<ケセド編> 98.球体の檻
98.球体の檻
「何だここは?!」
白ローブの者に見つかる直前に滑り込むようにしてスノウたちは開かずの間に入ったのだが、そこで目にした光景に3人とも目を丸くして驚いた。
眩しいほど視界全てが真っ白な空間だったのだ。
どこかに灯りやライトがあるわけでもないのに明るく、一方で眩しいのにも関わらず目を覆うことなくしっかりと見ることのできる白い部屋だった。
部屋の中は密閉性が高いのか耳鳴りがし始めた。
鼓膜にも圧迫感がある。
声も響かない。
スノウは入ったことはなかったが、防音室とはこんな感じなのかと思った。
「?!」
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‥‥
耳鳴りに支配されていた聴覚に微かに機械音が紛れ込んできた。
スノウが音のする場所を探していると、今まで見えていなかったものが視界に入ってきた。
4つの球体だった。
自分の顔が映り込むほど艶やかな金属で出来ている球体が4つ、どのような原理かは分からなかったが空中に浮いていた。
僅かにゆらゆらと揺れている。
スノウたち3人はその光景をしばらくの間、ただただ見ているだけだったが、思い出したかのようにイリディアが話しかけてきた。
「ここは我々の知る世界とは全く別の世界‥‥いや別の時空にあったものじゃ。遥か遠い昔に失われてしまったテクノロジーとやらによって生み出された空間。壁があるのか、この白い光は光なのかすらも分からぬ」
「別の時空?‥‥どういう意味だ?」
「うむ‥‥説明が難しいのじゃが‥‥今この世界に存在する人族が起こる以前に存在した者たち‥‥もしくはさらにその前に存在した者たちかもしれぬが、いずれにしろ、其方が知るあらゆる種族が生まれ落ちる前、遥か昔に生きていた高位なる者たちが造り出したものということじゃ。この扉に掛かっていた錠も現在の魔法式では説明のつかん理屈が組み込まれておった。それを読み解いて開錠したという妾の卓越した合成魔法力にも敬意を払ってもらいたものだがのう」
「それは感服だが、おれたちが存在する前の世代‥‥聞いたことがある。ダーウィンの進化論には説明のつかない矛盾があると。猿から人に進化することはあり得ないとかいう説だったな。この世界には亞人もいるが、確かに今の様々な人族の種の起源は何なのかって説明はできない。むしろ、元々人間や亞人は全く別の世界からやってきたと言われた方がまだ納得できる。それと同じように今の人族がこのハノキアに存在する前に全く別の種族がいたと言われても否定出来ない」
「スノウ、脳筋な愚者の猿かと思うておったが、意外にも知恵が回るようじゃな」
「イリディア、あんた褒め方知らないだろ‥‥それであの球体‥‥何だと思う?」
「分かるわけがなかろう。この箱を操る装置かもしれんし、生物かもしれん。このような時にスメラギが居ればよかったのにのう」
「確かに‥‥」
スノウとイリディアは考え込んでしまった。
一方カディールは難しいことは全く聞こえないらしく、好奇心だけが先行し、何を警戒することもなく球体に近づいていった。
「おい迂闊に触るなよ!」
ペタ‥‥
カディールはスノウの言うことも聞かずに球体に触れた。
「もう遅い。止めたいのならもっと早く言うべきだったな」
「確信犯だろうが!」
だがカディールが触れても何も変化は起こらなかった。
「何も起こらないぞ。何かの装置であれば触ったら動くのかと思ったが」
「なるほど。それも一理あるのう。何事も試してみなければ進展はない」
「スノウ、球体を触ってみよ」
「触ってみねぇよ!あんたが触れ」
「妾がそのような危険を冒すわけがなかろう」
「さらっと遥か上から断ったな‥」
「スノウ。貴様これ以上イリディア様に無礼な口の利き方をするなら斬るぞ」
「お前ら無茶苦茶か!てかお前ごときにおれは斬られないけどな!」
「それは負け惜しみというものだ。見苦しい」
「イライラさせるのが得意だなふたりとも!」
(主人よ。こやつら我が食って良いか?)
「食って良いわけないだろうが!」
「食うとは何事か!」
「あ、いや、違う、てか分かったよ!おれが球体調べればいいだろ!」
(うぐぅ!!)
スノウはテレパシーのような能力で会話に割り込んで心に話しかけてきたマダラの首を絞めあげた。
マダラは何故首を絞められたのか理解できずにいじけてしまった。
イライラが治らないスノウだったが、球体には慎重に近づいた。
近づくにつれて機械音が大きくなる。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‥‥
(やはり何かの装置か‥‥触った瞬間にいきなり手を食ったりしないよな‥‥)
スノウは雪斗時代に見た銀色の宇宙船のような物体が人間を丸呑みするB級ホラー映画を思い出した。
恐る恐る銀色の球体に手を近づけてみる。
美しく磨かれた球体に自身の手と顔が変形して映り込んだ。
(機械音が鳴っているってことは熱を持っている可能性もある。触った瞬間に火傷して皮膚が爛れてしまうとか‥‥)
仮にそうなったとしても魔法で治せるのだが、そのことを忘れてしまうほど、緊張感のある瞬間だった。
ピタ‥‥
「熱!‥‥くない‥いやむしろ冷たい。なんだ‥‥単なる金属か?」
ファシュン!
「?!」
ドロォォォ‥‥
「はぁ?!何だよこれ!」
スノウが触れた数秒後に突然フラッシュのように光を発したかと思うと、液体金属のように球体が溶け出した。
慌てて手を引っ込めるが、特に火傷や皮膚の異常は見られない。
ドロロォォォォ‥‥
スノウは一瞬イリディアの方に振り返った。
イリディアは確認するように目配せしている。
(くそ!‥‥あの我儘魔女マジで今度泣かしてやる‥‥)
金属が溶け落ちた後、残ったのは真っ赤な球体だった。
スノウはその球体に触れようとゆっくりと人差し指を近づける。
パァァン!
「のわ!!」
突如風船が割れたかのような破裂音と共に真っ赤な球体が割れた。
ボワン!!
「!!」
ランプに火が灯るような音の後、中から何かが出てきた。
ボワァァ‥‥
「小人?!」
中から出てきたのは炎で形成された小さな人型の何かだった。
手のひらに乗るようなサイズであり、見た目は火の精霊といった感じであった。
「な、何だ?!」
火の精霊のような炎の存在は軽く手をあげると、一瞬で消え去った。
「あ‥‥消えた‥」
スノウはイリディアの方へ振り返った。
「あれはかなり高位な精霊か何かだったようじゃ。何か大罪を犯して捕まったか、もしくは何らかの目的で捕まっていた精霊か。いずれにしてもこのこれらの銀の球体は何かを閉じ込めておくための檻のような役割に見えるのう」
「檻‥‥」
(遥か時空を遡った時代の失われたテクノロジーを使って何者かが捕えておくべき存在をこの檻に閉じ込めたか、もしくはこれが造られた時代で囚われた者だったか‥。良くわからないがあの火の精霊みたいな存在は悪には感じられなかった。あれを閉じ込めた奴にとっては悪だとしても、おれにとって悪かどうかは分からない。この手の話は閉じ込められていた悪霊とか怨念が解放されて世界を滅ぼすとか言うお決まりのパターンなのかもしれないが、閉じ込められていた者が本当に悪なのかなんて、その時々の権力者で変わる。身勝手な権力者のせいで積もり積もった恨み辛みが後世の者たちに対して吐き出されるってやつか‥‥全く吐き気がする話だ。さっきの火の精霊みたいなのは、あれはあれで認識しておけばよいだろうな‥気の毒な被害者かもしれないし‥)
「スノウ。あと3つあるぞ。あの中にお前の求める存在がいるのではないか?」
「ああ」
スノウは別の球体へと近づいた。
ベルガーがどうやってクティソスを生み出しているのか。
かつてハチと共に行動し、軟化病患者をクティソスへ変えることで救っていた異界神アラドゥならば、新たにクティソスを生み出せることが出来るのだが、ベルガーがハシュマルと組みアラドゥにクティソスを生み出させているのではないかとスノウは疑っていたのだ。
そして、どこかに囚われているなら、この開かずの部屋だと思っていた。
ス‥‥
スノウは球体に触れた。
ガン!ガンガンガン!!
『!!』
突然球体の内側から金属を殴るような音が連続して聞こえ始めた。
ガガン!ガンガン!
グニャ‥ビギン!!
「お、おいおい‥」
球体は変形し始め、鋭く曲がった箇所が破損し亀裂が入った。
中でとてつもなく凶暴な何かが暴れていることが想像できた。
中にいる者がこの球体を破って出てきてもスノウは対処できるか分からないほど混乱していた。
ガッ!
「!!」
亀裂から黒い指が見えた。
まるで影のように黒い指に見えたがよくみると色白な指にも見える不思議な物体だった。しっかりとした質感もあり、その動き方から間違いなくロボットやアンドロイドのような者ではなく有機生命体だと感じられた。
だが何者の指なのか想像出来ない。
グギャァ!!
「な!」
亀裂が大きくなり中から手が這い出てきた。
グショァァ!
そしてそのまま腕が出て来たのだが、不気味なことにその存在は腕までしかなかった。
手から前腕部までしかない状態だった。
だがまるで意志を持っているかのように動き回っている。
ギュルルワン!
「うぐ!!」
その腕は手を手刀のように尖らせた状態でスノウの胸元に飛んできた。
そしてそのままスノウの体へと溶け込むように入っていき消えた。
(主人!今のは何なのだ?!)
(おれにも分からない!だがおれの体の中に入っていったぞ!)
スノウは自分の胸を弄るが、不気味な腕が入り込んだ傷跡はなかった。
スノウに巻き付いているマダラが気づいたことから、スノウの見間違いではなかった。
「何かあったのか?」
カディールが言った。
カディールとイリディアの位置からは不気味な腕は見えなかったようだ。
「い、いや‥何か腕みたいなのが出てきておれの胸の中に入り込んできたんだが‥‥」
「何を言っている?傷ひとつないではないか。それに球体も変化ないぞ」
「え?!」
スノウは振り返り不気味な手が出てきた球体を見た。
だが、破壊されていたはずの球体は元通りになっている。
(一体どうなってる?!)
スノウは確かめるために再度球体に触れてみた。
だが今度は何の反応もない。
(何なんだこれは‥‥)
狐に摘まれたような感覚のまま、スノウは別の球体の前に立ち慎重に触れてみた。
ピキ‥ピキピキ‥
「!!」
スノウが触れた直後、球体に縦や横の亀裂が入り始めた。
まるでパズルで組み上げた球体がバラバラになる直前のように球体全体に縦横の規則的な亀裂が入っていく。
バギン!
「!!」
突如球体がパズルが解けたかのように破片が広がって開いた。
ギュルルル‥‥ギュワンギュワン‥
破片が形を変え回り始めた。
次第に破片の形状が幾何学模様へと変わり始めた。
ギュワンギュワンギュワン
雪の結晶のような形状になったかと思うと、無数のブロックが規則的に並んでみたり、8つの円を形成し複雑に回転してみたりと予想できない動きをし始めた。
ジャキン!‥‥ギュワンギュワンギュワン
「何なのだこれは?」
いつのまにかイリディアとカディールがスノウの隣に立って目の前の浮遊する幾何学模様の物体を見ていた。
「おそらくこれが、おれの探していた存在だ」
ギュワン‥ギュワン‥
「私ノ名ハ‥‥アラドゥ‥‥君タチモ‥‥私ニクティソスヲ‥‥生ミ出セヨウトシテイルノカ?」
「そのようじゃな‥」
3人は想像もし得なかった生命体を前に驚きの表情を隠せずにいた。
いつも読んでくださって本当にありがとうございます。




