしない。その位置が正確かどうかは分かりませんが。とにかく我々は後少しでこの樹海を抜けられる位置まで来たと見て良いと思うのです」
「従って我らは暫くここを拠点として、周辺の調査を行い樹海の出口を探す。それが我ら騎士長たちの総意だ。どうかこれは聞き入れてくれ副総長」
ペドロに続き、ホノ、アールマンが訴えるように意見を述べた。
「分かった。そうしよう」
『おお‥』
反対意見が出ると思っていたのか、4騎士長は安堵の声を漏らした。
「では早速調査組織の編成を行います。動ける者は多くない。念の為ここでの戦闘要員も残しますから、さほど調査組織に人は割けませんが、水と食料ならある程度確保できています。2〜3日は持つはずです。交代で調査に出る形で人員を選抜します」
「よろしく頼む」
『はっ』
4騎士長たちはその場から立ち去り、騎士たちに指示を出し始めた。
「どう思うジェイク」
「分からない。だが信じるしかない」
「そうだな」
騎士たちは広い空間の端に簡易的な陣営を敷き、体を休めていた。
3人1組で5組の周辺調査メンバーが選出され、既に調査に向かっている。
ワサンたちは居残り組で広い空間を警備していた。
騎士たちは不思議と広い空間の中心の方へは行こうとしなかった。
木々がひしめき合っている狭く息苦しい森の中は嫌だが、極端に何もない空間というのも不気味だったのだ。
とにかく仲間とはぐれないようにという心理が働いたのだった。
それから約2時間後。
調査メンバーは3組が帰還した。
他の2組はまだ帰還していない。
魔物に襲われている可能性もあるため、悲観的になる者も少なくなかったが、とにかく待つことにした。
戻って来たのは北、東、西方面を調査していた者たちで南方面を調査している2組が戻っていなかったのだが、この方角もコンパスを使えない状況では太陽の位置で推測するしかなく、怪しいものだった。
そんな中、周囲を警戒して回っている見張りのひとりが何かの異変に気づいた。
ピィィン‥‥ヴゥゥゥン‥‥
小さな何か弾けるような音がした後、低い機械音が僅かに鳴り響いた。
「何だ?」
警備の者はほんの少しだけ広い空間の中心の方へと足を踏み入れたのだが、そこで何かのボタンを押してしまったかのように突如周囲の空気が一変したのだ。
「シア」
「ええ。何か来るわね」
ワサンとフランシアは武器を構えて警戒した。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン‥‥
低い機械音が大きくなった。
それによって気づいた騎士たちが皆音のなっている方に視線を向けた。
ダダダダダ‥‥
目線を向けた先は広い空間の中心部分だった。
かなりの広範囲で空間が歪んでいるのが見えた。
空気が波打っているような見たことのない変化が起こっている。
「何が起こっている?!」
「とにかく警戒態勢です!」
「総員配置につけ!」
「敵はどちらですか?!」
「分からない!とにかく全方位に対応できるよう防御陣形を取れ!」
『はっ!』
4騎士長は騎士、魔法使いたちに指示をして防御体勢をとった。
「おい、何だこれは?!」
「分からないわ。でも警戒はすべきね。」
騎士たちは空間の揺らいでいる地面に目を向けているが、フランシアとワサンだけは上空を見ていた。
目の前に何かがいると感じ取っていたのだ。
それも見上げるほどの超巨大な何かだった。
ギュワァァァァァン‥‥パァァァァン!!
シュヴァヴァヴァァァァァン‥‥
『!!!』
突如目の前に超巨大な生物が出現した。
全身黒紫だが、皮膚があるのか分からない質感に見える。
透き通っているようにも見えるが、透けているわけではない。
とにかく飲まれそうな闇だった。
そして体の至る所に怪しく光る無数の線が走っている。
本体から腕なのか触手なのか分からないものが無数に飛び出ており、頭部と思われる部分は巨大な口しかない。
「何だこれは?!」
「デカ過ぎる!!」
「こんなのと戦えるわけがない!!」
騎士団員たちは目の前の超巨大生物を前にして一瞬で戦意を喪失した。
「これは危険だわ。ワサン、すぐにここから逃げるわよ」
「ああ!」
フランシアとワサンはその場から立ち去ろうとする。
ガラララン‥‥
騎士団員たちは皆、持っていた剣や盾を落とすように離したため、周囲に乾いた金属音が鳴り響いた。
「に、逃げろ‥‥逃げろぉぉぉ!!」
騎士長のペドロが叫んだ。
騎士団員たちは一斉に踵を返し森の方へと逃げようとしたが、あまりの恐怖で足がもつれて上手く走れなかった。
中には腰を抜かすものまで現れ、その場に尻餅をついてガタガタと震えていた。
「ブフォォォォォォォォォ!!」
突如超巨大生物が雄叫びをあげた。
ギュゥゥルルルルルルガァァァァァァァ!!
すると腕とも触手とも見える数本のものを周囲に振り回し始めた。
「攻撃が来るぞ!身を屈めろ!!」
騎士団員たちは皆倒れ込むようにして身を屈めた。
ヴァッザァァァァァァァン!!
殆どの団員が辛うじて攻撃から免れたが、数名の騎士と魔法使いが屈むのが遅れ、腕のような触手に吹き飛ばされた。
ヴァジュァァァァ‥‥
吹き飛ばされ、木々に激突した瞬間に絶命していると思われたが、数秒後に身体が服や鎧ごと蒸発するように消えた。
周囲の木々も触手にふれたものは数秒後に蒸発するように消えた。
「立つな!!這ったまま逃げるのだ!」
騎士長ペドロが叫ぶが皆聞こえていない。
「ヴオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
『!!!」
ビリビリリリリリビリリリリリ!!
目の前の超巨大な生物の咆哮で鼓膜が破れるのではないかと思われるほど空気が割れる。
ブフォォォォォォォォォォ‥‥
突如周囲の空気が凄まじい勢いで超巨大生物の口の部分に吸い込まれていく。
「ぐぐっ!!皆何かに掴まって下さい!!」
騎士長のホノが叫んだ。
だが掴まるところなどなかった。
『ぐわぁぁぁぁああああ!』
一斉に騎士団の者たちが空中に浮いていく。
ブワァァァァァァァァァァァ!!
そして一気に超巨大生物の大きな口の方へと飛んでいく。
「ワサン!森の中に向かって飛ぶわよ!!
「ああ!」
フランシアとワサンは急いでその場所から凄まじい力で跳躍し、吸引の力から逃れようとする。
ドォン!
「何?!」
ワサンが跳躍した直後、飛んできた魔法使いのひとりがワサンにぶつかって来た。
そのためワサンは跳躍の力を失い、その場に倒れそうになる。
ガシ!ギュワァァン!
「おい!シア!何を!」
フランシアが体勢を崩したワサンの足を掴み、そのまま森の方へと思い切り投げたのだ。
だが、それによって今度はフランシアが体勢を崩してしまった。
吹き飛ばされるワサンの視界に無表情のフランシアの姿があったが、あっという間に超巨大生物の口に吸い込まれていった。
「シアァァァァァォォォゥゥ‥‥」
叫ぶ声すら吸い込まれていく。
ギュプキュゥゥゥゥゥゥン‥‥ジュヴァァァァァン‥‥
吸引の力が止まった直後、ゆっくりと超巨大生物は透過していき、その場から消えた。
「おい!待て!シアを返せ!!」
ワサンの声が虚しく響いた。
周囲にはワサン以外誰1人として残らなかった。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




