<ケセド編> 106.出兵
106.出兵
岩陰からスメラギスコープで様子を窺うスノウ。
ここは屍の街デフレテから北へ5kmほど進んだ場所だ。
スノウの視界には無数のテントが張られていた。
「間違いない。あれはアンデッドだ。皮膚が爛れているようなやつやスケルトンまでいる」
「俺にも見せてみろ」
カディールはスノウからスメラギスコープを受け取るとテントの張られた一帯を確認した。
「確かにいるな」
「シンザとやらの情報は正しかったようじゃな」
イリディアもカディールからスメラギスコープを受け取り確認して言った。
「明日この軍がアディシェスに向かって出兵か」
「間違いないじゃろうな。グイードもおるからのう。ソナー魔法を展開するまでもないが、軍の規模は1万近いのう」
シンザの情報通り、漆黒の騎士グイードはこのアンデッド軍のテントを訪れていた。
「当然この軍を指揮するんだろうな。となれば金の騎士ローガンダーが騎士軍とホムンクルスを指揮か。シンザ扮する銀の騎士ガーフもそっちに同行だろうな」
「ですね。私の予想ではシンザが斥候の役割を担わされるのではないかと思います。ヴァティ騎士団が禁樹海を先行して探索し、安全な経路を確保しているとはいえ、どこでどんな敵が現れるかも分かりませんし、それらの露払いをさせるのだと思います」
ソニアは事前にソニックが予想して言った内容を自分の意見のように言った。
「そうだな。そしてもし命を落としてもそれはそれで構わないということだな。いずれにしてもシンザは攻撃の矢面に立たされる危険な立場を負うことになる」
「その前に離脱し、こちらの合流する手筈ですが、グイードやローガンダーはそれを許さないかもしれませんね」
「となれば、おれ達も禁樹海に入るか。シンザが無事におれ達に合流できるように余計なやつらを消してまわればいい。そしてその後はヴァティ騎士団に追いついてシア、ワサンとも合流する。そのまま禁樹海から抜け出る」
スノウの作戦にイリディアが眉を顰めながら言った。
「そう上手くいくものかのう。あやつらには絶対に見つかってはならなんのじゃぞ?万が一見つかってしまいでもすれば、いるはずのない妾たちが禁樹海にいるとなり、こちらの目的も推測されかねないからのう」
「その通りだ。だが、こちらの目的をどれだけ妄想されてもやつらは動きを止めることはないはずだ。シンザが消えたところでこの作戦に大きな影響はないだろうし、これだけの軍を引き返えさせる理由にはならないからな。そして、グイード達とアディシェスが開戦すればもう止まらない。アディシェス軍が圧倒するか、グイードがネクロマンサーの力で圧倒するかのどちらかだ」
イリディアは少し考えた後、スノウの意見に賛成した。
当然ソニア、カディールも賛成となり、4人は禁樹海へと向かうことにした。
(一応ハチにも状況を伝えておくか)
スノウはハチの眷属である火の精霊の分霊を呼び出しハチとコンタクトをとった。
スノウの説明でハチは状況を理解した。
“なるほどね、シンザ君を救うタイミングとしては良いと思うよ。それだけの軍を気樹海の森で引き返させるなんて実質不可能だからね。彼らは進むかしない。禁樹海を抜けた先はアディシャスだから交戦は免れないしね”
「ああ。痛みの街ポロエテに飛び火しないとも限らないからくれぐれも警戒は怠らないでくれ」
“もちろんだよ。グイードの軍がアディシェス軍に押されポロエテまで後退する可能性もあるし、グイード軍が劣勢となり、逃げてきた残党に街が襲われる可能性もあるからね。それにしてもグイードがネクロマンサーになったっていうのは驚きだよ。通常は魔法を極めようとするマジックキャスターがネクロマンサーになるケースが多いから、騎士がなるケースは初めてかもしれない”
「そうなのか?」
“うん、僕の知る限りでは、世界で初めてネクロマンサーになったと言われるゴーマ・ヤーと稀代の魔法使いだったにも関わらずダークサイドに堕ちネクロマンサーになって自身をもアンデッド化したルーヴァンス・キンベルクってのが、有名なネクロマンサーだけど、どれも非業の死を遂げていると言えるね。グイードはその数倍も強力なネクロマンシーの力を得ているようだから彼の背負った業は凄まじいだろうけどね”
「普通には死ねないってことか?」
“それもあるけど、死んでからも凄まじい業苦が永遠に続くんじゃないかと思うよ”
「なるほど。まぁおれ達が気にすることじゃないな」
“その通りだね。とにかく警戒は怠らないようにするよ。でも君たちも気をつける必要があるよ”」
「どういうことだ?」
“禁樹海だ。あそこは入ることを禁じられた樹海だから禁樹海と呼ばれているんだよ。あそこの中心には巨大な大穴があるんだけど、その穴に飲み込まれたら絶対に生きて帰れないと言われているんだ”
「その大穴に落ちなきゃいいんだろ?そう難しくないと思うが」
“禁樹海に入ってはならないと言われているその理由は、どう歩いていても大穴に誘導されてしまうってことなんだ。木々がまるで生きているかのようにその姿を変えて惑わせ、誘導するんだよ」
「木々が蠢いているってことか?」
“そう見えるかもしれないね”
スノウはハチの言葉を聞いてゲブラーのエルフの里へ通ずる森を思い出した。
(迷いの森ジーグリーテみたいな感じか?今回は大穴に導かれるのを避けるわけだから、誘導されないような呪文や儀式みたいなものがあるのか?)
“行けば分かると思うけど、木々に目印をつけるのはダメだからね。とにかく太陽がどこにあるかを見て、自分の方角を常に把握して進むんだよ。森を信じちゃダメってことだね”
「なるほど、了解した。ありがとう」
“君が礼を言うなんて珍しいね。幸運を祈っているよ”
スノウはハチとの交信を切った。
ハチからの情報を他の3人に共有し、スノウ達は一足先に禁樹海を目指して出発した。
・・・・・
翌日。
偽善の街クルエテから約1500の軍と、そこから5km北に拠点を置くアンデッド軍8500がアディシェスに向かって出兵した。
クルエテからの軍は騎士たちで約1000、ホムンクルスが500という構成で非常に統制のとれた軍となっていた。
一糸乱れぬまるで動きが揃った軍隊の行進のように規律の取れた状態で進軍していた。
その軍を率いているのは金の騎士ローガンダーだった。
シンザ扮する銀の騎士ガーフはローガンダーの横を並走していた。
「ガーフ、こちらへ」
「何か用か?ローグ」
ローガンダーに呼ばれたガーフは彼に近づいた。
ローガンダーはガーフに目で合図すると、馬のスピードを上げて軍の先頭から少し前に抜け出た状態となった。
ガーフもそれについていく。
「ここならよいでしょう。ガーフ、いえシンザ。貴方に指示を出します。その前に俺の側近がいる場で言葉は発しないで下さいと言っていたはずですよ。ガーフの声色に似せてくれているのは良いのですが、俺の側近の耳は誤魔化せませんからね」
「失礼しました」
「分かれば良いのです。それで、貴方への指示ですが、これから向かう禁樹海では100名のホムンクルスを与えますので、お前が先陣を切って進んで下さい」
「分かりました。何か意図があるのですか?例えば恐ろしい魔物が出るとか。確か既にヴァティ騎士団が禁樹海に入っていて、我々の進む道を作ってくれていると聞いていましたが」
「お前はお人よしですねぇ。ヴァティ騎士団は俺たちのために先行して進行経路を確保してくれているわけではありませんよ。あの森は生きているんです。侵入する者を惑わし死へと誘う。進行経路など作れるはずがないのですよ」
シンザはローガンダーが言っていることを半分も理解できていなかったが、あまり質問をすると情報を与えてくれなくなる可能性があることを知っていたため、なるべく質問をしないようにしつつ聞くことにした。
「ということは、ヴァティ騎士団は死ぬために禁樹海へと入らされた‥‥ということか‥」
「そういうことです。やつらは上手く立ちまわってくれました。特にアークレイヴ・ミシェル・ザンザール‥‥あのインテリぶった無能な教皇を亡き者にしてくれたのですからね。ですが、その後は良くない。皇帝の持つ巨額の軍資金を隠し、シャーヴァル様を裏切って総統勢力から密かに離脱しようと企んでいたのですからね」
「!‥‥流石は総統閣下です。彼らの企みを事前に察知して手を打たれたということですね」
「その通りです。今頃は樹海の中で彷徨っているか、既に死の大穴に落ちているかもしれませんね」
「それでは私はどのように総統軍を導けばよろしいのでしょう?」
「常に太陽の位置を確認しながらまっすぐに進むのです。樹海に入る方角は樹海の中心にある大穴には行かない。つまり、まっすぐ進めばアディシャスの街の少し手前に出ることが出来るのです」
「承知しました」
「それと、強力な魔物も出ます。それを退治して露払いしつつ、太陽の位置を確認してとにかく直線で進む。頼みましたよ。お前を推した俺を失望させないで下さい」
「承知しました‥」
シンザはローガンダーのことを恩着せがましい性格だと思った。
ガーフの代役を決める選考試合でシンザは他を圧倒して誰の文句もつけようのない状態でガーフの代役を勝ち取ったのだが、途中でシンザの戦闘力の高さを見たローガンダーが、自分はシンザが勝ち残ると大袈裟に宣言したのだ。
誰の目にも明らかな結果予想に対しさも自分が見抜いたと言わんばかりの主張で、シンザが最終的に勝ち残って勝利した際も、自分の推挙があったのを忘れるなとローガンダーはシンザに言った。
・・・・・
それから約半日。
ローガンダーたちは禁樹海までたどり着いた。
平原に何かの境界線のように高い樹木が鬱蒼と茂る巨大な森、禁樹海。
巨木が密集しているため入り口という入り口はなく、馬で進むにはかなり厳しい状況だったが、馬なしでアディシェスとの戦闘は極めて困難であるため強引に進むことになった。
ローガンダー率いる軍の後方500メートル付近にはグイード率いるアンデッド軍がいた。
「ガーフよ、作戦で通りよろしく頼みますよ」
ガーフは右手に剣を握り、高々と天に向けて掲げた。
シンザ扮するガーフは100体のホムンクルスを連れて禁樹海へと入っていった。
・・・・・
――アディシェス城――
ディアボロスの執務室に大魔王ディアボロスと魔王オロバがいた。
大きなテーブルの上にはホログラムのような映像が映し出されている。
「ディアボロス様。総統勢力とやらの軍が禁樹海の方へと軍を差し向けております。如何なさいますか?」
「放っておいていい」
「お言葉ではございますが、やつらの軍勢はその数約1万。そのうちの殆どがアンデッドであるという報告も入ってきております」
「なるほど。1万か。オロバよ。イポスに準備を急がせろ。事態は大きく動き出す。決して準備を怠るな。これから起こる状況は俺たちにとって正念場と思え。失敗は許されねぇってことだ」
「承知致しました」
オロバは転移魔法陣の中へと消えた。
「さて、若干の計画変更は余儀無くされたが、この筋書きは最早変えられねぇ。いよいよだ」
ディアボロスは念話を繋いだ。
「アリオク聞こえるか?」
“はっ”
繋いだ相手は魔王アリオクだ。
サンバダンを捕えるために助っ人としてディアボロスの下で暫定的に行動している。
「計画がいよいよ本格的に動き出す。お前が追っている天使崩れに邪魔されるわけにはいかねぇ。遊んでねぇでとっとと捕まえろ。苦戦するようなら俺が直々に殺しに行ってやるから、居場所だけでも掴め」
“承知した”
プツン‥
念話は切れた。
ディアボロスは執務室の窓から外を見た。
アガスティアの天蓋が太陽の光を遮ってはいるが、横から漏れ入る陽の光が大地を照らしている。
美しい大地だった。
ディアボロスはそれをじっと見つめていた。
いつも読んで下さって本当にありがとうございます。




